『 ミノアからの手紙 』 『宮殿の城壁をよじ登った侵入者の投石によりナイルの姫が怪我を負った』 (姫の容態は…!)報せを受けて自分の宮殿へと急ぐヒッタイト王子、イズミル。 「姫!大丈夫か?」 イズミルがキャロルの部屋に入ると、キャロルは頭にできた”たんこぶ”を冷やしている最中だった。 「イズミル王子、申し訳ございませぬ。まさかこんなところを登ってくる者がおるとは…」 ムーラが済まなそうに口を開いた。 「『なぜお返事を下さらぬ!』と叫び声が聞こえたと思ったら、窓の外にユクタス将軍と思われる髪の先が一瞬見えたのですが、突然のことにて…そのまま」 「逃がしたと申すかっー!衛兵は何をしていたのだ、ルカ!」 「石だと思った書簡がナイルの姫様に命中し、それに気を取られている隙に…ヒラヒラと髪をなびかせて。我らの落ち度にございます。」 平伏したままのルカも主にひたすら許しを請う。 ミノアのミノス王からヒッタイトのイズミル王子の妃に宛てた書簡の数は尋常ではなかった。 このような書簡など見せられぬ!イズミルはすべてを倉庫に厳重に保管するように命じていたのに。 「私宛の書簡をどうして見せてくれなかったの?お返事はきちんとしなければならないわ!」 キャロルは”たんこぶ”をさすりながらイズミルに抗議した。 「本当にそなた、あれを読みたいと申すか…では仕方ない。」 イズミルはこれまでの書簡をすべて運ばせるように命じたのだが− 『私も元気になり身体を鍛える毎日です。どうか今一度ミノアにお越し下さい。まずは隣国の友人として新たに交流を深めましょう。。。』 『エジプトのファラオは寛容にも私の元へナイルの姫を遣してくださったのに。。。』 『姫君を束縛して。。。ヒッタイトのイズミル王子は、ご器量が狭いのではないですか?辛い思いはされていませんか?心配しています。』 『私は姫君の過去は一切気にしません。詳しいお話はミノアにおいで下さった際にあの時の神殿にて。』 『なぜお返事を下さらないのですか?姫君は再婚、再々婚というお身の上を恥じていらっしゃるのですか?私は寛容ですから心配しないで下さい。』 etc. そして今日ユクタスによって届けられた、いや投げ込まれた書簡の内容が 『此度お返事をいただけない場合は、かつてのアルゴン王のように、ラガシュ王のように実力行使をしたいとまで思いつめています。 イズミル王子も拉致監禁を繰り返して姫君を妃となさいました。私だって、私だってやればできるんです。。。』 「火の島の噴火のことがあるから、ミノアは確かに心配なのよ…でもこうなってしまっては…もうお返事なんて出来ないわ。」 優しいキャロルもすべてに目を通した後は、だんだんエスカレートする内容に閉口していた。 イズミルはその言葉に閃いた。「おお、そのことを書けばよいではないか。」 「え?だって最初の頃なら火の島のことも相応しい返事だけど… 王子が隠すからこんなことになってしまったんじゃない。」 「だから私が文面を考えてやろう…よいか?そのまま書き写せ。」 「ええ…」 『ミノス王へ ミノス王のお気持はありがたく思いますが、今は私のことよりも火の島の様子にご注意下さい。 大きな災いが起きてからでは遅いのです。』 「ホントにこれでいいの?」キャロルは幾分疑わしげにイズミルを見る。 「いいのだ。それだけで十分わかるであろう。」 (ミノス王ではなく、諸外国がわかればそれでいいのだ) イズミルは早速ミノアに向けて書簡を送らせた。 ミノアのミノス王の元に、初めてキャロルからの返事が届いた数日後のこと。 「火の島が! 火の島が天に向って炎と煙を吐き、ミノアは大被害を蒙ったとのことでございます!」 諸国に衝撃が走った。 ミノス王、皇太后他、多数の行方がわからぬままミノア王国は大混乱であった。 「ああ…ミノス王にもあれ程ご忠告申し上げたのに…」 キャロルは青ざめた顔で報告を聞き、多くの人が命を落としたことに心を痛めた。 そしてキャロルの知らないところでは− 『ミノアのミノス王がナイルの姫を奪うと宣言した途端に火の島が炎を上げたとか。』 『いやいや、ナイルの姫は前から火の島のことを予言していた。』 『ミノス王の大胆な宣言に神がお怒りだったのではないか?』 『これは…おそらくナイルの姫の意思に逆らうと神の逆鱗に触れるということであろうな』 ヒッタイト人は巧みに噂を撒き散らす。 何しろ、キャロルにはアッシリア城崩壊、バビロニアの塔爆破の前科がある。 その結果、『ナイルの姫を力で奪わんとするものには必ず災いが降りかかる』との噂が実しやかに囁かれるようになった。 その後、ナイルの姫を奪おうという勇気のある国王は一人も現れなかった。 古代の諸国とイズミル王子の心に平和が戻ったのだ。 めでたしめでたし。 |