颯之介×青子(2) 金の稲穂 木登りブタさん



□ □ □

共同研究をはじめてからもう、3年が経とうとしていた。
2人の関係が変わろうとしていた。
いつものように、私の部屋で颯之介が晩御飯を作ってくれた。
折角の誕生日だから、そういっておいしいカクテルを作ってくれた。
颯之介も酔っていたし、私もはじめてのお酒で少しフワフワしてた。
それまで誤魔化していた気持ちが溢れ出した。
2人とも催眠術でもかけられたかのように引き寄せられて、お互いの唇が触れるように重なった。
その瞬間は少し驚いたけど、心の中にはやっぱり。という気持ちもあった。
ほろ酔い気分なことも手伝って、頬があつかった。
もう一度、颯之介と目があった。ゆっくり重なる唇。
軽く唇を噛まれた。驚いて少しあいた隙間から、颯之介の舌が入ってきた。
急に酔いが覚めた。顔を離そうとしてもがっしりと頭を掴まれていたために体勢が崩れただけだった。
そのまま、床に倒れこんでしまった。
目に入っているのは、颯之介なのに、頬をくすぐるのは、あの柔らかい金の髪なのに、……怖いと思った。
私の目から溢れた涙に気付き、颯之介が飛びのいた。
「………ごめん。」
そういって、彼は部屋から出て行った。
あの日から,二人の間はギクシャクしている。
いままで、人はどういう感情ならどのような行動を起こすのか、そんなことばかりを考えてきたのに、
今、颯之介がどういう気持ちであんなことをしたのか、あの「ごめん」にどんな意味がこもっていたのか私にはわからなかった。
冷静に全ての可能性を考えようと思うのに、頭に浮かぶのは酔っ払って勢いがついただけ。
という自分にとって一番悲しい理由だった。

颯之介と過ごす日々は楽しくて、騒がしくて、だけど、今までで一番気持ちが安定していた気がする。
研究も順調な経過をたどっているし、院を卒業したら国立研究所へ来て欲しいという打診も来ている。
最初に颯之介に抱いていた対抗心は180度ひっくり返って、信頼感になっていた。
颯之介と必要以上のことを話さなくなって、1週間が経とうとしていた。
心なしかラボの空気も重苦しい。
いつも大騒ぎしながらやってくる颯之介が静かに来て、何もちょっかいをかけずに帰るからだ。
それに、私も自分のそっけない態度にイライラして不機嫌のオーラを発してしまっている。
かっこ悪い。こんなことじゃいけないのに気を抜くとすぐに子ども扱いされてしまう。
実験の合間のお茶の時間だった。
グループ内の先輩が話し掛けてきた。
「あ、あの…ミス・ブルー、その、聞きにくいんだけども…三波さんと喧嘩したの?あの、私で良ければ、相談乗るわよ。」
「そんなの関係ないじゃないですか!それに、私、颯之介と喧嘩なんかしてません!今までがおかしかったんです。」
あ。だめだ。心配していってくれてるのは分かるのに…。
また、何かが切れてしまった。言葉が勝手に口から飛び出した。
「そ、そうなの…ごめんなさいね。余計なおせっかいだったわ…。」
こんな自分嫌い。 
コントロールできない感情なんて、なくなってしまえばいいのに。
どうして、こんなめんどくさいものを感じるアンドロイドを作ろうとしてるのかしら。
もし、出来上がったとしてもそのアンドロイドたちが私と同じよう感情を疎ましく思ってしまったら、
ただ、不幸な人を増やすだけなのかもしれない。 
デスクに突っ伏せるように考え込んでいた私は、今の状況が何もかも面倒くさくなった。
「すみません。気分が優れないので早退します。」
さっきのやり取りを見ていて、遠巻きに私を見ていたグループの人たちはあっけに採られているようだった。
自分でも、唐突過ぎる行動だと思うし、こんなことをするのは大人気ないと思う。
でも、もうすぐ颯之介がやってくる時間だった。
とにかく早くこの場から、立ち去ってしまいたかった。

□ □ □

一目散に部屋に帰った。
明るい部屋に帰るのはいつ振りかしら。
自分の部屋なのに、まるではじめてきた部屋のようによそよそしく感じた。
そっけない部屋。
女の子の部屋ではないわね。
本棚に並ぶ専門書に、ブルーのブラインド。全体的に男っぽい。
ソファに身体をあずける。
あの日と同じ場所なのに、全然違うところにいるような変な感じ。
もっとも、平日は朝から晩までラボと研究室にこもっていて明るいうちに部屋に着いたのなんて、最初の1〜2週間くらいだった。
そんなに長い時間を一緒に過ごしてきたのに、あの数分の出来事だけで関係が崩れてしまうのだろうか…。
もう一度、落ち着いて考えてみよう。
あの時、…キスされたとき。
嫌じゃなかった。むしろ、嬉しかった。…颯之介はただ、酔った勢いだったのかもしれないけど。
最初はびっくりしたけど、なんだかフワフワ気持ちよくて、あったかい感じ。
だけど、キスが深くなったときただ心が恐怖に支配された。
大人の恋愛がどんなものかは、もちろん知っていた。…つもりだった。
それまでどこか弟のように思っていた颯之介が男の人になった瞬間、気付いていなかったことに怖くなった。

どんなに大人ぶっても常識ぶって颯之介を叱り付けていても、恋愛については私はまだ何も知らない子どもだった。
私は颯之介を男の人として好きなのだろうか?颯之介は、こんなに女の子らしくない私のことを好きでいてくれるんだろうか?
迷宮をさまよっているみたいに同じ考えが頭を回る。
ゆっくりと目を閉じたときだった。

□ □ □

セキュリティシステムが甲高く鳴り響いた。
『来客がお見えです。モニターとインターフォンを接続しますか?』
誰だろう、こんな昼間に私を訪ねてくる人なんていないわ。
最近は物騒になったからおんなのに1人暮らしだと知られるのは危険。
それに、今、そんなやり取りする気力がない。無視することに決めた。
『来客がお見えです。モニターとインターフォンを接続しますか?』
5回くらいで諦めるだろうと思ったのに、敵はなかなかしつこかった。
設定回数の20回をすぎ、セキュリティシステムのコールが変わった。
『緊急のお客様です。モニターとインターフォンを接続します。』
いいかげんイラついていたので、こちらのカメラと音声がオフになっているのを確認して、モニターを覗き込んだ。
一体どんな、物好きなんだろう。
モニターの中を除いた瞬間。心臓が飛び跳ねた。
モニターの中で汗だくになっていたのは、颯之介だった。
「ミス・ブルー、大丈夫か?貧血で倒れてるんじゃないだろうな?!
ちゃんと飯食ってたのか?!おーい!ミス・ブルー!!返事がないな…。ビルの管理会社に連絡して…。」
何をそんなに焦ってるの?そんなに汗だくになってここまで走ってきたとでも言うの?
それより、管理会社に連絡とか言ってたわよね。彼のほうこそ、パニック状態で大変そう。
とにかく落ち着いてもらわないと。
音声をオンにすると、一言だけ言った。
「上がって来て。」
そういって、ドアの鍵を開けると本当に転がるようにドアを開ける彼の背中が、画面の端に映っていた。

待つこと3分。
部屋のチャイムが鳴った。
モニターで確認すると、幾分、落ち着いた感じの彼が映っていた。
ドアを開けて、中に招き入れた。

□ □ □

もう風邪が冷たく感じられる季節だというのに、彼は汗だくになっていた。
そして、モニターでは分からなかったけれど、彼のほうが倒れそうに青い顔をしていた。
「…よかった。思ったより元気そうで。呼んでも返事がないから一人で倒れてるんじゃないかと思ったんだ。
うるさくして悪かった。…じゃ、また大学に戻るよ。」
当然、部屋に上がっていくと思ったのに颯之介は靴も脱ごうとせずに、狭い玄関できびすを返して、ドアノブに手をかけた。
次の瞬間、自分が何をしてしまったのか理解できなかった。
ここ数年、颯之介が伸ばして束ね始めた髪を、むんずとつかんでいた。
驚いて私が手を離したのと、彼が私のほうに向き直ったのは、ほとんど同時だった。
自分の気持ちがめまぐるしく変化している。
今までのもやもやが、嘘のように晴れていった。
まるで新しいプログラムをインプットされたみたい。
驚いて呆然とする彼の頬に手を寄せ、人差し指を彼の唇につけた。そして、その指を私の唇に移す。
私は頭の中で、颯之介を帰したくない、あの髪の柔らかさをもう一度感じたいと思っていた。
颯之介が私のことを好きなんじゃなくてもいい。
ただ私を心配して、走ってきてくれた。それだけで十分だった。
そっと、耳を颯之介の胸につける。鼓動が耳に響くと素直に、言葉が溢れてきた。
「…帰らないで。…おとなしい颯之介は嫌い。」
そっと、颯之介の腕が私の背中を包んだ。
「…じゃあ、騒がしい俺なら…?俺、誰かさんが叱ってくれないなら騒ぐ元気が出ないんだけど…。」
少し、いつもの調子が戻ってきてる。
「もう、生活指導の先生はできないわ。…だって、あなたと不純異性交遊したいの。」
「どうしたの、ミス・ブルーともあろう人が…。」
「ふざけないで!私は本気なのよ!冗談でこんなこと…。」
「分かってるよ、…青子。」
突然の真面目な声。
あのときのように引き寄せられるように、唇が、重なる。
自然とほどけるようにキスが深くなる。
柔らかい唇の感触と、頬をくすぐる金の糸。
私はこの感覚を忘れない。
感情を持っていてよかった。現金だけどそう思っていた。
苦しかったときの何倍も暖かい気持ちで心が満たされていた。
脚から力が抜けて、ガクッと膝をつきそうになった。
「ヤバイ、青子。俺、もう青子にメロメロになったみたい。」
お酒を飲んだときのように頭がフワフワしてた。
「颯之介のせいよ。もう歩けないから部屋まで連れて行って。」
「こーゆう場合、なんて言うのかな?…押しかけ狼?」
いつもなら、怒鳴り声が出るところ。
今日はくすくすと笑い声が出てきた。
「ふふ…今日だけ。おとなしく食べられてあげる。」
颯之介は大げさに眉を上げると、私のおでこを軽く突っついた。


□ □ □

颯之介に支えられて部屋に入る。
これまで何度も颯之介は私の部屋にやってきていたけど、この部屋に入るのは初めてのはず。
ベッドとオーディオと小さな観葉植物、そしてここにも本の山。
ただ、この部屋の本棚の構成内容はリビングのそれとは違う。
この部屋。寝室にあるのは私が個人的に好きなものだけ。
気に入ったもの、大切なものだけを集めた部屋。
今日はじめて、この部屋に大切な人を招きいれた。

「青子、俺のことどう思ってる?」
「悔しいけど好きなんだと思うわ。…」
「なんで悔しいの?俺は青子のこと愛してるのに。」
どうしてこの人はこんな恥ずかしいことを臆面もなくいえるのかしら。
顔に血が上る。
「だって、颯之介の作戦どおり、餌付けされちゃったみたいじゃない。」
「…バレてましたか。野ウサギちゃんを太らせて食べてやろうとしてた狼さんの思惑は…。」
ぎゅぅうっと頬っぺたをつまんでやった。
「でも、狼さん。この前は少し先走りすぎだったわね。」
「ごめんなひゃい。我慢の限界でひた。」
頬の指を離してあげると、彼の指が私の髪を耳にかけた。
「ちょっと酒飲んだだけで耳までほんのりピンクにしちゃって、しかも『ふわふわするー』な
んて甘えられたら、狼さん我慢できませんよ。」
ますます顔に血が上る。
「今日は我慢しなくてもいいわよ。ふわふわにさせた責任をとってね。」
「よろこんで。…ん?!今日は。ってことはまた我慢しなくちゃいけないこともあるの?」
幸せなクスクス笑いが止まらない。
「ふふふ、さぁ、どうしようかしら?…何?!くすぐったいじゃない!」
颯之介の唇がまぶたに降りてくる。
颯之介の手が背中を撫で、シャツの裾から浸入しようとしていた。
やっぱり颯之介は子どものフリをした大人だ。
私の緊張をすっかりほぐしてしまった。
一生懸命大人のフリをしている私を気付けば子どもに戻してしまう。
私が冗談をゆったり、甘えたりできるのはこの人の前だけだ。

早く大人になろう。そう決めたのは6つのとき。
それぞれのオフィスを持ち毎日どこかを飛び回っている両親のお荷物は嫌だと思ったから。
甘えてすがりつく子どもは仕事の邪魔になるって分かっていたから。
知能テストを受けて、スキップを進められたとき初めて両親に認められた気がした。
―――君を1人の人間として誇りに思うよ。―――
―――スキップについてもあなたが選択なさい。私達は一人前の人としてあなたと対等でいたいわ。
           子供だということ、女であるということを言い訳にしない人になりなさい。―――――
大人になろう、1人で生活できるようになろう。そうすればもっと認めてもらえる。
それから今まで、私は子ども扱いされないように気を張っていたのかもしれない。
プツン、プツン、と颯之介が私のシャツのボタンをはずしていく。
私と正反対の人、不思議な人、優しい秋の日差しのような人。
頑丈な私の心を何年もかけてこじあけ、私に自分が女であることを実感させた男。
颯之介の手がかかり、シャツが足元に落ちた。
夕暮れの日差しがベッドに差し込んでいる。
颯之介の手が迷うことなく、ジーンズを降ろし、私は下着だけの姿になった。
暖かい指が頬に触れたかと思うと、その指先は髪の中にすべり、唇が荒々しく奪われた。
その荒々しさとは対照的に、夕日の差し込むベッドに優しく横たえられた。
不思議と恐怖感はなかった。
うっすらと目を開けると、颯之介の髪が夕日を受けてゆれていた。
まるで風を受けて揺れる金の稲穂のように、キラキラ、キラキラまぶしくてなぜか涙が出てきた。

□ □ □

「…恥ずかしいな。お日様に見られてるみたいだ。」
さっきまでの手馴れた人とは別人みたいな発言に、微笑が浮かぶ。
「泣くなよ、涙が反射してまぶしいんだ。」
逆光と涙のせいで颯之介の表情が分かりづらい。
「無理よ、もうすぐ狼さんに食べられてしまうんだもの。」
颯之介が優しく笑っているような気がした。
「じゃあ、ご期待にこたえて頭の先から、足の先までおいしく頂きます。」
つむじ、髪の毛、おでこ、まぶた、こめかみ、耳たぶ、鼻の頭、頬、唇、あご、喉、首筋、、、、。
颯之介の手と口が順々に私の体を確かめていく。
柔らかい唇を押し当て、ぺろりと舌を這わせ、時には甘く噛み付く。
指先は次の場所への道しるべのようにゆっくりと進んでいく。
そして、油断をしていると思わぬところに戻ってきて私を驚かせる。
颯之介は優しい。
颯之介のベルトのバックルの冷たさに少しびくついた様子を見て、手早く衣類を脱ぎ始めた。
「俺、またがっついてたみたいだな。すっかり自分が服着たままなのを忘れてた。」
「ふふ、それでこそ颯之介じゃない?優しいだけの颯之介はイヤ。」
久しぶりに見る、悪戯っ子みたいな颯之介が身体をきつく抱きしめた。
触れ合う肌と肌の感触に、嫌がおうにも鼓動が大きくなる。
「さっきまで泣いてた人の発言とはおもえないなぁ?じゃ、本気出しちゃうよ。」
「早くしないと、気が変わっちゃうかもしれないわよ?」
颯之介の腕の中から抜け出してやろうと身体を捩った。
シーツの間に笑い声が響く。
颯之介といるといつもジェットコースターに乗っているみたい。
あんなに沈み込んでいたのはほんの1時間前のことなのに、今はもう、嬉しくて舞い上がっているみたい。
「どんなにもがいても、ダメだよ。ほら、こっち向いて。」
頬を捕まえて、颯之介は私の笑い声を封じてしまった。
歯茎を舌でなぞられ、閉じていた歯をノックされる。
少し緩んだところへ舌が浸入してきて、あっという間に私の舌も絡めとられてしまった。
うっすらと目を開けると、颯之介と目があった。
予想外の真剣な眼差しと、舌の動き。
全身から力が抜けていって、本当に食べられているみたいだと思った。
少し身体を浮かせられ、気付いたときにはブラが腕から引き抜かれようとしていた。
頬にあった大きな手があらわになった膨らみにそっと触れた。
少しずつ、力が加えられているのは分かるけど、もう何がなんだかわからなくなってきていた。
指の間で先端を優しくすられたとき、繋がったままの口元からため息が漏れた。
名残惜しげにゆっくりと颯之介の唇が離れた。
彼の手は休まずに手のひらでふくらみを人差し指で先端を刺激し続けていた。
「…ぁっ。…んぅ。」
自分の口から時折漏れるため息が恥ずかしくて仕方ない。
「気持ちいいなら、我慢しないで?…恥ずかしくないから。」
そんなこと言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
両手で口を抑えて、首を振った。もう、普通に言葉は話せないと思ったから。
「青子全部、独り占めしたいのにな。」
颯之介に右手をとられて、爪にキスを受ける。
一本一本、指を丹念にくわえる様子は、なんだかひどく颯之介を色っぽく見せた。
胸から感じていた体の中に直接響くような快感から解放されて、颯之介の口元に集中していた。
ぺロリと唇を舐めたあと、徐々に手のひらから腕のほうに上ってきた。
「んぅ?…なに?」
颯之介の視線から目を放せずにいると、硬く閉じていた脚を徐々に膝で割り開かれていた。
その行動がこれからされることを思い起こさせて、ますます恥ずかしい。
肩まで上ってきた唇は、また首筋を通って立ち上がっている先端にたどり着いた。
暖かいものに包まれた感覚は全身を粟立たせた。
時折触れる颯之介の肌が心地よかった。
その肌の上を颯之介の指先がたどり、下着に手がかけられた。
脱がされようとしていることに気付いて、とっさにその手を制止しようとした。
途端に、甘噛みされた胸から強い刺激を感じた。
思わず、颯之介の手を掴んでいた手から力が抜ける。
「青子。かわいいよ。俺だけで独り占めしたい。」
するすると下着が引き抜かれ、自然と緊張感が走った。
内股にすっとなで上げられたぬくもりを感じた。
颯之介の唇は、触れるか触れないかでお腹をなぞりお臍のところをぺろりと舐めた。
どんどん心臓の音が早く大きくなってくる。
颯之介の指が、入り口に触れた。
身体がビクンと跳ねる。
「少し、…濡れてるよ。」
割れ目をなで上げられると強く快感を感じる部分があった。
「…はず、かしい…。もぉ、やだぁ。」
自分の鼻にかかった甘い声がますます恥ずかしさを煽る。
「綺麗だよ。青子は。…もっと恥ずかしいことするよ?」
次の瞬間、さっきの強く感じた部分が湿った暖かさに覆われたいた。
このことの意味を考えようとするのだけど、予想もつかないことだったのと強い快感のせいで
思考がついていかない。
コロコロと舌で転がされていると、身体の真中に感じたこともない快感が走って自分の身体じゃないみたい。
「…ぅん。…ううぁ。っはん…そぉの…け、、だめ…。」
自分の身体が意思を無視してびくつくのを必死で止めるようにシーツを握り締めた。
声を出さないように唇を噛み締めた。
「大丈夫。怖くないよ。身体はちゃんと反応してるから。ほら、力抜いて…。」
入り口が圧迫されて、徐々に指が浸入してくるのを感じた。
ゆっくりと広げるように少しずつ指が蠢き始めた。
さっきまで感じていたような強い快感はなかった。
ただ、身体の中を押し広げている指の存在を強く感じた。
嫌なわけではないけれど…、なんだか、本当につかまってしまった。
もう逃げられないんだと思った。
心配そうに私のほうを見つめる颯之介を見ながらどうしてこんなことを思ったのかはよく分からなかった。
もう引き返せないところまで来てしまった。そんな後ろめたい喜びを感じていた。
「青子…。ちょっと痛いかもしれない。」
颯之介の真剣で、そして心配そうな顔。
もう、引き返せない。
返事のかわりに頭を抱き寄せ、やわらかい金の糸の中に指をうずめ目を閉じた。

入り口に硬いモノが当たってまた身体に力が入った。
颯之介の指が、私の頭を撫でる。
ゆっくり少しずつ押し広げられた。
覚悟を決めたつもりでも、やっぱり怖くて、少しずつ上にずれあがろうとしていたら、
颯之介に肩と腰を捕まえられてしまった。
「っあ。…んぅう!」
本当に少しずつ狼に追い詰められているみたい。
「っっきっつ…。ゆっくりするから、力、抜いて…。」
颯之介が進んでくるたびに彼の首に回した手と奥歯に力が入る。
押し広げられた部分が鼓動にあわせてズクンズクンと疼く。
本当に少しずつ、徐々に颯之介が進んできていた。
彼が一つ、大きな息をはき、動きが止まった。
「…大丈夫?」
苦しいくらいの圧迫感。颯之介を全部受け止めたんだと思うと、さっきとは違う照れくささが
沸いてきた。
どきどきしたまま、心配そうな声のほうをむくと閉じていた目から溢れ出ていた涙を唇で受け止めてくれた。
「…その顔、反則だよ。…ごめん、また痛いかもしれない。」
一瞬、辛そうな顔を浮かべたあとで、ゆっくりと颯之介が動き出した。
確かに、痛かったけれど気持ちが少しずつ緊張から解放されて幸福感が押し寄せてきた。
身体の奥に、彼の熱が放たれたのを感じた。
息をつき、覆い被さってきた颯之介の身体を抱きとめたとき、女でよかった。と思えた。

□ □ □

いつのまにか、窓の外は夕闇で2人を見ていた太陽は山の淵に名残を残すだけだった。
一枚のシーツに包まって穏やかな寝息を立てる颯之介の腕の中で考えていた。
私はずっと1人で立ちつづけないといけないと思っていた。
一人前の大人なら誰にも甘えてはいけないんだと思っていた。
でも、そんなの、ただの強がりだった。
ずっと1人でいるなんて寂しすぎる。
特に、今私達が作っているアンドロイド。
「嵐」 あの子は私達よりも長い時間を生きつづける。
パートナーが必要だわ。
どんなに長い時間、大変な時代でも助け合っていけるパートナーを、嵐に助け合える人を作らないと。
さらさらと流れる金色の髪を指に絡める。
颯之介の呼吸を耳元に感じる。
こんなに人の呼吸が気持ちを安定させるものだなんて知らなかった。
身体はまだあちこち痛いけれど、その百倍くらい幸せな気持ちで心が痺れてる。
無防備に眠る颯之介は、なんだかすごく可愛らしかった。
「無邪気に眠っちゃって。お腹一杯食べた後、眠っちゃった狼さんは仕返しされるのよ。」
颯之介を起こさないようにベッドから抜け出した。
「私の作ったご飯でも食べてもらおうかしら。」
私がこんなことを、考えるようになるなんて、ね。
自分でも浮かれすぎだと思うほど、幸せな夜だった。

□ □ □

ただの風景でも1人で見るとこんなに辛いのだと、それまでの私は知らなかった。
この島に来て良かったと思うのは、秋かもしれない。
この南の島には稲を植えている田んぼがないから。
こんなに、颯之介が恋しいのに金の稲穂を見てしまったらきっと我慢できなくなってしまう。
付き合い始めてすぐに、他愛のない約束をしていた。

「そういえば、稲穂の海って見たことある?私、無いのよ。実際に生で見たこと。」
「確かに、俺もないなぁ。移動中とかに通り過ぎることはあっても、立ち止っては…。」
「ねぇ。『兄弟プロジェクト』が軌道に乗ったら、休暇を取って田舎でのんびりしましょう。
稲刈りとか田植えとかすごく泥臭いことをしましょう。」
「おぉ。いいねぇ。それを心の支えにして頑張ろう。でも青子からそんな言葉が出るなんて意外だなぁ。
さては相当疲れてるんだろ?マッサージしてやろうか?」
「結構です!そんなことしてたら余計な体力使うの目に見えてるもの。…エッチなんだから。」
「それは仕方ない。青子が俺に餌付けされたように、俺は青子の中毒になってしまったんだ。」
「馬鹿なこと言ってないで、ほら、そこの実験データとって。」
「はいはい。これだよね。」
「はい は一回。」

一番幸せな頃の記憶。
自分の言葉に答えてくれる、笑ってくれる。
それだけのことがすごく嬉しかった。
研究室でもラボでも、私の部屋でも2人でいるのが当たり前になってた。
何をするにも2人一緒、疑問に思ったことは全て話し合った。
すごく上手くいっていた。
気付いてしまうまでは。


□ □ □

嵐のプログラムも大詰めを迎えようとしていた頃だった。
いつものように、2人で夕食の買い物に来ていた時だった。
颯之介の携帯電話が突然鳴り響いた。
緊張した面持ちで会話をしている。
「…はい、すぐ行きます。」
目に見えるほど颯之介の顔色は蒼白だった。
「どうしたの?なにか大変なこと?」
「あ…。教授が、階段から落ちて病院に運ばれたらしい。悪い、俺、行くよ!」
あんなに焦っていた颯之介はそれ以来見たことがない気がする。
持っていた籠を私に押し付けると、わき目も振らずに駆け出していた。
1人、スーパーに取り残された。
教授の容態は心配だし、颯之介の行動は間違っていなかったと思う。
もちろん、1人取り残されたことに腹を立てていたわけじゃない。
でも、あの瞬間、目がさめたような思いだった。
あの頃、私はどんなことでも颯之介に相談していた。
夕食の支度という些細なことから、起動実験の手順という重要なことまで。
颯之介も同じように相談してくれて、二人はいつも対等だった。
でも、颯之介は大人だった。
2人で決めることもできるけれど、自分ひとりだって答えを選べる。
だけど、私は子どもだった。
甘えられる存在ができたことで、自分で判断できなくなろうとしていた。
そんなはずはない。
足元がガラガラと崩れ落ちていくような気がした。

現実に、私はこれからどうしたらいいのか分からず、立ち尽くすしかなかった。


□ □ □

幸いにも三波教授は脳震盪を起こしていたものの、軽症ですぐに研究室に復帰された。
颯之介の安心したような笑顔は、私をほっとさせたし、
教授との病室でのやりとりを冗談で話してくれたときは本当に良かったと思えた。
でも、私の気持ちの動揺は徐々に恐怖に変貌していた。

颯之介のことは本当に、好きだと思う。
日を追うごとに思いは強くなっている。
だから、このままではいつか私が彼の負担になってしまうと思った。
私がいつまでも変わらなかったら、外側を取り繕うばかりで内側が子どものままだったら颯之介と同じ場所には立てない。
これが一生の別れになるかもしれない。
でも、2人でダメになる前に、颯之介からはなれよう。
そう、決めた。
そして、嵐の起動実験を行いながら京都からできるだけ遠い場所を選んで、引越しすることにした。
両親は、私が国立科学研究所を止めることを良く思っていなかったし、
小さな島の修理工になることを恥じてさえいるようだった。
それでも、私の気持ちはかわらなかった。
両親の機嫌をうかがっていた頃には考えれらないほど、大切なものがあったから。
どれだけ非難されても嘆かれてもかまわなかった。
私が、颯之介の負担にならずにいられるのなら。

嵐の起動が成功したとき。
颯之介に私が島に引っ越すことと、別れを告げた。

□ □ □

目覚めたばかりの嵐は、当分の間、赤ん坊のようだったから颯之介のことははっきりと覚えていない。
機能的には変化していないけれど、伝達の方法や記憶の処理を滞りなく行えるようになるまでに時間が必要だった。
身体は大きいのに、まるでヨチヨチ歩きの赤ちゃんみたいだった。
それでも、人の赤ん坊が1年かける成長を1日で終えていた。
嵐が目を覚ましてから5日目。
静のプログラムも終了し、いよいよ私の仕事が終わろうとしていたときだった。
「青子、仲良くしよーね。」
嵐がはじめて発した言葉だった。

颯之介は、一方的に別れを告げた私に全財産をはたいて嵐を預けるというのだ。
私達の子どものような、この嵐を。
半ば、押し切られるような形で嵐を島に連れてきた。
自分の面倒を見るだけでも精一杯なのに。そう思っていた。
強がって、意地を張って、怒ったフリをしていた。
でも、本当は颯之介の優しさや思いの深さが嬉しくて、泣きたい位、嬉しかった。


□ □ □

私も少しは大人になれたのかしら?
というか、きっと歳をとったのね。
最近、毎日のように颯之介とあった頃のことを思い出す。
もう、何年もたつけど颯之介から連絡らしきものがあったのは引っ越して半年目のあの手紙だけ。
嵐宛の封筒に入っていた写真は立体ホログラム加工して寝室のベッドの引き出しにしまっている。
静と、後頭部だけ写った颯之介。
相変わらず、寝室には自分の好きなものしかおいていない。
ベッドの引出しなんて、特等席よ。
心の中で語りかけた。
写真の中の彼は、何も言ってくれないけど。

「おめでとう。」
今度は声に出していってみた。
彼の進めていた『人外類 皆兄弟計画』が正式に運営されるという報道があった。
これで彼の研究も一段落ついたのだろう。
これで完全に遠い世界の人になってしまった。
片や国の人口政策の要をになう研究者。
片や小さな島で修理工兼、通信講座の非常勤講師。
後悔はしていないけれど、少し寂しくなった。
「ほら、これ。」
嵐がぶっきらぼうに差し出してくれたのはファジー・ネーブル。
颯之介がはじめて飲ませてくれたお酒だった。
恥ずかしがる嵐を無理やり抱きしめてやった。
なんて愛しいヤツだろう。
気分は少し、晴れていた。

□ □ □

翌日。
仕事から帰ってきてみると、ご近所のおばさんたちが誰かを取り囲んで詰問している。
何があったんだろう?
前にも、こんな光景を見たことがあるような…?
少し、遠巻きに見ている嵐を見つけなにが起こっているのかを聞いてみた。
「いやぁ、それが…。」
嵐が説明をはじめる前に、思いも寄らない人の声が聞こえてきた。
「青子!!」
それは、紛れもなく颯之介の声だった。
「なぁにが、青子だぁ!まだ話は終わってないよ!あんた、
何年間も青子ちゃんのこと放っておいてどういうつもりだい!」
「そうだよ、しかも、そんな可愛い子どもまでいたんじゃないか!
それを今更ノコノコ出てきて、どういう了見だい!!?」
この信じられない状況と、おばちゃんたちの迫力にあっけに取られていると
落ち着いた良く通る声が聞こえてきた。
「僭越ながら、僕が説明させていただきます。最初に、僕はこの博士の子どもではありません。
もちろん、青子博士とも血縁はございません。とくにこの博士の子どもだなんて真っ平ごめんのすけです。」
その声の主の落ち着いた様子におばちゃんたちも怒りの矛をおさめた。
「おい、静ぁ。」
「情けない声を出しても無駄です。人が早く会いに行けというのに、意地をはっていたあなた
が悪いんですから…。大体、あのときだって、近況報告の写真を撮ろうといっても青子博士は
きっと顔を見るのも嫌に違いないとか思い込んであんな、訳のわからない写真を…。」
「あー。分かった分かった、ストップ!!静か、話題が脱線してるって。…えー。分かりやす
く言いますと、彼は嵐と同じアンドロイドなんですよ。で、僕は青子との約束を果たすために
やってきたわけです。決して怪しいものでは…。ご理解いただけましたでしょうか?」
颯之介に疑いの眼差しを向けたまま、おばちゃんたちが聞いた。
「青子ちゃん、この男の言ってることは本当かい?」
「遠慮はいらないよ。なんなら父ちゃん呼んで来てとっちめてやってもいいよ。」
本当に、この島の人たちはなんていい人たちなんだろう。
三波教授がいらしたときと同じように私を守ろうとしてくれたんだ。
「青子ぉ!!」
颯之介の情けない声で我に変えると、笑いがこみ上げてきた。
久しぶりに大笑い。
私を除く全員がキョトンとしている。
「大丈夫!この人、怪しいけど言っていることは本当よ。」
ようやく、おばちゃんの包囲網から解かれた颯之介は数年前と変わらない笑顔を向けてくれた。

□ □ □

エピローグ。

私と颯之介は、結局、島で過ごしている。お互いに温めてきた約束だったのに。
本当は、約束どうり田舎に稲刈りをしに行こうと言っていたんだけど、なんだかどうでもよく
なってしまった。
そもそも、私が田んぼに行こうと言い出したのも思いつきだった。
稲穂を揺らす秋風に颯之介が髪をなびかせるのを見たいと思ったから。
颯之介の色の中に立っていれば私も、その金色に染まれるかもしれないと思っていたから。
でも、今は違う。同じ人間なんてつまらないと思っている。
幸せの象徴のように思っていた稲穂の海を見に行くよりも、身近にある小さな幸せを実感した
いとおもった。
嵐と颯之介が並んで食事を作っているのを見たり、静と2人で面白かった本について
話し合ったりするほうが、何倍も有意義に思えた。

それに、嵐と静と一緒に過ごせる時間は少しだから。
4人でこんなにゆっくり過ごせるのは、最後かもしれないから。
当初の予定どうり嵐と静に計画の実行を任せた
これから嵐と静にはマスターアンドロイドとしての運命が待ち構えている。
何百年も、2人で生きていかなくてはいけない。
私達と過ごした時間なんてほんの少しの時間に過ぎなくても、少しでも楽しいと思って欲しい。

計画が一段落した颯之介は、なんと、この島に、というか私の家に越してくることになった。
稲刈りでも田植えでも、これからは行こうと思えばいつでもいける。
そう考えると、別にいいやと思ってしまった。
私と颯之介にとって重要だったのは、2人とも約束を覚えていること。
本当に行動に起こさなくてもそれで十分に思えた。
それに、金の稲穂はこの島にもあったから。
夕日を受けて輝く波間はキラキラと光り輝いて、まるで稲穂の海のように見えていた。
これまで気付いていなかったけど、いつも私のことを見守っていてくれた。

「この辺の海の色って、青子のイメージにぴったりだ。潔いほど青くて透明。それなのに暖かい色。」
颯之介がポツリともらした言葉に笑ってしまった。
そして、言葉を借りて告げる。
「この時間の海の色って、颯之介のイメージにぴったり。どんなに冷たそうな色でも暖かい色に変えてしまうの。」


少し離れたところですっかり意気投合した嵐と静が、やれやれというような呆れ顔で見ていた。


―the end ―

 

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