『 小ネタ・6 』 ヒッタイトの冬は寒い。 イズミル王子は、最愛の妻のためにと上等の毛織物を自ら抱え、居室へと向かった。 「王子、そんなにも急がれては転ばれますよ」 「そんなに急いではおらんぞ」 ムーラは王子の様子を微笑ましく思いながら、王子妃の間への扉を開いた。 外の雪降る凍てつく寒さとは対照的に、まるで初夏のような暖かさに満ちた王子妃の間。 花の好きな妃の為に温室を作り、そこから毎日鮮やかな花が贈られてくる。 それは昨年、王子妃が王宮の庭に咲く花を見て「素敵な花ね」と一言つぶやいた。 ただ一言。 それを聞いた王子はすぐさま温室を作らせられた。 その贈られた花々は妃の部屋を心地よい芳香で満たしていた。 乾燥する雪の季節にも気を使い、程よい湿度も保たれている。 王子妃付の女官達は王子の姿を見るや、深々と頭を下げ、静かに退室をした。 「王子、こんなに温かいと少し動いただけでも汗をかいてしまうわ」 豪華な絹布を幾重にも重ねられた寝室から、王子の気配を察してキャロルが顔を見せた。 抜けるような白い肌はふっくらと張りを持ち、蜂蜜のような美しい黄金の髪はゆったりと編みこまれている。 ヒッタイトに来た当初より、背も伸び、女性としての柔らかさを発するようになったキャロル。 王子はその姿に眩しそうに目を細めた。 「この毛織物は姫の好きそうな模様ぞ」 王子は持参した織物をムーラへと渡し、キャロルの手を引いて二人掛けの椅子へと座った。 二人の前に、ムーラは織物を広げて見せた。 鮮やかな濃紺に金糸を使い、丁寧に編みこまれた美しい布を見てキャロルは「すばらしいわ」と王子に微笑んだ。 満足そうな妃の姿を見て、ほっとした心境になる王子。 楚々と女官たちが姿を見せ、テーブルを二人の前に置き、夕餉を運び込んだ。 小さな器に入った、料理がいくつも運ばれ、大きなテーブルがまたたく間に一杯になる。 最後にサイドテーブルを設置して、銀の大皿に溢れんばかりに積まれたフルーツを置く。 「そなたがヒッタイトに来た当初余りにも食が細いので、いつ死んでしまうのかと毎日肝を冷やしておった」 「ふふっ・・王子ったら、突然医師を連れて来たりしてびっくりしたわ」 「それが、こんなにも食べ、ふくよかになってくれるとは嬉しいものよ」 「だって、食べても・食べてもお腹が空くんですもの」 少し、恥ずかしそうに顔をうつむけるキャロル。 王子は彼女のふっくらとした白い手を取ると、手のひらに口づけをする。 「私の子は、大食漢になるのかもな」 「やだわ、女の子だったらどうしよう」 本気で心配するキャロルを王子は笑い、愛しげに膨らんだ腹部を撫でた。 ムーラはその様子を微笑ましく、心温まる様子に自然と笑顔になるのを感じる。 「しかし・・暑いな」 「そうででしょ?私が幾ら言っても王子は聞いてくれないんだもの」 「少し、熱気を抜いて参りますわ」 ムーラはそう言うと、王子妃の間を暖めている部屋へと入り、火を細め、窓を少し開けた。 外は一面の雪景色。 城下に広がる家々の明かりがきらめいて、ヒッタイトの街を作っている。 王子と王子妃はこの街を守り、繁栄させて行く責務は重い。 しかし、今だけは責務を忘れ、幸せに包まれて欲しい。 そう、ムーラは思うのだった。 ■■もうすぐマターリが生まれますように願いを込めて■■ |