ライバルになる日
8月も後半、秋の風が神奈川にも吹き始める。
19年連続インターハイ出場を誇り、今年は念願の全国制覇を成し遂げた、
海南大附属高校バスケ部。その歴史のなかでもっとも強いと呼ばれた今年の
バスケ部の主将を務めた3年生・清田信長。
高一の時からスタメンを努めキャプテンとしての新価を問われる今年、帝王・牧
でさえもかなえる事の出来なかった全国制覇を成し遂げた。
そんな彼は今、江ノ島を眺めながら、考え事をしていた。
「どうすりゃいいんだ・・・・」
ザザーンと足元に流れてくる波で靴が濡れているのにも構わず、清田は呟いた。
その手元には、二通の手紙。
「マジでどうすんだよ・・・・・」
彼が持っているのは、海南大と日大の推薦状だった。
海南初の全国制覇を成し遂げた彼なのだから、バスケ推薦が来るのは当然だ。
2校の他にも、バスケで有名な大学からの推薦状は山のように来ている。
そして当然、自分は海南に行こうと思っていた。
だが、日大から来ている推薦状の文字は、確かに見覚えのある字であった。
そしてそれが、自分にコレを送ってきた本人だと言うことも。
「牧さん・・・・。俺に日大に来いって言ってるんだよなー・・・・」
2年前、海南の主将を務めた今や日大の・・・いや、大学bPと言っても過言では
ない程となったエースガード・牧紳一。
高校から比べるともっと逞しくなり195近い身長になった彼は2年ながら全日本
ヤングメンにも選ばれ、『日本に牧あり』と言われるほどの注目を集めていた。
日大に進学してからも、牧は自分みずから切りこんでくるプレイを捨てず、常に
チームに勢いをつけてきた。
そんな牧を清田が見たのは中1だった頃だった。
中3にしてはがっちりとした体を持ち、脅威の素質を持っているのにもかかわらず
チームに恵まれず・・・・。
それでも彼自身の力でベスト8まで入ったのだ。
清田はそのとき、牧のチームとベスト4を賭けて戦ったチームのスタメンだった。
『絶対に負けねー!』
残り3分で20点差・・・。負けるのは必至だというのにこの姿勢を見て、清田は鳥肌
が立った。
試合はもちろん、清田達の学校の勝利で幕を閉じた。
しかし、その時から清田の目標は牧となったのだ。
彼が自分と戦ったのを覚えているとは思わないが・・・・・。
その後、神奈川の王者・海南大附属からの推薦を受けたという情報を手に入れ、
自分も海南に入ると決めて、今まで以上に練習に力を注いできた。
そして牧に《神奈川の帝王》と名がついてから1年。
中学最後の試合にして海南の推薦がかかった全中神奈川予選・・・・・。
その大事な試合で清田の中学は、ワンマンプレイの学校に一回戦で惜敗する結果となる。
相手は富が丘中。
清田の夢は、流川楓という男によって閉ざされてしまった。
だがそんな時、彼にひとつの推薦状が来た。
海南大附属からだった。
1度は閉ざされたと思われた夢を実現させてくれたのは、当時高2の牧と、
監督の高頭だった。
そして、海南大附属に進学した彼は、高1インハイ2位、高2で2位、そして高3で
全国優勝を成し遂げたわけである。
「まさかまた牧さんから推薦状もらうなんて、考えても見なかったな・・・」
何度も何度も読みなおして、清田ははあ・・・と溜息をついた。
最後のあたりに、日大バスケ部コーチに並んで、牧の名前が堂々と書いてある。
高1の頃、かなりかまってもらっていたのをふっと思い出す。
律儀に月1くらいで海南に顔を出していたのだが、月が進むにつれてなかなか来なく
なり、最近は雑誌でしか姿を見ていない。
「日大か・・・・」
日大もバスケは強いほうである。
過去、何度も大学リーグ優勝経験を誇っているだけあって施設も充実しており、
全日本ヤングメンに選ばれている人もかなり多い。
古豪と呼ばれ、今もなおその強さを見せ付けている。
一方、海南大からの推薦状。
去年のキャプテン・神。そして、牧の同期の通称宮さん。そして高砂に武藤・・・。
ほとんどの歴代スタメンがひしめき合っている。
当然ながら、優勝経験は数多い。去年は大学リーグ準優勝を果たした。
宿命のライバル校・深体大との壮絶なバトルは、常に見るものを興奮させている。
「どうしようっかなぁ・・・・」
夕焼けが見えなくなって、だんだんと暗くなってゆく空を見つめて、再び大きく溜息。
「俺は海南大附属高3年、バスケ部キャプテンの清田信長。こんな事で悩むなど、
俺らしくねー。俺は流川をも倒したんだ。うじうじするなー」
1人で叫んでみても、ただただむなしくなるだけだ。
「お、いたいた」
「ノーブー」
ふいに懐かしい声がした。もしや・・・と振り返って見る。
「ああー!!牧さん!神さんまで!!」
2人は海岸の方に走ってきた。
「なんでここにいるんスか?!牧さんなんて家横浜の方じゃないですか!!」
突然の事だけに、動揺を隠せない。
「おいおいなんだよ、その言い方。久しぶりに母校を訪れただけじゃないか」
「お久しぶり、ノブ。ちょっと大きくなったね」
清田を特に可愛がっていた神は、犬っころのように見えるのであろう清田の頭を
なでくりまわす。
「神さんまで!!ここん所、全然来てくれなかったじゃないッスか!!牧さんなんて・・
ほとんど1年振りッスよ・・・」
なんてなつかしいのだろう。この2人が揃うなんて・・・・。
2年前が戻ってきた気がする。
「悪かったな。でも、そろそろ高砂達も来る頃だ。結構探したんだぞ?」
2年前とまったく変わっていない牧を顔を見て、清田はふいに心が和むのを感じた。
本当にすべてが懐かしい。牧に神。そして高砂に武藤・・・・。
入りたてだった自分をチームメイトとして認めてくれて、インハイ・国体・選抜を通して
色々な事を教わった。
「なあ、清田・・・・」
急に真面目モードに入った牧の顔が、視界いっぱいに広がる。
「なんスか、牧さん。・・・・神さんまで」
「まず言っておこうと思って」
「なにがッスか?」
「インハイ優勝おめでとう、清田」
「あ・・・・ありがとうございます」
「凄かったよねー!!あの決勝!!桜木の上からダンク決めたやつ!あれが決勝点
だったね。流川にも1対1で勝ったし。今のノブはホント満点だよ」
そっか・・・・何言われるかと思ってたら、インハイの事か・・・。
でも、そう誉められていると図に乗るのは自分の悪い癖だったので必死に押さえた。
「そうッスか??ありがとうございます」
誉められるのはいくつになっても嬉しいものである。
「でもずいぶんお前を悩ませてしまったらしいな」
「え??」
「監督から聞いた。海南と日大と、両方から推薦が来て悩んでいたってな」
「ああ・・・。はい・・・・」
やっぱり話しはそっちに行くかと思いながらも牧の声に耳を傾ける。
「清田。推薦ってのは絶対こっちに入れって言っている訳じゃないんだ。まあ、そういう
考えの奴等はいるだろうけど、少なくとも俺達はそうじゃない」
「・・・・・・・」
「あくまでも選ぶのはお前だ。俺達じゃない。俺達はその選択肢をつくっただけだ」
「・・・・・・・」
「お前には自分に合った所に行って欲しい。俺達が実現出来なかった夢を成し遂げた
男なんだからな、お前は。自分自身で一番自分の力を出し尽くせる所に行くんだ」
「自分自身の力を出し尽くせる場所・・・・」
既に真っ暗な空が、ひどく落ち着いてくる。
清田は、今まで気になっていた事を口にした。
「牧さんは・・・・・。俺・・・まだ聞いてなかったんスけど・・・。聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「牧さんはなんで海南大に進まなかったんですか・・・?」
2年前、てっきり海南大にそのまま進学すると思っていた大好きな先輩は、卒業式
の日になって初めて自分が海南大に行かずに日大に行く事を告げた。
俺だけでなく、神さんや宮さんにも言ってなかったらしくて、最後は号泣の嵐だった。
「・・・・・・・自分の力を試してみたかったんだ」
神がゆっくりと牧を見上げる。
「俺のバスケは海南で育った。俺に流れているのは海南の血だ。あの時海南からの
推薦を受けていなかったら俺はどうなっていたのか予想もつかない程にな・・・。
誰がなんて言おうが俺がどこの大学にいようが、俺は海南の精神を忘れない。
俺自身の《海南》としての精神・・・強さがほかで通じるかどうかが知りたい・・・
そして、いずれは世界でその精神を見せてみたいとずっと思っていた」
真っ暗な空に、星が輝いてとても綺麗だ。
「そしてそれを実現した今も俺の身体には確かに海南の精神が宿っている。
海南に戻りたいと思ったときも実はある。でもその度何故海南を出てきたんだ
と自分を叱った。海南の強さは海南を出ないと分からないものさ・・・・」
「海南の精神ですか・・・・・」
「・・・・・・清田には難しい話だったかな?」
「ええー?!」
「はははは。冗談だよ。清田。ただな・・・・」
「・・・・」
「俺は海南が大好きなんだ。それだけは分かって欲しい」
そう言っている牧の横顔がまた格好良くて。
「っ・・・・・んなの、皆、知ってますよっ・・・」
海南としての誇りをまだ持っていた牧が嬉しくて。
「お前も海南の精神を持っている限り海南の人間なんだ。俺の様にな」
「海南にいようが日大にいようがノブは海南の人間なんだよ?ノブ」
心配してくれる2人が嬉しくて・・・・。
「ちょっと・・・・ノブ。どうしたの・・・??」
「・・・・・泣くなよなぁー・・・・」
「す、すいませんっ・・・・」
「まあ、お前が海南に行ったらお前とは敵同士になるな」
もう8時をとっくに過ぎているのだろう。星しか見えない。
鼻をズズッとすすりながら、俺は2人に囲まれながら砂浜に寝転がった。
「敵・・・か・・・ぁ」
ボソッといった牧の言葉に神が更に呟く。
「そう言えば、あんまり牧さんとは当たりませんね。最近」
「そう言えばそうだな・・・。去年の夏以来海南大とは当たってないな。深体大とは
良く当たるのに」
「牧さんとライバルか・・・・」
2人の会話を聞きながら俺は考える。
ここ2年間、俺はバスケだけに賭けてきた。多少甘く見ても2年前の牧には追いついて
いる気がする。少なくともそう思えるだけの手応えはある。
牧のライバルとして自分がコートの上に立つ事を夢に見た時があった。
いつか本当に牧のライバルとしてコートに立つ事があるのだろうか・・・。
俺自身のしたい事・・・・・・・
そのために俺はどこにいるべきなのか・・・・
「・・・・お前とライバルってのも悪くないな。昔みたいに」
「ええっ?!覚えていたんスか?!!」
まさか・・・覚えていたなんて・・・あんな昔の事・・・。
もう5年も前の事なのに・・・牧さんは覚えていてくれたのか。
「ああ。丁度県予選を見にいっててな。その時にお前と流川を見たよ。
清田には悪いが、あの時は何をどうひっくり返しても流川の方が断然上手かった」
「・・・・・・・・・・」
「はははは、怒るなよ。率直な意見だ。・・・でもな、お前はあの時、絶対に
負けたくないと体全体で言っていた。昔の俺みたいにな・・・。その時思ったんだ。
こいつは海南に来れば絶対にのびる。海南の精神を叩き込めば絶対に・・・。
流川にも勝るとも劣らないくらいに成長するだろうって監督と話したぜ」
砂浜に寝転がる牧を見ながら、神も口を開く。
「流川にも声かけたんだけどあいつ、遠いとか言って推薦断ったんだよなぁー。
それには俺もびっくりしたよ。県bPの学校を遠いを理由に蹴るんだもんな」
あはははは、と笑う神。
「まあ、そんな断り方もあるだろう。あいつは何考えてるんだかさっぱり分からん
からな。でも海南に入って良かっただろう・・・?お前は見違える程に強くなった。
もう俺達の想像を超えて、未だ強くなっている。桜木を倒し、流川をも倒した
お前だ。もっと自分の力を信じて、自分の力を最大に生かせる場所を探すんだ」
そう言って笑う牧さんは、やっぱり俺の尊敬している牧さんだ。
決めた。俺は・・・・・・・・
4月・・・・・
牧は3ヶ月間の海外遠征から帰ってきた。
清田という1年生は入部してきていなかったらしい事を知る。
(・・・・・日大には入らなかったのか・・・・)
てっきり入ってくると思っていた彼は内心驚いていた。
「まあ、いいか。あいつが決めたことだ。それが一番良いことだ」
そして春の大会で、牧は清田と会う事になる。
「牧さん!!」
「おお、清田。お前海南に残ったんだな」
「はいッ!牧さんのライバルになるために!」
「俺と・・・ライバル・・・??」
「はい。牧さんのライバルになるのが、今自分がすべきことだと思ったので」
そうさ。これが自分のやるべき事なんだ。
俺は海南で牧さんに勝ってやる。
牧さんが海南を出たことを恨んでいるわけじゃない。
牧さんが海南としての誇りを持ってバスケをしているのに変わりはないのだから。
「牧さん。《神奈川の帝王》・・・もとい、《海南の帝王》の座は俺がもらいますよ!」
だから力強く宣言した。
「フッ・・・・まだまだその座は渡せないな・・・・。《海南の帝王》は俺だ・・・」
牧さんはそう言って、俺を睨みつけた。
牧さんはすでに俺をライバルとして見てくれている。
俺もその名に恥じないくらいに、もっともっと強くなってやる。
いつか牧さんを超えてやる・・・・!!
《海南の帝王》である日はあとわずかですよ・・・牧さん・・・・!!
end