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〜ふたり迷子〜
人並みの趣味を持たず、また、勉強やスポーツ、恋愛など、これといって真剣に打ち込むものを持たない私にとって、日々の暮らしは無感動でしかない。
朝起きる、学校に行く、友達とお喋りをする、家に帰る、学校からの課題があればする、そして眠る。繰り返される一日のライフサイクルをこなし、日々は着実に消費されていく。
そりゃ、確かに。
友達とお喋りをする時は笑う。
テストの時は、頭を働かせる。
好きな食べ物が出たら、素直に喜ぶ。
他、行動するべき時は他人に迷惑をかけないように動く。
……だが、無機質な私にとっては、ただそれだけだった。
感動を覚えることはなく、なんとなくで動いており、結果は何もかもが無難に終わる。
笑うといっても心から楽しいとも言えず。
テストの成績も中の上くらいで。
好きな食べ物を食べても、翌朝にはその味をすぐに忘れて。
他人のために動いた後は、感謝はされるけど賞賛はされない。
全部が全部、『ふーん、よかったね』と思える程度。
いつからだろう、こんなことになってしまったのは。それすらも、忘れてしまった。
……だから、思うのだ。
どうすればいいのか、と。
今日も一日、学校の授業が終わり。
友達と別れ、校門をくぐり、私は帰宅の路につく。
まったく、代わり映えのない一日だったように思う。
友達との会話も、学校の授業も、昼食の時間も、何もない放課後も。進学や就職などについての話題もあるにはあったが、これといってしたいことがない私にとっては、どう選んでいいかわからなかった。
強いて決めるとするならば……多分、親や先生達にヒンシュクを買わないよう、
持っている成績で何気なく進学するんだろうと思う。
うちの高校は進学校だから、それなりのところへはいけるだろう。
そしてそこでも、私は今のような感動のない生活を送るのだ。
日々を、無駄に消費していくのだ。
「……はぁ」
いつもの通学路を歩きながら、私は小さくため息をついた。
こうやってため息が出るということは、悩んでいる、と考えてもいいのだろうか。
でも、そう考えるのは単なる自己満足なような気がしてならない。
だから、なにも考えない。
「…………」
なんとなく空を見上げると、雲がなく、色鮮やかなオレンジ色が広がっていた。
見たときは、綺麗だ、と思った。
そして、それだけ思って終わった。感想は他に思い浮かばない。
他の人が見たら、もっと素直な喜びを見出せただろうに。
「…………」
何気なく周りを見渡して見ると、つい前まで工事していた場所が、一つの建物に変わっていた。
十階以上はあろうかという、大きなマンションだった。
いつの間に建ったのだろう、と思ったのだが、前から工事していればいつ建ってもおかしくない。
この町には、まだ人が増えていくようだ。
「…………」
通学路の商店街にさしかかると、街灯が二つ三つほど、前のものより新しくなっていることに気付いた。
いつもは頼りなかった明るさだったが、今は新品同様だ。
日が落ちるのが早くなっていく季節の変わり目だったことだし、丁度良かったのではなかろうか。
これから、この街灯は夜にどんどん活躍するのだろう。
「…………」
商店街を抜けて住宅街が見えてきた先、この時間、いつも塀の上で丸まっていた野良猫が居なくなっていた。
大体ではなく、必ずといっていいほどここに居たというのに。
誰かに拾われでもしたのだろうか。
それとも、この場所が飽きて住処を移し変えたのか。
どちらにしても、ぽっかり、そこに穴が開いたようで、私は少し寂しくなった。
「…………」
そんなこんなで、普段よりも長く感慨に耽っていたところで。
「……?」
ふと、足元に小さな女の子が居ることに気付いた。
私と同じく、かつてあの野良猫が居た場所を呆然と見つめている。
この子もまた、あの野良猫のことを知っていたのだろうか。
それが寂しいのか、女の子は今、泣きそうな顔をしていた。
「……って、違うか」
私は一つ苦笑する。この子が泣きそうな顔をしているのは、野良猫が居なくなったからではない。
この子の傍にいるべき人物が居ないからだ。
どうやら、迷子であるらしい。
こんな時間にこんな小さな子が、親御さんに連れられないでポツンとひとりで居るとなると、そう考えて間違いはないだろう。
……でも、この子が迷子になろうが何になろうが、私には関係ない。どうせ、他の人が何とかしてくれるだろうし。
女の子から視線を外し、私は踵を返してここから立ち去ろうとしたところで、
「……ねこ」
「……あ?」
私の耳に一つ、小さな声が聴こえた。
その声は……他でもない、この女の子のものだろう。
拍子に女の子の方に視線を戻すと、その子はなんと、こちらのことを見つめていた。
「ねこ、いない」
「…………」
泣きそうな顔のまま、言ってきた。……迷子だからではなく、本当にここに猫がいなかったことで、
この子は泣きかけになっていたというのだろうか。
「ああ……いねえな」
つい、答えてしまった。しかも、普段使っているぶっきらぼうな男言葉で。何故か、友達の間では私のこの話し方が好評だったりするのだが…
…まあ、それはともかく。
「多分、どこかに行っちまったんだろうよ」
「…………」
「おまえも、いつも見てたのか? ここに居たあの子のこと」
「さっきまで、ここあるいてた。でも、いなくなってた」
「へぇ、そうだったのか」
そこまで言って、一つ吐息する。
なんで、私はこんな見ず知らずの女の子とこんなところで立ち話なんてしているのだろう。
しかも、この子もこの子で泣き虫そうな顔立ちしているというのに、なんだって私に話しかけて来たというのだろうか。
共通している点は、互いが同じ野良猫を知っている、ということだけだというのに。
でも。
ここまで話してしまったとなると、なんとなく、私はひとりで居るこの子のことを放っておけなくなった。
「母ちゃんは、どーした?」
「……わからない」
「わからないってことねぇだろ。さっきまで一緒に居たんだろ?」
コクン、と女の子は首を縦に振った。
「おかいもの、してたの。いっしょに」
「だったら、何で」
「……ねこ、きになったから」
「……ははぁ、なるほど」
話し方から、察するに。
元々この子は、母と一緒にこの商店街まで買い物に来ていた。
で、街中であの野良猫を見つけて、その母が目を離した隙に一人で夢中になってここまで追ってきて…
…挙句、母も猫もどちらも見失ってしまったというわけだ。
よくある迷子のパターンだよな、と思いつつ……何もかも無難に済ませてしまう私にはできないことだとも思い、もう一つ吐息する。
「おまえ、どっちから来たんだ」
「あっち……」
小さな指が差す方向は、ひどく漠然としている。憶えている限りでは、あそこは行き止まりだったはずだ。
「あっちじゃわかんねーよ」
「…………」
言われて、女の子は泣きそうな顔をしたが、グッと堪えたようだった。……泣き虫っぽいが、寸前で我慢のできる子だった。
こういう健気さが、私の長く動かなかった心をそつなく動かした。
「……しゃーないな、ったく」
きっかけは小さくあれど、もうほとんど、乗りかかった船だ。
この子は、親元にきちんと送り届けてやらねばなるまい。そうしないと寝覚めが悪いだろうし、
ここから交番は結構遠いし、何より私自身がどうも警察が苦手だ。一つ個人的な理由が入っているが、
その代わりちゃんと送り届けるから、見逃してやってくれ。
……誰に言ってるのだ、私は。
「とりあえず、おまえの名前は?」
「……うしお」
「な。う、牛男……じゃないか」
トンチキな思考はやめておいて。
汐だろうか、潮だろうか。どっちにしても、結構変わってる名前だが……とりあえず、『汐』としておこう。あくまで推測だが。
「……んじゃ、おねーちゃんと一緒に来るか? 汐の母ちゃんのところまで、送ってやれるかも知れねぇし」
「…………」
ぶんぶん、と汐は首を横に振った。
「しらないひとについていっちゃだめって、ママがいってたから」
「……ま、一理あるわな」
わりと、お利口さんだった。猫にほいほい付いていったという点については、敢えて突っ込まないようにしておく。
ちなみに補足しておこう。私はこんな喋り方をしているが、風貌はれっきとした女子高生である。
怪しいというわけでもなんでもない。確かにちょっと背が同年代の女子より高いと言えば高いが……それ以外は、普通であるつもりだ。
事実、クラスでは目立たない存在で通っているわけだし。
「じゃ、どーする? ひとりで母ちゃん探すか?」
そう言ってみると、汐は心細くなったのか、とても泣きそうな顔になった。でも、やはり寸前でグッと堪えていた。
震える小さな肩なんかを見ていると、すごく居たたまれなくなる。
「……んじゃ、これしかねぇわな」
「……?」
「ここで、一緒に待っててやるよ。多分今頃、おまえの母ちゃんもおまえのこと探してるだろうし、
下手に動き回るよりもあっちから見つけてくれるのを待とうや」
普段、自ら動こうとしない無機質な私らしいといえば私らしい策だったが、確実でもあった。
すれ違いになるよりは、この方がいい。
それに幸い、私の知っている限りでは、この商店街もそんなにも広くないのだし。
ここが商店街の外れであるということもあって、逆に見つけやすいことだろう。
「うん」
そんな私の適当な憶測を知らぬだろう、汐は素直に頷いた。少し安堵したかのように口を綻ばせるのにつられて、私も笑みを返してやる。不思議と、自然に出てきた、笑みだった。
……何だか、今日は何かと心が動く日だと私は思った。
汐と二人、すぐ近くにあったベンチで腰を下ろしながら、私はこの子の母のことを待ち続ける。
だが、人生そんなに甘いものではないらしく、一時間経っても、汐の母が現れる様子はないようだった。季節が変わったためか、日も午後五時半辺りを過ぎるとどっぷりと闇の入りを見せている。
私はどれだけ暇人なのだと一瞬思ったのだが、暇人であることに変わりはないので、今更気にすることでもない。
待っている間、汐とは、不思議と会話が弾んだ。
実質、こんな小さな子供が喜びそうな話題なんぞ私は知らないし、何を言ったら喜ぶかというのもよく知らない。
だが、汐にとっては、私のこの外見とは違ったぶっきらぼうな喋り方がどうにも気に入ったらしく、私が何かを話す度にどこか愉しげだった。
「てか、汐は私のこれのどこが気に入ってんだ?」
「あっきーにそっくりだから」
……あっきーて誰だ、と思ったのだが、詳しくは聞かない。
まあ、話題にほとんど取り留めがなく、どこか釈然としない部分もあったが、汐がそれで良かれなら、それで良いと私には思えた。
「……おねぇちゃん」
と、再度、汐が話しかけてきた。もう、受け答えも扱いも慣れっこだった。
「んー、なんだ?」
「おねぇちゃんも、まいごなの?」
「……――」
何だか、妙なことを訊かれたような気がしたが。
「そーだな」
あながち間違っていない。
……その実、汐と話をしながら、そして汐と出会う前に通学路の風景を見渡しながら、気付いたことがある。
町は、大きくも小さくも、私の知らない間に様々な場所で変化を遂げていることに。いつも見かけて、そこにあることが当たり前だと思っていた場所なんて、特に。
生まれてから十七年、私はずっとこの町で住んでいる。一応、この町には詳しいつもりだ。
でも、ここがどこなのかわからなくなる錯覚を感じる時がある。
幼い頃に見た風景を、町のあらゆる場所に重ねる時がある。
日々を追う毎に、町は何もかもが新しくなっていく。
代わり映えしない生活を無機質に送る私は、変化するこの町にひとり、取り残された迷子だった。
「……って、そういう汐も迷子だろーが」
「うん」
「でも、泣かねぇんだな。普通、迷子ってのは、泣いて母ちゃんとの再会を待ってるもんだぜ?」
私と話しているときは、言わずもがな寂しそうな雰囲気はなかったし、さっきもあったように、心細くなった時や猫がいないとわかった時、確かに泣きそうな表情はしていたが。
それでもこの子は寸前のところで堪えていた。
少なくともこの子は、私の前で涙を見せたりはしていない。
「うん……でも、ないちゃダメって、いわれてるから」
「誰に」
「さなえさん」
誰だよそれ、と思うのだが、やはり突っ込まない。
「それに」
と、まだ続きがあったようだった。
……だがそれは、私にとって思いもかけない続きだった。
「おねえちゃんも、まいご。でも、なかない。だから、ないちゃだめ」
「――――」
「がまん」
「……バカヤロ」
気付いた。
多分。私と話をしている間も、この子は母のことが恋しくなって、泣きたくなったことが何度もあっただろうことに。
子供なんだから、それが自然だというのに、この子は。そのさなえさんとやらに言われているだけでなく、私のためにも泣くことを我慢していたのだ。
「わ……」
私は汐のことを抱き締めていた。そっと、優しく。
こんなにも嬉しさと温かさで満たされた気持ちになるのは、本当に久しぶりのことだったし……少し、泣きたくもなった。私が今ここで泣いたら、この子はここで泣いてしまうだろうか。
……でも、それはどっちにとっても良くないことだった。この子よりずっと年上である私がこんなことで泣くわけに行かないし、それにこの子も、泣くべき場所をちゃんと自分の中で決めている。
事実、汐は突然抱き締められつつも、甘えるかのように私の胸に頬を預けているが、すすり泣きの一つもあげていない。
……それを含めて、この子はホントに凄い子だと思えた。
「ありがとな」
「……うん」
それだけ交わして、私はしばらく汐を抱き締め続ける。
汐もそれを受け入れてくれる。
ただそれだけで、私は何よりも満たされていた。
「……にゃー」
どこから聴こえた鳴き声にふと目をやると、私達の知っている野良猫が、定位置の塀の上を歩いていくのが見えた。
……なんとなく、私はその猫に感謝したい気分になった。
それから二十分ほどして、辺りがすっかり暗くなってきたところで、汐の母が私の前に現れた。
私よりも十五センチ以上背が低くて、気弱そうで、泣き虫っぽい顔立ちが汐にそっくりだったが。
そうと決めたらどこまでも頑張って行きそうな意志の強さも密かに感じられる、そんな女性だった。
「本当に、ありがとうございました。ありがとうございました」
何度も頭を下げられたのには、私もほとほと恐縮するしかない。
「いやいや。私の方もそんな迷惑ってわけじゃなかったし」
母の腕に抱かれて眠っている汐の寝顔を見つつ、私は微笑んだ。
汐は、先ほどに母の姿を見た途端に彼女の元へと駆け寄り、その胸で大泣きし、そのまま疲れて眠ってしまっていた。
いやはや、可愛い寝顔だ、全く。
「でも、お子さんから目を離すのは頂けないねぇ。あんたがきちんと気を張ってやらねぇと」
「す、すみません。私の不注意で……」
「ん、わかってくれるならいいよ。言い訳せずに素直でよろしい」
「はい。えへへ、褒められちゃいました」
なんだか、どっちが年上かわからない会話だった。
まあ、私のようにスレてるよりかは断然にいいのだが。
「それじゃ……しおちゃん、帰ろうか」
「ん……おねえちゃん」
と、いつの間にかまどろみから覚めていた汐は、母の腕の中から私の方に向かって小さな手を伸ばしてきていた。
私はその手が届く距離に汐に歩み寄り、自分の手のひらでそれを受け止めてやる。
「どーした?」
「また……おねえちゃんとおはなししたい」
「……いーのか? 私は、知らない人だぞ?」
「もう、しらないひとじゃないから」
「はは、なるほど、嬉しいこと言ってくれるねぇ。……とお子さん言ってますけど、たまに、ここで会わせてもらっていいですか?」
汐の頭を撫でながら母にそう聞くと、彼女はにっこりと微笑みながら頷いてくれた。包容力のある、ありがたい人だった。
「……んじゃ、汐、約束な」
「うん、ゆびきり」
「よっしゃ」
差し出された小さな小指に、私は自分の小指をそっと絡める。それから、定番である指切りの短い詞を詠った後に。
私達は、約束を交わした。
代わり映えない一日の中で生まれた、小さな変化。
といってもそれは、取り残された迷子である私を迷いから抜け出させるには、やはり足りない。
でも。
「ばいばい、おねえちゃん」
「ああ、またな」
確かといっていい程に、この子によって動かされた心は。
私を取り巻く迷いから抜け出せるように。
一歩、また一歩と前に進んでいる。
― 了 ―
あとがき
どもー、阪木と申します。柊殿の掲示板ではちょくちょく参上しつつ、いつもお世話になっております。
私の中のCLANNAD熱が治まりはじめて、それで書きたいと思って。
で、ネット上でお世話になっているG0ddamnさんという方から『同人のゲストに何か書いてー』と頼まれ。
書いたのが、この汐と私のオリキャラとが織り成す軽い対談のひとコマであります。
でも、進呈が一部だけと言うのは何だか勿体無い気がしますので、柊殿のところにも贈呈いたしました。
あまり迷うことなくスラスラと書き、そのまま仕上げちゃいましたが、皆さんにはどう映りましたでしょうか?
『おお、ささやかにいい話だ』と思われた方、あなたはとてもありがたい御方です。
『ふーん、こんなのもありじゃない?』と思われた方、あなたはとても正しい反応をする御方です(何)
まあ、私的には結構お気に入りなんですけどね〜。
機会あらば、この作についての声を聴かせてくださると幸いです。
柊殿には、また何か差し上げることができれば、と思ってます。
ではでは、今回はこれにて。
Mail:ocean_sakaki@hotmail.com
URL:http://www.geocities.jp/ocean_sakaki/index.htm