02/忍びくる風の波紋
シャーロック&ルイ作
どれくらいの時間が経ったのだろうか……ふと目が覚めた。
体を起こすことは出来ず、動かす度に激痛が走り、体のあちこちから出血をしていた。
痛みを感じながらも何とか耳についているインカムのスイッチを入れ、先輩に通信を入れる。
「せ、せんぱ……い…」
『ユイ君? どうしたんですか?』
「た、滝からお、落ちて……」
『だ、大丈夫ですか?』
「ええ、な、何とか……」
『今はそちらへ行けません……何とかできますか?』
「はい、何とか……」
僕は通信機を切り、全身に行き渡っている「不死の躰」を使い治療を始めた。
少しずつ治療をしていくと、傷が治り、体の痛みが消えてくる。
15分くらい掛けて治療をし、僕は体を起こした。
「MP5はなくしたか……武器は……P99、PPKか……」
僕は武器を確認し、まだ使用できるか確認する。
主武装であったMP5をなくしたのは痛いが、得意のP99が二丁残っているのが幸いであった。
あたりを確認するが、森林が生い茂っていてここが何処だか分からなかった。
だが、ジッと見ると、目標の建物が見えた。
「まだ、目標が見えて幸いだったよ…」
僕は茂みの中を進み始めた。
服はいざと言うときに備え、防水使用にしておいた。
そのおかげで渇きが早く、今でも一部分しかぬれていない。
「すごい服だな…こいつは。」
周りの音を聞き、敵がいないかを確認する。
しばらく歩いていると、草を踏む音が聞こえた。
立ち止まり、その場にしゃがみ込むと回りに目を配る。
すると、こちらに向かって要員が歩いてくる。
一人…いや、二人確認できる。
「くっ…」
僕はワルサーを構え、照準を絞る。
ワルサーに力を送るのをやめ、通常の麻酔弾の変える。
そして狙いを定めると、まず手前にいる要員を撃った。
首にあたり、麻酔が急速に体全体に行き渡ると、倒れた物音でもう一人の要員が気づいた。
すぐに照準を絞り、その要員も撃つと、あたりが静かになった。
ゆっくりとワルサーを下し、腰を上げるとその倒した要員に近づき、武装を確認する。
要員に支給されているのは、ステアーAUGのようだった。
使いにくいのはあるだろうが、ワルサーしかない自分には大きな収穫だった。
要員の懐からマガジンを2つ取り出し、更にもう一人の懐から二つのマガジンを取り出した。
軽量なため、肩への負担が少なく、射撃には問題はなさそうだった。
しかし、要員に支給されているものにはサイレンサーが装備されていなかった。
そのため、緊急時以外はこのステアーAUGを使用することは出来ない。
「ま、ないよりはましか」
僕は要員を起こさないようにその場から離れ、歩き出した。
少し小走りになりながら、その場を去った。
ワルサーP99を握り締めながら、草が生い茂っている場所を避けながら進んでいく……。
スコープを覗きながら、ユイの動向を確認している。
MP5SD5を下すと、腰のポーチからレーションを食べ始める。
「うーむ、やっぱりこのビスケットはなかなかいけるな。このときぐらいしか食えないからな」
「センチメーター様」
「おう、何だ?」
「ナルバレック様がお呼びです。至急お戻りを」
「了解したよ」
要員からの呼び出しに、センチメーターは施設へと向かっていく。
施設へ戻ると、彼はまずエレイスが入れられている拷問室へと向かった。
今、エレイスがいる部屋は先ほどまでいた所とは違う拷問部屋だった。
「機関長、今回はどんな『尋問』を?」
「『あいつら』を使うのさ」
ナルバレックは指を鳴らすと、気絶しているエレイスに水を浴びせた。
いきなり顔面に水を浴びせられ、息が一瞬出来なくなり飛び起きる。
激しく咳をし、酸素を求める。
「起きたかエレイス」
ガラス越しに話しかけるナルバレック。
ゆっくりと体を起こすと、あたりを見渡す。
「初めまして、エレイス・ステアー。私はシエルの上司の埋葬機関長ナルバレックだ」
「っ!はぁ…はぁ、随分な歓迎ね……」
「今からちょっとしてテストをする。死ぬ気でかかるんだ」
エレイスの背後から動物のうなり声が聞こえた。
振り返ると、暗闇から牙をむき出しにした犬が3匹いた。
明らかに敵意をむき出しにしている。
エレイスは何も言わずに立ち上がり、顔を振って水気を飛ばし、手から血の刃を出した。
暗闇のせいで、刃が赤く光っている。
「今からそのケルベロスの相手をしてもらう。そいつらは本気で行かないと、お前が大きな傷を負うことになるぞ…」
「ホント、手厚い歓迎だこと…。」
エレイスはこの状況を打開するために、ケルベロスに向かって攻撃を開始した。
一番手前にいるケルベロスの首を真っ二つにして、次に近くにいるケルベロスの足を両断する。
刃を一回転させ、逆刃にすると、後ろから迫ってきていたケルベロスの頭に深く刃を入れた。
エレイスは深呼吸し、呼吸を整えるとナルバレックを見る。
だが彼女の口は妖しく笑っていた。
振り返ると、今度は倍以上のケルベロスがエレイスに迫っていた。
ナルバレックが指を鳴らすと、一斉にエレイスに襲い掛かった。
最初に迫ってきたケルベロスは叩き切ることが出来たが、一匹が後ろから回りこまれ、エレイスのふくらはぎに噛み付いた。
痛みで一瞬力が抜ける。
足に牙が食い込み、出血の量を更に増やす。
「ぐっ!…このぉ!!」
エレイスはもう一本の刃を出すと、噛み付いたケルベロスの頭を刺し、足から離すとそのケルベロスを集団になっているところへ投げ飛ばす。
だがケルベロスの数はドンドンと増えて、次第に形勢はケルベロスの方に有利になっていく。
いくら切りつけて倒しても一向に減らない。
「もうっ!キリが無い…!」
一匹が再びエレイスの足に噛み付くと、今度はもう一匹がエレイスの腹に向かって全体重をかけ突っ込んできた。
バランスを失って、その場に倒れると一匹のケルベロスがのど元に噛み付いてきた。
「ガッ!!」
一瞬息が詰まるが、エレイスは刃に更なる力をこめて、首に噛み付いたケルベロスを頭を刺し、倒れていた体を起こして足に噛み付いているケルベロスの首を切った。
「不死の躰」の力で何とか出血を抑え、エレイスは更に刃に「不死の躰」の力を込めると、刃が青白く光りだす。
エレイスは一気にケルベロスの首をめがけて次々と切りつけてゆく。
縦や横に一閃し、残りが二体となったところで、ケルベロスが影の中へと消えた。
ゆっくりと深く息をつき、あたりを見渡すと何処からか足音が聞こえた。
「フェーダー……」
ブルーブラックをメインとした戦闘服に身を包んでいるフェーダーが、ゆっくりとエレイスに近づいていく。
手にサイレントは無く、細身の剣が握られていた。
「今度はあなたなのフェーダー?」
「……」
フェーダーは何も言わずにエレイスに切りかかった。
エレイスは地面を転がって剣の攻撃から逃れると、血の刃を出した。
そして刃を一回転させ、フェーダーを見る。
フェーダーは体の姿勢を低くしたままエレイスに近寄り、首を狙って剣を次々と振る。
その攻撃は、何処か手を抜いているようにも見えた。
それでも真剣にいかなければこちらも深い傷を追ってしまう。
エレイスはフェーダーに対し、刃ではなく棒を出し、フェーダーの攻撃を防ぎ始める。
「ふっ!」
「フェーダー、やめてっ…私、あなたと戦いたくない」
「……私も戦いたくない、だが任務だ…」
エレイスはフッと防御を解くと、フェーダーは攻撃を止めようとした。
勢いの付いた剣をとめることが出来ず、見事胸元を深く切ってしまった。
胸から激しく血を噴出し、地面に倒れるエレイス。
フェーダーはゆっくりと剣を下し、俯く。
「見事だフェーダー」
いつの間にかフェーダーの背後にナルバレックが現れる。
まるで物を見るような目でエレイスを見下している。
「こうでもすれば、必ず目覚める…そうだなフェーダー?」
「たぶんな………」
そう、これにはエレイス自身にある秘密を出すためにこうしたのだ。
それは……エレイスにあるもう一つの「エレイス」である。
裏でもなく、もう一つ……。
フェーダーはエレイスを見ると、ハッと気づいた。
瞳から光が失われていき、目の色が変わる。
そして胸元に傷が少しずつ消え、ピクッと手が動いた。
「目覚めたな?」
「ホント、手荒ね……いたたたた…」
ゆっくりと起き上がり、二人を見る。
右目の色がどす黒い赤に変わり、もう一つの人格が生まれたエレイス。
ずっと元のエレイスが意図的に隠していた人格。
元の人格はユイを守ることだったが、今はまったくの正反対……。
そう、ユイを自分の手で殺すこと……。
ナルバレックには事前にこの情報は知っていた。
部下を使い、エレイスの実家に潜入させ様々な情報を集めさせたのだ。
エレイスは一方的な攻撃を受け、必要以上な負荷を掛けさせると人格の制御が出来なくなり、今まで心の奥底に閉まってきたもう一つの人格が現れ、隠してきた分の反動が表に表れる。
今はケルベロスの戦いでダメージを追い、更に親友として戦いたくないフェーダーに更に負荷手をを追ったため、人格の制御が出来なくなってしまいもう一つの人格が現れたのだ。
立ち上がったエレイスは目を閉じ、今までのダメージを癒すと、今までのような優しい目ではなく、攻撃的な目でナルバレックとフェーダーを見る。
「で、こんなことしてまで私を追い詰めるなんて、何が目的?」
「単刀直入だな。では答えよう……、エレイス、私の元に来ないか?」
「その見返りは?」
「お前のすべてを保障しよう、力から何から何まで」
「フ〜ム、で他には?」
「気づいていたか……ユイの確保だ。それもお願いしたい…」
「なるほど、確かに私がいたほうがまだいいからね………いいわ、協力してあげる。そのかわり、私は自分の考えで行動させてもらうから」
「よかろう……では、服を着替えろ。フェーダー…」
フェーダーは軽く頷き、部屋から出るとエレイスもついてゆく。
そしてある部屋に入り、フェーダーは彼女用の服を取り出した。
先輩やフェーダーが着ている法衣と似ているが、裾や首周りなどに黄色いラインが入っている。
「この服、気に入ったかも。」
「そうか? それは良かった……。で、どうするんだこれから?」
「そうね、この辺の地形をよく知っている人は誰?」
「センチメーターだ。彼についていけば良いだろう」
「そう……分かった、じゃあ、また後で…」
エレイスは部屋を出て、センチメーターを探し始めた。
ここの施設はそれほど大きくないが、地下二階、地上三階建ての建物であるため、何処にいるかは分からない。
一階一階、降りたり上がったりしてセンチメーターを探すと、屋上にセンチメーターはいた。
ヘッケラー&コックMP5 SD5を解体、部品チェックをしていた。
「エレイスか……」
整備の手を止め、振り返るとヒュ〜っと口笛を吹く。
「なかなか似合うじゃないか。その服を着たとなると、俺達に協力をすることにしたのか?」
「まあ、機関長様から言われたんだけどね」
「そうか…」
部品を一つ一つMP5 SD5に戻し、元に戻すと私の元へ寄ってくれた。
上から下までジッとエレイスの姿を見ると、満足したような顔になる。
「で?これからどうするんだ?」
「ちょっと行きたい所があってね…この辺りの地形に詳しいのは誰かと聞いたら、あなただって言われたから…」
「そうか……で、何処に向かうんだ?」
「ユイのところへ…。」
「なるほど、まあ、大体の位置は分かっている。今からいくのか?」
「うん、今がいい。」
センチメーターはMP5SD5を持ち、スリングベルトに肩に掛け、一階へと向かう。
エレイスも後ろを付いて歩く。
徒歩で移動し、森林を進むごとにセンチメーターの歩き方が変わってきた。
足音を少しずつ消していっているのだ。
森林では、小枝、落ち葉などを踏み、居場所を探られることがある。
射撃の名手であるセンチメーターは自分の気配を上手く消し、絶好のスナイピングポイントに付き、その場からスナイパーをする。
エレイスもすぐにそのことを動きで気づき、同じように足音を消し、息を潜めながら歩く。
しばらく歩いていると、急にセンチメーターの動きが止まった。
センチメーターが振り返り、指を斜め下に向ける。
「ユイ・・・・・・・・・」
小声で呟くエレイス。
センチメーターはMP5 SD5を構え、片膝立ちをしてスコープの倍率をあわせ、ユイに照準を向ける。
「待ってセンチメーター……あなたはここでこのまま待機してもらえないかしら?」
「んっ?」
「彼と会ってきたいの」
「分かった、俺はここで待機してれば良いんだな?」
「うん、すぐ戻るわ。」
エレイスは一人、坂を滑り降り、気配も隠さずに進んだ…
僕はザザッという音に気づき、奪ったステアーAUGのグリップをきつく握り、音がしたほうに向けてゆっくりと足を忍ばせる。
セーフティーを解除し、左手を前部グリップに握り、右手の人差し指にかけているトリガーに力がこもる。
心を落ちつかせ、周りの音に集中する。
ある程度近くに行くとその場にしゃがみ込み、姿勢をとる。
だが相手の動きに僕は不信感を覚えた。
足音を消してないのだ。
草を掻き分ける音を消さず、ガサガサと音を立てながらこっちに来ているのだ。
僕は念にはと思い、近くの木の影に隠れた。
フロント、リアサイトの照準を合わせ、ジッと待つこと数分………。
思わぬ人物が出てきた。
エレイスが出てきたのだ。
「え……レイス?」
間違いなかった。
ちょっと高めのポニーテールに、肩まで伸びたもみ上げ、青く澄んだ瞳、本物のエレイスだ。
「エレイス!」
僕は思わず構えていたステアーAUGを下し、エレイスに近づいた。
セーフティーをロックし、僕は嬉しさを隠しきれなかった。
「ユイ・・・・・・・・・無事だったんだ……よかった」
エレイスもゆっくりと近づいてくる。
しかしこの時、僕は気づかなかった。
エレイスの表情の裏には、別の表情が隠れていたことを……。
僕は彼女を抱きしめようとした瞬間、突然頬に赤い何かが見えとっさに避ける。
もみ上げの髪がパラッと落ち、僕は地面を転がって距離をとった。
バッと手を付いて、膝を付いたままエレイスを見るとその手には血の刃が握られていた。
「え、エレイス?」
「ユイ、今、ものすごくウキウキしてるの……あなたと争えるから……」
「な、に…?」
僕はとっさにエレイスの言動が本当だと察した。
彼女はうそを付くような人間ではない。
そして現状が現状だ。
エレイスは本気で僕と戦うことを望んでいる。
「エレイス、冗談だろ?」
念には念で聞いてみた。
しかし彼女の反応は刃を僕に向け、両手で刃を持った。
僕はステアーAUGを地面に置き、脇のホルスターからワルサーP99を取り出し、グリップに血の力の供給をやめ、代わりにマガジン内に入っている麻酔弾を使うことにした。
血の弾でエレイスを傷つけるなんて出来ない。
出来れば戦わずに、一緒に帰りたかった。
しかし今のエレイスにはそれが通じない。
僕は銃口を一番向けたくないエレイスに向け、トリガーに指を引っ掛ける。
「手が震えているわよ・・・・・・撃てるの?」
見抜かれている・・・。
撃てない・・・・・・・・・エレイスを撃つなんて僕には絶対に出来ない。
しかし撃たなけれ自分が怪我をする。
と、いきなりエレイスが走り出した。
僕は反応に遅れ、エレイスからの攻撃が防げず、まともに鳩尾に拳を食らってしまった。
そしてワルサーを握っている手を手刀で叩き、ワルサーを落とさせると一気に背負い投げをする。
連続技に僕は次々と食らってしまい、一瞬息が出来なくなった。
「本気を出したら?」
「けほっ……くそ…」
肩で息をし、ゆっくりと立ち上がると僕はワルサーを拾い上げ、右手でワンハンドホールド(片手撃ち)で構えながら左手に血の刃を出し、逆刃にして持ちながらグリップを隠すように構える。
ある本を参考にしているが、実際にするのは今回が初めてだ。
しかし、僕は決めていた。
絶対にトリガーを引かないと…。
そしてエレイスは刃を逆に持ち、グッと腰を低くする。
どこかで何かが落ちる音がした瞬間、僕達は動き出した。
僕は出来る限りエレイスに悟られないように防御をする。
しかし今のエレイスは容赦がまったく無く、僕の弱点の接近戦、それもフェンシングのような突き技を連続して繰り出す。
僕は必死で刃で、エレイスの刃を受け流すが、何度か僕の腕や体などに掠る。
「う、腕を上げたね…エレイス」
「ユイ、今のあなたには何に対しても技のキレがないわ」
「……お見通しか…」
「何年一緒にいると思っているの? あなたのことなんて何でも分かるわ……」
僕はワルサーをホルスターにしまい、両手で刃を構える。
ワルサーをワンハンドホールドしたまま刃を構えるのは他の要員には通じるだろが、エレイスに対しては逆効果だと感じたからだ。
ゆっくりと横移動し、間合いを取りながらジッと様子を見る。
そしてエレイスが動き始めると、一つ一つの攻撃を防ぎながらゆっくりと退路を探し始める。
「逃げるつもり? 優しいわね…でもそれが命取りよっ」
いきなり攻撃が激しくなり、刃を縦横無尽に振りついに僕はバランスを崩し地面に倒れた。
そして刃先を僕の顔面に向け、不敵な笑みを浮かべる。
「あなたの負けよ、無駄な抵抗はやめた方が身のためよ」
僕はこの戦いで初めて防御から攻撃に転じ、エレイスの刃をなぎ払った。
そして飛び起きると、エレイスの攻撃を防ぎながら隙が出来る場所を探る。
するとエレイスの動きに若干の隙があり、得に鳩尾部分に隙があった。
ユイは心を鬼にし、エレイスの刃を何とか押さえ込むとエレイスに致命傷にならない程度の拳を食らわせた。
「かはっ………」
「やめてくれ……これ以上戦いたくない………」
「ふんっ!!」
刃を消し自らの防技を無くした僕はエレイスの刃の攻撃をモロに食らってしまい、数メートル吹っ飛んだ。
「っ……」
ゆっくりと倒れた僕の上に仁王立ちし、刃の刃先を顔に向ける。
僕は目を何とか開け、エレイスを見るとその目はきつく僕を見ているが、何処か悲しそうな目をしていた。
「今はまだあなたを殺さないわ………今は生かして置いてあげる。もし私に会いたいならこの先の中継基地を通って、そのまま奥にある施設に来なさい」
そう言ってエレイスはその場から立ち去る。
僕は……………追えなかった…。
どうしても……………。
そして気づいたら僕は涙を流していた。
エレイスに対して殴ってしまったこと。
もう絶対に殴らないと決めたのに………。
そして気づいたら雨が降り出し、冷たい雨が地面、そして僕を叩き付ける。
冷たい雨が僕の体温を急速に奪い、体を冷たくする……………。
「いいのかあれで?」
気の影に隠れ、雨を凌いでいるセンチメーター。
私もそこに行き、雨を凌ぐとフゥッとため息をつく。
「ええ、いいわ。さて、次は七夜か」
「フム、じゃあ雨が一段落したら行くか」
「うん……」
エレイスはゆっくりと鳩尾に手をあて、目を閉じる。
そしてゆっくりと力を入れようとしたがそこで止めた。
エレイスは心の中でユイのことを考え始めた。
「……痛いよ………ユイ…。」
雨が小雨になり、エレイスとセンチメーターは七夜の元に動き始めた。
彼の情報ではこの先の高低差が激しい林にいるという。
そこではセンチメーターの出番だった。
そこは絶好のスナイピングポイントが多く、七夜の弱点でもある遠距離戦が出来る場所だという。
何十分か歩き続き、徐々に坂のアップダウンが激しくなり、息が荒くなりだすとセンチメーターは手をバッと出し、しゃがめと支持を出す。
ここは雨が降っていないらしく、地面、木などどこも濡れていなかった。
センチメーターがエレイスにスコープを渡し、この軽い崖になっているしたの方を指差した。
スコープでピントを合わせながら覗くと、そこには七夜が回りに神経を集中しながら歩いていた。
「七夜……」
カチャカチャと音が聞こえ、センチメーターを見るとどこから出したのかヘッケラー&コックPSG-1を準備していた。
マガジンを取り出し、弾丸をチェックすると再び本体に戻し、スライドを引いて弾を装てんしてスコープを覗く。
ピントを合わせ、銃口先に装着しているレーザーポインターをONにする。
エレイスは再びスコープを覗き、七夜を監視する。
すると七夜は二人の気配に気づいたのか、木の影に隠れた。
「気づいたみたいね……場所は分かっていないらしいけど」
「だが隠れ方が甘い……」
センチメーターは照準を少しずつ下へと下げる。
片足の一部が木の影から出ているのだ。
ポインターが足を照らし出すと、七夜はそれに気づき避けようとしたがセンチメーターの方が早かった。
トリガーを引き、7.62NATO弾が発射されると七夜の太股をかする。
「ふむ、あいつの俊敏さはなかなかのものだな。今のなら確実のヒットしたのにあいつ、ギリギリで避けやがった」
「甘く見ないほうが良いわよ、おそらく今ので弾道を計ったかも……」
「あいつにはそこまで出来るのか? なかなか頭のキレる奴だ……ますます楽しみがいある」
笑みを浮かべながら再びスコープを覗き、七夜を探すセンチメーター。
私もスコープを覗くと、さっきまでいた場所に七夜はいなかった。
左右にスコープを動かし七夜を探すと、足を少し引きずりながら移動している七夜を見つけた。
センチメーターはゆっくりと照準を合わせると、七夜の立っている地面に向かってトリガーを連続で引いた。
次々と7.62NATO弾が弾着し、七夜は近くの茂みに飛び込んだ。
「エレイス、七夜の回復力はどれくらいかな?」
「七夜の? う〜ん……まあ、常人よりはかなりの回復力を持っているのは間違いないわ。でもどれだけかは私にも分からないわ」
「なるほど、では急所を外して、時間を稼ぐかな?」
ゆっくりと立ち上がり、場所を移動をし始めるセンチメーター。
センチメーターは別の場所に着くと、再びPSG-1を構えてスコープを覗く。
私もセンチメーターの隣につくと、同じようにスコープを覗く。
七夜は茂みから茂みを移動していて、探すのに少し苦労する。
「エレイス、これをつけろ」
センチメーターが差し出したのは赤外線スコープだった。
私はそれを頭にはめ、レンズ越しに七夜を探し出す。
視界が赤く染まり、まるで血のような世界になってしまっているような錯覚を覚える。
ジッとスコープを覗いて七夜を探していると、茂みの中に隠れている七夜を見つけることがすぐに出来た。
センチメーターはゆっくりと狙いをつけ、七夜の足を狙う。
「少しダメージを与えるか?」
「うん、いいよ」
エレイスの承認を得て、センチメーターはゆっくりとトリガーに掛けている指に力を込める。
そして一拍置いて、センチメーターはトリガーを引いた。
7.62mmNATO弾は見事に七夜の右関節を掠り、七夜は苦痛にうめいた。
七夜は何とか影に出来ない場所はないか探し出す。
しかしその探すまもなくセンチメーターは次々と弾丸を撃ち込み、七夜の四肢を中心に命中していった。
「このくらいにしとくかな……」
空のマガジンを取りだし、新しいマガジンを入れてスライドを引いて7.62NATO弾を薬室へと装てんする。
エレイスは赤外線スコープから目を離し、黙ったまま立ち上がってその場から去り、その後ろをセンチメーターたーが付いていく。
顔には出していないが、心の中ではとても苦しんでいた…。
体のあちこちに7.62mmNATO弾を食らい、七夜は意識を遠退く寸前だった。
しかし痛みを堪え、七夜は手に持っていたナイフでまず左腕に残っている7.62mmNATO弾を取り出そうと傷口にナイフを刺した。
とてつもない痛みが体中を走り、冷や汗が垂れる。
傷口を少し開き、ナイフを地面しまうと今度は指を自分の傷口に入れる。
ナイフ以上の痛みが全身に走り、ショック死を引き起こしそうだった。
ゆっくりと7.62mmNATO弾を探し出し、指先に弾が触れるとそれをゆっくりと抜き出す。
やっとのことで一発を取り出すと、別の場所に当たったところに先程と同じようにナイフで傷口を少しずつ開ける。
そして弾丸を数十分かけて取り出すと、ポーチの中から縫合セットと包帯、消毒薬を取り出し、一つ一つの傷を治していく。
それが終わったのは日が暮れた頃だった…。
目が覚めたのは日が暮れた時だった。
まず感じたのは暖かさだった。
ゆっくりと目を開くとそこには焚き火が見えた。
「おきましたか?」
声がしたほうを振りむくと、そこにはシエル先輩がいた。
自分の体を見ると、上着を脱がされ、包帯姿になっていた。
「先輩が?」
「はい、銃声が聞こえたので飛んできたらユイ君を見つけて……」
「そうですか………、ありがとうございます…」
「コテンパンにやられてみたいですね?」
「はい……」
「これもちゃんと回収しておきましたよ」
シエル先輩の手にはワルサーが握られていた。
それを置くと、使っていたステアーAUGも隣に置かれる。
「ユイ君の武器はどれも使えますよ、さっき確認しておきました」
「…どうも…」
「大丈夫ですか?」
「………何とか…」
僕はいつの間にかきつく手を握っていた。
エレイスを殴ってしまったこと……、僕はどんな時でも、たとえ仲間が敵になっても出来る限りの説得をし、攻撃はしないようにと決めていた。
しかし……僕の大事な人に手を上げてしまったのは後悔をしている。
その時、頭にポンとシエル先輩の手が置かれた。
「何があったかは聞きません、でもほんとに悩んでいる時はわたしに相談してください。出来る限りのことはしますから…」
先輩の手は暖かった。
まるでエレイスに慰められているようだった。
僕は大きく深呼吸し、笑顔を見せると先輩も笑ってくれた。
「先輩、ここは?」
「使われなくなった廃屋です。ここはどうも要員の管轄外みたいですからここにしました」
「七夜は?」
「探しに行きましたが、血痕があっただけで姿は見えませんでした」
「そう……、でもありがとう先輩、助けてくれて」
「いえいえ、どういたしまして。さぁ、今日はここで一晩明かしましょう、その体では今後のことにも支障が出ますし」
「そうですね、今日はそうしましょう…おやすみなさい先輩」
「おやすみなさいユイ君、ゆっくり疲れを癒してくださいね」
僕はそのまま眠りへと付いた。
何もかも忘れ、ただ疲れを癒すことを主として…。
しかし忘れることも出来ないことが一つだけあった。
愛すべきエレイスの事だけ……………。