『 無題・8 』



「姫は・・・いつから私を愛するようになったのであろうな」
唐突に王子は問うた。
「え・・・?」
「初めて逢ったのは市場の喧噪の中。それから・・・私はそなたにずいぶん恐ろしい思いをさせたな」
「愛しいそなたを鞭でうったこともあった。怒りに我を忘れ、短剣を投げつけたことも。愛しくて、愛しくて・・・でも同時に私を拒否し、翻弄する娘が本気で憎かった・・・」
「まぁ!憎いだなんて!今もそうなの?」
「今は・・・違うに決まっている!決まっているではないか!そなたがそれを知らぬとは言わせぬ!」
「ふふふ。・・・私、最初はただただ、王子が恐ろしかった。そうねぇ、王子についての最初の頃の記憶はいつも痛いことと結びついているかしらね」
冗談めかして言うキャロルに安心したように王子は言葉を返した。
「痛い、か。そうだな、私はそなたが大切なのについ痛い思いをさせてしまう。・・・昨夜も・・・辛かったのではないか?」
そっと手を伸ばし、確かめようとする王子の手をキャロルは驚いて払った。
「ば、馬鹿っ!そんな王子は嫌いよ!」
子供のように怒ってみせるキャロルはとても初夜を終えたばかりの花嫁には見えない。そんな様子がまた王子の心をいとおしさでいっぱいにした。
「分かった、分かった。そなたの嫌がることはせぬ。嫌われたくはないゆえな。それよりも我が問いに答えよ。いつから私を愛しいと思ってくれたのだ?」
キャロルは真っ赤になって長いこと逡巡して・・・小さな小さな声で言った。
「王子が・・・ハットウシャで風邪を引いた私に付き添ってくれて・・・熱が下がった時に笑いかけてくれた・・・その時かしら。私があの時、憎まれ口を叩いたのに王子は何故か嬉しそうで・・・」
「ああ、あの時。人質なのだから風邪をこじらせて死にたかったと言った時か。あの時は傷ついたな。情けなくて。でも感情をむき出しにして怒るそなたを見て・・・形は違うがこれも心を開いてきた証拠であろうと何やら嬉しくもあった」



「うぬぼれてるわ!王子ってマゾ?あの時は本当にそう思ったんだからっ!お礼を言う前に憎まれ口を叩いたのはすぐ後悔したけど」

今度はキャロルが訊いた。
「王子はいつから私を好きになってくれたの?」
王子は即答した。
「最初に市場で逢ったその時から!印象的な娘に惹かれていた。忘れようとしたが忘れられず・・・私のほうが先にそなたを好きになったのだなぁ。・・・きっとこの娘をものにしようと思った」
「ものにって・・・王子」
「はは、怒るな。男とはそういうものだ。だがハットウシャに連れてきた頃には・・・本当に愛していた。そなたに愛されたいと心から思った」
王子はキャロルを見つめた。
「愛している。愛している。そなたが私の妃になってくれて・・・こんなに嬉しいことはない。誓ってくれ。生涯、私だけを愛してくれる、と」
「ああ・・・もちろんだわ、王子!どうか私を離さないで・・・」

王子とキャロルはこの日の誓いそのままに睦まじく暮らしたという・・・。

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