熱帯夜

 

 

 

 

俺は座っていた。
市丸さんは立っていた。
俺は泣いていた。
市丸さんは笑っていた。




市丸さんは俺に神鎗を突きつけた。刃がきらりと光り月を映す。
俺が泣けば泣くほど市丸さんは笑った。
声には決して出さない笑い。
俺はそれに苛立ち悔しく思いさらに泣いた。
市丸さんはさらに笑った。
喜びの笑いではない。

きっと 、



かなしみだ。



この人は悲しみを表すのがへたなのだ。
喜びを表すのも下手だが、悲しみを表すのはとても嫌いなのだ。
この人は喜べば、うつむいて照れたようにひっそりと笑う。
喜びを、人に知られたくないのだ。自分の感情を自分のものとしていたい。
独占欲。
悲しめば、泣くことはまずない。
泣いたのなんて、見たことがない。
悲しめば、笑い、たくさん話す。
普段何も話さない人が、くるったかのように話す。
(じっさい、くるっているのだけど。)




「れんじ、なんで泣くん?」
俺は決して答えない。
答えれば、この人はさらに悲しむのだ。
市丸さんのせいでこんなに泣いていても、
市丸さんに死ぬほどいらだち悔しく思っても、
そんな思いにつぶされないくらいの、好きがあって。

この人が好きだから、だから悲しませたくない。

とうぜんのことなのだ。


























どれだけ、神鎗を突きつけられたのだろう。
数秒かもしれないし、数時間かもしれない。コンマ1秒さえ長くかんじる。

べたべたと、汗がはりつく。熱帯夜。
汗を拭いたい。それでも神鎗は突きつけられたままだ。
汗を拭えば市丸さんは、悲しむだろう。自分以外のことを頭の中で考えていたのだ。
そう思い悲しむ。
この人をこれ以上悲しませてはいけない。
市丸さんを悲しませないこと、それが俺の義務だ。

もう涙は乾いている。
それでも汗は流れる。熱帯夜。














「恋次、」
上から声が降ってくる。グイっと無理やり首を動かして顔をあげればキスがくる。
熱帯夜にふさわしい、べたべたしたキス。
はりついて、離れたと思えばまたくる。
またはなれて、それでおわり。
逆を向こうとする市丸さん。そのうでを、ひっぱりたい。
そう思っても、手は震えてうごかない。
地面を握ることしかできない、そんな自分に苛立つ。

「いちまる、さん」
振り絞った声は苛立つほどにか細かった。
喉に、石が入り込んだみたいだ。
セミの声に負ける声。それでも、
それでも市丸さんの動きは止まった。
それを見た瞬間に手の震えはとまり、汗はとまり、喉から石はなくなった。









「市丸さん!」













自分で、今の俺が叫んだんだ。と感じた瞬間に、市丸さんの腕をひっぱっていた。
そして、市丸さんの後頭部を押して、キスをする。




長く、熱帯夜のように。






(おわり)



情けない恋次。が、いいとおもうの。

06.17 しま

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