『 夜明け前 』

(夜明け前か・・・)
メンフィスは夜明け前に目覚めるのが常だった。そのまま夜が明けて側仕えの者達がさり気なくファラオの眠りを覚ますためにほのかな物音を立て始めるまで様々なことを考える。
政務のこと、外交のこと、都市計画のことなどなど・・・。
だがさすがに今朝方は疲れ、頭の芯がぼうっとして考え事はまとまらなかった。
それも当然だ。横を見れば昨日娶ったばかりの新妻が眠っている。高雅な美貌は眠っていても変わることなく。いや眠っているからこそ妖しげな艶めかしさすら加わる。

(姉上・・・いや、アイシスと呼ぶほうがよいのかな)
メンフィスは妻となった異母姉アイシスを見つめた。昨夜の奔放な姿。羞じらいながらもメンフィスを求め、メンフィスに縋り、譫言のように言った。
「私はそなたの妻です、愛しいメンフィス。お願い、もう私はそなたの姉ではありませぬ。妻なのです、女なのです・・・!」
女の肌に慣れたメンフィスですら驚くほど凄艶に舞うアイシスの身体。熟れに熟れ、崩れる寸前の果実のような美しさ。
メンフィスが触れれば何倍にも激しく反応した。自分から待ち望んだ最愛の男の肌に身体を擦り寄せて。
(我が王妃、か。婚儀など、正妃を娶る婚儀など典礼に定められただけのことなのに何故、あそこまで思い入れたっぷりに振る舞えるかな・・・。
美しく気高い姉上も、所詮ただの女か)

だが、同じ血を引き、同じ時間を過ごした相手はメンフィスの心に不思議な安心感を与える。気心の知れた同志のような相手。
(同じネフェルマァト王の血を引く我らから新しい世代が生まれるのか)
メンフィスは愛しさにも似た感情を初めてアイシスに覚えるのだった・・・。

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