5月も3週目となり、緑の葉が一層色を茂らす季節となる。
朝練が始まるのより30分くらい早く着いてしまった高砂が
1人ドラムバックを背負って部室のドアを開けようとした時だった。
「お前にセンターは到底無理だ」
その言葉にドキッとして高砂は思わず後ろを振り返った。
高2になってベンチ入りしてやっと海南のセンターとして板について
きたのに、今さら無理だって言うのか?
だが、その言葉を投げられたのは、部室の反対側にあるシャワー室の
更衣室のドアから僅かに確認出来る、あれは1年の神宗一郎だった。
内心ほっとしたものの、そんな事を言われてはショックなのでは・・・
と思う。これは盗み聞きって奴なのだろうか。
「お前の身長は申し分ないんだがな・・・」
監督は頭をかきながらほうっと溜め息をついた。
高砂は、神の表情を盗み見る。
神は、無表情だった。


入部してからもう2ヶ月になるというのに、自分も含めた部員全員が
神の笑顔を見たことがなかった。
ちゃんと礼儀というものをわきまえているので別に気にすることでは
ないのかもしれないが、なんとなく近寄り難い雰囲気をかもち出していて
2年代表の牧でさえ先輩・後輩の会話程度しか出来ない。

「・・・わかりました」
神は表情を変えないままゆっくりと頭を下げるとシャワー室のドアを開けに
かかる。
「・・・あ・・・」
ポカンと見入っててどこかに隠れるとかそういう事をすっかり忘れていた
高砂が声を上げるのと神がシャワー室から出てくるのはほぼ同時だった。
「・・・高砂先輩・・・
一瞬、神の驚いたような表情を見たような気がした。
が、すぐに無表情い戻り、軽く会釈すると体育館に向かった。
・・・なんとなく、嫌な気分になった・・・・



「オレ、フォワードやってみてーんだけど・・・」
完ぺキなフォームで3Pを決めた牧がぽつっと呟いた。
何を今更、と高砂は10センチは低い彼を見下ろす。
「・・・ちょっとバンバン点入れたい気分なんだヨ」
最近の牧はちょっとおかしいと高砂は思った。
牧は2年生ながら海南、もとい神奈川bPガードだ。
そんな彼が、前からフォワードがやりたいだの、シューティングガードが
やりたいだの言い出すのだ。
正直、本人に言ったら怒るから言えないが、牧は1軍メンバーの中で
一番小さい。
加えてパスセンス、ドリブルの上手さ。
どれを取ってもポイントガード向きなのである。
確かにフォワード並の攻撃力も兼ね揃えているのだが。
「たまには、こうバシバシ3P決めてさ」
また綺麗なフォームで3Pエリアからボールが放たれる。
「気持ち良いんだよな。決めると」
ボールがリングを通る音が、耳に心地よく響く。
「・・・お前はガードだろう・・・?」
ボールを取りにゴール下まで駆けていく牧にほうっと溜め息つきで言って
やると、牧はぷうっと怒ったような顔になる。
「なんでだよ。こんなに3P入るのに」
「3Pが入るからってフォワードって決まるわけじゃないだろう?」
「ナンダヨ。自分はあんま得意じゃないからって」
いじけた顔に変わった牧は俺が3Pが苦手だということを知っていて言う。
「なんて可愛くない奴だお前は」
「男が可愛くてどうすんだ」
「お前がフォワードになれんのはオレがいるからだぜ牧」
ぶつくさと文句をいう牧の頭をポンポンと叩くのはキャプテンの三木。
「キャプテン・・・、でも、たまにはバンバン点入れてみたいッスよ」
海南1の実力者を相手に牧は1on1の姿勢を取る。
「・・・いいぜ。かかってこい。お前がオレに勝てたら監督に聞いてみるの、
考えてやってもいいぜ?」
「本当ッスね?」
自分を無視して完全に1on1を始めた2人を放ったらかいて、転がるボール
を手に取り、しばらくぼおーっとしていたが、不意に見まわした体育館の
どこにも神の姿が見られない事に気付く。
・・・オレだったらあんなこと言われたら立ち直れないよな・・・
そりゃ、あとでちまちま言うよりも今ビシッて言ったほうが良いのかも
知れないけど、あまりにもショックだろうな・・・。
「・・・ぐっ・・・・」
牧の声でハッとしてコートを振りかえると、三木が牧を見事にかわして
非常に打点の高いシュートを打つところだった。
あの牧をかわすなんて、やはり三木は神奈川bPプレイヤーだなと
思わざるを得ない。
「俺の勝ちだ、牧」
ネットに吸いこまれコートに落ちたボールを取って、三木は10センチほど
低い牧を見下ろす。
今度は牧は何も言わない。
「大人しくガードやんな」
脚を折り曲げてぶーたれた顔を見せる牧の顔を見て、三木はクス・・・と
笑って、ポンポンと頭を叩いた。
「ガードだって大事なポジションだ。そう拗ねるな」
牧が静かになったところで、高砂は神を捜そうと思い立ち、先輩にばれない
ように、そっと体育館からでた。






部室、シャワー室・・・・とりあえず廻ってみたが、神の姿はなく。
とりあえず高砂は体育館に戻った。
「お、高砂、何してたんだよ」
牧に肩を叩かれた。
「ああ、ちょっと・・・・」
「んだよ。腹でも壊したのか?」
「馬鹿」
「む・・・なんだよ高砂。何怒ってんだよ」
牧は眉間にしわを寄せて首を傾げた。
「牧。うるさい。黙って聞け」
三木が真面目な顔で喋っていた牧を注意する。
監督が来て、今度の試合について話していた。
「今度の試合は、軍決めも兼ねる事にした。よって1軍・2軍・3軍と3試合
する事にした。1軍の相手は翔陽高校。2軍の相手は藤崎高校。3軍の
相手は城西神奈川高校だ。練習試合だからってなめてかかるな。
本気で勝ちに行け。負けたら承知せん」
「はいっっ!!」
「1軍は翔陽か。絶対負けられないな」
過去翔陽に全勝しているだけあって、年々迫ってきている翔陽には
負けられない。それは海南部員全員が思っている。
「1軍はこっちに来い」
監督に呼ばれ、1軍は監督の周りに集まる。
「少し早いがここでスタメンを決めておく。4番三木、5番藤代、8番遠藤、
12番牧、14番高砂だ」
「はい」
は、初めてスタメンになった・・・!
「途中で全員交代する。下げられたからって後軍というわけじゃないから
安心しろ。それから高砂」
「はい」
「・・・話しがある。あとで残ってくれ」
「・・・はい・・・」
なんだろう。監督が俺に・・・?






皆が部室に引き上げる頃になって、俺は監督に話しかけた。
「監督、話しって・・・なんですか?」
「ああ、高砂あのな・・・」
ふうっと溜め息をついて監督は言った。
「さっき、俺が神にセンターの事で話してたの、聞いていただろう?」
「・・・・」
「正直に言え」
「・・・はい・・・」
ばれていたのか・・・・。
「やはりな。・・・神が今日の部活に出てこなかっただろう。悪いんだが、
神を捜してきてくれないか?どんなにいやな事があっても部活はサボらない奴
だったんだ。よほどショックだったんだろう・・・。悪いんだがな。よろしくな」
「はあ・・・」
ようするに、雑用に使われたのか?いや、別に雑用じゃないけど。
神を捜すのも大事な仕事だ。
でも、俺なんかが慰められるんだろうかな・・・?
「今思ったんだがな・・・」
「はい?」
「ウチには3ポイントシューターがいないんだよな・・・」
「3ポイントシューター・・・ですか」
3ポイントだったら牧の確率が一番高い。けど牧はポイントガードだ。
「3ポイントシューターがいればな・・・。全国でも強くなるんだが・・・」
3ポイントシューターね。・・・どっちにしろ俺には無理だ・・・。








部室にもシャワー室にも用具室にも、どこにも神の姿はない。
でも革靴はまだ靴箱にあったからまだ学校にいるはずだ。
神の教室も回ってみるがかばんがあるだけ。
外がだんだんと暗くなっていって、なんだかむなしくなってきた。
風にでもあたりに行こう・・・。
そう思って校舎の裏に廻った時だった。
「・・・あ・・・」
いた。神だ。
ボールを抱えて・・・・石垣に座っている。
カサカサと草を踏み分けて、神に近づく。
「・・・・神・・・・」
ボールを抱えたまま、神はうっすらと視線を高砂に送る。
「高砂先輩・・・」
その目は少し潤んでいるようだった。
「横、いいか・・・?」
神を返事を聞かないで横に腰を下ろす。
なんとなく緊張している。
「・・・その・・あのな・・・、」
なんて言っていいのかよくわからないのだが、沈黙が続くのがいやで
訳のわからない事を口走ってしまった。
「先輩」
神の声に、俺は硬直したようになる。
「俺、昔から身体があんまり強くなくて、本当はバスケには不向きなんです。
でも、バスケするの好きだから、やめたくなかったんです」
「・・・・・」
「背だけ高かったから、中学の時はセンターやってて、それでいい所まで
行けたせいか、これだったらやれるって思って、海南受けたんです。
でも、それが甘かったんですよね。皆俺より丈夫で、体つきも良くて、
俺、絶対やってけないって思ったんです」
ボールを見つめながら言う神の顔は、少し歪んでいて、こんなこと、自分が
聞いても良いのだろうか・・という気になってしまう。
「だから、監督から無理だって言われるの、薄々気付いてたんです。でも、
やっぱり監督に言われると、自分は何も出来ない奴なんだなって、
思っちゃうんです。センター以外は何もしてないから、センター出来なかったら
何をすればよいのかわからないんです・・・」
バスケの事で、誰かに相談・・・相談っていうのか・・・?
ともかく、そういうのをされるのは初めてだったから、俺は何を言っていいのか
全然判らなかった。
「先輩、俺、何をしたらいいんでしょう・・・?」
「そ、それはな・・・、その・・・」
少し潤んでいる目で問われると、どうしていいのかわからない。
「・・・とりあえず、何も出来ないなんて、考えないほうがいいと思うぞ。
誰にだって出来る事と出来ないことがあるさ。俺は3Pが出来ない分、身体
を張ってゴール下を死守しなきゃいけない。牧なんかは特別だけどな」
牧の生まれつきの才能はやはり羨ましい。
天性の才能のある奴とはスタート地点が違う。その分を努力で埋めなければ
ならない。だけど、牧は常に努力を怠らない人間だ。きっと、牧には追いつけ
ないのだろうな。
そう思うと、今の神の焦りが判ってくる。
自分も昔、牧を過剰に意識して、一時期自分を見失ったことがあったから。
「だから、とりあえず、自分が出来ることから探すといいと思う・・・」
思ったことは、とりあえず神に告げる。神は、ちゃんと聞いてるのかどうか
わからない顔で俺を凝視していた。
「な、なんだ、・・・?」
「いえ・・・高砂先輩がこんなに話すなんて思ってなくて・・・」
その神の一言で、途端に悲しくなってしまった。
人が折角話してるってのに・・・。
「あ、ごめんなさい」
そう言って、クスクスと笑い出した。
・・・・初めて見た・・・・
神が笑うところ。
意外に、可愛い。
「先輩のおかげで、少し自信が出てきました。これからゆっくり探しますね。
俺にしか出来ないコト」
そう言って、神はさらに笑顔を浮かべる。
トクン・・・と身体が鳴った気がした。
「じゃあ、俺、自己練してきますね。鍵は俺が閉めますから、先に帰っても
いいですよ」
失礼します・・・と頭を下げて、神はボールをつきながら体育館の方に
駆けていった。
・・・とりあえず、神を元気つける事は出来たのかな・・・?
なんとなく不思議な気持ちに包まれながら、部室へと行くために腰をあげた。



それから6カ月後。
神奈川県選抜予選。
神は初めてスタメンで姿を現せた。
神奈川屈指の3ポイントシューターとして。

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