蝶
「はッ…、あ…っ、」
暗く落とされた部屋の中。
月に照らされ、白い肌を振るわせる。
糊の効いたシーツは彼によってぐちゃぐちゃになり、吹き出る汗を吸う。
彼を組み敷く男もまたベッドを軋ませ、彼を絶頂へと押し進めていた。
やがて来た絶頂に2人はほぼ同時で着き、豪華な金髪を揺らし彼の上に
覆い被さった。
「満足……?」
「まだ…足りない…」
ロイの誘うような表情に、エドは息を飲んだ。
昼間。
ロイは窓の外をぼんやりと見ていた。
「大佐。なぁにぼんやりしてんだよ」
振り返った先には呆れ顔のエド。
「外を…見ていた」
いつもより格段におとなしい声に首を傾げたエドはロイの横に立ち外を見遣った。
花壇に紅い蝶が群れていた。
「へぇ〜。紅い蝶なんかめずらしいな。で、蝶がどうかしたわけ?」
「いや…」
ロイは様子のおかしいまま表に出て行ってしまった。
「どうしたってんだ?」
慌てて後をおいかける。
ホークアイ中尉に見つからなきゃいいけど。
ロイを後を追えば先ほど見ていた花壇へとたどり着いた。
ロイはそれにあまり近寄らず、先ほどの様子で見つめていた。
「なあ、蝶がどうしたんだよ。さっきからおかしいぜ?」
「……蝶はあの世とこの世を行き来するそうだ」
ロイの小さい声に耳を傾ければそう聞こえた。
「へぇ…じゃあ、あの世に言伝を頼みたいもんだな」
エドもロイと同じように蝶を見遣る。
群れていた蝶が輪をなしてこちらに近づいてきた。
するとロイの顔色が急に変わった。顔全体に怯えが走り、1歩後ずさる。
エドはそれをしっしと追い払うとロイの身体をゆすった。明らかに様子のおかしいロイ。
「なあ、マジでどうしたんだ?」
「……俺はあの世には会いたくない人達がたくさんいる」
「あ?」
「蝶は……嫌いだ」
ならなんで見てたんだよ、と言いかける。
ロイの瞳がうっすら、紫色になっていたような気がした。
「探しましたよ大佐。こんなところでなにを―――」
中尉がやっと見つけたと溜息をついて、その場の光景にうっすらと顔を蒼ざめた。
「中尉、大佐が蝶を見て……」
「急いで中に入れて!仮眠室でいいわ!私も後から行きます!」
慌てた様子の中尉に首を傾げる。
ともかく、エドは言われた通りにロイを引っ張り、仮眠室へと連れ込んだ。
エドの目の前でロイの様子はどんどん悪くなっていく。
ベッドから聞こえる悲鳴じみた声に不安を隠せなくなる。
「大佐、どうしちゃったってんだよ……」
額に手をやれば物凄い熱。
どうすればいいのかとおろおろしているだけのエド。
「こちらです先生!」
ドタドタと数人が駆け込んできて、最後に扉を閉めた中尉に小声で話し掛けた。
「どうしちゃったんだよ大佐。持病持ちなのかよ」
「…イシュヴァールとの戦争以来、大佐は蝶を見ると絶対にああなってしまうの。
高熱を出し、悪夢にうなされているみたいに苦しそうな声を出して……いつも
注意してたんだけど、時期が時期なだけに……」
季節は春。蝶が舞うのも仕方がないのか…。
「大佐は、いつも蝶に惹かれるようにそばによって、来るな、来るなって呟きながら倒れるのよ。
死者に呪われるように……」
そう言われて、大佐がロイがイシュヴァール殲滅戦に参加したのを思い出す。
「あとはこの薬を飲ませれば落ち着くでしょう」
「ありがとうございます」
医者の言葉に中尉は深く頭を下げる。
「エドワード君、このあと暇かしら」
「あ、うん、調べ物も終わったから暇だよ。大佐の看病だろ?」
「ええ。悪いんだけど、彼が起き上がったら家まで連れて行ってくれるかしら」
「おーけー。わかったよ」
中尉もそう言って部屋をあとにし、残されたエドはまだ苦しそうに眉を寄せているロイの
頬にそっと触れた。
……大佐はあの戦争で特に多くの民を殺したって言ってたよな。
やりたくなくてもやらなきゃいけない…。
俺も…いつか戦争が起こったら人を殺しに行かなければならないのか…。
無意識のうちに握り締めた拳をゆっくりと広げ、エドは水をくみに部屋を後にした。
ロイの自宅へ帰ったのは日付もかわる頃だった。
ロイは一言もはっせずにいたため、エドも口を開くことはなかった。
宿にはさっき連絡を入れて、中尉のところにアルは置いてきた。
ベッドに寝かせ、窓を開けたときだった。
ロイにひっぱられ無理矢理寝かされ唇を奪われた。
「たッ大佐?!」
そのまま突っ伏したロイに焦ったエドにロイの口から、小さい声であったが辛うじて
聞き取れる声を出した。
「抱いて…くれないか?」
「…大佐…」
「忘れたいんだ…早くッ…」
「大佐、こんなに具合悪いのに何言って…」
「頼むッ!」
泣きそうな瞳と目が合い、エドは真顔で抱けというロイに顔を真っ赤にしながら
その頭を抱え込んだ。
「…わかったよ…」
もう何回果てたかわからない。
狂ったように求めてくるロイに若いエドももう限界だった。
渾身の力を振り絞って最後の一突きをし、ベッドに倒れたロイを息切れしながらみつめた。
狂った…本当に狂ってるようだった。
蝶に魅せられて。
「………」
まだ月がはっきりと見える内にロイは目を覚ました。
あちこちだるく、頭も痛い。
途切れ途切れの記憶が少しずつではあったが繋がっていく。
自分の失態を思い出し、ロイはエドを探す。
見慣れた壁で自分の部屋だと確認し、ベッドから降りようにも腰が痛くて
降りれない。
またやってしまった。
深い後悔に陥り、それでもなおロイはエドを探した。
シャツを一枚羽織り、部屋中を捜すがエドの姿は見当たらない。
ロイは仕方なく寝室へ戻り、ぐちゃぐちゃのシーツの上に座った。
「帰ったのか」
あたりまえか。
恋人でもない、自分の歳の半分近くしかない少年に抱いてくれと懇願したんだ。
仕方ないか。
などと泣きそうな程惨めな気持ちに苛まれているロイは、遠くから聞こえるガシャガシャという音に
ハッとする。
「よっと……あ、起きたんだ」
寝室の扉を蹴破って大きな袋を2つ持って顔の見えないエドの声。
「具合悪いんだから寝てなよ。簡単なメシなら作れるからさ」
「鋼……私は」
「そ、それとも先に風呂に入る?随分汚しちゃっただろ?」
自分の上ずった声に、エドはやばいと一瞬思ったが、暫く続いた沈黙のうち、袋を下ろしてロイに
近寄った。
「………悪ぃ。どう接していいかよくわからなくて…」
素直に告げた。
うつむいたロイの顔色など伺わなくてもわかる。
「…帰ったのかと…思った」
ぼそぼそと呟くロイに、エドは小さく呟き返した。
「……このまま放っておけるかよ」
優しい声色に、ロイは顔を上げた。
「ほら、寝てなよ。病人なんだからさ。熱も相当高いんだから」
伸ばされた手に、ロイは思わず両手で縋り付いた。
「大佐……」
「すまない」
今度は低い声で。
「……いいって」
「すまない……」
「大佐……」
「すまない…私はどこかおかしいんだ」
「……おかしくないよ」
そんな言葉、ただの慰めにしかならないだろう。
でも、自分があの戦争に駆り出されていたら、きっと狂うだろう。
「…軽蔑しただろう…?私は…蝶を見るたびおかしくなって誰かに抱かれたくなるんだ。
ヒューズにハボック…それに鋼ので……3人目だ…」
「……」
「私は…おかしいんだ。狂ってる…ッ!」
顔を覆うロイに、エドはロイの横に座り、自分よりも大きな身体を抱きかかえるように背に手を回した。
「軽蔑なんかしないよ。大佐は大佐だ。変わりないじゃないか……。
俺でよければ……あんたを支えるから……」
「鋼の……」
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