『 魔法のハト@童話 』 むかしむかしのお話でございます。ヒッタイト国の王子様はとても不思議な魔法のハトをもっておりました。 魔法のハトは王子が望むままに世界のどこにいる誰にでも手紙を届け、そしてたとえ王子が世界のどこにいようとも、かならず王子のもとへ帰ってくる大変かしこい鳥でした。 今日も王子は魔法のハトに手紙をたくします。 「さあ、この手紙をエジプトの王宮にいるルカに届けるのだ」 「クルクルックークルクルックー(いってまいります。王子様)」 がんばり屋の魔法のハトは休むことなく元気に飛び続けようとしました。 しかし途中で激しい嵐にあってしまい、いつものようには飛べません。 千里をゆうゆうと越える自慢の羽も、一日中嵐と戦ったあとにはくたくたに疲れてしまっていました。 それでも魔法のハトはエジプトを目指すことをやめようとはしません。 なによりも王子の役に立つことに誇りを持っていたのです。 「クルクルックークルクルックー(やったぞ!エジプトの王宮が見えてきたぞ!)」 魔法のハトは最後の力をふりしぼって飛びましたが、とうとう無理がたたって気を失い、そのまま王宮の庭へおっこちてしまいました。 そんな彼を見つけたのは美しいナイル姫でした。 「まあ、こんなところにハトが!とても疲れているみたい」 ナイル姫は魔法のハトをそっと助けあげると、自分のベッドに眠らせてあげました。 そして目覚めると、おいしい食べ物をたくさん用意して食べさせてあげました。 「あら、これはなんでしょう?ハトの足に何かが巻きつけてあるわ」 ナイル姫はハトの足から小さなパピルスを取ると、それを開きました。 「何か書いてある」 それはたいへん美しい文字の短い手紙でした。 ------これよりシリア砂漠に入る------ 「まあ、これだけ。これでは誰がこの手紙を書いて、誰に届けようとしていたのか分からないわ」 ナイル姫は返事の手紙を書いて、すっかり元気になった魔法のハトの足にくくりつけました。 「あなたのご主人様に届けてね」 「クルクルックークルクルックー(助けてくれて、ありがとう。やさしいナイル姫。さようなら)」 彼は翼をひろげて空高く飛び立っていきました。 帰ってきた魔法のハトの姿を見つけると、王子は人さし指を差しだして迎えました。 魔法のハトは王子の指にちょこんと座ると、「クルクルックークルクルックー(ただいまもどりました)」と言いました。 王子はとても優しい笑顔で「よし、よく来たな」と彼の背中をなでました。 「クルクルックークルクルックー(お返事です、お返事です)」 「うむ」 さっそく手紙の返事を読んだ王子が、とてもびっくりしたのは言うまでもありません。 ------あなたはだあれ?わたしはナイル姫と申します------ ルカからの返事だとばかり思っていたものが、実は自分が愛している姫からの手紙だと知り、王子はたいへん驚きましたが、それ以上に心がはずむ思いを味わっていました。 王子はいたずら心をおこし、ナイル姫に返事を書いてみることにしました。 もちろん真実どおりエジプトの敵国ヒッタイトの王子だと名乗るわけにはいきません。 どうせ嘘をつくのなら、自分とまったくかけ離れた人間になりすまそうと思いました。 「さあ、これをナイルの姫のもとへ届けよ」 「クルクルックークルクルックー(いってまいります。王子様)」 「あら、またあのハトが!」 ナイルの姫は窓辺に魔法のハトがとまって鳴いていることに気がつくと、うれしそうに駆けよりました。そしてわくわくしながら彼の足から手紙をはずしました。 返事にはこう書いてありました。 -----私は旅の吟遊詩人です----- 「まあ、この人は砂漠をゆく吟遊詩人なのね!」 ナイル姫はさっそく返事を書いて、また魔法のハトにたくしました。 ------あなたの名は?----- -----イミルサール----- -----旅の様子を教えて----- -----ラクダを友に遥かなオアシスを目指しております----- こうして二人の手紙のやりとりが始まりました。 魔法のハトはどちらに手紙を運んでも、二人からとても喜ばれるので、この仕事をするのが楽しくて仕方がありませんでした。 ある日、また魔法のハトが手紙を運んできました。 王子はいつものように人さし指を差しだして彼を迎えます。 「クルクルックークルクルックー(お返事です、お返事です。ナイル姫からお返事です)」 王子はその手紙を見て言葉をなくしました。 ------あなたの詩を聞かせて------ さすがの王子もこれには頭を抱えました。 「クルクルックークルクルックー(お返事を!お返事を!ナイル姫へお返事を)」 しかし魔法のハトがあまりに一生懸命に返事をねだるので、王子は苦笑いをしながらも詩を書くことにしました。 数日後のこと。 「まあ、お返事がきたわ」 王宮の窓辺で、今日もナイル姫は嬉しそうに魔法のハトを迎えました。手紙にはこんな詩がつづってありました。 ------ 太陽はまだ海の中 遠き月の触れゆく夜 閨の砂音が詠いしは かの微笑の幻か ------ 「ロマンチックな吟遊詩人さんね。彼はきっと誰かに恋しているんだわ」 ナイル姫は少しいたずらっぽく微笑むと返事を書きました。 ------あなたの愛している人はだあれ?------ ナイル姫の手紙を読んだ王子は黙りこみました。 「クルクルックークルクルックー(お返事を!お返事を!ナイル姫へお返事を)」 いつものように返事をうながす魔法のハトに向かって王子は少し淋しそうに言いました。 「もう終わりだ。ゆっくり休むがよいぞ」 それでも魔法のハトは「クルクルックークルクルックー(お返事を!お返事を!)」と繰り返しながら、王子のそばをくるくると飛びました。 王子は静かな声で彼を叱りました。 「私を困らせるな」 王子は今度ばかりは真実を語ることも、嘘をつくこともできなかったのです。 魔法のハトはしぶしぶあきらめたように、空高く飛び立っていきました。 「クルクルックークルクルックー(ナイル姫は王子の言葉を待っているのに…)」と鳴きながら。 ★おしまい★ |