夜が明け、少しずつ空が白み始める。
風が梢を揺らしてさわさわと心地よい音を立てる。
まだ弱く柔らかい日の光と揺れる木々の影が障子に模様を作った。
その障子の奥、眠る家康の顔にも。
「うー・・・」
いかにも眠そうな声を漏らして寝返りを打つ。
光は当たらなくなったが、代わりに顔を撫でるものがあった。
慣れたその感触を感じ取って家康は目を覚ます。
「ただかつ?」
家康の顔を撫でている手の持ち主は、名前を呼ばれてかすかに顔をほころばせた。
そしてなおもその大きな手を主君の顔へと滑らせる。
くすぐったそうに家康は首をすくめるが、嫌がってはいないようだ。
こら、と言う声音にはずいぶんと甘い響きが混じっている。
それを分かっているから忠勝も特に止めようとはしない。
忠勝はそのまま家康の耳元に唇を寄せ、彼独特のかすれた声で囁いた。
『おはようございます、殿』
言葉とともに息が耳をくすぐり、家康の身体がぶるりと震える。
直後、布団の中から伸びた手が忠勝の頭をぺち、と叩いた。
「くすぐったいだろうが」
しかし忠勝はそこから離れようとはしない。
それどころかなおも言葉を続ける。
『とおっしゃられても、書くものがございませんゆえ・・・こうでもなければ』
「ああもうわかったから!あんまりしゃべるんじゃない!」
耳を伝わる刺激に家康は身体をよじって耐える。
忠勝はそれを見つめ、少しばかり意地悪く目を細めた。
そっぽを向く家康の目の前に腕をついて、上に覆いかぶさってしまう。
体重はかけていないので苦しくはないだろうが、忠勝を見たその目はなにやら不安げな色を帯びていた。
「な、なんだ?」
「・・・」
「そこで黙るな!」
家康の視線を真正面から受け止めて、忠勝はさらに身体を寄せる。
なかば抱きしめられるような状態になった家康は身動きできず、ただわずかに目を伏せた。
忠勝はその目元をそっと指でなぞって、また囁く。
『あまりしゃべるな、と言われましたもので』
「お、おまえは・・・口の減らんっ・・・!」
顔を赤く染めて、伏せていた目を忠勝に向けた家康は、しばしそのまま動きを止めた。
忠勝があまりにも優しく、家康を慈しむような微笑みを浮かべていたから。
申し訳ありませぬ、少々困らせました、と囁き、忠勝はそっと家康の手を取る。
そしてその小さなてのひらに火傷痕のない左の頬を寄せ、温もりを味わうように目を閉じた。