朋也と喧嘩をした。
 きっかけは本当に些細な事。
 ちょっとした事からの口喧嘩。確か、お弁当のおかずの量とか…そんな感じだったと思う。
 もちろん喧嘩なんて今まで何度もしてきた。
 直情的な二人だったから、付き合い始めてからも言い争いは絶えなかった。
 でも、一日経てばすっかり普通に戻っている―そんな関係だった。
 結局のところ、それだけ相性がいいという事なんだろう。
 けれど今回は何か違った。
 お互いに謝りもせず、目も合わせずに数日が過ぎていく。
 あたしも何度か仲直りを試みたけど、何度も機会を逃してしまってズルズルと…。
 それなのにいつまでたっても、自分から謝りに来ようともしない朋也に腹が立った。
 あたしも意地になって、朋也が謝りに来るまでは絶対に許してあげないなんて思ってた。
 だけどあたしは今まで甘えてただけなんだと、後になって気づいた。
 朋也の優しさと、彼女であるという立場に。
 もし後悔するのを事前にわかる事ができれば、あたしはきっと形振り構わず朋也に謝りに行っていたと思う。


 ある日曜日の昼下がり。
 あたしは特にやる事も無く、ベットに横になって天井を眺めていた。
「そういえば…朋也と最後に遊んだのって、いつだったっけ…?」
 たった2週間なのに、なんだかやたら長い間会ってないような気さえする。
 まぁそれだけ朋也と一緒にいた時間が多かったという事だろう。
「…結局、好きなのよね…」
 誰に言うでもなく、一人ごちる。

 あたしは朋也の事が好きだ。これだけは誰にも負けない自信がある。
 こうやって喧嘩していても、朋也が謝りさえすればすぐにだって仲直りできるだろう。
 いや…できれば早く仲直りしたい。
 喧嘩する前のように、二人で腕を組んで商店街を回りたい。
 笑いあって、馬鹿話して、一緒にいたい。
 朋也に触れたい。抱きたい。抱いてほしい。
―そういえば…2週間もシてないのよね…。
「…って昼間っから何考えてんのよ…」
 鳴り響いた電話のベルで我に返り、ベッドから起き上がる。
 ボサボサの髪をかき上げながら、電話のある廊下へと向かった。

「はい藤林です」
「あ、あの、同じ学校の岡崎と言う者ですけど杏さんはいらっしゃいますか?」
 朋也だった。
「なっ…あんたなんでウチの電話番号知ってんのよっ!」
 大方、二年の時の連絡網でも見たんだろうけど。
「えっ…き、杏か!?」
「大体なんでウチにかけてくんのよ!親とか出たらどうする気!?」
「知るかよっ!大体他に連絡のつけようがねぇだろ!」
 ごもっとも。
「な、何よ…何か用なの!?」
「用が無いのにかける程暇じゃねぇよ」
「一々うるさいわねぇ…で、何?」
「……ちょっと、お前に言いたい事があってな」
「言いたい、事?」
 正直、ドキっとした。
 朋也の声がやけに真剣だったから。
「今からどっかで会えるか?こういう事は直接会って話すべきだしな」
「別にいいけど…」
「それじゃあ、30分後にあの野原でどうだ?」
「あの、って…あたしがボタン拾ったところ?」
 ちなみにキス未遂の場所でもある。
「おう、そこだ」
「ん、わかった。それじゃ後でね」

 受話器を置く。
「もう朋也ったら…やっと謝る気になったのね♪」
 間違いない。仲直りしたいから謝りたい、伝えたい事とはきっとその事だ。
 これでやっと元通りに戻れるのかと思うと、自然と顔がにやけてくる。
 逸る気持ちを抑え、身支度をする事にした。
 仲直りした後は、そのままどこかへ遊びに行こう。
 久しぶりに一緒に過ごせる休日だ。めいっぱいオシャレをしよう。
「そういえばこの前買ったばかりのキャミがあったわよね…」








ドタドタドタッ!!


「お姉ちゃん、そんなに急いでどこに行くの?」
「ち、ちょっと散歩よっ」
「…そんな格好で?」
「別にいいでしょっ!じゃ行ってくるわねっ!」
「お、お姉ちゃん…」
―まずい、完璧に遅刻だ。
 30分後に待ち合わせなのに、服選びだけで30分かかってしまった。
「…あぁもうあたしったら、馬鹿馬鹿…っ!!」
 車庫からスクーターを引っ張り出し、エンジンの温めもそこそこにシートに跨る。
 アクセルを全開にして家を飛び出した。
 学校に行くときよりも早く愛車を走らせる。
 交差点を真っ直ぐ抜け朋也のもとへと急ぐ。


「…はぁ…はぁ……ま、待ったぁ?」
「一時間は待ったぞ」
「ご…ごめん…っ」
「お前息切れすぎな」
 スクーターを適当なところに停めて走ってきたので、正直バテた。
 へろへろになりながらも朋也の元へと向かう。
「ほら、飲んで落ち着け」
 朋也が手に持っていた缶コーヒーを差し出す。
「…ありがと」
 あたしは缶に残っていた分を全て一気に飲み干した。
「…全部飲んでいいとは言ってないんだけどな」
「…あ、ごめん。つい…」
 とりあえず素直に謝っておく。
「別にいいよ。そーゆー奴だって知ってて付き合ってたんだからな」
 棘のある言い方。
 いつもの口の悪さとは違う、冷たい口調。
「ちょっと…何よその言い方…」
「……」
 無言。
「何よ…黙らないでよ…」
 おかしい、何か違う。
 こんなハズじゃなかった。
 照れて恥ずかしそうに、朋也が何か言おうとして、あたしはそれをちょっと怒ってるフリをして聞いてて…
 朋也が仲直りしよう、って謝ったらあたしも笑顔で許してあげて…
 そしたらあたしは朋也に抱きついて、二人で笑いあって、手を繋いで帰る…。
…そんな未来が来ると確信していたのに…新しい始まりを感じていたのに…。
「ねぇ朋也ってば!」
 重い雰囲気を振り払おうと、朋也に呼びかける。
 目を逸らす朋也の仕草が、言いようの無い行きずまりを感じさせる。
 嫌な予感。
「…わりぃ」
「な…何いきなり謝ってんのよ…」
―やめてよ…聞きたくない…っ!
―あたしはこんな話を聞く為に来たんじゃないわよ…っ!
―朋也…っ!!



「…別れようぜ」



 耳をふさいで、目を閉じる。
 あぁ、聞こえない。何も分からない。
…これ以上…聞きたくない。
 朋也は、まだ何か言っている。
 これ以上朋也の言葉を聴くのが耐えられなくて…
 逃げるようにしてあたしはその場から走り去った。
…朋也は、追ってこなかった。





―俺たち、友達のままでいればよかったんだよな…。

 駅の裏側の、細い路地を抜ける。

―椋には悪いことしたと思ってるけど…。

 歩き慣れたこの道を通りながら、あたしは朋也に言われた事を思い返していた。

―でも合わないもんな、俺ら。すれ違ってばっかでさ…。

 あたしだけだったのだろうか?
 どんなに離れてても心は通じ合っていると思っていたのは。

―友達に戻れば、もうお互い苦しんだり嫌な思いしたりしなくてすむしな…。

…そうね、あいつの言うとおりかもね。
 友達だった頃は、こんな嫌な思いしたりしなかったし…。

―だからな、俺たち友達同士に戻ろうぜ。昔みたいに、馬鹿やって笑いあってた…。

 でも、友達のままだったら知らなかったことだっていっぱいある…。
 朋也のお母さんの事。お父さんとの関係。休日の過ごし方。
 寝起きだと二重になるってこと。お風呂に入れば右腕から洗うってこと。
 朋也の手の大きさ。抱き心地。朋也の…温もり。
 全部、付き合って初めて知ったことだ。
 それは…とても幸せで、楽しくて、優しくて…大切なもの。
 そう。辛いことや苦しいことだけじゃない。
 それなのに……どうして…っ。



 充ても無くふらふらと歩いて、気づいた時には夜も更けていた。
 家に帰り、椋や両親の声を無視して部屋へと向かう。
 電気なんてつける気にもなれない。カーテンまで歩く気力も無い。
 膝を抱えて、ベッドの横に座り込んだ。
 …数時間前、あたしは服選びに没頭していた。
 時間を忘れるぐらい夢中になって、楽しい事ばかり考えて…。
 それは、なんて滑稽な光景だったんだろう。
 朋也の気持ちはとっくに離れていたっていうのに…。
「あは…あはは……」
 すごく笑える。
「あはははは…っ」
 何も知らずにはしゃいでた自分に腹が立つ。
「…ホンット、馬鹿みたいよねあたしっ!」
 机を殴りつける。
 その衝撃で机の上に置いてある写真立てが床に落ちた。
 喧嘩する直前の休みのデートで、朋也に買ってもらったやつだ。
 その中には幸せそうに腕を組んでる男女が写ってた。…男の方はちょっと照れてそっぽ向いてるけど。
「何よ…、こんな物…っ!」
 もうどうにでもなれと、あたしはそれを床に叩きつけた。
 朋也との繋がりの一つが粉々に砕けた。
「…お姉ちゃんどうしたの?なんかすごい音したけど…」
 叩きつけた音を聞きつけて、椋が部屋の扉を開けた。
 あたしは座ったまま目線だけを向ける。
「これって……お姉ちゃんっ!」
「…なによ」
 床に落ちている破片を拾い上げてあたしに詰め寄る。
「これ…朋也くんからもらった物だよね?この前すごい嬉しそうに見せてくれたから覚えてるよ」
「……」
「大事な物なんじゃないの?どうしてこんな事…」
「そうだったわよ。でも、あたしにはもう必要が無いものだから…」
「…お姉ちゃん…何があったの?今日朋也くんと会ってきたんだよね…?」
「…あんたには黙ってるわけにいかないわよね…」
 ゆっくりと全部話した。
 話してる内に涙が溢れてきた。
 泣きながら話した。
 椋は黙って聞いていた。
「…それで、お姉ちゃんは何も言わないで帰ってきたの?」
 事の顛末を話し終わると、椋はそう聞いてきた。
「だって言えるわけが無いじゃない…。あんなはっきりと言われたら、何を言ってもムダよ…」
 そう言い捨てて窓の方を見る。
 遠くに見える街の明かりが眩しくて、窓から目をそらした。
「お姉ちゃんはそれでいいの?納得したの?」
「するしかないじゃない…。もう終わっちゃったんだから」
「本気で言ってる?」
「そうよ…。あたしはもう朋也の事なんて忘れるのっ!」

パンッ

 右頬が熱い。少し遅れて鋭い痛み。
 目の前には涙を浮かべてあたしを睨んでる椋がいた。
「お姉ちゃんの気持ちはそんなものだったの…?私から奪いまでした朋也くんの事、そんなすぐ忘れれるの?」
「椋…」
「だとしたら…身を引くんじゃなかったって、そう思っちゃうよ…」
 ぽろぽろと涙を溢しながら椋が言う。
「…もう一度聞くよ?」
「お姉ちゃんは、朋也くんと別れること納得したの?もう朋也くんなんか好きじゃないの?」
「あ…あたしは…」
 椋の顔を見た。
 真っ直ぐあたしを見据えている。
「あたしは…ッ!」
 この気持ちだけは、やっぱり消せない…。
「朋也と…別れ…たくないよぉっ!」
「大好きだから…忘れられるわけない…っ!」
「悪い部分は直すから…っ!」
「だから嫌わないでよ…離れたくないよぉ…!朋也ぁ…っ!」
 叫ぶように、吐き出すように自分の想いを放つ。
 椋はあたしの頭を包み込むようにかき抱いて、優しく髪を撫でてくれた。
「だったら…それをちゃんと朋也くんに伝えなきゃダメだと思うよ?」
 あたしを抱きとめながら諭すように言う。
「伝えないまま離れて、また元の友達同士みたいに戻れると思う?」
「諦めるのは、自分の気持ちをちゃんと言ってからでも遅くは無いと思うよ」
―あぁ、小さいなと思った。
 今の椋に対して今のあたしは。
 結局成長してないんだ…あたし。
 椋は朋也と付き合って…別れを乗り越えて強くなった。
 もしかしたら、朋也はいつまでも成長しないで甘えてばかりのあたしが嫌になったのかもしれない。
「みっともないくらいに形振り構わず好きって言えたら、きっとどんな結果だって納得できるよ」
「…これは経験者からのアドバイスだよ?」
 えへへ、と苦笑いをする椋。
「…ありがとね、椋」
 顔を上げる。
「あたし、頑張る。最後まで足掻いてやるわ」
 手の甲で目を擦り涙を拭く。
「別れるの取り消すからやめてくれって言うくらい好きって言ってやるんだから…」
「うん…それでこそ私のお姉ちゃんだよ」

 明日、朝起きたらすぐに朋也に会いに行こう。
 そして伝えよう。あたしの想い。
―このままじゃ終われない。終わらせない。

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