「春原ー」
岡崎に呼ばれた。
またいつもの悪ふざけだろうか。
「岡崎?どうしたんだよ急に」
「いや…ちょっと校庭の方行ってみないか?」
「そんなトコに呼び出してどうする気だよっ!」
「もしかして、こ、告はぷろぁっ!」
殴られた。
「んなキモイ事するかバカ!いいから来い!」
「ひ、ひぃぃぃっ!助けてくれぇぇぇぇぇっ!」
「…こ、こんな所に呼び出してどうする気だよっ」
「それさっき聞いたし、お前足ガクガクに震えてるからな」
「決闘か!?決闘なのか!?」
「ふふふ…それならやめといた方がいいよ、岡崎。本気を出した僕と殴り合ったら…死ぬよ?」
「お前がか?」
「あんたがです!」
「…はぁ。どうでもいいけどよ」
「…何だよマジな顔しちゃって。もしかして、卒業するのが寂しいとか?」
「…ん。まぁな」
岡崎らしくない、と思った。
僕たちはいつだって学校が嫌いだったから。
そんな共通点があったから、こうしてツルんでたワケなんだけど。
「なぁ、覚えてるか?」
「何が」
「俺と、お前が始めて会った日の事」
「何だよドブから棒に」
「多分それ藪から棒にの間違いな」
「うるさいよっ!だから何なんだよ急に!」
「お前さ、この学校…好きか?」
「…あんた今日絶対変だよ」
「俺は…ずっと嫌いだった」
「バスケもやめて、楽しい事や嬉しい事がなくなっちまって…学校辞めようかとも思った」
サッカ−部の片付け忘れだろう。
校庭の隅に転がっていたそのボールを蹴りながら岡崎が言う。
「それは僕もだよ。サッカ−ができないなら、こんな学校居る意味無い、って思ってた」
「ヘタレだな」
「あんたも同じようなモンでしょ!」
「…ったく…。でもな、岡崎」
そうして目を瞑ると今でも思い出す。
「そんな時、お前と出会ったんだよな」
あの日。
幸村のジジィに引き合わされ、笑いあった廊下での光景が。
「あの時僕たちが出会わなかったら、きっとこうやって卒業式に出る事なんてなかったよね」
「そうだな…」
「僕、今ならこの学校が好きだって言える気がするよ」
「奇遇だな。俺もだ」
岡崎が蹴り損ね、こっちに転がってきたボールを足で止める。
久しぶりに触るボールは、なんだかすごく硬く感じた。
泥まみれになってボールを追っていたあの日が、なんだかすごく昔に思えた。
「…あいつらにも出会えたしな」
岡崎が指した先では、杏や渚ちゃん達が手を振ってこちらに向かってきていた。
「みんなと居た時の方が、サッカーやってた時より楽しかったかもね」
「毎日辞書で殴られるのがそんなに楽しかったのか?」
「違うよっ!僕今結構いい事言ってましたよねぇ!?」
いつも通りの会話。
出会った日から続けてきた、こんな馬鹿な事。
それももう―終わってしまうんだ。
僕たちは卒業して、別々の道を行くから。
そんな事を考えてたら、なんだか無性に寂しくなってきた。
「…なぁ岡崎」
「あん?」
「卒業してもさ、またこうやってみんなで集まったりできるかな…」
「…そうだな。できたらいいな」
「僕は実家だからちょっと遠いんだけどね…」
「遠くからわざわざ悪いな」
「あんた達も来いよっ!」
「わかったわかった」
やがて、みんなこっちに着く。
「朋也、何やってんのよ!早く帰るわよ!」
「校門の所で待ってる人が居るんです」
「あぁ今行くよ」
そうして岡崎だけを引っ張って行ってしまう。
「って僕だけ置いてけぼりっすか!」
あぁやっぱり最後までこんな役なんだ…。
僕なんてどうせどうせ…
「行くぞ春原」
「早くしなさい陽平」
「春原さん行きましょう」
「春原くん」
「みんな待ってるの」
「お、おう!」
そうして、歩き出す。
つまらなかった学園生活の最後にみつけた、大事な仲間達と共に。
―最後に僕は、ボールを思いっきり高く蹴り上げた。
どこまでも遠く、澄み渡る青空へ向けて。
「…春原…ちゃんと拾ってこいよ」