『 無題・5 』



イズミル王子が半年間に及ぶ視察旅行を終えて帰国した。キャロルとの婚儀を終えた2日後にはもう小競り合いの続くアランヤへ旅立たねばならなかった王子の心はひたすらにキャロルを思う。
(姫は私を覚えていてくれるだろうか・・・?)
そんなことまで考えていた王子はふと見上げた宮殿の窓に金色の頭が揺れるのを見た。
(姫!)
帰城した王子を見つめるキャロルの青い目。キャロルは王子が頭を上げるのとほとんど同時に真っ赤に頬を染めて姿を消した。

王子は協議の間に入り、父王に今回の視察の報告をした。
王は王子をねぎらい、報告を詳しく聞いた。王子の報告は的確で、王と重臣達は王子を囲んで長いこと協議を行った。
だが、王子はキャロルに早く会いたくて苛立たしい。

「王子は・・・遅いのね」
「はい。国王様へのご報告がございますもの。ほほ、恋しくお思いなのも無理はありませぬ。ご婚儀からすぐ、離ればなれになって・・・」
「いやだ、ムーラ。でも・・・王子は大変なのね。くつろげるように準備しておかなくちゃ」
キャロルは甲斐甲斐しく王子を迎える準備をした。王子の好きな食べ物を用意し、くつろいだ衣服を整え、愛しい人のために細々と気を配る。
でも、王子は戻らない。いつの間にか日は沈み、月が出た。キャロルはだんだん無口になり、沈み込んだ。
(早く王子に会いたいのに・・・待ちくたびれてしまったわ)



そして夜もすっかり更けて。
「今、帰ったぞ!すっかり遅くなってしまった。・・・ムーラ、姫はどうした?」
「はい・・・居間でお待ちでございます」
「?走って出迎えてくれると思ったが・・・。嫌われたかな。・・・姫!」
「お帰りなさいませ。王子。長いご視察お疲れさまでございました」
「姫・・・なんとしばらく見ぬ間に・・・」
ヒッタイトの王子妃にふさわしい衣装を着て化粧をしたキャロルは臈長けて美しい。別れたときの子供っぽい少女はそこにはいなかった。
「王子。疲れたでしょう?お食事の用意ができているわ。それともお湯を先に?」
「姫、どうしたのだ?そなたがそんなふうに気遣ってくれるのは嬉しい。だが、私の知っている姫は私がすぐに顔を見せなかったことに拗ねたり、私に走り寄って抱きついたりするのだがな・・・?」
王子はキャロル頬に軽く触れながら言った。
「まぁ、嫌ね!そんな子供っぽいことはもうしません。私のこと、からかって!離してったら。皆見てる」
「ははは!ではあの窓からのぞいていた金髪の子供は誰かな?私を嬉しそうに見つめていた・・・」
「まぁ!姫君!お姿が見えぬと思ったら・・・!あの最上階の窓のところでございますね。危ないですからおいでになってはなりませぬと・・・」
「ふふ。姫、大人っぽく振る舞ってみても、そなたは目の離せぬいたずらっ子のようだな。あれほどムーラの言うことをよく聞き、おとなしく私の帰りを待てと申したのに!」
王子はわざと厳しい声音でキャロルに言った。恥ずかしそうに顔を伏せるキャロル。その耳は真っ赤に染まっている。
「よい、ムーラ。姫には私から言い聞かせる。そなたらは下がれ。今日はもうよい」
「さて・・・姫。いいつけを守らぬ子供は仕置きを受けねばならぬぞ」
王子はキャロルを軽々と抱え上げると子供にするようにお尻をぶった。ただし軽く。
「言いつけを守らず一人で危ない場所に行ったこと」
「私が遅く帰ったのに腹を立て素直に嬉しそうに出迎えてくれなかったこと」
王子の大きな手が自分に触れるたびにキャロルは屈辱と怒りで身をよじった。
「ばか、ばか!やめて王子!ひどいわ、私、ずっと待っていたのに!寂しかったのに!甘えたかったのに!」
不意に王子はキャロルを降ろし、その瞳をのぞき込んだ。
「・・・では最初に何故そう言ってくれなかったのだ?」
王子はキャロルをきつく抱きしめ、深く接吻したのだった。

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