『 ある朝 』 いつもなら甘い囁きのような低い笑い声と優しく忍び込む口づけがキャロルを眠りから揺り起こすのに、今朝はなぜか静けさの中で独りでに目が覚めた。 心細くなって跳ね起き、傍らに目をやると、その人がそこにいることを確かめて彼女は緊張を解いた。王子はキャロルが身を横たえていた場所に枕代わりの腕を広げたまま、身じろぎもせずに寝息を立てていた。 (わたしったら、慌てて急に体を起こしてしまったけど、それでも目を覚まさないなんて…よほど疲れているんだわ……) 昨日、城下でちょっとした騒動があり、それを収めた王子の帰城は夜半になったのだった。 (そういえば王子の寝顔をゆっくり見るのは初めて…いつも王子はわたしが眠るまで起きてるし、わたしが起きたときには目を覚ましてるんだもの) 今更のように彼女は夫の端正な顔立ちに見とれた。 目覚めているときは常に王子の方がキャロルに熱い眼差しを注いでおり、見つめられるキャロルには王子の顔をじっくり眺める余裕など無かったのだ。 彼女が横たわっていた跡にも広がる長い髪、わずかにクセのある前髪に飾られた広い額、凛々しい眉、長い睫毛、通った鼻筋、鋭い頬、そして彼女がその感触をよく知っている唇…。 瞳を閉じていても聡明さの漂うその顔も、夜ごと彼女がしがみつくその体も、まるで作り物のように整ってはいたが、しかし確かに血の通った暖かさで彼女を包み込み、彼女に微笑みかけることをキャロルは知っていた。 だが、やがて静寂に耐えられなくなったキャロルは、ふと悪戯心を起こし、その彫刻のような体の手触りを確かめてみたくなった。 そう、いつも彼女が目覚めたとき、彼が彼女にしているように…。 キャロルは自分の手に息を吹きかけ、何度かこすって暖めると、王子を起こさぬようにそっとその手を彼の体の上に滑らせた。 がっしりとした肩、長い腕、広く逞しい胸…鍛えられたその身体は彼女一人のものなのだ。誇らしさと愛おしさにキャロルは溜め息をついた。 そしてキャロルは、王子の胸の両脇に手をついて、眠っている王子と口づけを交わそうとした…羽のようにそっと触れるだけならば眠りを覚ましてしまうこともないはず…。 キャロルは慎重にゆっくりと唇を近づける…と、ふいに彼女は強い力で抱きしめられ、二人の唇は激しく重ね合わされた。 驚く彼女の中に王子の舌が割り入ってくる。 「王子ったら…!」 必死で王子の胸に手をつき、身体を起こしたキャロルは真っ赤になっていた。 「いつから気付いてたのよっ」 「…そなたが飛び起きたときから……くっ…くっくくく………」 王子の身体はまだ揺れている。 「ひどいわっ騙すなんて!」 「おお、騙してなぞおらぬ。…そなたが勝手にわたしが眠っているものと思い込んだのであろうが」 「だってわたしはっ…あなたを起こしちゃかわいそうだと思って…苦労してたのにっ………」 「なるほど苦労してそっとわたしを撫でまわしていたわけか」 「王子っ!!」 「わたしとて苦労したぞ…そなたを驚かさぬようにするのに……わたしはじっとしていられても」 王子はキャロルの全身を自分の身体の上に抱え上げた。 「………!……」 キャロルはますます赤くなって頬を膨らませ、王子を睨むようにして身を離そうともがいた。 「なぜ怒るのだ…そなたの仕向けたことぞ……ああ、そのように動くと余計に……っ…」 王子はからかうような笑いを浮かべたまま、眉根を寄せ、びくりと身体を震わせた。 「…わたしばかりがこのような目に会わされるのは割に合わぬな……」 王子はキャロルの背に立てた指を彼女の背骨に沿って腰へと滑らせた。 「…あっ……!」 今度はキャロルが、細い眉をひそめ、王子の身体の上でわなないた。 「ふ……なんと愛らしい声でさえずることか…わたしの小鳥は」 「さて、この可愛い小鳥には己のしたことを贖ってもらわねばならぬ…」 「……んっ………」 ……………今朝はなかなか寝室から出てきそうもない二人であった。 fin. |