『 無題・3 』


夜明け前・・・。いつものように傍らに横たわる年若い妃の白い体に手を伸ばした王子は違和感を感じた。
「姫・・・?もう起きていたのか?・・・どうしたのだ?体が冷たい」
「・・・今日は嵐の神のご祭儀・・・。緊張して眠れなかったの。失敗しないか、王子に恥をかかすようなことがないか、ちゃんと私にできるのかしらって・・・。
眠れなかったの」
冷えた体はそのせいか、と王子は納得した。緊張したり動揺したりするとキャロルの白い肌は陶器のように熱を失い、かたくなになる。
「そんなことが心配で、ここしばらく私につれなかったのか?ひどいな」
「わ,笑い事じゃないのよ。私、いつもいつも心配で怖いの・・・」
王子はキャロルを抱きしめた。
「大丈夫だ。そなたは大丈夫だ。私が保証してやる。そなたは誰もが認める我が妃。
何も怖がることはないのだ・・・。そうだ、まじないをしてやろう・・・」
「まじない・・・?きゃっ・・・!ああ・・・」
王子はキャロルの唇を深くむさぼり、敏感な場所にしなやかな自分の指を吸わせた。
王子の体がキャロルを暖め、強ばった体はやがて潤いと活力を取り戻し、不安は奔流に洗い流される・・・。


ヒッタイト王子の妃として豪華に盛装したキャロルの申し分ない美しさに王子は深い満足を覚えた。幼い少女は王子の愛を受け、臈長けた女性に変わってゆく。男としての深い満足感。
キャロルが必死になって万人に仰がれる女性になろうとしていることを王子はよく知っていた。勉強に励み、人々に交わり・・・。
父王の後宮の女性達がキャロルを妬んで、意地の悪いことをするのも知っていた。
その女性達の中には王子に色の道を手ほどきした者もあったから。
だが、キャロルは弱音を吐かず、毅然と、あるいはかるく受け流して海千山千の女性達と渡り合ってきた。その強さ、健気さが王子には愛おしい。
「さぁ、参ろう。申し分なき王子妃ぶりだ」
王子はキャロルの手を取り神殿に向かった。
王族が行うその祭儀は臣下百官・後宮の女性達も列席する。皆、敬意と畏怖の眼差しの下に鋭く辛辣な観察眼を隠しているのだ。
王子はキャロルの手をしっかりと握り、定められた場所に立った。キャロルは軽く王子に手を預け、優雅に、しかし犯しがたい気品を漂わせて歩を運んだ。
そんなキャロルを見つめる後宮の女達の目、目、目・・・。だが、どんな視線もキャロルを狼狽えさせることはできず、無言の気品の前に妬みの視線は立ち消えてしまう。
響きわたる祈りの言葉、漂う香の煙・・・祭儀は進む・・・。


「今日は疲れたな」
王子はしどけなく寝台に寝ころんで、傍らのキャロルを見上げた。
「そなたは無事につとめを果たした。まるで女神が舞い降りたようだと・・・皆、申しておった。私からも礼を言うぞ」
「まぁ、王子、そんな。私はただあなたに教わった通りにしただけよ。でも・・・王子が褒めてくれるのは嬉しいわ。ありがとう」
頬を染めるキャロルは昼間の気品はどこへやら、やはり童女のようで・・・。
「礼の仕方はもっと他にあろう?」
王子は帯で前をとめただけのキャロルの夜着の前をはだけながら囁いた。
「ああ・・・甘い香りがする。白い肌・・・今宵は私が暖めてもらおう」
キャロルは無言で王子の仕草に答えてゆく。浅黒い肌を撫でるその白い手に・・・王子は身も心も奪われ、おぼれてゆくのだった。

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