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〜tasty kiss〜

作:鴨南蛮さん  絵:柊トモカ

(あれはなんだったんでしょう…?)
 最近、とみに思うことがある。
 あの人は、自分のことをどう思っているのだろう?
 自分の唇に、そっと触れてみる。

(何もないなら、あんな事はしないはずですし…)
 別に、今のそこに、何らかの余韻が残っているわけじゃない。何しろ、あの出来事は数週間も前の話なのだから。
 お兄さんの命日。
 あの哀しい別れから始まった独立の日々の果て、私はどうやら再び頼るべき人を手に入れたらしい。
それが良い事かどうかは分からないけれども、私は彼に寄りかかることを選んでしまっていた。
 だから、彼には全てを打ち明けた。お兄さんの仲間の人以外には、いや、みんなにすら打ち明けたこともない心の内を、彼には――朋也さんには吐露してしまっていた。

 そんな私を、彼はどう見ていたのだろう。私はどう見ていたのだろう。あの日。青空の下で。突然くれた、初めての口付け。
 その直後に始まった大乱闘であやふやになってしまったけれども。あの不意打ちは、今でも私の心を震わせ続けている。
 なのに――――

(……あれ以来、何も無いのはどういうことなんでしょう?)
 もう一度、唇を指でなぞる。
 あの時は、いきなりな上にあっという間だったので、感触も何も覚えていない。ただ、彼にキスされた、という事実だけが頭に残っている。

(ファーストキスはレモンの味、なんて言いますけど、私のは何味だったんでしょう?
……味なんて……ただ、表面が触れ合っただけでしたし……)
 きちんとしたら、やっぱり味がするものなんだろうか? 味がする、ということは、舌で味わう、ということで。ということは、当然、ディープ……。

「は、ははは、ナニ考えてるんでしょう、私は」
 思わず苦笑と共に言葉が漏れた。

「? どした、宮沢?」
 予期していない返事に、心臓が跳ねた。

「な!? なななななんでもないですよ!?」
 慌てて取り繕ったが、不自然極まりない。
 ……自分の世界に入るあまり、すっかり忘れてた。目の前に、この悶々とした悩みの原因が居たということを。
 ……というか、この思考の渦に陥った原因は、ここ資料室でくつろぐ朋也さんを眺めているうちに、ふと彼の唇に視線が行ってしまったからで……。

(……ともにかくにも、私がこんなに悩むのは、あのあと一向に変化を見せない岡崎さんのせいです……!)
 殆ど、八つ当たりとも言える感情で彼を睨む。
 こんなちょっと甘えじみた感情を抱くこと自体、久し振りだということを、その時の私は想像もしなかった。
……まあ、つまりはそれほど思考が煮詰まっていた、ということなのだろう。


 一方、岡崎朋也の方とて何も考えていないわけではなかった。
 有紀寧のことは大好きだ。それは、あの荒くれ豪傑どもの誰にも負けない。そのための苦労なら、死ぬような思いでも喜んでする。

 そう誓ったのだが。

 あの墓地でのバトルロイヤルは、マジできつかった。
 それこそ有紀寧が止めに入らなければ、三途の川の渡し守に六文銭を渡して渡河していたに違いない。
 あれ以降、奴らの監視体制が一気に強化されたようにも思える。その中核にいるのがあの金髪バカというのが余計に腹が立つが。
 とにかく、岡崎朋也としては、慎重にならざろうを得ないのだ。
彼等と互角に渡り合える戦闘力を手に入れるか、彼等に認められるか、彼等がまったくいない空間を作り上げるかをしないことには、あの続きなんてとてもとても。
 だから、目の前の少女が内に相当な欲求不満を溜め込んでいるなんて、思いも寄らなかった。


 あれ以降、機会がなかったわけじゃない。
 この資料室でまったりとしている内に、いい雰囲気になることは一度や二度ではなかった。
だけど、そのたびに誰かが入ってくる。いつものことだから、諦めていた。ここは、元来そういう場所なのだから。
 だけど、外に出ても誰か彼かに会うのはどういうことだろう? 春原さんは十中八九付いてくるし、偶然と言うには高い確率で誰かに会う。

 ……本当に偶然?
 今まで、疑いもしなかった疑問が湧いて出る。偶然にしては出来過ぎている。およそ一ヶ月近くも二人きりになる機会がない。

 ……偶然というのであれば、今日はどうなんだろう?
 この一月の間で、およそ初めてと言えるほどの二人きり。春原さんは生徒指導室に連行されてしまって、今日はいない。いつも窓から入ってくるお友達も、今日はまだ来ていない。

 ……これは、チャンス……?
 …………これを逃したら、彼の気持ちを確かめるタイミングは、ずいぶん先になりそう。
 そんな予感がする。それこそ、女の勘というやつだ。

(……ごめんなさい、お兄さん。有紀寧は、ちょっと悪い子になります)
 何気なく窓に近寄り、全ての窓に鍵をかける。これだと、お友達のみんなは中に入れずに困ってしまうだろう。だけども、ちょっとだけ我慢してほしい。私のわがままなのは分かっているけど、この問題を放置する方が私にとって大問題だから。
 窓にカーテンを掛け、今度は入り口。後ろ手で、鍵をかける。その行動だけで、心臓が一気に高鳴った。背徳感。不安。期待。朋也さん。全てが鼓動を加速する。
 そんな私を、彼は不思議な顔をして見ている。

「宮沢、どした? 鍵かけて?」
 彼にしては、今日の私は挙動不審この上ないだろう。とは言え、この機会を逃す気なんて、毛頭ない。

「……朋也さん」
「は、はい!?」
 何故か、彼の背筋が伸びる。こっちは頭の中で様々な感情がぐっちゃぐちゃに混じり合ってて、余裕なんてゼロ。だから、彼がそんな反応をした理由なんて、想像もつかない。

「……朋也さん、私のこと、どう思っているんです?」
「ど、どうって……」
 彼は、明らかにうろたえていた。彼が言葉を紡ぐたび、唇が形を変える。私の視線は、そこに釘付け。……もう、白状してしまおう。この時点で、私の理性は溜まりに溜まった欲求不満で決壊直前だった。自分の欲望を抑える術は心得ていたはずなのに。この人に関してのことだけは、まったく抑えが効かない。

 もっと知りたい。
 側に居たい。
 触れたい。
 この感情の源に、私はもう、気付いてる。

 私の心に築き上げられた『独立』という名の城壁を崩し、封じていたはずの甘えん坊の私を優しく抱きしめてくれた人。その人に。どうして、恋しないわけがあろうか。
 その結論に達した途端。さっきまでの緊張や高ぶりが、嘘のように収った。 代わりに身体を満たしたのは、穏やかで暖かい気持ち。自然に、頬が緩む。

「私は、好きですよ」
 言えた。ごく、自然に。言われた彼の方は、それこそ寝惚けて寝床から滑り落ちた猫のような表情をしていた。しばらく固まっていたけど、ややあって苦笑を浮かべて立ち上がった。

「参ったな。宮沢に先に言われるとは」
 私の眼前まで歩み寄ると、緊張した微笑みを浮かべて、私の瞳をじっと見つめてくる。

「こういうのは、男の方から言わなきゃいけないのにな。ちょっとびびり過ぎてたみたいだ」
 何に? と疑問に思うが、声に出せない。

「俺も、宮沢が好きだ」
 期待していた言葉。自惚れかもしれない、と思ってはいたけれども、その期待は間違ってはいなかった。
 一瞬の硬直のあと、自然に笑顔になる。同時にまなじりに涙が滲む。いけない。ここで泣いたら誤解させてしまう。だから、私は誤魔化すように言葉を紡ぐ。

「……本当ですか?」
「本当だぞ」
「じゃあ、信じさせてください。おまじないで」
「?」
 困惑の表情を浮かべた彼に対して、私はそっと瞳を閉じる。心持ち、顎を少し上げる。
 見えないのに、朋也さんが固まったのが判った。
 これは、一種のおまじない。愛情表現は、この感情がいつまでも続きますように、との願いが込められている。相手を想い、その想いの永遠を願って、相手に触れる。それを相手に委ねるのは卑怯な気もする。けれども、こういうのは男の人からして欲しい。私だって女の子。王子様のキスに憧れる気持ちは、当然のようにある。
 両肩に、重み。身体がびくっと震える。朋也さんの両手の温もりを感じて、鼓動の速度が跳ね上がる。
 近付いてくる、朋也さんの気配。肩にかけられた手には、ちょっと力が入っている。永遠とも思える一瞬のあと、唇に、熱い感触。
 触れるだけの、それでいて永い、口付け。歓喜と戸惑いが入り交じった中、時が静止する。この瞬間、二人は互いだけのものになっていた。
 この至福の時の中、私の中から溢れ出したのは、さっき収まったはずの欲求だった。
 もっと、深く。この人と――――
 おずおずと、唇を薄く開く。隙間から舌をそっと差し出して、彼の唇を軽く舐める。
 破裂しそうな鼓動の中、朋也さんが一瞬震えたのが分かる。
 ややあって、彼の唇も小さく開く。そろりと伸びて来た舌が、私の上唇を優しくなぞる。その感触に背筋を震わせながら、私は再び舌先を動かしてみた。

「…んふっ!」
 先端が彼の先端と触れた途端、全身に電気が走ったような気がした。その衝撃に驚いて引っ込めてしまう。これでおしまいかな、とも思ったけど、彼の方も止まらないでいてくれた。一度閉じた歯列を、舌先で優しくなぞる。自分の意識とは別に、徐々に開く口腔に、朋也さんが侵入してくる。
 再び出会った舌と舌。今度は、触れ合うだけでなく、絡み合う。
 くちゅ、ぴちゅ、ぴちゃ……。

「ぅふぅ……ちゅ……ふぅん……」
 漏れる水音、鼻から抜ける甘い息。全身に未知の感覚が溢れてる。
 互いの唾液を交換し合い、お互いの『味』を確かめる。

(あ……チョコの味……)
 そういえば、さっきお茶請けに出したのは一口チョコだった。私も一緒に食べたから、多分私もチョコ味。
 朋也さんと同じ味ということが嬉しくて。彼に私を感じて欲しくて。私は、より一層、激しく深く、舌を絡めてゆく。

「……んんぅ……ちゅ………ちゅう………」
 全身が、熱くなる。膝から、力が抜ける。頭の芯が、痺れる。
 薄目をあけて、彼の顔をそっと見る。同じように、瞳を薄くあけて、私を見てる。彼の瞳の中に、私が映ってる。頬を上気させ、涙を浮かべた、私が。

「……ちゅ…………ぷはぁ……」
 永く深いキスの後、静かに離れる。離れ際、二人の舌を、銀色の線が結んでいた。口の端に、混じり合って溢れた二人分の唾液が流れてる。何故だかそれを汚いとは感じない。
 少し乱れた吐息だけが、今ある音。絡み合う視線だけが全て。

「宮沢……」
「はい……」
 何が「宮沢」で何が「はい」なのか。主語も述語もない単語のみだけど、互いに言わんとすることは伝わっている。
 朋也さんが、私を優しく抱きしめる。
 私は、再び瞼を閉じる。
 その次は――――

「岡崎ぃっ!!」

 がんがんがんがん!

『!!?』

 外からの騒音が、唐突に現実に引き戻す。二人同時に飛び跳ねるように離れてしまった。

「おーい、ここにもいないのかー!?」
 外から響いてくるのは、春原さんの声だった。

「いや、岡崎がここにいないわけがないっ! ここはこの扉をぶち破って……!」
「わー! 待て待て待て!」
 朋也さんが慌てて扉に駆け寄る。手早く鍵を開けるのと同時に、扉が勢いよく引き開けられた。

「お、いたいた」
「一体何事だよ!?」
「いやぁ、生徒指導室に岡崎連れて来いっていう指令でさ。連れてこないと僕の担当時間を倍にするって言われちゃってね」
「……素直にしたがってんじゃねえよ……」
「はっはっは。岡崎、お前もあの地獄の苦しみを一緒に味わえ」
「……春原も一緒に来るのか?」
「途中で逃げられないように最後まで連れてこいって言われてさ。従わなければ僕の実家に乗り込むとか脅迫してんだよ、あの腐れ教師……」
「……ああもう、分かったよ」
 あまりの急展開に目が点になっていた私に、朋也さんが仕草だけで『ごめん』と謝る。こっちとしては、ちいさく頷くぐらいしかできなかった。
 戸が閉められ、ぱたぱたと二人分の足音が遠ざかっていく。その音が聞こえなくなってから、ようやく心の硬直が解けてきた。

「……もう、いいところだったのに……」
 残念ではあるが、同時に少し安心している自分もいる。あのまま、最後の一線を踏み越えてしまうのは、全く嫌じゃなかった。むしろ、嬉しいぐらい。だけど、未知のものへの恐怖、踏み越えてしまった先への不安というものがなかったわけじゃない。確かに、焦ることはなかったのかもしれない。

「……それに、朋也さんの気持ちも確認できましたし……」
 彼の口にした言葉を思い出すだけで、小さな胸が震える。彼のくれた温もりを思い出すだけで、心が満たされる。
 そっと自分の唇を、人差し指でついとなぞる。ここに、さっきまで朋也さんがいてくれた……。
 いまだ残る唇の暖かさ。口の中には朋也さんの『味』が残ってる。それだけで心臓がドキドキと脈動を早めていく。身体の底に灯った甘い疼きはまだ燻り続けていた。さっきまで、この資料室に二人きり。誰も来なければ、あのまま……。
 ふと、唐突に。気が付いてしまった。
 今、この資料室には、私一人。
 お友達が来る窓には、いまだに鍵とカーテンが掛かっている。
 誰も、いない。
 身体の熱は、どんどん温度を上げていく。腰の底が、疼く。

「…………ダメです。何を考えているんですか…………」
 漏らした独り言には、自分でも聞いた事がないような熱と艶が籠もっていた。それが、今の自分の心理状態を把握させ、さらに加速させる。
 激しくなる心音が喉の底から飛び出しそう。あまりの激しさに目眩すらする。無意識にふらついた脚が、バランスを崩す。倒れ込んだ先にあった椅子に、へたり込んだ。
 しん、と静まり返った資料室。元来、ここは忘れ去られた場所。学校の生徒が訪れることは滅多にない。しかも今日は土曜日。時間は午後。校内に残っている生徒自体が少ないはず。

「……本当に……誰も……来ない…………?」
 必死に理性が私の手綱を引き絞っているけれど、暴走を始めた熱に、その力が奪われ始めている。
 知らないうちに、右手が動いていた。
 そっと、布越しに触れる。


「くぅん……!」
 今まで感じたことがないような衝撃。信じられないぐらいに私自身が熱くなってる。

「……や……駄目……なのに………」
 左手が、上の方へと動く。これも無意識。

「……ううぅん……」
 制服越しに、薄い膨らみを触っている。何枚もの布地が遮っているはずなのに、堅くなっていることが分かる。……ううん、違う。自分だから、分かってしまうんだ……。
 左手がなぞるように動くたびに。右手の人差し指が滑るたびに。静電気を流されたかのように全身が震える。

「……と、朋也さん………」
 あの人の名前を口にすると、さっきの出来事が、より鮮明に思い出される。
 朋也さんの顔。朋也さんの瞳。朋也さんの唇。朋也さんの匂い。朋也さんの温もり。朋也さんの……唾液の味。

「ふぅぅっ………だ、駄目です……。私、こんな所で……こんな………っ!」
 口に出してみたところで、身体は止まってくれない。それどころか、口の方も身体に流され始めている。

「お……朋也さぁん……」
 荒い吐息混じりに、名前を呼ぶ。名前に宿った言霊が、私を嬲っていく。

「……くはぁッ!」
 ビクン!と身体が跳ねた。あまりに強すぎる刺激に、思考が飛びかける。

「…ふああ……朋也さん………朋也さん………朋也さぁん………」
 名前を口にするのと同じくして、両手の動きが早くなる。既に意識と無意識の区別はなく、ただ熱病にうなされるかのように呟き、動き続ける。既にここがどこなのか、自分が何をしているかなんて事は、理性とまとめて遙か彼方に遠ざかっている。

「……やだ……もっと強く………」
 上がる体温に比例するように、欲しい刺激が大きくなる。たとえ布の一枚でも、もどかしい……!!

「と、朋也さぁん……!」
 もう、我慢できない。止まらない。そんなふうに纏まった思考すらなかった。指を滑り込ませ、最初にして最後の一枚を脱ぎ捨てようと――――した、瞬間だった。

 がららららっ!

「何で鞄持って行かなきゃいけないんだよ…………って……………」
 引き戸を片手で開けたまま。岡崎朋也は固まってしまった。

 生徒指導室に行くと、担当の教師が今日は遅くなるから鞄を持ってこい、と宣ったのだ。どうやら、徹底的に説教をするつもりらしい。このままバックれても良いのだが、どちらにしても資料室には戻らなければいけない。バタバタと出てきてしまったが、告白→キスという後で、有紀寧を放って帰るわけにはいかなかったからだ。逃げるにしても、再び戻るにしても、急いだ方がいい。というわけで、朋也はここまで取って返してきたわけだが。

 状況その@。有紀寧が椅子に座っている。
 状況そのA。彼女の着衣が妙に乱れてる。
 状況そのB。その両手が、胸とスカートの中に伸びている。
 これらから連想できる事態を述べよ。
 しかし、この問題はあっという間に時間切れ。
 みるみる有紀寧の顔が朱に染まり、両の瞳には涙が溢れ……

「……いやぁぁぁあああああああっ!!!!」

 絹を引き裂くような悲鳴が響き渡ったのだった。

 その悲鳴が響くと同時に。

「ゆきねぇ!! どうした!!」

 怒声と同時に窓ガラスをぶち破り、巨体が姿を現した。有紀寧の『お友達』の一人である。彼は今日の監視係だったのだが、町中で『野暮用』に巻き込まれ、ここに来るのが少し遅れてしまったのだ。

 さて、ここで問題です。
 状況その@。いきなり有紀寧の悲鳴が聞こえた。
 状況そのA。慌てて資料室に駆け寄ると、窓に鍵が掛かっている。
 状況そのB。強引に突入すると、資料室には有紀寧と朋也、二人だけ。
 状況そのC。有紀寧の着衣が妙に乱れてる。
 状況そのD。有紀寧の目尻に、涙の雫。
 この状況から、ここに乱入した豪傑が導き出す答えを類推せよ(解答時間0.5秒)。

「岡崎、ぶっ殺す!!!!!!!」
「ま、待て! 俺にも何がなんだかぎゃあああああああああっ!?」
 この後に起こった惨劇は言わずもがな。
 正気に戻った有紀寧が止めるまで、朋也は三途の川を通り越して地獄の十二条七丁目あたりまで行ったらしい。


 後日。

「……え〜と、そのだな……とりあえず、悪かった!」
 謝る理由もよく分からずに、ひたすら謝る朋也がいた。
 有紀寧としては、壮絶な自爆な上に忘れて欲しい大失態なのだが、あまりに一生懸命に謝ってくるので、口を挟めないでいた。
 ただ、その一生懸命さに、本当に自分を大事にしてくれているんだな、とも感じてしまう。
 そこまで想ってくれているのなら、ちょっとぐらい、甘えてしまってもいいかもしれない。

「……それなら、一つだけ、お願いを聞いてもらえますか?」
「あ、ああ……」
 その言葉を聞いた途端、朋也の方は背筋が凍る思いをしたという。一体、何を言い渡されるのか。ここへの出入り禁止か、それとも公開処刑か。有紀寧が絶対に言い出さないであろう事態を次々と連想したあたり、かなりの末期症状だった。
そんな朋也に、彼女が精一杯作った意地悪な表情で。

「私のお願いは……」
だけども、隠しきれない口元の微笑みと、ほんのりと桃色に染まった頬で。

「私のこと……」
言い出した言葉は。 

「名前で、呼んでくれませんか?」
あまりにもささやかで、可愛らしい願いだった。

「…………は?」
 朋也としては、肩すかしを食らった気分である。

「ええと、そんなので良いのか? 宮沢?」
 言われた朋也の方が戸惑った声を上げる。だけど、有紀寧はそれに応えない。そっぽを向いて、黙っている。

「……宮沢?」
 返事をしない有紀寧の横顔に何を見たのか。
 朋也は、自分の頬をポリポリと掻いてから、数瞬、逡巡した。
やがて、大きく深呼吸をしてから、小さな、それでいてしっかりした声で、はっきりと呼んだ。

「……有紀寧」
「はいっ、朋也さん♪」
 向き直った有紀寧の表情は、満面の笑み。朋也には、それが女神の微笑みに見えたとか。

おしまい


●はい、今回は投票所での『ことみポエマー』こと、鴨南蛮さんのSSを掲載させて頂きました〜♪
途中まで読んでて、「やべっ! これホントギリギリの描写ちゃう!?Σ(´Д`lll)」
と焦ってしまいました(苦笑) でも、当サイトが提唱する『微妙にエロくて笑える楽しいSS』を完璧に再現してますね。エロ部分を除いても有紀寧アフターSSとしてとても素晴らしい出来です。鴨南蛮さん、ありがとうございました〜♪

●本編ではシナリオの影の薄さと他ヒロインとの絡みがほぼ皆無の事から
ヒロインにはなり切れなかった有紀寧たんですが、ホラ、発掘してみれば
こんなに魅力的なキャラになっちゃいます。
エロスとも無関係と思われますが、『妹キャラなのに姉のような包容力』『二人きりの資料室』
『佐祐理さん2号(笑)』とポテンシャルは相当なものを秘めていると思います。
みんな、ゆきねぇの時代はもうそこまで来ているぞ!!(≧▽≦)丿

●ついでにこのサイトを閲覧中の人数が表示されるように最下部にカウンタ設けました。
これでエロス目的の輩が今何人居るか一目瞭然って寸法さ!播(≧▽≦)(爆)
あ、面白かったら感想ついでに『日エロ投票』にコメントお願いします〜。

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面白かったら押してね♪
戻ります〜♪