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[姉妹の絆]






「椋、本当に一緒に来ないの?」
「気にしないで。せっかくの休日なんだし
 それに、最近二人っきりってのもなかったんでしょ?」
「う……そ、それはそうなんだけどさ」

顔が一気に赤くなる

「アイツと二人だと、なんか妙に意識しちゃうというか……
 なんというか、考えれば考えるほど普段通りに振舞えないのよ」

思わずクスッと笑ってしまう

「それは向こうも同じなんじゃないの?」

笑顔で答える
だけど、胸にはズキッと痛みが走った
『あの人』も、私の知らない姿を見せているのだろうか……

「ほらほら、早くしないと遅れちゃうよ」
「わ、わかったから押さないの」

背中を押して、玄関へと向かわせる
なんだかんだ言っても、すっごく楽しそうな気がする
でも、それも当然なのだろう
私が…私も好きになった人なのだから

「それじゃ行ってくるわね。あと頼むわね椋」
「うん、いってらっしゃい」

パタンと玄関が閉まる

「……お姉ちゃんの、馬鹿」

その姿を見送って、誰も居ない場所で一人ボソッと呟く



「…本当に、馬鹿なんだから」

ベッドの上に、ゴロンと体を投げ出す
やらなければならないこともあるが、今は何もする気になれなかった。

「……朋也君がお姉ちゃんを選んだんだから
 私のことなんて気にしなくていいのに」

ふと、視線が机の方を向く
そこにあるのは、二人で撮ったプリクラと、そして、
あの人にもらった、最初で最後のプレゼント
ベッドから立ち上がり、タロットカードを手に取る

     「これから、お互いのことを知っていければいい…」
     「占い、好きなのか?」
     「はいコレ、誕生日のプレゼント」

頭の中に、その時の言葉が蘇ってくる

     「………ゴメン、俺は…杏のことが……」

その時突然、頬に涙が流れた

「あ…!い、いけない」

あわてて目元を拭う
だけど、どの涙はすぐに止まる事は無かった……

ずっと、彼のことは遠くから見ているだけだった。
憧れに近い、小さくて淡い恋心
だけど、一人じゃなんにも出来なかった。
それこそ、見てることしか……

      「そんなことなら、私に任せなさい」

お姉ちゃんの助けを借りて、やっと想いを伝えることが出来た

      「い、一緒に帰りませんか?」
      「わ、私、お弁当作ってみたんです」

それからは必死だった。
彼のことをもっと知りたい
もっと自分を好きになってもらいたい
だから、自分も変わらなきゃと思った。

「けど………」

視線を横に移す
そこには3人で撮った姿が写っていた。
私と、朋也君と……そしてお姉ちゃんが

「私だって気づいてたんだよ、お姉ちゃん」

杏の気持ちが彼に惹かれていたことも
そして、彼が私を通して杏の姿を見ていたことも……
だから、こんな結末になることも半分わかってたんだと思う

結局、彼は杏を選び、私と彼は『友達』へと戻った
だけど、その後も彼は良く私に話しかけてくれる

      「なあ藤林、今度の休みだけど、杏と3人で…」
      「そうそう、椋も一緒に行かない?」

もちろん、お姉ちゃんが私のことも気にかけてくれてるんだと思う
だけど…それは…

      「ううん、いいの。私は用事があるから」

声を掛けられるたび、その度に心がズキズキと痛む
壊れたピースは決して元通りに戻ることは無い

この気持ちが消えてなくなることなんてなかった………


二人が並んでいる姿を見かけると、とてもお似合いだと思う。
でも、その姿を見るたびに、どうしても自分自身を重ねあわしてしまう

姉妹だからこそ気づいた想い
姉妹だからこそ傷つく痛み

たまに思う。

「……いっそのこと、姉妹に生まれてこなかったらよかったのに」

そして、お姉ちゃんがいなかったら、とも。
そうしたら、彼は私を選んでくれたのだろうか?
たとえ、心の中でそんなことはないとわかっていても……

そんなことを考えてしまう自分が、たまに嫌になる


  プルルル プルルル プルルル

突然の電話に思考が中断される
あわてて受話器へと向かう

「はい、藤林ですが?」
「藤林か!?」
「え、お、岡崎くん?」

その声の主に驚きを覚える
だって彼は今お姉ちゃんと一緒に居て………

「杏が!!??」

その言葉と只ならぬ様子に戦慄が走る

「ど、どうしたんですか?一体、何があったんですか?」



「ハア、ハア、ハア」

息を切らしながら、全力で走る
タクシーを待ってる暇さえも惜しかった

「お姉ちゃん!!」

考えるだけで、嫌な予感が頭の中を駆け巡る
だから、何も考えず、ただひたすら走った。

       「どうしたんですか、お姉ちゃんに何かあったんですか?」
       「杏が…杏が車にはねられて……それで病院に」
       「病院って何処の病院ですか!?場所は?」
       「……俺、どうすればいいか」
       「私もすぐ行きます。岡崎君はお姉ちゃんのそばに居てあげてください」
(岡崎君のあんなに不安そうな声、初めて聴いた)

それだけに、胸の中の不安がより現実感を増していく

(お願いだから、無事でいてよ、お姉ちゃん)

ただひたすら、それだけを願った。


バン!!

「ふ、藤林…」
「お姉ぇ…ちゃん……の…様子……は?」

息が切れるが、必死に声を絞り出す

「…今…」

視線で方向を示す
『手術中』……そのランプが赤く光っていた
それを見て、思わず涙が出そうになる
だけど、泣いちゃいけないと思った。

(お姉ちゃんも戦っている、だから、私も)

心で必死に耐える

「朋也さん、どうなったか教えてもらえませんか?」
「ああ……実は」

重々しい雰囲気で話が続く
中身はとても辛く、耳を覆いたくもなった
だけど、最後まで聞き続けた

そして、長い話が終わる

「それじゃ……お姉ちゃんは、その娘をかばって…?」
「……そうなる……だけど」

そこまで言うと唇をギュッとかみ締める

「もしも…俺が先に気づいていたら…」
「そ、そんなことないです。岡崎君のせいなんかじゃない!!」
「けど……な」
「誰でもそんな状況だったら事故に遭ってます。それが偶然お姉ちゃんだっただけで
 だから、そんなに自分を責めないで…」
「偶然? 偶然だって!!」

ガタッと勢いよく立ち上がる
そこで冷静になる

「……ゴメン。藤林に怒ってもしょうがないってのに……」
「……いえ、当然だと思います」

でも、私はその時思った。

(…朋也君も、自分のコトわかってない)

もしも…もしも子供が轢かれそうな状況を先に見つけたのがお姉ちゃんじゃなくて、朋也君だったら………
きっとこうなっていたのは朋也君だと思うから

(……優しい人だから。きっと自分を責めてしまう)

そのことが、ひどく切なかった。

「……でも、子供は無事だったんですから」
「……」
「だから、きっとお姉ちゃんも大丈夫ですよ」
「……そうだな」

重苦しい沈黙が二人を覆う

自分じゃこの人の心を支えることは出来ない
その事実が、何よりも椋には堪えるものだった………

その時、

パッ

手術中を示すランプが消えた
気づき、二人が一斉に立ち上がる
部屋から出てくる人影を見て、

「せ、先生!杏は……!?」
「お姉ちゃんの様子は…?」

二人して、医者へと駆け寄る

「二人とも安心してください。とりあえず落ち着いて」

言われて、急く心を落ち着かせる

「もちろん手術は成功です。怪我自体はそこまでひどいものではありませんでしたので。 ただ、様子を見るために暫く入院してもらいますが…」

ホッと胸をなでおろす

ガラガラガラ

後ろから杏が運ばれてくる

「杏!!」
「お姉ちゃん!!」

視線が一斉にそちらへと向けられる

「朋也……それに…椋?」
「お姉ちゃん……」

涙が止まらなくなり、顔を手で覆う
声を聞くだけで、感情が一気に抑えられなくなる

「ホントに…ホントに良かった」
「バカねぇ……心配なんてすること無いのに……」

穏やかな笑みを浮かべ、椋の頭を軽く撫でる。

「このバカヤローが、ホントに心配させやがって」
「フフッ…ゴメンね、朋也」
「……もういいさ。」
「すいませんが、一度お部屋の方へ移動しますので…」
「あ、す、すいません」

ガラガラと部屋へと運ばれていく

「また、後でね」
「……うん」

その姿を、見送った。



「そう…あの子、助かったのね…」
「ああ、お前のおかげだよ」
「良かった……」

お姉ちゃんは、真っ先に自分が助けた子供の状況を聞いた
それが、面倒見がいいお姉ちゃんらしくて、
少し、安心した。

「……ねえ、朋也。今、アレ持ってる」
「うん?あるけど、どうしてだ?」
「それ、悪いけど貸してくれる」
「いいけど……」

言われて、四角い箱を杏に渡す

「あと、悪いけど、朋也だけ少し外出ててくれない?」
「ああ…そういうことか」

杏の言葉に、何処か納得する朋也

「それじゃ、話し終わったら呼んでくれるか?」
「言っとくけど、盗み聞きなんてしたらはったおすからね」
「心配すんな。そこまで野暮じゃないよ」

(悪い、後は頼むな…)
(…はい)

それだけを小声で言い残し、朋也さんは部屋を出て行った。

「お姉ちゃん、岡崎君と話しなくていいの?」

私はお姉ちゃんの前では、『朋也君』ではなく、『岡崎君』と呼んでいる
それが、わたしなりのけじめだと思って
それに、そうしないと、その想いにつぶされてしまいそうだったから……

「いいのよ、なんだかわかってくれてるみたいだし……」

その言葉が、お姉ちゃんと朋也君との繋がりの深さを感じさせて、
正直、苦しかった。

「……じゃあ、話って何なの?」

気持ちを切り替える。
こんな場面で、そんな気持ちを抱いていたら駄目だと思った

「うん……実はね、朋也のコトなの」

体が、震えた

ここで、その話をされるとは思ってなかったから……

「……岡崎君が、どうしたの?」

冷静に答える

「うん、私、ずっと椋に謝らなきゃいけないと思ってた……
 結果的に、椋を裏切ることになっちゃったから」
「そ、そんなことない。お姉ちゃんが謝る事なんて…
 それに、選んだのは岡崎君だし」
「虚勢なんて張らなくていいのよ。こんな時に」

フッとその視線が優しげに見つめる

「私だってあなたの姉よ。大体のことはわかってる」

私にお姉ちゃんのことがわかるのなら、お姉ちゃんも私のことに気づく
当然だった。同じ、姉妹なのだから。

「様子がおかしいな、とは思ってたけど、あなたが『岡崎君』って私の前で話すようになったから、理由はなんとなくわかった。」

その一言一言が胸に詰まる

「普通に考えれば当然よね。あんなことあったんだもん」

お願い、そこから先は言わないで……!!

「椋……あなたもまだ朋也のコト…好きなのよね」

まるで頭をハンマーで殴られたかのような衝撃
気づいちゃいけない、忘れなきゃいけなかった気持ち

そこに、とっくに杏は気づいていた…!?

「だから、それにも気づかず、こっちは浮かれてばっかで……
 随分ひどいこともしちゃったよね。」

違う、悪いのはお姉ちゃんなんかじゃない。
悪いのは……

そう……悪いのは私なのに

「お姉ちゃんは悪くない。だって私……わたし…!!」

フッと頭に杏の手が載せられる

「いいの。それ以上は言わなくて」

再び優しく撫でられる。

「もういいの。もういいのよ……」

だけど、私はその場で俯いてしまう。
まともに、お姉ちゃんの顔も見れなかった。

「……ねえ、椋。少し、目を瞑ってくれない?」
「?う、うん」

言われたとおりに目を瞑る
何かが首に掛けられる感触

「……いいわよ、目を開けて」

目を開ける。
そこには……

「ペンダント…?」
「そうよ。」

首に掛けられていたもの
それは……タンザナイトのペンダントだった。

「こ、これは?」
「ふふっ、朋也と二人で探したのよ。椋が好きなものは何かって。
 貴女への誕生日プレゼントよ。」
「え、だ、だって…」
「お礼は朋也に言ってよね。アイツが椋の欲しいもの覚えてたんだから」
「……」

ポタッ ポタッ
思わず、涙がこぼれた。

「……こんなことで許してもらえるとは思ってないけど…」
「ううん……そんなことない」

二人の想いが、すごくわかったから…

「…ゴメンね、お姉ちゃん」

私は、貴女のことを……

「ううん、私こそゴメンね、椋」


この日、私達は、再び『姉妹』に戻った。
今度こそ、本当に………