『 無題・9 』 イズミル王子がキャロルの心を得てからどれほどの日々が過ぎたことか。 王子は相も変わらずキャロルに夢中で、大切にすることこの上ない。婚儀の日までは忠実な恋人役に徹するのだ、この王子は。 冷静沈着・文武両道の王子というイメージを崩さぬよう、恋をしたら堕落したと言われぬよう、以前にも増して公務に励む王子。人々はますます王子を尊敬する。 しかし、ひとたび自分の宮殿に帰れば、人目も憚らずキャロルを慈しむのだった。一緒に食事をして、一日の出来事を教えてやり、キャロルの話を聞き、一緒に国政の勉強などもする。 そして侍女達も下がったその後は・・・。キャロルへの寵愛はますます深くなる。優しい口説、接吻、色めいた冗談ごと、逸る自分の心を抑えた抱擁。柔らかなキャロルの身体にきわどく触れる大きな暖かい手。 王子はキャロルが自分を愛してくれているという確信があった。何事も客観的に観察し、万が一に備えて常に裏の裏まで考察し、想定する王子だったが、キャロルの心については無条件で信じきっていた。 「私がそなたを幸せにしてやる、姫。そなたはただ私についてくればよいのだ」 「そなたが私の妃になる時が待ち切れぬ。そなたは私だけのものなのだ。他のことなど考えるな。ただ私のことだけを思ってくれ」 「愛している、愛している。ずっと側にいてくれ。初めてだ・・・こんなにも誰かを愛しく思うのは。こんなにも誰かに心奪われるのは・・・」 繰り返される王子の口説。初めて知った愛に酔う若者の口説。 そんな中で。 キャロルは不安だった。王子を愛しているのは本当だった。王子の愛を疑うことなどもなかった。王子を愛し、王子に愛されることで幸せが得られるのは・・・本当だ。 それでも。 (このままでいいのかしら・・・?) (私は王子を大好きだわ。でも・・・押しつけるような、他のことを考えるのを禁じるような王子の愛し方は・・・怖い) (私、このままではただ王子が振り向いて笑いかけてくいれるのを犬のように待つ人間になってしまいそう) 王子は古代世界では何の後ろ盾も持たないキャロルに様々なものを与えた。それは金銀財宝の類であったり、美しい衣装や小間物であったり、馬や、城塞、豊かな領土であったり、格式の高い地位であったりもした。 それは王子の心の証。キャロルは心から王子に感謝した。でも婚儀を目前にした今、王子の好意は何だか窮屈に思えて仕方ない。 (私・・・このままではいけないわ。このままでは私、甘やかされたお人形のようなつまらない人間になってしまう) 袋小路の不安にとりつかれたキャロルの心の中にある考えが浮かんだ。 (イシュタルの神殿に行ってみようかしら) 愛の女神イシュタルの神殿のことは侍女達のおしゃべりから聞いて知っていた。恋をする者は、愛の女神の神殿に赴いて未来への不安や期待を占って貰うのだと。 神殿の中にある水盤。そこに未来が映るのだという。 (私はどうしたらよいのかしら?私・・・自分の心を知りたい。私の本当の望みは何?本当に今のままで幸せになれるの?) 王子の最愛の人として奥宮殿に大切に大切に隠され、傅かれているキャロルがこっそりと外に出るのは至難の業だった。それでもキャロルは外出する侍女達に紛れて宮殿を出たのだった。 「久しぶりの外!」 キャロルは足取りも軽やかにイシュタル宮殿を目指した。息苦しいほどに王子に愛され、守られた日々にキャロルは思った以上に辟易していたらしかった。 ベールとマントで深く身を包んだ小柄な少女に特に注意を向ける者もいない。 キャロルは首都の喧噪の中、イシュタル神殿に着いた。 神殿は大きな中庭のある造りで沢山の人々で溢れていた。神官や巫女、中庭で商いをする商人達、それに・・・望む者に愛を教え、与えてくれる娼婦や男娼・・・。 聖なるものと、その対極にあるものが共に並び、複雑に絡み合う愛の神の居所。 キャロルは知らなかったが、イシュタル神殿というのは結構きわどい場所でもあったのだ。少なくとも世慣れぬ娘が一人で来るような所ではない。 「娘さん、一人かい?」 「きゃっ・・・誰?」 「驚かせたかい?すまないね。何か探してるのかい?」 例の水盤を探していたキャロルに声をかけたのは浅黒い肌をした長身の男だった。整った顔立ちは甘やかな笑みで彩られ、女性にもてそうな雰囲気の持ち主だった。 言うまでもないが彼はここで客を引く女衒兼男娼だった。長年のカンで目立たない姿をしたキャロルに目を付けたのだが・・・。 「ああ・・・ごめんなさい。あの、私、イシュタル女神の水盤を探してるの。未来が分かるっていうあれよ。ご存知だったら教えてくださいな」 男は幼いながらも柔らかな美しい声で上品に語りかけられて毒気を抜かれてしまった。 (何だ、この娘は?誰か親しくなれそうな男を探してるのか・・・それとも家出だとかよんどころない理由でここに来たのかと思いきや・・・ただの夢見る世間知らずさんか?) 「あー、水盤ね。それならここと反対側の入り口から入りな。ここは・・・神殿詣でに来た奴相手の商売人の場所だよ。」 「まぁ、そうなの。知らなかったわ。教えてくださってありがとう。助かりましたわ」 花のような笑顔。無邪気なこちらをすっかり信頼しきった天使のような笑顔。 「助かりましたわ・・・って。あんた、連れはいないのかい?若い娘が一人でここに?あんたは知らないのかもしれないが・・・ここはあまり柄がよくない。しょうがないな、送っていってやるよ」 すれっからしの男娼が、すっかり毒気を抜かれて忠犬のようにキャロルに寄り添って歩く。男娼の仲間達は不思議そうにその光景を見ていた。 「あんた一人でここに来たのかい。若い娘が不用心だぜ。どうしてまた?」 「・・・私・・・知りたいことがあって・・・。ここの水盤で未来を占いたいって思ったの。自分の心が分からなくて・・・考えても考えても結論がでないの。疲れちゃって・・・だから」 「ふーん。しかし占いなんて気休めだしなぁ。決めるのは自分だろうよ」 「ん・・・。私、結婚するの。今度。でも何だか・・・」 「あー、はいはい。夫になる男の心が信じられないってやつね。若い娘さんがかかる麻疹みたいなもんさ。深刻ぶって何かと思えば。 ・・・怒るなよぉ。案ずるより産むが易しってさ。あのな、一人でこんな所に来るくらいなら、その男に話ししてみろよ」 わざと荒っぽい言葉を使いながら、男は妙にキャロルに惹かれるのだった。キャロルの夫になる幸運な男を見てみたい・・・と思った。 「そうね・・・。でもその人は私には立派すぎるの。何故、私が悩むかなんて多分、分からない。私も自分の心が分からないの。だからここに来たの」 「ふーん。・・・ああ、そこに水盤がある。俺は用事があるからここで。じゃあな!いいことあるといいな、お嬢ちゃん!」 「ありがとう!」 キャロルはドキドキしながら薄暗い部屋の中で水盤をのぞき込んだ。 (未来・・・私の未来・・・。愛の女神よ、教えてください。私の未来を。私の心を。私はどうすればいいのかを) 不意に空気が揺れ、水面が暗くなった。 (え?) 驚くキャロルの顔のすぐ横にイズミル王子の顔が映っていた。いままでにない厳しい表情のイズミル王子が。冥い怒りの炎に包まれた王子が。 「姫、黙ってこのような所に来てどういうつもりだ?」 王子はキャロルの手首をしっかり握ると無言で歩き出した・・・。 「皆、下がれ!姫と二人で話がある!」 宮殿にキャロルを連れ帰った王子は、心配そうな召使い達を下がらせた。 (姫があのような場所に!娼婦や男娼、女衒どもの跋扈する卑しき場所に!何故だ?私以外の誰かに・・・心を預け、身を任せようとでもしたのか? それとも誰かに会う約束でもしていたか・・・) 王子はイシュタル神殿の裏側をよく知っていた。聖なる女神の居所でありながらも風紀のよろしくない場所。 いや、裏側は熟知していても、恋する者たちが詣でる場所という表側の顔は良く知らないというべきか。 静かに、しかし凄まじく怒っている王子の冷たい炎に気圧されてキャロルは口を開くこともできない。 「・・・で、姫。今一度聞こう。何故、あのような所に一人でいた?何故、私の宮殿から抜け出した?」 「あ・・・あの・・・イシュタルの水盤を見ようと思ったの。愛の女神・・・未来を映すって・・・お、怒らないで・・・。私、ただ・・・」 「そなたは宮殿を出奔した!私が巡回の途中で気づかなければどうなっていたか!」 「でも・・・気をつけていたわ・・・」 「黙れっ!」 王子の怒声が響いた。 「私の花嫁となるそなたは、私の許から抜け出し、あのような怪しい場所にいた。あろうことか男と一緒にな!あれは誰だっ!」 「あ・・・あの人は私を案内してくれたの。知らない人よ。王子、抜け出したのは悪かったわ。でも・・・そんなに怒らないで。怖い・・・私はただ・・・」 「まだ申すか!」 王子は怒りを押し殺した声で言った。 「我がものとなるそなたが婚儀に先立ち、私以外の男といたことが許し難い裏切りぞ!分かっているのかっ!」 王子は怒りにまかせてキャロルに乱暴に接吻した。万力のように締め付ける王子の力に恐れをなしてキャロルは王子の腕の中からすり抜けた。 「おのれ、逃げるか!逃げて・・・あの男の許に走るかっ!」 王子は腰帯から鞭を抜き取ると大きくふるった。茶色の革ひもは大蛇のようにしなり、キャロルの体から自由を奪った。 後ろ手に縛られたキャロルを手許に引き寄せると王子は、キャロルを寝台に放り投げ覆い被さるようにしてその青い瞳をのぞき込んだ。 「何故に・・・私に黙ってあのような卑しき・・・怪しい場所に参った? 私の妃になるのが嫌さに・・・あのような場所で男に密会したか? エジプトが・・・かの国の王が忘れられぬか? 私はそなたを大切に大切に迎えたいと思ったのに・・・そなたは私を裏切り愚弄した・・・」 キャロルは必死に首を振った。 「ち・・・違う、違うわ!私は・・・婚儀を前にして不安で怖くて・・・王子を愛しているけれど、でも王子にただ甘やかされ、守られているだけでは・・・いけないと思って・・・私はただ・・・」 それ以上は言えなかった。王子の唇がキャロルの唇を奪う。荒々しい手が胸の双丘をひねりあげる。 「黙れ、そなたの言うことは解せぬ。不安で怖い・・・だと?私を裏切った罪が恐ろしいのであろう?姫っ、申せ!そなたが密かに想っている者の名を!私がその者の首級を・・・婚儀の贈り物としてそなたにやろう。そなたが私以外の者を想うは・・・許せぬ。ふ・・・何て顔をしている?嗤いたければそれもよかろう。こんなことになってもなお・・・そなたを求める私の愚かしさを・・・。姫、そなたは私のものとなり、私の子を、ヒッタイトの世継ぎを産む身ぞ。そなたの心はどうあれ・・・そなたの体は我が妃としての務めを果たしてもらおうぞ!」 王子の顔は冷たく冥い炎に彩られていた。初めて知る嫉妬。愛しい人に裏切られた哀しみ。それでも最愛の人を思いきれない自分の弱さへの憐憫・・・。 王子はゆっくりとキャロルに手を伸ばした。 「もはや・・・婚儀の日は待たぬ。今この場でそなたを我が妃とする」 「ひ・・・。嫌、王子、嫌。私はあなたを裏切るようなことなどしていません!こんな・・・恐ろしい王子は嫌い!私への侮辱だわ・・・王子自身への侮辱でもあるのよ。どうして・・・」 その時。 「王子・・・国王様より火急のお召しでございます。協議の間にお急ぎくださいませ・・・」 扉の外から遠慮がちな声がした。 「今、参る!」 王子は驚くほど冷静な声で答え、キャロルから身を離した。 しかし。部屋の中に絹を裂く音とキャロルの細い悲鳴が響いた。 「姫・・・この部屋に誰も呼ぶことは叶わぬぞ。そなたを一人にしておくように皆にも申しつけておく。・・・ここでそなたは私を・・・裁きを待つのだ」 王子はそう言うと出ていった。 寝台の上では鞭で後ろ手に縛られた姿勢のキャロルが泣き濡れていた。美しい衣装の胸元と腰から下は引き裂かれ、王子を惹きつけてやまない白い肌が隠すすべもなく晒されていた。 (ひどい・・・ひどいわ、王子。私はただ・・・水盤を見に行っただけなのに。あなたを裏切るような真似はしていないのに。何故、私の話も聞かずに決めつけてしまうの。あなたは私を・・・裏切り者だと思うの?あなたを裏切るような心根の持ち主だと思ってるの・・・) 屈辱的な姿でただキャロルはむせび泣いた。 協議を終えた王子はキャロルを閉じこめてある部屋の前に来た。部屋は居間と寝室からなる。王子はすぐにキャロルの寝室に入ることはしなかった。 王子は混乱し、後悔と恐怖に思い乱れていた。 ここに来るまでの間に王子は、キャロルが王子に与えられた資財を投げうって貧困と病に苦しむ人々のための館を建てたがっていることを教えられていた。 そして若い侍女達の間でイシュタルの神殿詣でが流行っていることも、偶然小耳に挟んだおしゃべりから知った。 (何故、私はあのように激昂したのか・・・。婚儀を前に何とはなしに不安げな姫の様子が不安で) キャロルの言葉が蘇る。 (私は・・・婚儀を前にして不安で怖くて・・・王子を愛しているけれど、でも王子にただ甘やかされ、守られているだけでは・・・いけないと思って) 王子は小さく身震いした。 (全ては・・・私の思い違いか・・・?もしそうなら私は愛しい姫に何ということを!) 王子は寝室の扉を開けた。寝台の上では逃れようと暴れ回ったせいかうっすらと汗をかいたキャロルが憔悴しきった顔で王子を見つめた。 裂かれた衣装はすっかりはだけてしまい、鞭で縛られたせいで形の歪んだ胸のふくらみも、脚の間の淡い茂みに隠された花もすっかりむき出しだ。 「姫・・・」 その姿に自分の非道も忘れ、キャロルを助け出そうとした王子の耳に鋭い悲鳴が響く。 「いやっ!来ないで!見ないで!」 「姫・・・」 王子はそれを無視してキャロルを抱きしめ、素早く縛めを解いてやった。しっかりと抱きしめ、鞭のあとも痛々しい背中をそっと撫でてやる。キャロルの胸が王子に押しつけられる。 「こうすれば見えぬ。こうすれば見えぬから。・・・姫よ。私は・・・恐ろしい間違いをしていたのではないか?私はそなたを疑い、私の嫉妬で清らかなそなたを汚し・・・」 「私はあなたを裏切るようなことはしていない、できるはずもないと何度も言ったのに・・・あなたは・・・信じてくれなかった。王子なんて大嫌い・・・恐ろしくて・・・勝手で・・・メンフィスと同じだわ!」 王子はキャロルの罵倒に打ちのめされた。王子はだらりと手を下げた。キャロルは風のように王子の許からすり抜けていった。 キャロルは王子に口を利かなくなった。王子が側に寄るとびくりと体を震わせ、泣きそうな顔になって離れていった。 王子はそれでもキャロルを愛した。もはや永遠に失っていってしまったかも知れない乙女。でもどうして思い切ることができる?つまらない嫉妬と早合点。王子は初めての恋を知った少年のように恋人を閉じこめた。宝物のように。命を持たぬ宝石を大事にしまい込むように。 だがその宝石は生きていて・・・王子を拒絶した。 それでも婚儀の日はやって来た。キャロルは人形のように婚儀に臨み、抜け殻のように初夜の寝台に導かれた。 (私はどうなるの?愛したのは王子だけ。でも王子は私を信じてくれなかった。恐ろしい目に遭わせたわ。許せない・・・!王子、何故?あなたは私を抱くの?心も通わないのに?ああ、でも!それでも私は王子をうち捨て忘れることなんて出来ない!あんなにも愛して・・・全てを預けたあの人を・・・!) 「姫・・・」 やがて王子が寝台にやって来た。キャロルは王子の方を見もしない。 (この人は・・・私を求めるだろう。子供が必要・・・だから。力でもって・・・。私は抗えない・・・) 「姫よ・・・。そなたを愛している。そのように怯えるな。私はそなたに許しを請いに来たのだ。無論、許してはもらえまい」 「でも・・・あなたは私に・・・子を・・・産ませるのね」 「・・・そうだ・・・」 苦い苦い吐息と共に王子は言った。 (欲しかったのは姫の心。身体などではないに!だが明日には初夜が無事済んだことを披露する定め。私は・・・姫の心を得られぬまま・・・身体を開かねばならぬ) 王子は身体を固くするキャロルを一糸まとわぬ姿にした。 白い白い身体。固い冷たい身体。陶器のような。その強ばった身体を接吻で覆い、優しく味わう。胸の頂を飾る苺は王子の舌で固い紅玉に変じ、日に当たることなく育った薔薇は手荒に押し開かれて王子に執拗に吟味された。 「嫌、嫌、嫌・・・!こんなのは・・・嫌っ!」 最後の瞬間にキャロルは悲鳴をあげ、王子を押しのけた。 王子は怒りと哀しみの混ざった表情でキャロルを見つめた。だが泣き濡れるわすれな草の瞳を見て・・・ゆっくりと身を引いた。 王子は小刀を取り出すと腕の内側の目立たない場所を軽く切り裂いた。 溢れる赤い血。王子は無造作に血を寝台の敷き布になすりつけた。 「これで・・・そなたが妃になったことを疑う者はあるまい・・・。 私はそなたの心が欲しいのだ。いつかの暴言は・・・私の醜い心が言わせた妄言。私は・・・そなたを・・・」 王子は帳で覆われた寝台を出て、長椅子に横たわった。 「安心いたせ、姫。私はそなたを守る。それが私の心の証」 王子とキャロルは表向き仲睦まじい夫婦として過ごした。だがキャロルは自分の殻に籠もったきり。王子は哀しく恋人の姿を見守った。 (私・・・王子を愛している。でもどうしたらいいの?) 迷い悩むキャロル。寝苦しい夜。王子は長椅子に、キャロルは広すぎる寝台に。 ある夜、キャロルは夢を見た。あのイシュタルの神殿での夢。道案内をしてくれた男が囁く。 (案ずるより産むが易しってさ。あのな、一人でこんな所に来るくらいなら、その男に話ししてみろよ) 水盤に大きく王子の顔が映った。 (姫・・・私はそなたを愛している・・・!どうか私の許に・・・!) キャロルは起きあがった。 (私・・・大きな幸せを・・・自分の本当の心を殺してしまおうとしている) 王子は暖かな空気の揺らぎを感じて目を開けた。キャロルが控えめに長椅子の横に跪いている。 「姫・・・?」 「王子・・・私・・・あなたを愛しています。ずっとそうだったの。でも・・・それを認めてはいけないような気がした。あなたが私を侮辱して恐ろしい目に遭わせたこと許しちゃいけないと思ったの。でも・・・あなたは私を気遣ってくれた。私を待っていてくれた・・・」 「姫・・・!」 「どうか・・・王子・・・。私をあなたの妃に・・・」 キャロルはそう言って薄物の夜衣を脱ぎ捨て王子に縋った。 王子はキャロルを抱きしめた。そのまま自分の身体の下に敷き込み、愛しい娘を女に、妻にした。 「姫・・・いや、妃よ。そなたを女にする時をずっと待っていた。そなたに私の心を捧げよう。変わらぬ愛と忠誠を。私はどうしようもないほどに、そなたに絡め取られている・・・」 王子を永遠に虜にしたたおやかなキャロルは、そっと王子の唇に自分の唇に触れた。 「私たちは・・・お互いを永遠に虜にしているのね。きっと・・・」 幸せな虜囚達はしっかりと抱き合い、眠りに落ちたのだった・・・。 |