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卒業
「椋、どこ行くの?」
卒業式が終わり、日も落ち初めて皆が帰ろうとするころ、校舎へと向かおうとする私にお姉ちゃんは声をかけた。
「ちょっとだけ、もう一度学校を見て周ろうと思って」
「そう。早く戻って来なさいよ」
「そう? せっかく岡崎君と二人きりにしようと思ったのに」
私はクスリと笑いながら言う。
一瞬、お姉ちゃんは顔を曇らせるが、すぐにそれも元に戻った。というより、私が彼の呼び方を苗字で呼ぶように戻したことにいまだ慣れてないお姉ちゃんは意外と細かいと思う。
「ちょっ……そんな気を利かせなくてもいいわよ」
「うん、ごめんねお姉ちゃん。そうだよね」
「そうよ」
「昨日も二人っきりでいたし、岡崎君の補充は十分だもんね」
「椋ーー!!」
「あはは、行ってきます」
顔を真っ赤にしながら手を振りかざすお姉ちゃんに微笑み、私は校舎まで一直線に走る。
普段からあまり荒くは使わない心臓がうるさいほどに自己主張する。それすらも心地よく感じるのは卒業という節目の魔力なのかもしれない。
けれどそれも限界はある。取り合えずお姉ちゃんから見えない位置に来たところで今度はゆっくりと歩き出した。
目的は単純。
思い出を振り返るため。
それと……感謝を伝えるため。
最初に来たのは中庭。
思い出すのはやっぱりあの時の事。
ここで私は岡崎君に告白をした。そして、岡崎君は私の恋人になってくれた。
あの時、夢かもしれないと言った私の頬を引っ張ったのには驚いた。けど、それは私に夢なんかじゃないと教えるためにした事だったのは嬉しかった。
あの後お姉ちゃんが乱入してきて……色々とあったけど、嬉しい時間だった。
次は前庭。
ここではお弁当を食べたときを思い出す。
お姉ちゃんの作ったお弁当。私も岡崎君もその美味しさに満足して皆で食べた。
そして、お姉ちゃんに手伝ってもらって私もお弁当を作ってみた。
……結果はどうも伴わなかったようだけど。あれを食べて美味しいと言ってくれた岡崎君は純粋に凄いと思う。
教室。同じクラスで岡崎君とすごした日々。
友達に占いをやっている間、岡崎君は私を待ってくれていた。
きっと退屈な時間だったと思う。けれど、それでも私を待ってくれていることがとても嬉しかった。
綺麗な時間。嬉しい時間。幸せだった時間。
けど、それは犠牲あっての時間。
私を励ましてくれたお姉ちゃんの気持ちを忘れ、踏みにじることで得た時間だった。
それは私の下心。
お姉ちゃんが私を応援してくれると言ってくれたとき、私は岡崎君のもっと近くに行けるんじゃないかって、そう思った……私の心の汚い所。
中庭で告白をして、岡崎君に受けいれてもらったとき、お姉ちゃんはどう思っていたんだろう。
笑って祝福してくれたお姉ちゃんは、何を思っていたんだろう。
前庭でお弁当を食べていたとき、お姉ちゃんはそのお弁当を美味しそうに食べている岡崎君を見てどんな気持ちでいたんだろう。
嬉しかったのだろうか……それとも悲しかったのだろうか。
私にお料理を教えてくれている時も笑って励ましてくれたお姉ちゃんの心中はどんなだったのだろう。
私に会いによく教室に来たお姉ちゃん。
けれど私は知っていた。お姉ちゃんの目が岡崎君に向いている事を。
それは私と岡崎君が付き合ってからも変わらなかった事を。
幸せで押し隠していたその痛み。私の下心が生んだ軋み。
私たちにとって、あの時間はとても不自然なものだったのかもしれない。
そして、岡崎君は結局お姉ちゃんを選んだ。
それはとても自然なことだと思う。素直にそう思う。
けれど、私はあの時の私全て否定したくはない。人は綺麗だけで出来ているわけじゃないのだから。
私は全ての思い出を抱きしめる。綺麗な記憶も、汚い下心も共に。
夕焼けに赤く染まった教室。
私は、そっと岡崎君の机の上を指でなぞる。
―――ありがとう。ここでの時間は大切な時間でした。
それは感謝。
―――ありがとう。私はここであの人に会えました。
終わってしまった日々に告げる感謝。
―――ありがとう。私は、綺麗も汚いも、どちらも知ることが出来ました。
人に告げる感謝だけじゃない。時間にも告げる感謝。
―――ありがとう。私はここであの人と一時でも付き合うことが出来ました。
幸せな思い出に告げる感謝。
それは同時に、別れの言葉でもある。
―――さようなら。大切な、輝いていた日々。
二度とは戻らない時間である事を示している。
―――さようなら。高校生の私。
これは一つの終わりであることを表している。
そして、聞こえるのはお姉ちゃんの声。
「椋ー! どこいったのー! そろそろ帰るわよー!!」
「ごめん、すぐ行くよお姉ちゃん!」
お姉ちゃんに呼ばれ、共に家路に着くその途中……最後に校舎を振り返り、そっと心で呟いた。
―――さようなら……“朋也君”を好きだった私。
……これが、私の卒業。
綺麗で汚かった……初恋と下心からの卒業だった。