『 挽歌 』 「キャロル・・・」 メンフィスは夢見るような穏やかな顔で横たわる最愛の女性に呼びかけた。 もう何千回、この名前を呼んだだろう?声はすっかりかすれてしまった。 涙はとうに枯れ果てた。零れる滴がもしや眠る佳人を目覚めさせるやもと虚しく期待したけれど。 「どうして・・・」 問いかけてもキャロルは答えない。ただ眠っているようにも見えるのに、その白磁の身体の中にはもう魂はない。 生涯を共にと誓った相手は、あまりにも呆気なく逝ってしまった。 夫を愛し、子をなし、民を慈しみ、いつの日も誰よりも美しく若々しかったキャロル。だがエジプトの炎熱は確実に彼女を弱らせていた。 「もっと早くに気付いていたら・・・」 全ては遅すぎた。キャロルはたったの5日間、患って、そして逝ってしまった。 ―メンフィス。ごめんなさい。あなたの側にずっと居るって約束したけれど・・・守れない。許して・・・ メンフィスの手を力無く握った細い手。 ―これからはあなたが・・・幸せに長い生涯を過ごせるように守るから。 だから悲しまないで・・・怒らないで・・・。 母を亡くす幼子のように嘆くメンフィスにキャロルは囁いた。長く幸せに生きて、と。 「何と酷いことを言い残すか。そなたのおらぬ生に何の意味がある?私はそなたの夫なのに・・・」 メンフィスは妃の亡骸と共に自分の心を葬った。 名君と讃えられた彼が自分の心を、再び妃キャロルの手から取り戻したのは30年ほども後のことであったという・・・・。 |