「おーい、古河ー」
「はい、なんでしょうか?」
「いや、特に用事があるわけでも無いんだけど」
「そうですか」
「ちょっとお前と話がしたくてな」
「はぁ…」
「……」
「…卒業」
「あん?」
「…もう、卒業なんですね」
「そうだな」
「長いようで、あっという間の高校生活でした。もうこの校舎に通う事が無いと思うと、なんだかとても寂しいです」
「お前の場合人より長く居たから、余計思い入れがあるよな」
「…岡崎さん、やっぱりわたしのこと嫌いですか?」
「いや好きだぞ」
「そう、ですか」
「…って、えぇ!?」
「どうした古河?」
「お、岡崎さん今変な事言いましたっ」
「ん?なんか言ったか?」
「言いましたっ」
「なんて」
「言えませんっ」
「なんでだよ」
「恥ずかしいからですっ」
「ふーん…」
「…あの、岡崎さん」
「なんだよ」
「ここから坂の下が見えます」
「そうだな」
「わたしと岡崎さんが始めて出会った場所です」
「そうだな」
「わたしはあの場所で立ち止まっていました。何もかもが変わってしまったこの学校が嫌いになって、坂を登れずにいました」
「でも岡崎さんは言ってくれました」
「次の楽しいことやうれしいことをみつければいいって」
「…あぁ、そんなことも言った事があるような気がしないでもない」
「その一言のおかげで、わたしはまた坂を登ることができました。岡崎さんが背中を押してくれたんです」
「そりゃよかった。で、次の楽しいことやうれしいことはみつかったのか?」
「はい。たくさん見つけました」
「例えば?」
「結局演劇部はできませんでしたけど…でも、大切な、大切なお友達ができました」
「杏たちの事か?」
「そうですっ杏さんや椋ちゃん、ことみちゃん、それに岡崎さんです」
「春原は入ってないんだな」
「もちろん春原さんもですっ」
「お前忘れてたろ」
「えへへ…」
「で、それが楽しいことやうれしいことなのか?」
「はい。みんなといるのは楽しくて、うれしかったです」
「そらよかった」
「他にもたくさん素敵な人と出会えました」
「誰の事だよ」
「坂上さんやふぅちゃん達です」
「あー確かに濃い連中だな」
「…きっと、岡崎さんに出会わなければみんなと出会う事もなかった気がします」
「んなことねぇよ。俺がいなくてもお前なら誰とでも友達になれるだろ」
「そんなことないですっ」
「岡崎さんはいつもわたしを助けてくれましたっ」
「いつだって、弱いわたしの背中を押してくれましたっ」
「岡崎さんがいたから、わたしは頑張ってこれたんですっ」
「…そうかよ」
「…でも、もう卒業です」
「卒業すればせっかく仲良くなったみんなとも、離れ離れになってしまいます…」
「だったら…」
「また、新しい友達をみつければいい。岡崎さんならきっとそう言うと思いました」
「でもその新しい友達は岡崎さんたちではないんです」
「まぁ、そりゃあそうだけど…」
「岡崎さんたちとの楽しかった日々は、もう終わってしまうんです」
「…二度と、帰ってこないんです…」
「それでも、また次の楽しいことやうれしいことを見つけれるでしょうか」
「わたしは…」
「馬鹿。まだ終わってないだろ」
「えっ…?」
「俺たちとの付き合いは卒業したら終わりなのか?進路が分かれたら二度と会えないのか?違うだろ」
「そうですけど…」
「今までのような付き合いはできなくなるかもしれないけど、離れたら離れたなりの付き合いがあるさ」
「…やっぱり、岡崎さんは強いです」
「そうか?大したことは言ってないと思うんだが」
「いえ、とても素晴らしい事を言ったと思いますっ!」
「わたしはまた岡崎さんに励まされました」
「そういうもんか?」
「はいっ!わたしに大切な事を教えてくれました」
「だんご大家族は、例え離れ離れになっても繋がっていて、ずっと仲良しだって」
「待て待てっ!俺は一言もだんごなんて言ってないぞ!」
「同じような事言いました」
「言ってねぇ!」
「あ」
「ったく……今度はどうしたんだよ?」
「そういえば岡崎さん、進路はどうなったんですか?」
「え…いや、一応決まったけど」
「就職ですか?」
「そうだな。進学できるほど勉強してたワケじゃなかったから、それしかなかったというか…」
「どんなお仕事ですか?」
「ふっふっふ…よくぞ聞いてくれた。俺の仕事はなぁ…」
「あんたたちーっ!何やってんのよ!置いてくわよーっ!!」
「…杏さんの声です」
「あ〜そういやあいつら待たせっぱなしだったな」
「続きはまた後でお願いします。とりあえずみんなのところに行きましょうっ」
「あぁ、そうだな」
「それとな、古河」
「はい?何でしょうか?」
「春から、またよろしくな」
「えっ?」
「世話になるな」
きっと、わたしの夢は遠くない。
これからも、届きそうで届かない素晴らしい日々を、わたしたちは泣いたり笑ったりして過ごすのだろう。
この先にどんな困難が待ち受けていようとも、大切な友達がいれば、乗り越えていける。
一度は嫌いになってしまったこの高校でみつけた、わたしの幸せ。
様々な人との繋がりの中で見つけた楽しいことやうれしいこと。
もしあの日、坂を登れないままだったら一生知る事がなかった。
たった一歩の勇気が、たった一言の優しさが創った大切なもの。
例え離れても、絶対に消える事はない絆。
―わたしたちの日々は、まだ始まったばかりだ。