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チャプター1  《 軽くて重い 》 


汐の身体が軽くなった。
――そう感じた。

昔、どこかの国で、魂の重量を量る実験が行われたらしい。
瀕死の人間の、死ぬ直前の体重と、死亡直後の体重を比べたら、僅かに軽くなってい
たという。
なら、今俺の腕に抱かれている汐の身体は、魂の入っていない抜け殻だというのか。
軽々と抱き上げられた汐の身体。
それがさらに軽くなったと……。

しかしなんだ、この感覚は、この重さは。
――ああ、これは今までも背負ってきた重さじゃないか。
汐……お前の身体は軽くなっても、お前の存在は重いんだ。
それは俺にとって、幸せの重みだったんだ。
俺の人生の天秤は、お前と親子になれたあの時から、再び「幸せ」の方に傾いていったのに、お前が逝ってしまったら、また「不幸」の方へ傾いてしまう。

どうしてこうなるんだ。
汐はなにも悪くないじゃないか。
この街に、俺たちを取り巻く世界に意志というものが存在するのなら、俺たちは呪われているのか。



 クラナド第二次創作小説  『 枝分かれの出発点 』
 

チャプター2  《 涙の帰路 》


雪が降る中、あたしは傘を差して歩いていた。
左手には買い物袋。
中には大根、豚肉、白菜など。
今日の夕食は鍋物です。
今日こそはあいつの白菜嫌いを直してやらないと。
口に無理矢理突っ込んででも食べさせてやるんだから。
椋が慌てて止めようとするのが目に浮かぶわぁ。

幼稚園の門の前を通り過ぎると、道路の真ん中でしゃがみこんでいる人が視界に映った。
後ろ姿だけど、その人物が朋也だとすぐに分かった
こんなとこで何やってんだろ。
大体、汐ちゃんの具合が悪いというのに、傍にいてあげなくちゃ駄目でしょ。
朋也に近づきながら 「朋也〜。道の真ん中で何やって――」 そこで言葉を切った。
声が聴こえたから。
すすり泣く、朋也の嗚咽が。
顔が見えたから。
朋也の肩から覗く、汐ちゃんの小さな顔が。
その光景を見て、悪い予感しか生まれてこなくて、あたしは訊いた。

「汐ちゃん……どうしたの?」
「――死んだよ」

分かりやすい答えだ。
でも認め難い事実だ。

「――嘘だよね。そうやって、道行く人に二人して騙してるんでしょ。縁起でもないことやめてよ。そんな事やってたら、本当に…………」

嘘付きはあたしだ。
汐ちゃんは、死んだんだ。
渚を失った朋也が、冗談でこんなこと言うはずがない。
それに汐ちゃん、息してない。

頭の中を、『なんで? どうして?』といった疑問符が飛び交っている。
あたしにとって、特別な存在の汐ちゃん。
汐ちゃんが朋也の娘だということを知ってから、いつも描いてきた夢。
汐ちゃんに 『ママ』 と呼ばれる日を夢見ていた。
その夢も消えた。


「なんでだよ。」

朋也が、腕に抱いた汐ちゃんの顔を見つめて呟いた。
その呟きは、あたしに向けられたものだろうか。
それとも、自分自身に向けられたものか。


カサリ――と、夕飯の食材が入ったビニール袋が音をたてた。
傘を持っている右手を二人の頭上に伸ばした時に、袋が擦れたようだ。

「ずっとここにいたら、雪に埋もれちゃうよ。」

この親子が、このまま白い世界に消えてしまいそうで、あたしは雪を遮るためにそう
した。

汐ちゃんを抱いて立ち上がり、朋也は歩き出した。
あたしも朋也の隣に並んで歩きだした。
雪が二人に積もらないように、愛々傘のようにして柄を持った。

「朋也の家に帰るの?」

公園の近くまで来たときにそう訊いた。

「家族に……知らせないと。」
「そっか。だからこっちの方に来たんだ。」

公園の近くには古河パンがある。
そこにいる『両親』に、朋也は行くのだ。
早苗さん、泣くんだろうな。
あっきーも、泣くんだろうな。

「じゃあ、あたしは帰るね。」
「ああ……またな。」

朋也の腕に抱かれている汐ちゃんの顔を見て、あたしは再び帰路についた。


家の前まで来た時、こらえていた感情が急激にこみあげてきた。

「嘘……嘘だよ……こんなの嘘だよ!」

汐ちゃんが死んだ。
死んだと言われた。
言われたから確認した。
息をしてなかった。
だからそれが事実。

「なんで? どうして? 汐ちゃんが死ななきゃいけない理由なんてどこにもない! どこにもないよぉ!」

静かな住宅街に、あたしの声が響く。
何事かと思って、窓から外を覗く人もいるかもしれない。
構うもんか。
覆せない事実を否定して覆いたい。

「こんなの――」
「お姉ちゃんどうし……泣いてるの?」

――玄関から覗く人もいたかも。
あたしの妹の椋が、心配そうな顔で立っていた。
その声を聴いて、あたしはちょっと甘えんぼになった。
傘と袋をその場に落として、目の前に立つ椋に抱きついた。
誰かの胸で、泣きたかった。
ここに来るまでずっと我慢していた。
嘘なんだと思ってごまかしていた。
けど、もうこらえられないよ。

「う・・・あ・・・ああああぁぁぁっ」

哭いた。

頭の中を占めるのは、汐ちゃんのこと。
そして、これからの朋也のこと。

椋があたしの髪を撫でてくれている。
心がやすらぐ。
大切な人に触れられるのは、本当に心地いい。
あたしも、朋也の髪を撫でてあげたい。

「よしよし。気のすむまで泣いていいですよ」

その言葉を、あたしも言ってあげたいなぁ……。






後日。
汐ちゃんの葬儀は、身内だけで行われた。





チャプター3 《 大切な人 》



早朝の公園。
朝の散歩の休憩にと立ち寄った。
冬の朝は当然ながら冷える。
上着の内ポケットには缶コーヒーを忍ばせて、ホッカイロ代わりにして寒さをしのぐ。
ベンチに座って、意味もなく砂場をじっと見つめる。

本来なら今日は幼稚園に行くのだけど、あたしだけ休み。
汐ちゃんが亡くなってからというもの、あたしは仕事に身が入らなくなっていた。
子供たちと遊んでいても、その中にあの子が入ることはない。
そう思うと途端哀しくなってきて、子供たちまでつられて泣き出してしまう始末。
見かねた園長先生が、一週間の有給休暇をくれたのだ。
あたしが汐ちゃんを特別視している事は園長先生も知っていたし、あたし自身も休みが欲しかったので、ありがたく休ませてもらうことにした。

そうして今に至る。

朝の散歩なんて何年振りだろう。
小学生の夏休み。
朝のラジオ体操をするために、この公園に行くまでが散歩だったなら、13年かな。
当時はそれが好きじゃなかった。
休みの朝くらいゆっくり寝させてほしいものだと思っていたからだ。

他にも理由はある。
小学生6年の時だ。
椋なんてその時から身体の発育が他の子より進んでいた。
――――特に胸が。
おかげで、子供心にエロスに目覚めた男子共の好奇の視線が気になったものだ。
ジャンプなんてしようものなら、小学生としては大きな胸が上下に揺れて、男子共の
目が野獣じみて見えたし。
自分の妹がそんな目で見られてるかと思うと腹がたってきて、その男子たちを痛めつけて…
…なんてことはせずに、毎日牛乳飲んでやるとか、みっともない決意をしたこともあった。

あれから13年。
椋の胸はさらに大きくなり、現在も記録更新中な気がする。
やはり揉まれると大きくなるというのは本当なのかしら。
厚い上着の上から自分の胸を持ち上げるように掴み、大きさを確かめる。

「あと2cmは欲しいところね。」
「わかった。俺にまかせろ。」
「きゃっ!!?」

ベンチから飛ぶように立ち上がり、後ろに振り向くと、そこには古河秋生がやらしい顔をして立っていた。
あたしは再びベンチに腰を下ろし、秋生こと『あっきー』も隣に腰を下ろした。

「こんな朝からどうした。まさか……デートの待ち合わせか?」
「まさかっていうのが引っ掛かるけど……。そんな相手いないわよ。」
「そうか。」
「あっきーはどうなのよ。パン作ら……って、しばらくお休みだったね。」
「ああ。」
「こんな陳腐な台詞しか言えないけどさ、元気出してよ。」
「元気さ、俺たちは。娘と孫を失うなんざ、波乱に満ちた人生だけどよ、俺たちにはまだ朋也がいるからな。」
「そっか……家族だもんね。」

あっきーが言うんだ。
本当に古河夫妻は元気なのだろう。

あっきーは上着のポケットから煙草の箱を取り出し、慣れた動きで煙草にライターで火をつける。
スゥ  と軽く吸い、灰色の吐息を吐き出す。
その吐息が風に乗ってあたしの顔にかかる。
はっきり言って、あたしは煙草が大嫌いだ。
正確に言うと、煙草のこの煙が大嫌いだ。
とにかく鼻に衝く。
これのどこがいいのか理解できない。
なので当然こんなを反応をすることになる。

「けほっ、けほっ。」

咳き込むあたしを見て、あっきーは携帯灰皿を取り出し、その中に煙草の先を押し付けて火を消した。
パチンと音を立てて携帯灰皿の蓋を閉めると、「そういやお前煙草苦手だったな」と言って灰皿をポケットにしまった。
苦手なんじゃなくて嫌いなの、と言おうと思ったけど、不毛な会話になりそうなのでやめておいた。


そういえば、あっきーはどうして朝の公園に来たのだろうか。
訊いてみると、「窓から公園を見たら杏がいたから」と答えた。

「あたしに用があるの?」
「ああ。朋也のことでな。」

朋也……落ち込んでるだろうな。
渚を失って、汐ちゃんまで失って。
大切な人を失う悲しみを二度も味わって。
それはとても――辛い。

泣いている朋也の姿を思い描いて、あたしは哀しくなってきた。
自分の足元をじっと見つめていると、雨が降ってきた。
あたしの瞳から生まれる、あたしにだけ降りかかる温い雨。
声を殺してあたしは泣いた。


突然泣き出したあたしに驚く様子も見せず、古河秋生は口を開いた。

「朋也が好きか、杏。」

考えなくても反応して答えられる。

「大好きです。」

朋也本人には言えないくせに、その父親には言える。





しばしの間、あたしたちは口を閉じていた。
そして、古河秋生が先に口を開いた。

「死んだ人間は生き返らない。」

そりゃあそうだよ。

「朋也にとって、渚と汐は決して忘れられない存在だ。」

それはあたしだって同じ。

「だからといって、二人の影を引きずるのはよくない。」

それは難しいね。

「朋也に今必要なのは、あいつの隣に立って支えてやれる人間だ。」

あたしは――――

「子の幸せを願うのが親ってもんだ。けどな、親はどこまでいっても親なんだ。俺と早苗じゃ、逆立ちしたって朋也の半身にはなれない。」

あたしは―――

「杏。朋也の支えに――共に歩いてやってくれないか。」

あたしは――

「朋也の隣にいたいっ。朋也を支えていきたいっ。一緒に歩いていきたいっ。あたしは、朋也の半身になりたい!」
 
涙を流しなから、あたしは言葉を紡いだ。  



子供をあやすように優しい声で、古河秋生は言った。

「その気持ち。あいつに伝えてやってくれ。」

煙草に火をつけながら、古河秋生は公園を去っていった。
あたしは静かにベンチから腰をあげる。
涙は止まっていた。


ふと思いだした。
あれは高校3年の時。
朋也と渚、あたしと椋の四人で話をしていた時のことだ。


「なあ。杏って将来の夢とかあるのか?」
「もちろんあるわよ。」
「わあ〜。どんな夢なんですか?」
「素敵なお嫁さんとか言ったら、笑ってやるからな。」
「えっ、そうなのお姉ちゃん。」
「椋まで何言ってんのよ。普通に幼稚園の保母さんよ。」


そしてあたしは夢を叶えた。
子供たちを相手にするのは楽しいものだ。
でも、朋也の言った『素敵なお嫁さん』も悪くはないよね。
『岡崎朋也の妻になる』夢というのも、あの時のあたしにはあったのだろうから。



早朝の公園。
冬の朝は当然冷える。
あっきーと話している間にぬるくなってしまった缶コーヒーを飲みながら、あたしは
公園を出ていった。

途中、古河パンの前を通る。
店の中から早苗さんが出てきて、あたしの傍に駆け寄ってきた。

「杏さん。」
「はい。」
「ファイトッ、ですよ。」
「はいっ。」

「応援してますからね〜」という言葉を背に受けながら、あたしは帰路につく。


帰り道。
微笑を浮かべるあたし。
理由は古河夫妻。

あの人たちは本当に、素敵な人たちだ。
あんな素敵な夫婦になりたいな。
ねっ、朋也。

まだ夫になるともわからない男性が、隣に並んでいる絵を思い描く。
確定していない未来を現在に結びつけるのは早計だけど、今だけは、夢見る少女の気持ちでいたかった。


人生は、生きている瞬間瞬間が出発点であり到着点。
数分前に選択した行動が、数時間前の誰かの行動が、今の自分の在り方を決めている。
渚の死によって、朋也に気持ちを伝えられるようになったのなら、あたしの道はそこで分かれたのだ。
いや、もっと過去に遡れば。
同じ年に生まれなかったら。
同じ町で暮らしていなかったら。
同じ高校に行っていなかったら。
同じクラスになっていなかったら。
あたしは朋也と出会うことすらなかったのだ。
 
無限に存在する可能性。
その無限の中から、あたしは朋也と出会える可能性を掴めた。
何度も何度も道を枝分かれして。
 
分かれた道に進んだら、大本には戻れない。
一方通行の人生。
 
 
 
夢見る少女は、今は視えない可能性を見つめる。
今までは可能性だった。
けれど、今度は自分から動く。
それで掴んだ可能性は、必然へと昇華する。
 
その瞬間が、彼女の新たな『 枝分かれの出発点 』