「帰ったぞー」
あいつが帰宅を告げる声。
あたしは、笑っておかえりなさいと言う。
「パパーおかえりー」
一緒に留守番をしていたこの家のお姫様も、あたしのマネをする。
「汐ぉぉぉ!会いたかったぞーっ!!」
「パパー」
「汐ーっ!」
玄関で抱き合う親子二人。
…まったく、毎日仕事から帰ってくる度にそんな事して、よく飽きないわね…。
「おう杏。汐の面倒見ててくれてありがとな」
「ん。好きでやってる事だから、別にいいわよこれくらい」
最近、あたしはよく朋也の家に来ている。
朋也が汐ちゃんを引き取ってから、どうしても汐ちゃんが一人で留守番する事が多くなった。
今までは自営業の渚の両親が汐ちゃんの面倒を見ていたから。
朋也の帰宅は仕事上、7時以降になることが多い。
だからあたしは、幼稚園が終わった後汐ちゃんと一緒に帰り、夕食を準備して朋也の帰りを待つようになった。
独身の女が、コブ付きの男の所に入り浸る事に、両親はあまりいい顔をしなかった。
それでも、この複雑な家庭環境を説明すると、しぶしぶながらも了承してくれた。
…でもホントは。
あたしがこうして汐ちゃんの面倒をみてあげて、ご飯を作ってあげてるのは。
「じゃああたしはそろそろ帰るわね」
「飯ぐらい食っていかないのか?」
「せんせーいっしょにごはんたべよ?」
「ん〜…じゃあお言葉に甘えて」
こうやって、一緒に食卓を囲んで、家族の気分を味わいたいから。
今はまだ借り物の幸せ。
でもいつか、本当の家族になれたら…。
でも、汐ちゃんのお母さんになりたいっていうより…朋也のお嫁さんよね…。
って事は当然夫婦としての営みなんかもしなきゃいけないわけで…っ
だ、だめよっ汐ちゃんが側で寝てるのにっ
「お〜い杏、どうした?」
はっ!
「な、なんでもないわよっ」
「せんせい、おかおまっかだよ?」
…この妄想癖は、ホントどうにかしないといけないわね。
心の中で、渚にも謝っておく。
「じ、じゃああたしはこれで帰るわね!」
「おう。洗いものまでまかせて悪いな」
「せんせい、またあした」
「はいまた明日。早く寝るのよ?」
「はーい」
家に帰り、明日の仕度をして布団に入る。
眠る前には、あの親子を想う。
この前の休みに行った水族館で、撮った写真の中の朋也は優しすぎる顔で。
「すっかりお父さん、って顔ね…」
写真にちょん、とキスをする。
渚、安心して。
朋也と汐ちゃんはあたしがしっかり面倒見るからね!
あんたの代わりにはなれないけど…
あたしらしく、さりげなく、力強く、お母さんやってみせるから!
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