『 船上にて 』 「……気を失ったか…」 彼の振りおろす鞭の下で悲鳴をあげ続け、しかし決して彼の問いに答えようとしなかった その娘の体がガクリと崩れ、悲鳴が止むと、彼は鞭を捨てた。 「よい…わたしが手当てする。わたしの船室に薬を持って来させよ」 後始末をすべく躾よく進み出てきた兵士を片手で制すると、彼はそう言って娘を帆柱に括り付けた縄を解き、血に塗れた背中を痛めぬよう娘を肩に担ぎ上げた。 船室の戸を閉じると彼は、娘を担いだまま寝台に腰を下ろした。 そして娘の体をそっと自分の膝の上に降ろすと、 娘の細い腕が彼の首を抱くようにその上半身を自分の左肩に寄りかからせ、手馴れた様子で手当ての邪魔になる娘の衣服を脱がせ始めた。 手の込んだ刺繍の施された厚い胸飾りを外すと、エジプト風の薄衣を通して慎ましいが柔らかなふくらみの感触が彼の腕に伝わってきたが、彼は別段動じることもなく、手当てを始めるために手を動かし続けた。 娘の背中が露わになると、彼は水に濡らした布で押さえるようにして丁寧にその血を拭き取った。 全ての傷口の血を拭い終えても、調合された薬が運ばれてくるにはまだ時がかかりそうだった。 彼は娘の腕を自分の首から外すと、左腕で包むようにその上半身を支えて娘の顔を覗き込んだ。 意識が無いにもかかわらず、娘の表情にはまだ先ほどの責め苦の名残が刻まれていた。 (神の娘……本当だろうか?) (………まこと神の娘ならば、なぜわたしの鞭から身を護ることすらできぬのか?……解せぬ…) (しかし、このわたしの鞭の痛みにも屈せぬとは……華奢な体をしていながら、なんと意志の強い…) 自覚してはいなかったが、彼は今や、問いの答えよりも娘がついに彼の力に屈しなかった理由を知りたくてならなかった。 彼は娘の腰から下に纏わりついたままだった薄衣を全て取り去った。 あらためて眺めた娘の白い体は、踏み荒らされていない雪原のように美しく、彼はふと胸を衝かれ、しばらく身動きもできずにその美しさに見入ってしまった。 それは今まで彼が女の体に感じたことのある、彼にとってはさして意味も無い惰性のような欲情とは全く異なるもので、彼には自分の中にそんな感覚の沸き起こった理由がわからなかった。 船が大きく揺れ、はっと我に返ると、彼は自分で制御することのできないその感覚を無視し、己に対しても無感動を装いながら娘の体を検めた。 しかしどこといって普通の娘と異なるところは見当たらなかった。 背中の傷に刺激を与えぬよう気遣いながら娘の体を仰向けに横たわらせると、彼は躊躇わずに娘の脚を開かせた。 だが、柔らかな繊毛に薄く飾られたその部分も、やはり普通の娘と変わりないようだった。 ただそれは、熟れた体で愛の技巧を彼に教えた女達のものよりも 初めての悦びを彼が教えてやった未熟な乙女達のものに似ていた。 しかも、乙女達のそれですら彼がその部分に触れる頃には彼を求めて潤んでいたのに、目の前の娘のそれは未だ何も知らないような清らかさで静かに眠っていた。 (メンフィス王は…まだこの娘に触れておらぬのか……?) それは有り得ぬことではないように今では思われた。 娘の体が既に愛を受けたことのあるものかどうか確かめる術も知っていたが、この一度も開かれたことのないように思われる薄紅色の薔薇の蕾に無残な仕打ちを加えるのは、なぜか躊躇われた。 (…ふ……わたしも甘いことだな………) (しかし、そなたには謎がある……謎はゆっくり解いてゆけばよい………) (急いて謎を壊してしまってはつまらぬ……今は…これまでだ…ナイルの娘よ……) 自分でも気付かぬほどの微かな優しい笑みを浮かべると彼は、その可憐な蕾を汚さぬよう、風が撫でたような軽い口づけを与えた。 すると娘は僅かに身じろぎし、彼は再び得体の知れない動揺に襲われた。 それでも彼は、意識も無く彼の腕に身を預け、隠す術も無く彼の目に晒されている 頼りなげな白い裸形の持ち主が、強者であるはずの彼をむしろ支配し始めていることにまだ気付かなかった。 いや、説明のできないこの動揺を、納得のゆく理由も見つけられぬまま娘に惹かれてゆく自分を認めることができなかったのだ。 「王子、薬をお持ちしました」 「わかった。……少し待て」 なぜか娘の肌を兵の目に触れさせることに抵抗を感じた彼は、娘の腰を掛布で包んでやり、うつ伏せに寝かせ直してから、船室の戸を開けた。 船上の喧騒が耳に入り、このひとときの酩酊するような不思議な感覚から彼を醒ました。 風がひどく心地好かったが、彼は無意識にその理由を考えないようにした。 「追い風のようだな」 殊更冷静であろうとして独りごちると、薬の器を手に再び彼は船室の戸を閉めた。 fin. |