「トラベリング、白12番!!」
   歓声が会場を包み込んだ。
   だけど、俺には何も聞こえなくて。
   「何やってるんだ、牧」
   加藤先輩がなんでそんなに怒ってるのか、わからない。
   「すいません」
   「すいませんって、お前全然反省してないじゃないか」
   うるさい。
   「・・・・」
   「お前、一度ベンチに戻れ」
   うるさい。俺に話しかけるな。
   交代が告げられて、監督にこっぴどく怒られた。
   こんなに試合でイライラするのは初めてだったかもしれない。



   大学リーグ緒戦。
   辛うじて試合には勝った日大だったが、俺だけ周りの期待を大きく裏切り、初っ端からミスを連発してしまった。
   大学になってからフォワードのポジションにつかされ、自分でシュートに行く回数が多くなった。
   シュートモーションに入る度、神の顔を思い出す。
   そうすると、何故か急にイライラしてしまう。
   案の定、シュートなんて全然入らなくて、トラベリングやダブルドリブルなど、初歩的なミスばかりしてしまった。
   こんなの、初めてだ。
   なのに、さほど気にしていない自分が怖い。
   海南の敗北。そして神の告白。
   俺の頭には今考えるべきじゃない事ばかりがぐるぐる廻っていて。
   「牧。なんだってんだ・・・」
   試合が終わったあと、神奈川MVPはこんなものなのか・・・と言いたげな視線と共にメンバーからこぼれた言葉にも、
   溜め息が漏れるだけ。
   昔はこんなに海南1色じゃなかったのに。
   いや、違う。
   俺の頭ん中を占めてるのは海南じゃない。
   ・・そうだ。
   清田だ。清田が俺の頭ん中の大部分を占めてるんだ。
   だから神の告白にあんなにショックを受けてるんだ。
   ・・・・・・もしかして・・・俺も・・・?







   チームの練習をサボったのも初めてだった。
   清田の病室をノックし、清田の声がすると、安堵感が胸を包み込んだ。
   俺はひとつの疑問を解きに今日ここに来た。
   「よう」
   「牧サン!!おはようございますっ!!」
   満面の笑みで、突然訪問しに来た俺を迎えてくれる。
   ・・・なんだ、俺?
   清田の顔を見ると、顔がニタニタするのが止められなくなる。
   「ちゃんとメシ食ってるか?」
   ニタニタ顔のまま言う。
   これじゃあ頬の筋肉がつっちまう。
   「ちゃんと食ってますよ。体重だって増えたし!でも筋肉が減るのはイヤだな・・・・牧サン、なにニヤニヤしてるんスか?」
   「あ、ああ、ちょっとな」
   なんとか普通の顔に直そうと努力しようとするんだけど、これがなかなか上手くいかない。
   「ん〜〜?さてはなんか良い事ありましたね?」
   「ま、まあな」
   嬉しいこと・・・まあ、そういう事になるのかな。
   「カノジョ・・・でもできたとか?」
   「ん〜・・・・そうとも言う・・・」
   本当は完璧な一方通行なんだけど。まあ、似てるか。
   「さすが・・・、牧サンッスね。カノジョの一人や二人くらい」
   嬉しそうに笑う清田。
   背中に隠していた、果物が乗ったバスケットを見せる。
   「お前、メロンとか好きだろう?ハウス物だけど、食うか?」
   「わあ!買ってきてくれたんですか?すいません!!」
   途端、脚をばたつかせる。
   あれ?脚・・・?
   「お前、脚はもう大丈夫なのか?」
   「あ、脚はもう大丈夫です。骨は繋がったんであとはリハビリ次第です」
   そう言えば、ベッドの横に松葉杖がある。
   「じゃあ、もうリハビリやってんのか。頑張れよ」
   「はい!もう一回バスケしたいですもん!」
   


   清田の部屋は個室で、両親が医師に猛反対してここにいれてもらったらしい。
   流しもついていて、なんと便利なんだろうか。
   俺は、まだそんなに甘くはないだろうな・・・と思いながらも清田がメロンが好きだと言っていたのを思い出して
   買ってきた、小振りのメロンに刃を立てた。
   思ったとおりだ。まだ色が薄い。
   「牧サン、昨日インカレの神奈川予選だったんでしょう?どうでした?」
   牧サンが負けるわけないけど、と言う清田に、切ってやったメロンにフォークを指して差し出した。
   「もちろん勝ったさ」
   俺にとっては負け試合だったけどな。
   「・・・・・・・・」
   「どうした清田?甘くないメロンは食いたくないか?」
   「いえ・・・ただ・・・」
   下を向いて、清田がゴニョゴニョ言い始めた。
   なんだ?
   「インターハイ、牧サンが頑張って17年連続で行ったのに、今年行けなくて・・・牧サンに申し訳ないんです」
   「そんな事いいさ。17年連続だろうが、18年連続だろうが、それは表向きだけだろう?
   一番大事なのは、どれだけ良いプレイが出来るかだ。インハイに行こうが行きまいが、その為に努力した
   時間が一番大事なんだぞ?」
   インハイに行けなかった責任を感じているんだろう。自分が抜けた分だけ戦力が落ちて、そのために負けたとでも
   思っているんだろうな。
   ポンポンと頭を叩いてやる。柔らかい、質の良い清田の髪。
   遠くから見ているとボサボサで手入れもされていないように見えるけど、案外綺麗だ。
   「でも、俺が抜けたせいで・・・・」
   まだ俯いて呟く清田の頭を、今度は撫ぜながらもう一度口を開く。
   「今お前がするべきことは、早く直してコートに立つ事だ。海南の皆は今ごろ選抜に向けて猛練習をしていると思うぞ。
   精一杯努力しているんだ。お前だって努力して早く復帰しなきゃいけない。努力は絶対報われるんだからな。
   それが今お前がするべき事だ。お前が戻ってきたら、また海南は強くなるさ」
   自分では最高の笑顔(だと思う)を浮かべて言うと、と、清田もやっと顔を上げた。
   「牧サン・・・」
   その笑顔があんまり可愛すぎて。
   (うっ・・・)
   笑顔のままの自分が。どんどん赤くなってる気がした。
   サンマも焼けそうなくらい・・・。
   「わかりました、俺、頑張って頑張って、克服します!!」
   ああ・・・駄目だ、俺。
   心臓バクバクいってる。
   やっぱり、そうなんだ。
   俺は清田が。







           好きなんだ。













   「今度の相手は、T学園大学だ。関東大会でも優勝経験のある強い大学だ。
   気を引き締めて、勝ちに行け!!」
   早くも夏休みとなっている7月。日大の2試合目が組まれている。
   前回凡走してしまった俺だったが、練習試合の結果でもう一度スタメン入りが決定した。
   「今度はボーっとしたまま試合に出るなよ」
   「わかってますって、加藤先輩」
   今度こそ、失敗はしない。
   海南根性を見せてやる!
   「ちょっと、牧」
   「ああ?」
   田代が俺のお気に入りの黒いTシャツを引っ張ってきた。
   珍しく、真面目な顔をしている。
   試験受けてる時だってにたにた笑ってるくせに・・・。
   「ちょっと話があるんだけど、いい?」
   「ああ・・・いいぜ」
   どうせ清田のことだろうな・・・・。
   と思って、言われるままついて行った先は、部室の奥のシャワー室だった。
   「さてと・・・・」
   「なんだ、田代」
   のんきになっていた俺はこの後のことで、また酷く頭を悩ます事となるのだった・・・。










    「・・・・え・・・?」
    田代の発言が、俺には耳から入って耳から抜けてしまったような感じだった。
    いま、田代はなんて言った?
    「も、もう一度・・・」
    「だから、アンタが好きだって言ってるの!!」
    好き?誰が?田代が?誰を・・・?
    俺をか――――?!
    「今、アンタがノブ君が好きな事は分かってる!でも、あたしだって、ずっと好きだった!!
    中学の時から、ずっと――――!!」
    顔を真っ赤にして搾り出すように声をだす田代。
    「え、えーと、その・・・」
    困るも何も、俺はこんな風に女のコから告白されるのは初めてで・・・手紙貰ったことはあるけど・・・
    い、いや、そんなの問題じゃないな、まさか、田代から告白されるなんて、考えもしなかった。
    「・・・その、あの・・・だな、」
    意味不明すぎる曖昧な返事をする俺に、始めから悩むのは知っていたというふうに、田代は溜め息をついて続けた。
    「まだそんなに早く結論を考えなくてもいいよ。これからインカレ予選も終盤に入るわけだし、
    ここでまた悩まれてアンタ本来力が出ないで、皆にアンタの事、それまでの選手って思われたくないもの。
    ・・・それに、ノブ君のこともあるし・・・・。
    本当は、こんな大変な時期に言いたくなかったんだけど、アンタの頭の中がノブ君でいっぱいになっていくのが、
    凄い悔しくて・・・・。我慢出来なかった」
    ごめんね・・・と田代は真っ赤なままの顔を上げて、照れ笑いをした。
    「ノブ君の腕が治ってからでもいい。あたし、ずっと返事まってるから。
    NOでもYESでも、どっちだっていい。だから、必ず返事、ちょうだいね」
    それだけ言うと、じゃあ・・・といって田代はさっさと部室から出てしまった。
    一人、ぽつんと残された俺は、もう本当に情けない顔をしていた。
    「あ・・・あはははは・・・・」
    田代が俺のこと、好きだって。全然そう思わなかった。
    気付きもしなかった。
    周りの先輩達は、気付いていたのだろうか?
    俺が鈍感なだけ?
    いや、そんなのは問題じゃない。
    別に、俺だって田代が好きだ。
    だけどそれは、恋愛感情じゃないだろう。
    だけど、俺の頭の中には、田代が入りこむ隙間はあるかもしれない。

    俺は、頭の中が清田でいっぱいで、田代の入りこむ隙なんて絶対にない、と
    言い切れるほど、清田が好き・・・という確信が、持てなかった。

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