『 81さん作 』 ミタムン王女暗殺の賠償にたくさんの領土といっしょに人質みたいなかたちで キャロルをも差し出したエジプト。 王子はキャロルを好きなんだけど、キャロルは自分は政略の犠牲で売り飛ばされた 無力な存在だと思いこんでいるから周囲に心開かず、王子のことも頑健に拒否する。 最初は余裕でキャロルに接する王子だけど、あまりに拒否されるので落ち込んじゃう! 「姫よ、なぜ、そなたは私を見ぬ?私はそなたを愛しているのだ。たとえ、そなたが 神の娘などではない一介の少女だとしても・・・!」 切なく身もだえる王子!その恋の行方は・・・? 王子にさらわれてきたキャロルは、エジプトからヒッタイトに引き渡されます。 メンフィスは涙・涙の政治的判断で自分の心に蓋をしてます・・・。 キャロルは豪華に設えられた自分用の居間で黙って窓の外を凝視していた。 たった今、イズミル王子に知らされた事実が彼女を打ちのめす。 ミタムン王女暗殺の非を非公式ながら認めたエジプト側はその代価をヒッタイトに支払った。領土、財宝、そして貴重な人質・・・ハピ女神の娘キャロル! 「姫よ、何を考えている?」 不意にキャロルは王子の広い胸の中に抱きすくめられた。 「離して!私は・・・私は・・・!」 「姫、そなたはもはやエジプトには帰れぬ身!そなたは言ったな、戦は嫌だと。そなたは両国の平和の保証としてヒッタイトに留まるのだ!・・・心せよ、そなたの軽挙が戦を招くやも・・しれぬのだぞ。」 「姫、私はそなたを愛しく思っている。誰がそなたをみじめな人質、慰み者の地位に置くものか。そなたは我が妃として迎えられるのだ!」 傲岸に王子は言い放った。涙するキャロルを見ていられなかったのだ。 愛の言葉も知らない高貴な若者は初めて誰かを愛しいと思う感情を知り,それに翻弄される。 だが、キャロルは王子の心を凍らせるような冷たい一瞥をくれただけだった。 そしてその夜。添い寝する王子のもとから逃れふらふらと屋上にさまよい出たキャロルは幽霊のように身を投げようとした。 王子が後をつけていなければどうなっていたか・・・?気を失ったキャロルを見る王子の顔は哀しみにゆがんでいた。 (何故に・・・このような。姫、そなたはそれほどまでに私を嫌うのか?私がここまでそなたを追いつめたのか?) (誰かが泣いている・・・。哀しそうに、哀しそうに。泣かないで。あなたの哀しみが私の奥深く染み込んで私の心を責め苛む。泣かないで。) キャロルはゆっくりと目を開けた。昨夜、王子によって連れ戻された寝台の上。 王子が憔悴しきった顔でキャロルを見つめていた。愛しい少女が自分との添い寝の床を抜け出して自ら命を絶とうとしたという事実は、この孤独な青年の心を打ちのめしていた。 (姫、愛しいそなたを大切に大切に我が側に迎えようとしているのに。 そなたはすっかり気力を無くし、幽鬼のような有様で命を絶とうとした。 そなたをそこまで追いつめたのは私か?そこまでするほどに自分の運命が呪わしいのか?・・・エジプトが、メンフィスが忘れられぬのか?) 子供のように心細げな、哀しそうな顔をしているイズミル。常夜灯のもとで顔に光っているのは涙なのか。 キャロルは無意識にイズミル王子の顔に手を伸ばした。 「泣いているの・・・?何故・・・?」 王子は叫びたかった。その白い手を握りしめて。 何故にそなたは命を絶とうとした?自ら死を選ぶほど我が許に来るのが嫌か?メンフィスに義理立てして自害をはかったか?そうとも、死ねば我が妃となることはかなわぬからな。 私をおいて逝くな、逝かないでくれ。私はそなたが必要なのだ。人質としてではなく。政略で娶る妃としてではなく。私はそなたが必要なのだ。私はそなたをこんなにも・・・! だが、その言葉は誇り高いばかりで素直に愛を請うことなど知らぬ若者の舌の先で凍り付く。 「そなたは我が妃となる姫!きつく申し置く、我が儘勝手は許さぬ。」 口から出たのは冷たい支配者としての言葉。つい先ほどまで王子を優しい訝しげな視線で見つめていたキャロルの表情が恐怖に強ばる。 王子はその表情に耐えきれず、愛しい少女をしっかりと抱きしめた。 後悔と行き場を失った愛の言葉は涙となって王子の頬を濡らす。 (王子。泣いているの・・・?どうして?) 王子の涙がキャロルのうなじを濡らす。王子の嗚咽がキャロルに伝わる。キャロルは初めて、この優れた傲岸なまでに誇り高い若者の弱さに気づき驚いていた・・・。 キャロルを取り巻く日常は駆け足で流れてゆく。 あの日以来、王子はもう取り乱すことはなかった。自分よりはるかに年若の幼い姫キャロルの耳に甘い口説をささやき、広い胸の中に抱きすくめ、優しく、あるいは傲然と言った。 「そなたは我が妃として生涯、私の側に居よ。何も迷うことはない。そなたはただ私を愛すればよいのだ。私がそなたを幸せにしてやろう。」 キャロルは哀しげに涙ぐんで、あるいは諦観の寂しげな微笑を浮かべ王子の言葉を聞いた。あの夜以来、彼女はほとんど口をきかない。 (王子、愛は恩着せがましく与えるものではないのよ。私さえ我慢すれば戦はない・・・。戦を避けるためにどんなこともしようと思っていたけれど・・・こんな形で結婚するなんて。) (優しいかと思えば、恐ろしい。私はあなたに翻弄され、このまま妻になるの?私、あなたの心が分からない。) 素直に愛を語り、愛を請うことを知らぬ誇り高い若者と、心閉ざした囚われの姫。婚儀の日はあっという間に訪れ,その夜。 キャロルの待つ寝室を訪れた王子はしかしキャロルを抱こうとはしなかった。 「ふ、なんて顔をしている。私は嫌がる女を無理に抱く趣味はない。そなたの心が得られぬなら抱いても甲斐ないものを・・・。」 「王子・・・?」 「この短剣をやろう。私がそなたの心を無視して慮外な真似をするようなことがあれば・・・身を守がよい。何、そなたに私を傷つけるほどの腕はあるまいがの・・・。これは私の心の証、花嫁への贈り物。いつか、そなたがこの短剣を捨て我が許に来ればよいがな。」 キャロルは震える手で贈り物を受け取り・・・出ていこうとする王子の背に抱きついた。 「行かないで・・・。私、もっとあなたのことを知りたいの。あなたは何も話してくれないから・・・。」 心ならずも夫と呼ぶことになった若者の誇り高く、不器用な心の片鱗を初めて理解したキャロル。その白い手を王子は戸惑いながら取った。 見つめ合う二人。 そしてその夜。二人は初めて知り合った子供のようにお互いの物語を語り合ったのである。不器用な愛が初めて芽生えた夜・・・。 婚儀が終わったその夜。 二人は初めて自分の心の内を相手に明かした。 キャロルは語る。 知らぬ間に人質とされ故郷から永遠に切り離されてしまった時の絶望と孤独。王子の強引な求愛への戸惑いと恐れ。心を見せぬ王子への不安・・・。 王子もまたかき口説く。 初めて会った時から惹かれていた少女を憚ることなく妻に出来ると決まった時の嬉しさ。靡かぬ相手への焦燥、悲哀。伝える術のない想いの切なさ。キャロルが身投げをしようとした時の衝撃。 キャロルは王子の脆さと不器用さを知り、王子はキャロルの寂しさと子供っぽい無垢な心を知る。 「私・・・初めてあなたを知ったような気がするわ。」 「姫・・・私はそなたを望む。だが無理強いはせぬ。待とう、そなたが女になるその時を。そなたはまだ・・・あまりに幼い。」 二人は寄り添って眠った。兄と妹のように。自分に対して初めて心を明かしたキャロルをこの上もなく愛しく思う王子は自分を押さえて、キャロルの寝顔を見守った。 (姫、私は待とう。そなたが私の前で咲き綻ぶ日を。私はそなたの心をこそ得たいのだ。) 王子とキャロルの日常は驚くほど穏やかに過ぎてゆく。王子は執務をこなし、空いた時間はキャロルに様々なことを教えた。国政のこと、王子妃のつとめ、様々な学問、音楽・・・。 もとより怜悧で人の心を読むことに長けたキャロルのこと。王子の本当の優しさを知り・・・そして気づかぬうちに惹かれていった。 だが二人はまだ結ばれてはいなかった。夜毎、添い寝し、様々に語り合うがそれは兄妹の睦み合い。 (ふ、私の辛抱強さもたいしたものぞ。この小娘一人にかくも慎重、臆病になれるとは、な。) キャロルは無邪気に王子を見上げ、微笑むようになった。しかし、それはどこか乙女の傲慢さ、巧まぬ媚態を覗かせてはいないか?愛しい人を試すように。 そしてその夜は訪れた。 王子は手枕に添い伏すキャロルに尋ねた。 「姫は、私のこと、もう前のように恐ろしくはないか?」 「・・・ええ。私、もうあなたが怖くないわ。あなたは優しい・・・。」 キャロルは眠たげな優しい声で答えた。 「そなたは私の妃、だ。」 「私は待った。そなただけを見つめて。だが、もう待てぬ・・・。」 キャロルの青い瞳が王子をまっすぐ見つめた。 「そなたが欲しい。そなたとて男が愛しい女にすることを知らぬわけはあるまい。私はそなたに請おう。その身を、心を私に捧げてくれ、と。」 自分を強く抱きしめる王子の体の変化にキャロルは本能的な恐れを覚えた。 手は枕の下の短剣を探る。だがそれも一瞬の迷い。目の前の男性の心を、誠意を今は知っているから。自分の心を知っているから。 閉じた瞳は承諾の印。そっと伸ばした手は不器用な媚態。 王子はキャロルに口づけた。深く探るような接吻。そして白い体を探る。 露に濡れる蕾は突然の侵入者にうち震え、固く扉を閉ざす。 王子は幾度も幾度もそこに口づけ、優しく重なり合った花びらをほぐし、やがて押し開いた。 キャロルは王子の肌の匂いと圧倒的な力に酔ったようになりながら・・・ 王子が長く待ちわびた一言を口にした。 「王子・・・愛しています。ずっと側にいさせて・・・。私はあなただけ・・・!」 恋人達はやがて安らかな眠りに落ちた。閨は甘く匂う濃密な闇に包まれ ている。だがやがて幸せな新しい朝が二人を輝かしく照らし出すだろう |