雨宿り。
昼過ぎから降り出した雨に容赦なく体温を奪われる。
ここのところ徹夜続き。少し風邪を引いていた上傘を持ってきてない。
図書館から宿屋まではかなりの道のり。
アルを置いてきてよかった。こんな雨に降られなくて。
赤いコートを頭にかぶって走る。
だが雨ゆえに右腕と左足の関節が痛む。
どしゃぶり。まさにどしゃぶりの雨の中、エドワードは一人道の真ん中を走っていた。
急に目元が狂う。
エドは頭を振って、雨宿りできそうな場所を探し始める。
やっと見つけ、そこに座り込んで、ずきずきする頭を抱えた。
先ほどまで冷たかった自分の身体に熱が帯びているのくらいは自覚できた。
熱を帯びた体が寒気を感じるのも。
調べ物はズボンのポケットの中でぐちゃぐちゃになってるだろうか。
確認する力も勇気もなかった。
「くそ・・・」
膝を抱えて目を瞑った。
少しは…楽になれる体勢。
そんなとき。
「鋼の…何しているんだ?」
かかった声に顔をあげる。
「…大佐」
「どうした?なんだその顔。熱があるんじゃないのか?」
額に触れようとした手を、いつもなら振り払っているだろう。
「…結構高いな。起きれるか?」
「…無理」
だるくて腰があがらない。
意識が途切れそうだ。
「ならば仕方あるまい。文句は言うなよ」
「…は?…っわ!何すんだよっ」
いきなり身体が宙に上がり、エドは自分がロイに抱きかかえられている事に驚いた。
「暴れるな。傘が落ちる」
肩に器用に傘をかけている姿を見て、渋々と大人しくなるエド。
大体、そんなに暴れられないのが、悔しいがエドの今の状況。
それに、この状況は恥ずかしいがエドは内心嬉しかったりする。
想い人であるロイに抱きかかえられているという事実。
こういうときだけ、身体が小さくてよかった
…と思い、エドは安心感からか疲労からか、
意識を手放した。
『エド。―――エドワード』
優しい声に誘われて身体を起こす。
視界はぼんやりとしていたがロイの姿ははっきりと見えた。
見た事もないくらい優しい笑みをしていて、エドは吸い込まれるように
彼の元へと足を踏み出した。
「ロイ……」
『どうしたんだ?そんな顔をして…』
「あんたこそ…なんでそんな顔してんだよ…」
そっと…手を伸ばしてロイの頬に触れた。
『君が帰ってきたのが嬉しくてね……』
「なんだよ、それ…」
頬に触れた手に口付けられ、エドも笑みが零れる。
そんな時だった。
突然両肩をつかまれ、激しく揺すぶられた。
「ちょ、いきなりなんだよッ!」
「鋼のっ!!」
「…あ?」
「大丈夫か…?」
驚いて体を起こせば焦ったような顔をしているロイと視線があった。
「すごくうなされてたから…起こすのはどうかと思ったんだが…」
さっきのは…夢…??
「…なんて都合のいい夢だ…」
「なに?」
「こっちの話」
片手で額を覆い、エドはうっすらと苦笑いをした。
「…まあいい。宿には軍から連絡をしておいた。すごい熱だったからここへ運んだ。アルフォンス君も
じきにこちらにくるだろう」
あたりを見回せば白い壁。病院だろう。
「君の事だ。おおかた中央図書館で調べ物でもしていたんだろう?あまり無茶をするな」
「……悪い」
激しく襲ってきた頭痛に、エドはおとなしくベッドに横になった。
「素直な君なんてめずらしいね。明日は雪でも降りそうだ」
「んだよそれ」
エドがふとんから顔を出して抗議すると、ロイは笑ってその頭を撫でた。
「あまり心配をかけるなという意味だ」
「大佐……」
その笑顔が、夢でみたような微笑だったもんだから、エドは思わず言葉を失ってしまった。
「それにしても、私の夢を見てうなされるなんて随分なものだな」
「え?」
「夢、見てたんだろう?何度も大佐、大佐って言っていたよ。極めつけはロイと呼び捨てされてたよ」
「なッ…!!」
口に出ていたのか。
もう赤面するしかなかった。
「安心したよ」
「…なにがだよ」
「私は君に嫌われているようだと思っていたからね。夢で名前を呼ばれるくらいは嫌われてなかったとね」
「…そういう事を平気でペラペラ言うところが嫌いなんだよ」
「そうかい?君は夢の方が素直だな」
「…どういう意味だよ」
なんとなく嫌やな予感…。
俺、なんか変な事言ってたのか?
平然を装ってはいたものの、エドの心中は不安でいっぱいだった。
「こういう事だ」
唇に降らされたキスに気付くまで数秒。
かあっと赤面する様子をロイはニヤニヤと見つめていた。
「どうせ徹夜続きで寝ていないんだろう。今夜はゆっくりと休め。また図書館に行って雨に降られたら
私の家で雨宿りすればいい」
「この……このックソ大佐〜〜!!!」
ドアの向こうから響く怒声にロイは更に笑った。
end
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