その一言が言えなくて









ごめん。
その一言が素直に言えればいいのに。
なんでこんなに意地張っちゃうんだろう。
……いや、悪いのは俺じゃない。
こっちが不快になる事はじめに言ったのは向こうの方だ。
俺は、悪くない。










俺とオヤジはケンカしている。
おやつを取られたからとか、先に風呂に入られたとか、そんな次元じゃない。
俺は聞いちゃったんだ。
ブラスカさんとオヤジの話を。



その日、俺は落ち込んでいた。
試合は今年初の敗北。
惜敗だったけどゴットオブザブリッツとエースオブザブリッツがいるエイブスが負けたんだ。
そりゃ落ち込むって。
夕飯を食べ終わり、風呂でも入ろうかと1階に降りた時だった。
『でもやっぱりいきなりせまってくるのはちょっとね…』
『なんでぇブラスカ。嬉しくはねぇのかよ?』
『そりゃ…でもなんか、あんまり積極的なのは嫌だな。慣れてるみたいで…初々しいのが
私はいいんだけどね…』
なんの話かは大体想像がついてた。
でも今なんだか顔を出すと恥ずかしい感じがして。
『そうかぁ?俺はそうは思わねぇな。ただ寝てるだけの奴も味気ないぜ?
魚河岸のマグロ状態でよ』
マ、マグロ…?
『うお…?うお…がし?』
『おうよ。ただ横たわってるだけ。ぴちぴちしない。されるがままっつー事だ』
この発言に俺はピクリと反応した。
ジェクトの言ってる事は俺の事。
つまり…さっきいった言葉は全て自分の…。
『ふーん。ジェクトは遊んでそうだもんね』
『…なんじゃそりゃ。どーいう意味だよ』
盛り上がる2人の声も届かないほど俺はショックだった。
…もしかして、オヤジは俺の事ずっとそんな風に思ってたのかよ。
すごすごと寝室に戻った。


まったく寝付けなかった。
頭の中でオヤジの言った言葉がぐるぐると回っていて。
そんな状態が続いているときに、話を終えたオヤジがゆっくりと寝室に入ってきた。
『まだ起きてたのか。早く寝ないと明日の練習に遅刻するぞ』
『……』
俺はふとんを全部自分の身体に巻き込んだ。
『なんだぁ?』
少し機嫌の悪い声にビクッとするが、俺は譲らなかった。
…今思えばなんでこんなに意地になってたかわからないけど。
やがてしぶしぶとベッドに乗っかり寝そべるオヤジ。
俺は背中を向けてたからわからなかったけど、きっと俺がなんで怒ってるのかと不思議な顔
をしていたんだろう。
『そーいやあれだな。なんで今日の試合は負けたんだろうな』
人がムカついているのにさらにムカつく事いうかな、こいつは。
『……アンタのせいだ』
『なんだと?』
『だってアンタ、いっつも本気になるの遅すぎ』
『…はりきり過ぎて即効でバテる奴よりゃマシだな』
『……なんであの場面でシュート外すんスかねぇ…』
『……あれくらいのタックル、なんで避けられないかねぇ』
『……朝まで酒飲んで練習に来ないのはヤバイッスよねぇ』
『……練習量さえ多けりゃいいってモンでもねぇんだよなぁ。才能よ才能』
『……周囲に天才だ神様だって言われて自惚れてるよりはマシかなぁ』
ブチッ
『なんなんだおめぇ!何がそんなに気に食わないんだ!!』
『もういいッ!どうせアンタにはわからないッスよ!もう今日はアーロンと一緒に寝るから!!』
ガバッと布団を剥いで俺はわざとドスドスと足音を立ててドアに手をかけた。
『ああそうかい。せいぜい可愛がってもらいな!!』
俺はその言葉にキレた。
本気でキレた。
もう二度と口聞かない!別れてやる!!
そう思いながら俺はアーロンの部屋へ足早に向かった。






アーロンははらはらと涙を零す俺を優しく迎え入れてくれた。
ブラスカさんがいたけどその晩は一緒にいてくれた。
一緒に眠るのはホント久しぶりで昔を思い出してやけに安心に眠れた。
…アーロンにケンカの理由を言う事は出来なかった。
ブラスカさんもちょっとだけ関係してるし、アーロンの事だからすぐにオヤジに話して
しまう。それじゃいやなんだ。自分で理由を考えてくれなきゃ、嫌だ。








ケンカしてから1週間がたった。
俺はオヤジと一言も言葉をかわしていない。
それどころか目線も合わせてない。試合は今までなかったしオヤジは練習にも来なくなった。
いつも来てないんだけどね。
俺は自然とアーロンと話す機会が増え、ブラスカさんは少し寂しそうだった。
俺のせいで2人の仲がこじれるのは嫌だったからここ2,3日はリビングのソファで寝ていた。
ずっとオヤジと一緒に寝てたから、やっぱり人肌が恋しい。
それに、一人でソファで寝ていると、やっぱり自分が悪いのかな、と思う。
そりゃあ、言い過ぎたとは思うけどさ……。
……でも、オヤジが言ってた言葉…
俺は確かに情事…には消極的だった。
自分から誘ったり、オヤジのを舐めたり…とか全然してなかった。
オヤジの言ってた通り、俺はただ寝そべってるだけだった。
…やっぱり、俺が悪いのかな…。
「…家、出ようかな…」
これ以上、こんな気持ちでこの家にいるのは耐えられない。
少し考えて、落ち着いたら…自分から謝ろうかな。
「はぁ……」
もう日付が変わる。
早く寝て明日の試合に備えなきゃ。
ごそごそとタオルケットを身体に巻き付けて寝ようと横になった時だった。
「ティーダ」
「あ、アーロン。どうしたの?」
いつの間に降りてきたのか、アーロンは俺の寝てるソファの近くまで来て、
俺の身体に巻きついているタオルケットをきちんと掛けなおしてくれた。
「…一人で何を悩んでいる」
「……」
「どうせジェクト絡みなんだろう?お前とジェクトはもう1週間喋ってない」
「……うん」
「話す気はないのか?」
アーロンは優しい。
だからこそ、話せなかった。
「ごめん」
「…そうか。でも、話したくなったらいつでも俺に話せ。これでもお前を10年間育ててる
んだからな」
「うん。ありがとう」
頭を撫ぜられて安堵を感じる。
なんだよ、俺、アーロンには素直に謝れるのに。
なんでオヤジには謝れないんだよ。
「ここじゃ寝にくいだろう。明日は試合だし…俺の部屋に来い」
「うん」
その優しさに、俺は涙が零れそうだった。







1週間ぶりの試合。
相手は1週間前に負けたチーム。
もうゼッタイに負けたくない。
アーロンのおかげでぐっすりと眠れたし俺は前半だけで3点を決めた。
当然、後半からの俺へのマークは前半以上のものになる。
それでも俺は負ける気がしなかった。
ディフェンダーからのロングパスを受けた俺はゴール手前まで直進し、シュートフォームに
入った時だった。
後ろからものすごい勢いで来る敵チームのディフェンダーとオヤジ。
オヤジの顔つきが必死になっていた。
俺に…?いや違う。前を泳ぐ敵チームの奴にだ。
でもこの距離ならタックルされる前にボールを蹴れる。
よし!
俺はそのままボールを蹴った。
ボールはまっすぐにゴールネットに突き刺さった。
やった!と腕をあげる前に俺の背中に人がぶつかった。
タックルしなかったのか、と後ろを振り向いて。
俺は絶句した。
俺にぶつかったのはオヤジで、オヤジの周りから赤いものがふわふわと
水中を舞った。
オヤジはそのまま自分にぶつかった敵の奴を思い切り殴り、腹をおさえた。
その赤いものが血だとわかった瞬間、俺はオヤジの正面にまわった。
オヤジの脇腹に小さいナイフが刺さっていた。









あまりのラフプレーにその試合はエイブスの無条件勝利に終わった。
だけどそれどころじゃなかった。
俺を狙ってかわりにオヤジが刺された。
オヤジはすぐに治療室に運ばれた。
俺は勝利後治療室へ駆け込んだ。
「オヤジ!!」
バンと扉を開ければ腹に痛々しく包帯を巻かれているオヤジがいた。
「よお」
「な、そんだけで大丈夫なのかよ!!」
「ティーダ君、そんなに慌てなくても大丈夫よ。ほんと、隅の隅に軽く刺さってただけだから、消毒
して包帯巻いとけば大丈夫よ。でも試合は最低でも2週間は出ないようにね…まったく、
いつまでも涙目でいるんじゃないよ」
「いってぇ!」
看護士さんはわざと少し強めに包帯を巻いた。
「あ、4針くらい縫ったから、1週間はお風呂入っちゃだめよ」
「わかってるって」
「ティーダ君、ちゃんと見張っておいてね。この子はいっつも約束守らないんだから」
「もうわかったからいいだろ?おばちゃん!」
顔を真っ赤にして出て行きたがってるオヤジを見て、俺は笑いを堪え切れなかった。
「あははは!!ちゃんと俺が見てますよ、先生!」
「ほんと、よろしくね」
「はい」









「オヤジ。キー貸して」
「……?」
「早く」
「お、おお」
オヤジからキーを受け取って、俺は運転席に乗った。
「おい…お前、運転できるのかよ。免許は?」
助手席に怪我人を乗っけて、俺は久しぶりの車のハンドルの感触を確かめる。
「運転した事はあるよ。免許は持ってないけど」
「………」
何か言いた気なオヤジをシカトして、俺はエンジンを入れた。
道路を快調に走る俺の運転に、オヤジは溜息をついた。
「なんでぇ、おめぇ、結構ワルだったんだな」
「オヤジの息子だからな」
「…ま、俺様も人の事言えねぇがな」
俺もガキん時は無免許で乗ってたしな、と窓の外を眺めながら言うオヤジに、俺は息を飲んだ。


今なら言える気がする。


「あのさ、今日はサンキュ。それから……ごめん」
「……いいや。息子を守るのは父親として当然だし…俺も言い過ぎたと思ってる」
チラリと目をやると、ちょっぴり照れてるオヤジと目線が合った。
恥ずかしいのか視線を避けるオヤジがちょっぴり嬉しかった。
「そーいやよ…あの夜、あんなに機嫌悪かったんだ?イマイチわかんねぇんだが…」
「あれは……オヤジが俺の事…マグロだなんとかとか言ってたから……」
「マグロ……?あ……ああ……あの事か」
「なんだよああって!俺めちゃくちゃショックだったんだからな!オヤジが俺の事あんな風に
思ってたなんてさ…」
ハンドルをギュッと握って、俺はあのときの言葉が頭によぎって思わず涙目になりかけた。
「あの話のとき、最後まで聞いてたのか?」
「あんな話最後まで聞けるかよ」
「゛鯛゛の方が好きだって事」
「タイ?」
わかんねぇ奴だな。白身の方が淡白で美味いって事だ。それによ、お前はマグロなんかじゃねぇよ。
なかなかいい感度だしな」
スケベオヤジ丸出しの声でそういった後、オヤジはニヤニヤ笑いながら俺の腰に手を入れてきた。
「うわぁ!!」
クネクネと車が蛇行して、後ろの車にクラクションを鳴らされた。
「オヤジ!!人が運転してんのに何すんだ!!!」
「わ、わりぃ」
チカチカとライトを点滅させて後ろの車に謝ったあと、俺は深く深呼吸をした。
たまには…いいかな。
「じゃあさ、家に帰ったらさ、その美味い鯛でも食わせてやるよ」
「……は?」
「久しぶりだし……食いたいだろ?」
「…なかなか言うようになったじゃねぇか」
嬉しそうな声を出すオヤジに笑い、俺はハンドルをギュッと握り締めた。








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