3月26日。AM10:0 0。

 

 

神奈川県藤沢市内にある牧家の家の前に、5人の海南生が揃っていた。
「この時間は、まだ牧さん寝てるんだって」
「卒業してから最近ゴロゴロしてるんだってさ。ちょっと信じられないよね〜」
「絶対早起きしてどっかでバスケでもしてると思ってたのに」
「牧サン、絶対びっくりするッスよね〜♪」
そう言った清田の右手には、綺麗にラッピングされた包み。左手には、大きな箱。
「・・・ねえ、本当に、こんな事していいの・・・??」
一人不安に打ちひしがれているのは、宮益。
「大丈夫だよ。牧のお母さんにもちゃんと言ってあるんだから」
武藤の手にも、包みが。
「牧のお母さんは、嘘はつかない」
高砂の手にも包みがある。
「牧さんのお母さん、今日のこと牧さんに言わないでいてくれるって言ってたし」
にこっと笑って神は、牧家の玄関に立ち、ピンポーンとチャイムを鳴らした。
「せっかくの誕生日なんだし、牧さんだって楽しんでくれますよ」
しばらくすると、ドアが開いた。

 

「牧さん卒業しちゃうし、皆で牧さんのお祝いとかしません?」
神がそう言ったのが、全ての始まりだった。

 

「紳ちゃんったら、まだ夢の中なのよ〜」
牧の母親はエプロン姿で5人を出迎えた。
天下のMVP、18とは思えない外見の牧紳一をこの世で唯一『紳ちゃん』と呼ぶ事の許されている人間。
彼女は息子と違い、とてもではないが母親とは思えないくらい若く見えて、
趣味はお菓子作り、気分はまだまだ少女なのである。
そしてこの母親は心も広い人で、いきなり牧のお誕生日会を牧の家でやりたい、そしてその事は
本人には内緒にして欲しいという、ずうずうしいこの5人(最後まで宮益は乗り気ではなかったが)の意見を
快く引き受けてくれたのだ。武藤は牧と幼稚園からの腐れ縁なので、彼女とも仲が良いし、
彼女も武藤がお気に入りでもあった。
「イビキかかない子だから自分の声で起きる事がないのよ。このまま皆が起こしに行く?」
「そうさせてもらっていいですか?」
「全然構わないわよ!紳ちゃんを驚かしてあげてね☆」
プレゼントをお母さんに預けて、5人は、ゆっくりと階段をあがる。
牧の部屋は3階だ。
階段は窓際にあって、上っていくと大きな庭が見える。
その大きな庭には桜が一本立っていて、そのまわりをアイリッシュ・セッターが二頭走り回っている。
初めての清田は、窓からその様子をじぃっと見ている。
「牧サン家って、スッゲーでかいっすね〜!!」
「何いまさらいってんの。外から見りゃ一目瞭然だろうがヨ」
「そりゃあ、そうッスけど・・・・庭ん中にあんな大きな桜の木があるなんて思ってなかったすよ。茶色い犬も走ってる」
「牧ん家は3階まであるからな。屋根が邪魔で見えねーよな」
「お、牧の部屋だぞ」
3階にたどり着いて、一番奥の部屋で立ち止まる。
「ゆっくり開けよう・・・」
自然にひそひそ声になった5人は神を先頭に、ゆっくりゆっくり扉を開けていった。
キィィィィ・・・・・・・・・・
「扉、うるさい!」
扉に向かって小声で怒る神を押しのけて武藤が部屋を見回す。
グレイで統一されている、牧の部屋。ここまで入ったことがあるのは武藤と高砂と宮益だけだ。
その20畳ほどの部屋の窓の下のベッドが丸く膨れ上がっている。
「牧だ。マジで寝てんのかよ」
5人がベッドを囲み、覗きこむ。
そんなことも知らぬ牧は、未だ夢の中。
コート中では鋭い瞳が隠されていて、いつもよりも数段若く見える。
帝王、なんて言われて恐れられている彼も、普段は天然だし、ぽけっとしてるし、寝てる時はこんなに幼い。
しかも、イビキをかかないですうすうと寝息が聞こえるのである。
なんとなく悪戯心をくすぐられた神が、そお・・・・っと指で牧の鼻を摘んだ。
「・・・ぅ・・・ん・・・」
唸った牧がくるんと寝返りを打ってしまって神はおもちゃを取り上げられた子供の気分になった。
「今何時だ??」
「10時11分ッス」
 「誰か、こいつの上に思いっきり乗りたい奴いるか?」
武藤が嬉しそうに言うと、すう・・・・・・・っと神が手を上げた。
その手の上げ方がおばけみたいで、4人はぞおっと背筋に冷たいものがはしった。
「こ・・・こういう時は、一番軽い奴が・・・、いいんじゃないのかな・・・?」
ぽそっと呟いた武藤を、神がくるっと振り向く。
「ヒ・・・、わ、わかった、宮に、聞けよ」
 武藤は神の意識をこの中で一番体重の軽い宮益に移そうと必死に告げた。
「あ、俺はいいから、神乗りなヨ」
神に振り向かれる前に宮益は言い、珍しく怒った顔で武藤をにらんだ。
「神サン・・・そおっとッスよ・・・」
うん、と頷いて、神はニタニタ顔を牧に向け、思いきりジャンプした。
「あ!!」
4人が叫ぶのも遅く、神は空中で体を入れ替え、背中から牧に落ちていった・・・。
プロレスの技かと思った。(by 清田談)
ドタン、とか。
バタン、とか、そういう音じゃなくて、
グワシャンドガシャン、って感じの音が、おそらく1階まで届いただろう・・・。
「ぐへっ・・・!!」
牧の、カエルが車に踏まれたようなうめき声がした。
「げっ・・・」
4人は言葉を失った。
「牧サン、起きた??」
神は背中を反らせてひくひくしてる牧の胸元を掴んで遠慮なくゆさゆさ揺すった。
「ちょ、神サン!何やってんスか?!牧サン死んじゃいますよ!」
慌てて清田が神を止めにかかった。
他の3人も協力して、牧から神を放した。
「牧、大丈夫か??」
「ゲホ、ゲホ、・・・・ああ・・、なんとかな・・・」
身を起こして背中をさすっているうちに、牧はやっと状況が変なことに気がついた。
「お前等、なんでここにいるんだ?」

 

 

「そういう事なら事前に言ってくれないと、困るよ」
1階への階段を下りながら、牧は背中を押さえながら言った。
イテテテ・・・と背中をさする牧の図は流石に痛々しく、清田達は哀れに思っていた。
「神、お前、俺に恨みでもあるのかよ。マジで死ぬかと思ったんだからな」
「あははははははははははははははははははは」
神は嬉しそうにずっと笑っていた。
「何言ってんですか。牧サン去年の合宿の時俺に首絞めしたの忘れたんですか?」
「ありゃお前がさっさと寝ないでいつまでも清田と叫んでたからだろう?!」
「そんなの関係ないですよ。俺一瞬あの世が見えたんですからね。今日はそれのお返しという事で」
「あの世って、神・・・・」
牧は呆れたようにほうと溜め息をつくと、そのあとそれについての話題は一切しなかった。
広いリビングに案内されて、とりあえずソファに座る。
牧が着替えに戻っている間、牧の母親の手作りのクッキーを頬張りながらの牧話が始まった。

 


武藤が嬉しそうに右手を挙げて言った。
「あいつが小3ン時なんだけど、あいつ今とはえらい違いで、超小ちゃくて女のコみたいだったんだ。
本人は全然知らなかったんだけど、男のコでも女のコの間でも超人気でさ、バレンタインデーん時とかも
チョコ持ってくる女のコとかが山のよーでさ、とにかく人の山だったんだよな。んで、その人だかりが怖かった
らしくて、俺んとこに泣きついてきたの!!ありゃ今思い出してみると笑えるな!!!」
武藤の高笑いに、牧の母親も、ああ、そんなことあったわね・・・と微笑む。
「信じられない・・・可愛くて小ちゃい女のコの牧サン・・・おえ・・・」
「ノブ、失礼だよ、お母さんの前で。・・・でも、本当に信じられませんね」
「あのほわっとした性格がさ、すごい女子にはウケたらしくてな。まっきー可愛い♪って」
「そうか・・・それでバスケを始めたのか・・・。男のコらしくなるために・・・」
「牧サンがバスケを始めたきっかけって、案外悲しいんスね・・・」
神奈川MVPの意外な事実に清田は信じられないようだが、高砂は妙に納得している。
神は黙々とクッキーを口の中に頬っている。
「中学の頃は今よりずっと大人しくて確かに小さかったよな。そうか。そんなことがあったのか・・・」
宮益は、武藤・牧と中学から一緒なので、中学時代の2人を知っていた。
「そ。んで、中学ン時も似たよな事があって、牧は心に決めたのさ。マッチョになってやるってね。
んで一緒にしようよって言われてバスケ部に入ったんだよな〜。あいつは小学生ン時からしてたみたいだけど」
「それから急に老けこんで・・・・」
「今は悩んでいると・・・いう事か・・・」
「何が悩んでるんだ??」
「うわっ!」
いきなりの牧の登場で、周囲は慌てふためく。
「牧サンの幼い頃の話をしてたんですよ」
心ゆくまで頬ってった神が、わざわざ言わなくてもいい事を告げる。
「俺のちっちゃい頃?あんまり面白いことなんてなかっただろうがヨ・・・。ありゃ過去の汚点だ。地獄だ」
ふう・・・っと大きな溜め息をついた牧に、皆が笑った。

 

 

「ハッピバースデイトゥ〜ユ〜♪」
少し大き目のケーキにたつ18本のろうそくの火を、こんな歳になっても消すのか・・・と言うかと思った
牧がふうっと一息で消し去った。
「おめでとー!!」
「どーも」
やはり少し照れている牧は、清田の目にはなんだかいつも以上に落ち着いて見えた。
ひとつ歳をとるとそんなに大人っぽくなってしまうのだろうか。
「はい、俺からのプレゼントです」
神がくれたプレゼントを、ありがとう、と受けとって、早速ガサゴソと開ける。
「これは・・・・」
牧が手にしたのは、以前街中で牧がかぶりつくように見ていた香水だった。
「お前、よく覚えてたな、俺がこれ欲しかったなんて・・・」
「牧さんの事は良く見てましたからね。この数か月」
「ありがとう・・・」
牧は、ここにいた誰もが見た事のないような、優しい笑みを浮かべた。
その笑顔に、皆も思わずほころんでしまう。
皆もそれなりのプレゼントを牧に手渡し、その度に、牧は優しい笑みでお礼を言った。
皆で昼食を取った後、ソファに座って雑談となった。
皆は遠慮なく牧にあれこれと質問し、牧も渋らずに質問に答えていった。
彼女の事、どこで知り合ったのか、初体験は何年の時だ、とか。
だが、最後の質問には、牧も言葉を詰まらせた。
それは清田の、
「どうして海南大に進学しなかったんですか??」
という質問だった。
武藤達は海南大に進むのに対して、牧だけが日大への進学を決めた。
ずっとそれが清田の心に引っかかって、どうしても聞いてみたかったのだ。
皆が耳を立てている中、牧は口を開いた。
「・・・日大に、恩師がいるんだ。俺にバスケを教えてくれた、大事な先生が。俺は男の子っぽくなりたくて
バスケを始めた。始めのころは全然上手くならなくて、何度も何度もやめたいって思った。
その度に俺を励ましてくれて、ガキだった俺にバスケットをする楽しみを教えてくれたんだ。
勿論高頭監督だって俺にいろんな事を教えてくれた。海南プレイヤーとしての誇り・・・精神・・・・。
だけど俺は、あの人のもとでバスケをして、いつかは一流選手を育てる側になりたいんだ」
「それって、監督って事ですよね?」
「そうだ。いつか、自分の手で世界に通じるプレーヤーを育てるのが俺の夢なんだ。
わくわくしてくるんだ。その事を考えると。あの人のもとで色々と勉強し、選手と共に世界に行く。
 それが今、俺が目指している自分の未来だ」
言いきった牧の顔が、生き生きとしていた。
「・・・凄い夢ですね、それって。世界か・・・・」
めずらしく牧の話しを真剣に聞いていた神がほうっと溜め息まじりに呟いた。
「お前だから言えることだよな。世界に挑戦なんて」
「でもその前に選手として世界に行くんだろ?牧の事だもん。すぐヤングメン代表になっちまうんだろうよ」
「数年後に新聞に載るかもよ?『牧紳一率いる全日本チーム!オリンピック決勝に進む!!』って」
武藤の発言に、牧に笑みが広がる。
常に自分の夢に向かって必死に走っている牧を見て、清田は先輩後輩という関係以上の尊敬を牧に抱いた。
こんなに凄い人が自分の先輩だなんて・・・。
「納得してくれたか、清田?」
思わず、うんうんと頷いていた。
「こんな凄い人の後を継ぐんだったら、もっと練習しないとね、ノブ。
せめてフリースローはビシッと決めるようにならないとね」
「そ、それは近いうちに絶対そうなりますよ!!」
リビングに笑い声がこだました。

 

 

「じゃあな、牧。今度コートの上で会うときは敵同士だな」
「おう。元チームメイトだからって手加減はしねーぜ」
ガシッと牧と高砂が腕をぶつけ合う。
駅まで見送りに来てくれた牧とも、ここでお別れだ。
「海南は俺達に任せてください。今年こそ全国制覇します」
神も牧に握手を求める。
「もちろん。湘北の奴等や仙道に負けんなよ」
握手をしたあと、牧はあっきの仕返しと言わんばかりに思いきり神の背中を叩く。
痛いなぁと呟く神を尻目に、牧は清田の前に立つ。
「え・・・あっ、えっと・・・」
一瞬言葉を失い、何を喋ろうかとオタオタしている清田に、牧のほうから声がかかった。
「俺の後を継いで、神奈川bPになれよ、清田!」
そう言って牧は、清田の頭を撫でた。
「は、はいっ!!ルカワを倒して、俺が神奈川bPプレイヤーになります!!」
「その意気だ」
もう一度、これからの海南の支えていく清田の頭を撫でると、牧は顔を上げた。
「じゃあな。みんな。元気でな」
改札口に吸いこまれるように、皆の姿は見えなくなってしまった。
「さて・・・と・・・」
途中、何度も駅のほうを振り向きながら牧は帰途についた。
くづく自分は良い友人と後輩を持ったな・・・と、牧は嬉しかった。

 

 

揺れる電車の中で、清田は窓の外をずっと見ていた。
「どうしたノブ。外になんかいんの?」
帰り方向が一緒の神がずっと一点を見たままの清田に声をかける。
「いや、やっぱり牧サンは凄い人だな・・・と思ってたんスよ」
「ああ。牧さんね。確かに凄い人だよね。ああいう人を先輩に持った事は誇りに近いね」
「神サン、珍しく牧サンのこと誉めますね」
「そりゃあ、大事な先輩だもの。なんだかんだ言ってもあの人の存在は海南にとっても
自分にとっても重要な事だったからね。ノブこそ、ちゃんと牧さんの後継げる??」
「大丈夫ッスよ!俺、ちゃんと牧サンの後を継ぐに相応しい選手になりますよ!
俺の活躍におおいに期待してくださいよ!!」
あんな偉大な先輩に追いつくという事は、並大抵なことではない。
だが、努力はいつか実を結ぶという事を神は知っている。
センターを諦めてもこうして今キャプテンを務める事が出来るのも、毎日500本ものシュート練習の賜物だ。
おそらく清田は、そのうち自分を追い越していくだろう。
そして全国トップクラスの選手になり、いつか牧をも越えていくのだろう。
それが実現されれば、海南は絶対に今より強くなる。
「この次期神奈川bPに敵はないッスよねー!かーっかっかっか」
そんな海南の時代は、暫くはこのあまり努力をしない未来の神奈川bPを牧に変わって
しごいてしごいてしごかないと訪れないな・・・と神は心から思った。








end

 



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