『 小ネタ・2 』


「・・・では私はこれで失礼しますわ、ナイルの姫君。
そんな顔なさらないで。これからは一緒にイズミル王子様にお仕えするんですもの。せいぜい仲良くしたいわ」
ミラは気のいい笑みを浮かべて愛想よく言った。目の前のキャロルの青ざめた顔が彼女の優越感を心地よく刺激した。
イズミル王子がエジプトからさらうようにして連れてきたという娘を初めて見たミラ。大切に囲われているその女性は、外見こそ珍しく、その幼さが男心をそそるのだろうけれど、とても自分の競争相手にはならない・・・とミラは見定めた。

(私がイズミル王子様の側室ですよと教えた時の顔ったら!あなたも王子様の愛人なのでしょと言ってやったら卒倒しそうになっていたわ!)
ミラは意地悪く思い返していた。あの世間知らずは自分だけが王子の相手だと思っていたのだろうか?
(イズミル様は世に聞こえた優れたお方。愛人と呼ばれる女性は星の数。でも正式に側室として認められているのは貴族出身の私だけ。私が王子の一番の女性!)

その夜。ミラの部屋にイズミルが訪れた。身体を熱くしていそいそと愛しい男を迎えるミラ。
「こたびの旅はいかがでした?」「お持ち帰りになった宝石の中に欲しい物がありますの。おねだりしてもよろしい?」「従兄弟が厩舎長官の地位を欲しがっておりますのよ。どうかお口添えを」
続けざまの甘い言葉に適当な返答を与えながら王子はミラを抱いた。
ミラの豊満な身体はしっかりと王子を包み込み、ミラはいつしか甘い声を続けざまに放つだけの女になった。
「ああ・・・王子。私はあなた様が欲しい」
「欲しい物は与えてやろう。物でも・・・地位でも・・・お前がその分を忘れなければ。お前は私を悦ばす存在だ・・・」
王子はすっかり馴染んで柔らかくなった身体を幾度も穿った。でもその瞳は冷たく醒めていて愉楽の行為を楽しんでいる最中の男には見えなかった。


王子はミラとの行為を終えると、眠り込む女を寝台に残して部屋を出た。
真夜中にはいくらか間のある時間。空には冷たく光る三日月がかかっていた。
(他の女と寝た後に自室に帰るようになったのだから私も存外、恋の虜とやら似成り下がってしまったらしいな)
皮肉な笑みを片頬に浮かべて自室に戻った王子を迎えたのは、金髪の髪を幼女がするようにただ髪を梳きながしただけのキャロルだった。
「お帰りなさい」
王子は優しく笑って白い頬を撫でた。キャロルにわざと殊更に幼げな格好をさせているのは王子の好みだった。淡い色合いのゆったりした衣装。薄い化粧。
その幼さのベールを通して立ち上る艶めかしさが王子を喜ばせた。
王子はこの金髪の娘をこの上なく愛していた。他の愛人や側室とは違う、はっきりとした人格や意志を持った心の強い女・・・それがキャロルだった。
だからだろうか?
今宵のキャロルの顔を彩る憂いにいち早く気づいたのは。王子は早々に召使い達を下がらせ、添い寝の床にキャロルを導いた。

「どうしたのだ?」
王子は優しく聞いてやった。
「黙っていては分からぬぞ。何か嫌なことがあったか?心配事でもできたかな?」
長い長い沈黙の後、やっとキャロルが言った。
「子供扱いは嫌。私・・・今日、ミラさんに会ったの」
「何っ!」
「ずっとずっと王子を兄さんみたいに思って甘えていたけど・・・やっと私、王子の側にいるってことがどういうことか分かったの」


狼狽えたのは王子のほうだった。
「そなたはミラがどのような立場の女か分かっているのかっ?何故、ミラになど会った?ムーラは何をしていたのかっ!」
「ムーラは関係ないわ。私がミラさんをお通ししたの。・・・ミラさんは王子の側室なんだって言っていたわ。綺麗な方だった・・・」
淡々と言葉を続けるキャロル。王子は歯ぎしりして言った。
「そのようなことをして!そなたは自分の立場を分かっているのかっ!そなたは・・・っ!」
「分かっています」
キャロルはまっすぐに王子を見つめ返した。
「私は・・・王子の・・・愛人・・・でしょ?」
こらえきれずに零れる涙。本当なら愛人なんて屈辱的なだけの立場だ。好きな人には自分だけを見ていて欲しい・・・と20世紀に育ったキャロルは思い続けて大きくなったはずだ。
でも古代にやって来て・・・王子を知って・・・いつの間にか、愛しい人の側にいられるならどんな立場でもいいと思うようになっていた自分に気づいたキャロル。
「分かっています。私は・・・王子の愛人・・・の一人・・・」
「違うっ!そなたは何も分かっていない!」
王子はキャロルの細い肩を掴み、がくがくと揺さぶった。キャロルのことを心から愛しく大切に思う自分の気持ちは当然知っていてくれるはずと思っていた自分の甘さに腹が立った。
「そなたは・・・私のただ一人の愛する女だ。只一人の・・・イシュタルの定めたもうた妻だ・・・」
王子の熱っぽい囁きにキャロルはびくっと震えた。
(妻?妻と言った?この人は?私は・・・他の人とは違う・・・の?


いきなり王子はキャロルを強く抱き寄せた。
「信じられぬか?我が腕の中にいても我が心は伝わらぬか?」
早い鼓動。熱い体躯。突然贈られた貪るような接吻。王子の心が直に伝わってくる。
その直截な情熱が恐ろしくて思わず身体を突っ張らせて離れようとするキャロル。でも王子はそれを許さなかった。
「そなたの幼さを思い、今日まで娘のままにしておいたが・・・もう思いやってはやれぬ。
今宵・・・そなたを我が妻とする・・・!」
王子は素早くキャロルを自分の下に組み敷いた。
「嫌か・・・?嫌なら申せ。でも・・・今宵ばかりはそなたの望みに沿うてやれるか・・・?」
キャロルの瞳から涙がこぼれた。
「私は・・・本当に王子を好きになっていいの?心から?何も心配せずにただただ王子を好きになっていいの?」
「信じさせてやる、私がどれほどそなたを愛しく大切に思っているか信じさせてやる・・・っ!」
王子はいきなりキャロルの紗を破り裂いた。キャロルは目を閉じ恭順の意を示した。
「私は・・・王子を好きになっていいの?本当にいいの?私は・・・この世界の人間ではないのに・・・?」
それ以上、何も言わぬようにとでもいうように王子の唇がキャロルの唇を塞いだ。

イズミルはキャロルを愛した。無垢な身体に自分の刻印を押す行為に彼は今までになく興奮して高ぶった。指先で舌ですべてを探り、その白い身体に自分を染み込ませた。もう他の誰も受け入れられぬように。彼以外の男性を思うことがないように。


「目覚めたか・・・?」
すっかり明るくなった寝室で、キャロルは目覚めた。王子もキャロルも何も纏っていない。
「ふふん・・・」
恥じらって真っ赤になったキャロルを王子は舐めるように見つめた。
全てを味わって我が物とした女に感じる征服感はいつもより何倍も強烈だった。
「そなたは途中で気を失ったぞ。あのようなことは初めてであったか?」
王子は腕の中に軽々とキャロルを抱き上げ、膝の中に抱え込んだ。
昨晩のことが生々しく脳裏によみがえってキャロルは真っ赤になった。肌を探る王子の指先、口唇。あちこちを馴れ馴れしく味見をするいたずらな舌。身を裂くような甘い痛み。繰り返される睦言・・・。
「そなたは私だけのものだ・・・。私はそなただけのものだ」
王子は囁いた。
「そなたを得たつもりが絡め取られたのはどうやら私の方であったようだ」

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