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朋也君が私を名前で呼んでくれるようになって一月経った。
みんなから見ると、私達はまだぎこちないカップルのようで、よくからかわれる。
真実はちょっと違うんだけどね。
二人っきりの時の朋也君はとても優しいし私を大事にしてくれる。
順調に『彼氏』と『彼女』の階段を登っていると私は思っているのに。
だけどお姉ちゃんはまだ認めてくれない。
もう大丈夫と言っても、私達のデートに必ず同行してくるぐらいだから。

「椋〜、どうせ明日も朋也とデートなんでしょ」
「そ、そうだけど・・・その・・・」
「二人っきりにしたらあの馬鹿が何仕出かすかわからないわ。だから今回もいい?」

お姉ちゃんはいつも私のことを見守ってくれている。
その好意を断りたくはないけど、もう私一人でも朋也君を惹きつけられる自身はあるの。
だから、今回からは。

「悪いけど、明日はお姉ちゃんの力を借りなくても大丈夫だから」

それはもう心配かけたくない一心の何気ない言葉だった。
これでお姉ちゃんも、その、彼氏を見つける時間ができると思った。
でも、私の想いは浅はかだったと。
何一つ隣にずっといた姉の気持ちを知り得なかったと。

「・・・私が一緒にいたら、邪魔だよね。ごめんね椋・・・」
「迷惑ってわけじゃなくって、お姉ちゃんのいい人見つける時間を削ってると思ったから」
「私は椋の世話を焼きたいだけだからいいのよ。変な気を遣わなくても」
「だけどこれは私と朋也君の問題。だから二人っきりで過ごしてみたいの」
「・・・私が朋也の側にいちゃ駄目だよね、単なる目障りってことよね。今まで気付かなくてごめんなさい」
「だから違うって。いつでもお姉ちゃんは頼りになるし、いてくれて嬉しいよ。でも甘えてばかりじゃ私達の仲は進展しない。受験勉強が本格化したら今みたいに遊びにも行けなくなるし。だからもっと、そ、その・・・気持ちが通じ合いたいとか・・・想われたいとか・・・」
「な〜んか青春真っ盛りって感じで嫌味まで感じちゃうわね。憂さ晴らしに今度椋の格好して朋也を連れ出してみるか」
「朋也君は私のか、彼氏なんだから、変なことは止めてね。・・・もしかしてお姉ちゃん、朋也君に気があったりする?」
「ななな、何言ってるの。あ、あいつはたたた、単なる友達で椋の彼氏。今言ったことは単なるじょ、冗談だから気にしないで」

どこか引っかかるお姉ちゃんの言葉。
ふとしたきっかけで聞いてしまった心の声。
発端は、浮かれてた私の最低な一言によって。
・・・お姉ちゃんは朋也君のことが好きかもしれないという事を。
それは一朝一夕な気持ちじゃなく、ずっと秘めてきた想いに他ならない。
お姉ちゃんは、自分の気持ちを押し殺してまで、私を応援してくれていた。
今までそれに気付かなかった私。
気付かせないように振舞っていた姉。

お互いに複雑な気持ちを秘めたまま、会話なく部屋へと戻った。

これから私はどうすればいいのだろう?









































幸せの代償


























今、朋也君と一緒に歩いている。
あまり口数が多いほうじゃないのに、私が退屈しないように色々と話し掛けてくれてる。
お姉ちゃんから色々聞いた朋也君の話。
同じクラスになって初めて話した朋也君の印象。
隣にいる彼の今の姿とは随分違うけど、きっとどれも本当の朋也君なんだと思う。
そして私には優しい一面を見せてくれている。
私は朋也君にとって特別な存在、ってことなんだよね。
これがやっぱり・・・・・彼氏と彼女ってことかな。

とっても楽しそうに朋也君の話をしてくれたのが多分きっかけ。
甲斐性なしとか駄目男とか散々なことを言ってる割には、何故か生き生きと話していたから。
だから話を聞いて色々想像した。
自分を占ってみて、すぐに知り合いになれると出たから楽しみにしてたのに、見事に外れた。
隣のクラスだから会う機会ぐらいあったはずなのに、何故か二年の間は顔すらわからなかった。
そして三年のクラス替え。
また自分を占ってみたら、違うクラスになると出たのに、何故か一緒のクラスだった。
私の占いって外れることが多いのかなあ。
そこで初めて朋也君の姿を見て・・・一瞬で頭の中が真っ白になった気がする。
だから委員長を決める時のことを何も覚えていない。
気が付いたら私が選ばれていたけど、今となっては委員長をやっていて本当によかった。
引っ込み思案の私でも、ごく自然に朋也君に話し掛けられたのだから。
あの日から私の一ページが始まった。

私の返答がなかったから朋也君がちょっと慌ててる。
私も必死で取り繕って、そしてお互い笑いあう。
この瞬間、確かに幸せを感じることができる。
でも幸せは、お姉ちゃんの幸せを奪って得たものなのかもしれない。
そう思うだけでこの状況を素直に楽しめない私。
・・・彼女として失格だよね。
この日の、初めての二人だけのデートは、気まずい想いだけしか感じなかった。


「どうだった、今日のデートは。もう二人だけでラブラブだったんでしょ?」
「い、一応はそうかも。でもお互いに緊張しちゃっていつもと変わらなかった」
「あの甲斐性なし男、少し強引にホテルに連れ込むぐらいしろっての。椋が奥手なことぐらいわかってるくせに」
「わわわ、な、何言ってるの!?ほ、ホテルなんてまだ早いよ〜。第一、まだ付き合って一月ぐらいだよ」
「早くなんてないわ。むしろキスだけなんて、あんた達は小学生のカップルなの?」
「・・・・・善処、します」

いつものお姉ちゃんの軽い口調。
昨日のあの表情が嘘のように私を囃し立てる。
今まではただ応援してくれてるだけだと思えていたのに、もうそれができない。
元気な姿が空元気かもしれないと思うと、逆に胸が苦しい。

「ねえお姉ちゃん、一つ聞いてもいい?」
「朋也を上手くぱしる方法とか朋也に泣き落として言うことを聞かせる方法なら詳しいわよ」
「そうじゃなくって・・・・・朋也君のことを、どう思ってるの」

もう少し婉曲に言うべきだったかもしれない。
でも、今の私にそんなことを考える余裕はないから。

「唐突に変なこと聞くわね。私はあいつを親友と思ってるけど。ちなみに春原は下僕ね」
「それはわかってるけど・・・・お姉ちゃんは朋也君が好きじゃないのかなって思ったから」
「何で私があんな甲斐性なしに興味持たないといけないの。それに椋の彼氏でしょ」

やはりまともに答えてはくれない。

「お姉ちゃんがまだ私の世話を焼いてくれるのは、朋也君と少しでも一緒にいるためじゃないの?」
「違うわよ。椋が手がかかる妹だからに決まってるでしょ。・・・・朋也は関係ない」
「本当に関係ないの?じゃあどうして昔、私に楽しそうに朋也君の話をしてくれたの」
「気の合う仲間で、いつも楽しかったからに決まってるでしょ」
「だったらどうして春原君の話題の時とは口調が違ったの?どう考えてもおかしいよ」
「・・・・・この話は終わりにしましょ」

疑念は確信に変わった。

「私はお姉ちゃんの本当の気持ちが知りたいの。じゃないと私は引け目を感じちゃうから」
「椋がそんなこと気にする必要ないわ。私の気持ちはどうだっていいの。椋が幸せであればそれでいいのよ・・・」
「だったらお姉ちゃんはどうなるの?今でも朋也君のことが好きじゃないの?私がその立場だったらとても耐えられない」
「・・・私は朋也と親友。椋は朋也の彼女。わかったわね?」
「で、でも・・・」
「そういうことなの。だから椋が気に病むことはないわ。返事は?」

頷く以外、今の私に選択肢はなかった。

翌朝、いつも通り早起きして朋也君へのお弁当の準備を始める。
私の料理の腕はどう贔屓目に見てもお姉ちゃんに遠く及ばない。
だけど今のままじゃいけないから努力して・・・・結果は徐々にだけど出てる。
最初はお姉ちゃんに協力してもらっていたけど、甘えだと感じて今では私一人で作ってる。
少しでもあのレベルに近づきたいから。
そう思っていたら、隣にお姉ちゃんが立っていた。

「今日は早く起きたから、久しぶりに手伝うわよ」
「え?い、いいよ。最近私の料理の腕も上達してきたことだし」
「言うようになったわね。それじゃ一つ味見させてね」

言うが早いか、おかずを一つ口の中に放る。
そして一言。

「味付けがなってないわ。まずくはなくなったけど、味に決め手みたいなものがない。ちょっと貸してみなさい」
「だから私だけで大丈夫だって」
「つべこべ言わない。私がやるったらやるんだから・・・・だから、今日ぐらいは手伝わせて」
「・・・・ありがとう」

その気迫に押される形で了承した。
今のお姉ちゃんが何を考えているかわからない。
だけど、世話焼きな姉を演じ続けてるのを邪魔する理由が、私は見つけられない。
結局、今日のお弁当はほとんどお姉ちゃんが一人で作ってしまった。

早起きして支度をすれば当然登校時間も早くなるわけで。
朝は久しぶりにお姉ちゃんと一緒に出かける。
だから今日ぐらいはバイク通学をやめてくれるかと思っていたけど、私の考えが甘かった。
気が付いたらヘルメットを被せられて・・・・・朝の町並みを二人乗りで駆け抜けていく。

「お、お姉ちゃん、原付の二人乗りは法律で禁止されてるんだよ。絶対危ないって」
「大丈夫だって。これはバイクなの。だから二人乗りしても問題なし」
「たとえこれがバイクだとしても、免許とってから一年経過しないと後ろに人を乗せちゃいけない決まりが・・・」
「そんな細かいこと気にするだけ無駄よ。安全運転していれば融通利かせてくれるもんなの」
「・・・ちょっと前に人を撥ねて走り去っていて、説得力ないんだけど」

幸いなことに、あの時の人はほんの軽症で済んだ。
たまたま現場に居合わせた私が取り繕って事なきを得たけど、あれだって十分犯罪だと思う。
でも当の本人に、その自覚はないみたい。

「今日は時間も早いんだし、急がなくても大丈夫だからね。だからスピードは控えめに」
「何言ってるの。こういうもんは飛ばして真価が問われるのよ。吹き飛ばされないようにしっかり掴まってなさい」
「だからやめてってば〜。・・・・え、ちょ、ちょっと前に人がいるんだけど」
「何?どうしたの?」
「だから人が前に、って、と、とにかくブレーキかけて!」
「・・・・・ごめん、ちょっと無理っぽい」

急ブレーキが無理だと判断したのか、お姉ちゃんは車体を傾けてスピードを必死に殺している。
だけどそれも限界があって、その人を巻き込みながら私たちは横転した。

数箇所擦りむいたみたいだけど、とりあえず私は大丈夫だ。
お姉ちゃんも痛がってはいるものの、骨折した雰囲気はなさそう。
問題は巻き込んで撥ねてしまった人だけど・・・何かぐったりしてる気がする。
こ、こういう時こそ落ち着いて対処しなければ。
まず脈は・・・正常、呼吸は・・・異常なし。
手足の状態は・・・骨折の心配もないみたい。
とりあえず擦りむいて出血しているところを拭いて、意識を確認してみる。

「だ、大丈夫ですか?意識はありますか?」

程なくして、その人は気がついた。
私も冷静さを取り戻して、その人を観察してみる。
・・・・・・・間違いない、以前にお姉ちゃんが撥ねた人だ。
これって、二度も巻き込んだってことだよね・・・
物凄く申し訳ない気分になって謝ろうとその人の方を向いたら・・・・・偶然目が合う。
そして、何故か私の頭の中が真っ白になった。


この日の授業はずっと上の空で何を言っていたのか記憶に残らなかった。
友達との会話も覚えてない。
まして・・・朋也君と一緒にお昼ご飯を食べて楽しく会話したはずなのに・・・何も思い出せない。
自分でもわけがわからず、急用ができたと朋也君に告げて、一人で帰宅した。

「椋〜、今日はずっとボーっとしてない?」
「そ、そうかも」
「そりゃそうよね、朝っぱらからあんな事故に巻き込まれたんだから。今度から気をつけるわ」
「そ、そうだね」

まだ頭がボーっとしている。
一体どうして?

「ちょっと、話聞いてる?」
「え、な、何か言った?」
「言ったわよ。事故起こしてごめんね。それに被害者の介抱までしてくれて。私なにやってたんだろ」
「お姉ちゃんはずっと原付を気にしてたよ。それより・・・今回轢いた人、前回と同じ人のような気がする」
「すっごい偶然ってあるものなのね。ただ単にその人は運がないだけかもしれないけど」

あの人の顔を思い浮かべてみるけど、白いもやがかかって何も思い出せない。
何なんだろ、この感覚。
やり切れない気持ちを抱いたまま、会話を打ち切って部屋にこもった。

翌日。
あれは二度も被害に遇ってしまったことへの陳謝の気持ちだったと自分に言い聞かせた。
申し訳ない気持ちで一杯になってたということだよね。
そうに決まってる。
一度思い込めばそれ以上思い出すこともなく、また日常が戻る。
昼を一緒に食べ、お姉ちゃんにからかわれ、そして一緒に下校する。
これが私の変わらない、幸せな日常。
お姉ちゃんの犠牲の上に成り立っていたとしても、私は朋也君が好き。
この気持ちは変わらないから今まで通りあればいい。
そう・・・今まで通りだったらよかったのに。

朋也君と別れて家へ帰る途中、また偶然その人に会った。
そして何か私に話し掛けてきた。
内容は覚えていないけど・・・・・自分が根底から崩れていく気がして。
私は一礼して、その人から走り去った。

もうあの人と会ってはいけない。
何故だかわからないけど、頭の中でそう危険信号を発している。
私が好きなのは朋也君。
それ以外は何も望んではいけないから。
他の感情を持ってはいけないから。

そうそう偶然が続くわけはないけど、可能性は限りなくゼロに近づけた方がいい。
だから帰り道を変えた。
多少遠回りになるけど、その分朋也君と長く居られるから悪くない。
私の一番大事な人は朋也君なのだから。
しかし・・・時間も道も変えたはずなのに、またもやその人と出会ってしまった。

とにかく遭遇してはいけない。
下校時間ギリギリまで朋也君とお喋りして時間を遅くしたり、時にはHR終了と同時に帰宅したりした。
でも何故か帰り道でばったり出会ってしまう。
一度や二度なら軽い会釈で走り去れるけど、こうも頻繁に会ってるとそれもできなくなった。
名前は柊勝平さん。
何でも放浪の旅の最中にこの街に寄って、二度事故に遭ったらしい。
生活費が尽きてバイトを探しているけど上手くいかずに困ってると。
・・・・・駄目だ、何で親しくなってるの?
私には朋也君という彼氏がいるというのに、この勝平さんに惹かれつつある自分を否定できない。
冗談っぽく私のことを好きといってくれて、その度に朋也君の話題を出して断ってはいる。
でも、運命という言葉を多用する勝平さんの想いも・・・捨てきれずにいた。

「椋、最近あなたおかしいわよ。な〜んか朋也と一緒にいる時間も減ってるみたいだし。もしかして変なことでもされた?」
「う、ううん。朋也君はいつもとおんなじで優しいよ。ちょっと勉強で疲れてるだけだと思う」
「そう?ならいいんだけどね。近頃の椋を見てもちっとも楽しそうじゃないし、変だと思ったのだけどなあ」
「き、きっと気のせいだよ。私達はそ、その、ラブラブだから」
「はいはい、のろけ話はそれぐらいにしてね。・・・・でも、何かあったら相談に乗るから」

いつもと同じように振舞っているつもりでも、どこか無理をしてる。
それは当然お姉ちゃんにもわかること。
本当に、私はどうしちゃったんだろう。
自分の気持ちを押し殺してまで応援してくれてるお姉ちゃんと。
私を好きでいてくれて、知らない一面も見せてくれる朋也君と。
自分自身が許せなかった。

嵐は突然やってきた。
私のことを心配したお姉ちゃんが、私と朋也君に同行してきた。
あからさまに朋也君は嫌そうな顔をしていたけど、矛先が少しでも逸れて欲しいから私は快く了解した。
そして久しぶりの三人の下校ということで、占いマシーンをやってみることになった。
私の結果は・・・・・今までで一番最悪。
一言もいい言葉は含まれてない。
もしこの機械が心情を正確に表現できるのであれば、今の私には当たり前すぎる結果。
お姉ちゃんにも薦めたけど、占いは信じてないとやんわりと否定した。
本当は朋也君との相性を知りたいはずなのに、私の顔を立てて辞退してくれたのかもしれない。
朋也君は朋也君で落ち込む私を元気付けてくれる。
勝平さんには悪いけど、私はやっぱり朋也君のことが好きだから。
決意も新たに店を出た瞬間・・・・・また遭遇した。
今度はお姉ちゃんと朋也君と一緒に。
気軽に話し掛けてくる勝平さんを前にして何も考えることができず、走り去ることしかできなかった。

家に帰って部屋に閉じこもり、鍵まで閉める。
明らかにおかしい私の行動に必ず疑問を感じると思う。
もう隠し通せるはずないけど、自分の気持ちがわからない段階では言う言葉が見つからない。
何の解決もない、考えたくないから布団に包まる。

頭の中では朋也君との楽しい思い出と勝平さんとの会話が渦を巻いて犇めき合っている。
答えは一向に出ないまま無益に時間だけが過ぎていく。
そして気が付くと、ドアをノックする音が鳴り響いていた。
間違いない、お姉ちゃんだ。
でも、今の私にお姉ちゃんと面と向かって話をする権利なんてない。

「椋〜いるんでしょう?あの時何が起きたのか教えて欲しいの。だから鍵開けて」
「・・・ごめんなさい。今はお姉ちゃんの顔を見られない」
「ならドア越しでもいいわ。急に走り去るなんて何がどうしたのよ?」
「・・・何でもないから」
「そんなわけないでしょ。それと椋に話し掛けてきた人・・・記憶が確かなら私が轢いた人ね」
「・・・そうだよ」

私の思考回路は止まってるから、上手く切り返せない。

「何でか知らないけどあの人驚いてたわよ。まあ話し掛けて急に走り去られたら誰だってそういう反応するけど」
「・・・お姉ちゃん達に何か言ってた?」
「私と朋也を見てお似合いのカップルとか言ってきたから、朋也は椋の彼氏だって言い返したわ。そしたら物凄くショックを受けてたみたいで落ち込んでたわね」
「・・・そう、なんだ」
「あの人、どういうわけか椋のことに詳しいっていうかご執心って言うか。ああいうのがストーカーなのよ。気をつけなさい」

見事にお姉ちゃんは誤解してる。
でも、このまま誤解してくれていた方がいいかもしれない。

「私も何度か街で偶然会って、少し話をしたことがあるけど、それだけだよ。本当に何でもないから」
「当たり前でしょ。椋の彼氏は朋也であって、あんな得体の知れない男と釣り合うはずないんだからね」
「そそそ、そうだよね。最近あの人に付きまとわれて困っていたの。こんなことお姉ちゃんにも相談できなくて・・・」
「だから最近調子が今一つだった訳ね。今度あいつが近づいてきたら私が取っちめてやる」
「ら、乱暴はよくないよ。それにあっちは元被害者だから・・・」
「そんなこと言ってるから付け込まれるの。大丈夫、私に任せておきなさい」

お姉ちゃんは言うだけ言って去っていった。
ごめんなさい、勝平さん。
私はあなたを悪者に仕立て上げてしまいました。
運命という言葉は好きな言葉だけど、今は信じたくない。
全てを捨ててそちらに流れてしまいたくなるから。

迷いを断ち切るために、自分を占ってみる。
まずは私と朋也君の今後について。
今まで通り平穏無事、と出た。
そして勝平さんとの関わりについて。
縁が切れてもう会うことはない、と出た。
最後に、私とお姉ちゃん。
いがみ合うことなく今まで通り何も起こらない、と出た。
占いはあくまで占いであって真実じゃない。
だけど、この三つの結果は私を十分安堵させてくれた。

勝平さんのことは時間が経てばきっと忘れられるはず。
もう会うこともないのだし、朋也君とも今まで通りの関係でいられるのだから。
しかし、どこか朋也君の態度に違和感を感じてしまう。
昼も一緒に食べてくれなかったし、私と一緒の時間より春原君との時間が長かった。
一緒に帰ろうとしたけどクラスの女の子達に占いをせがまれて、終わった時にはもういなかった。
これはたまたま。
今日が単に変な一日だっただけなの。
そう思って一人寂しく帰り道を歩いていたら・・・・・勝平さんがいた。
今日は特別な日であって、もう話す機会はないはずだから。
だから、初めてこちらから積極的に話し掛けた。
楽しかった。
今日のもやもやが吹っ飛んでしまったほど、気持ちが落ち着いた。
別れ際にお姉ちゃんに注意してと言い残して、イレギュラーな日は終わった。

イレギュラー、そのはずだったのに、翌日も、その翌日も状況は変わらない。
朋也君との関係は日に日に悪化していって、私が微笑みかけても何も返してくれなくなった。
勝平さんとも何故か毎日決まって遭遇し、どんどん仲良くなってるのがわかる。
唯一変わらないのはお姉ちゃんぐらい。
こんな状況でも変わらず励まし続けてくれて、それだけが心の救いだった。

朋也君に避けられだすと同時に、勝平さんが歩み寄ってくる。
私が迷って答えを出せずにいるのに、状況は刻一刻と変わっていく。
はっきりとした態度を示せないから朋也君が私から離れていくんだ。
そして私が悲しんでいるから勝平さんが慰めてくれるんだ。
・・・・・こんな最悪な私なのに、まだお姉ちゃんだけは支え続けてくれていた。

それから数日後。
久しぶりに朋也君から誘われて一緒に下校する。
多分これが元の関係に戻れるかもしれない最後のチャンスだと思うから。
今までにないほどべったりくっついて朋也君に甘えてみる。
上目遣いで顔を見てみたらちょっと照れているみたい。
大丈夫、これから私がしっかりしていけば状況はきっとよくなる。
しばらくは自分の浅はかさを省みないで甘い希望を抱くことができた。

分かれ道で朋也君は立ち止まる。
そして・・・・・別れ話を切り出された。
当たり前だよね。
ずっと朋也君を好きでいなくちゃいけないのに、他の人に惹かれてもいたのだから。
もう、これが潮時かもしれない。
迷惑をこれ以上かけ続けていたら、自分の気持ちを抑えてくれたお姉ちゃんにも申し訳が立たない。
だから私からも言い出そうとした途端、何故か涙が出てきた。
止まらなかった。
慌てて朋也君が駆け寄ってきて宥めてくれても、どうしても止まらない。

「・・・・・・・・えぐっ・・・・・うぐっ・・・・」

あまりの醜さと軽薄さと情けなさと。
自分が許せないから泣き止むことが出来ない。
息苦しくなってきても、朋也君が抱きしめてくれても、私のこの想いは止められない。
今私が苦しんでいる以上のことをこれまでやってしまったから。

「ちょっと椋、どうしちゃったのよ」
「・・・・えぐっ、・・・お、お姉ちゃん・・・・どうして・・・ここに・・・」
「そんなことはどうでもいいの。朋也には悪いけど今日のところは椋を連れて帰るわね」

有無を言わさず、お姉ちゃんに私は担がれた。
その間中私は泣き続けながらも、何故すぐにやってきたのか引っかかっていて。
話し掛けたくても言葉にならないから、ただお姉ちゃんの背中に体を預けた。

家に着いてまたしばらく泣き続けて、そして黒いものが全て流れ出したころにやっと泣き止んだ。
お姉ちゃんはずっと隣にいる。
だからこそ引っかかる。
果たして本当に私を見守っていてくれていただけだったのかと。
でも、それ以上考えると自分が卑屈に感じてしまいそう。
負の悪循環、ということなのかもしれない。

「お、お姉ちゃん・・・その・・・」
「何?朋也との関係についての助言は、もう私でも無理よ」
「それは私の責任だから仕方ないの。それより・・・・・どうしてお姉ちゃんがあの場所にいたの?」
「・・・・・たまたま、かな」

目が泳いでる。
それは間違いなく嘘をついている証拠。

「たまたまなのに、私には朋也君と私の状況がわかっていたように思えた。今日のところは、って言ってたし」
「・・・・・あの状況でよくそんな些細なことに気付いたわね」
「泣いていたけど、あの時の私は物凄く冷静だったから・・・」
「そう。だったら隠さず言うけど、二人の後をつけてたしあの後の状況もあらかたわかってた。・・・・・・だって、私が嗾けたから」
「そう・・・なんだ」

不思議と、怒りは湧いてこなかった。

「どうして怒らないのよ。私が二人の仲を裂いたのよ」
「だって・・・そこまで思いつめさせたのは他ならない私。辛い気持ちはよく・・・わかるよ」
「わかるわけない。絶対に椋にはわかりっこないわ!」
「・・・・・わかるよ。だって私たちは双子だもん」

この期に及んでまだ言い淀んでいるから背中を押す。
お姉ちゃんも、おおよそ自分を許せないような行為をしてきたと容易に予想できたから。

「ふざけないで!私がどんな想いで今まで椋を応援してきたと思ってるの?この際だから言うけど今でも朋也のことが大好きよ。ええ愛してるわ。だけど椋が朋也に気があることがわかって・・・妹思いの姉でいようと決めたの。朋也との関係が変わるわけでもないし、椋と付き合っちゃえば今までよりも近くにいられると思ったのもあるわ」
「だから・・・いつも私達に同行してきたんだね」
「でも、二人が仲良くなっていくにつれて私の辛さも増していった。当然よね、いくら私が仲良くなっても所詮は友達としてだし、朋也が私のことを好きじゃないってことを一番近くで見続けなければいけなかったのだから。・・・・・でも、まだその時は二人のよきサポーターでいたいと思ってた」
「そのバランスを崩したのは、私だよね」

私に隠す事実は何もない。

「そうよ、椋が悪いのよ。朋也と仲良くやっていれば私も諦めがついたのに、他の男に気を許すからこんなことになったの。朋也の注意と私の尾行を撒くつもりかしらないけど、毎回時間と道を変えてまでこっそりと会い続けるなんてどうかしてる!」
「あ、あれは・・・本当に偶然に出会っただけで・・・」
「この期に及んで嘘は見苦しいわ。いてもたってもいられなくなって私が付いていった時、隠し切れずに走って逃げたわね。あの男の対応は椋に言った通りだったけど、まだ続きがあるの。二人残されて、何のことかわかってない朋也に聞かれて・・・全て話しちゃった。朋也が椋を避け始めたきっかけは私」
「・・・・・ありがとう」

何故か感謝の言葉が頭に浮かんで、思わず口に出してしまった。

「どうして私に感謝なんてするの!朋也に興味がなくなったのならさっさと別れちゃえばよかったじゃない。あの男に惹かれてるならさっさとくっついちゃえばよかったじゃない!どうして中途半端なままで、こんな状態になるまで放っておいたの!」
「・・・私が優柔不断だったから」
「・・・よくわかってるわね。でもそのお陰で私がどれだけ苦しんでるか理解できる?これで椋と別れたところで私の想いが朋也に届くわけじゃない、寧ろ私達姉妹と絶対に距離を置いて・・・最後は目を合わせることもなくなるの。仲のいい友達でもいられなくなったのよ。こうなることがわかっていたのに、椋の行為がどうしても信じられなくて、許せなくて、もう抑えられなかった・・・・」

お姉ちゃんは泣いていた。
声をあげてわんわん泣いていた。
上手く立ち回れば自分が幸せになれるシナリオを描けたはずなのに、泥を自らかぶって。
どこまでも・・・・・やっぱり世話焼きのお姉ちゃんなんだ。
ありがとう、本当に、心から。
おかげで気持ちが完全に吹っ切れました。

「・・・・・さっきの私の”ありがとう”は、それがわかっていても実行してくれたことに対するお礼なの。私の目を覚まさせてくれたお礼」
「そうよね・・・椋はあの男の元に行けば幸せになれるって選択肢が残っているから、感謝なんてできるんだ」
「そんなことしない。・・・・・勝平さんには私の口から断るつもりでいるの。お姉ちゃんは勝平さんと密会していたと思ってるみたいだけど、本当は一度も約束なんてしたことなかった。偶然が重なりすぎて、もしかすると運命の出会いだったのかもしれない。だけど、そんなあやふやな物よりも、私はもっとこれからの自分を大事にしていきたいから」
「何で?どうして自分の幸せを諦めるのよ?」
「先にそれをやったお姉ちゃんに言われたくない。これは私なりのけじめ、もう迷ってお姉ちゃんを苦しめないって決めたの」
「後悔しないって言うなら、私に反論はないわ」
「あと、お姉ちゃん次第なんだけど・・・・・・もしよかったらお姉ちゃんにもその場に同席してほしい」
「・・・・・本当にいいのね?」
「だってこれは私が招いたことだから責任取らないと。それと・・・・・明日にでも朋也君に全て話して謝罪します。今までありがとうございましたって言いたいから」
「わかったわ。だったら当然その場にも私がいないと不自然よね?」

最後にはいつものお姉ちゃんに戻っていた。
失ったものは確かに物凄く多かったけど、これからは自分に嘘をつかずに生きていけるから。
朋也君と勝平さん、本当にごめんなさい。
そしてありがとうございました。



勝平さんにはすぐに出会えた。
本当に神懸り的な運命だったのかもしれないけど、私の決意は変わらない。
隣にお姉ちゃんもいるし、もう顔を見てもオロオロしたりしない。

私がきっぱりと告げると明らかにうろたえて、必死に訴えかけてきた。
少し心が揺れかけたけど流されるわけにはいかない。
あなたと共に人生は歩けません、とはっきり言い放った。
それでもまだ諦めきれない勝平さんを前に、お姉ちゃんが仁王立ち。
一発横面を引っ叩くとしばらく放心していた。
そして我に返ると、私の方を向いて一礼して去って行った。
今までいい夢見させてくれてありがとう、って言い残して。


朋也君とは昼の裏庭で落ち合った。
隣にやはりお姉ちゃんがいる中で、私は今までの経緯を全て隠さず話した。
勝平さんに惹かれていたことと、朋也君を騙し続けていたこと。
そしてけじめをつけるために勝平さんを断ったということも。

全てを話し終えたら涙腺が緩んできた。
こんな自分勝手な女に同情して欲しくないと思って咄嗟に後ろを向く。
何でだろう、前よりももっと朋也君が好きになっちゃってる。
側に駆け寄って抱きしめてもらいたい。
また占いをして一緒に一喜一憂したい。
だけどもう私の彼氏じゃない。
今私に出来ることはここから立ち去ることだけだから。

くるっと回れ右して、咄嗟に涙を拭って、ありがとうって告げてまた回れ右。
未練を残さないために、私は走ってその場から立ち去った。




立ち去った、つもりだった。
気が付くと手を掴まれていた。
そして体が引き寄せられると同時に抱きしめられた。
何がなんだかわからない。
私が勝手に好きになって、勝手に他の人に惹かれて、ただ迷惑かけてただけなのに。
何で私は今抱きしめられているの?

理由を聞いた。
そうしたら・・・・・朋也君は私のことが好きで好きでたまらないと言ってくれた。
お姉ちゃんから話でショックを受けたけど、それは私の身勝手ではなく自分に魅力がなかったからだと。
私を繋ぎ止めたかったのに何もすることが出来ず自暴自棄になっていたと。
別れ話は最後の手段で、もし少しでも好きでいてくれれば状況を変えれるかもと期待していたと。
・・・・・・・・ずっと一緒にいたのに、朋也君が私のことをこんなに愛してくれてたことに気付かなかった。
本当に私って馬鹿だ。
馬鹿すぎて・・・手に負えない。
今でも相愛だとわかっても、もうどうしようもないから。
私はお姉ちゃんの方を向く。
そのお姉ちゃんは、笑っていた。

「これで元通り。よかったじゃないの」
「よ、よくない、全然よくないよ。だってまたお姉ちゃんの気持ちを犠牲にすることになるから」
「朋也に嫌われたままになるよりは相当ましよ。それにね・・・本当に朋也が椋のことを好きだってわかったからいいの」
「でも・・・」
「朋也にも聞いて欲しい。私は朋也のことが二年の頃からずっと好きだった。よければ椋じゃなくて私と付き合ってください」

今までの振る舞いが嘘のようにお姉ちゃんは朋也君に告白した。
だけど、朋也君は私を抱きしめる力を緩めず、もう一度私を好きだと言ってくれた。

「そういうことなの。朋也を幸せにするのは私じゃ無理だってことだから・・・椋、あなたに任せるわ」
「・・・本当にいいの?」
「仕方ないでしょ、朋也が選んだのは私じゃないんだから。だけどね、今度何かしたらその時は私が朋也を奪うわ」
「・・・大丈夫、もうそんなことにはならないから」

一度は諦めかけたけど、もう一度掴んだ朋也君と共に歩んでいく道。
その道が険しくても立ち止まることはもうない。
たとえ運命なんかなくても、お互いを信じあっていればきっと大丈夫。
お姉ちゃんに笑われないように、朋也君と二人で精一杯これからを過ごしていきます。
だから、応援していてください。


fin