「いらっしゃいませ〜」
「…あの、ここはどこなんでしょうか?」
「資料室です」
「わっ!風子思いっきり部屋を間違えてしまいましたっ!」
「せっかくですので何かお飲みになっていきますか?」
「んーっ!普段は総理大臣の如く分単位のスケジュールで忙しい風子ですが、今日はたまたま暇ができたようです」
「どうしますか?」
「風子は大人の女性らしい飲み物をご所望です!」
「コーヒーとホットミルクとなっ○ゃんがありますけど…」
「な○ちゃんはオレンジ味でしょうかっ」
「そうですよ」
「それをストレートでお願いしますっ」



―いつものように資料室で『お友達』を待っていたわたしの前に現れたのは、一人のかわいらしい女の子でした。



「風子さん、と言うお名前なんですか?」
 目の前でおいしそうにジュースを飲む女の子に訊ねてみました。
「どうして風子の名前を知ってるんですかっ!エスパーですかっ!?」
「あ、あはは〜。さっき自分で言ってましたよ?」
「バレてしまっては仕方がないです…。風子の名前は伊吹風子です!」
「わたしは宮沢有紀寧と申します。有紀寧は有終の美の有に二十世紀の紀、それに丁寧の寧と書きます」
「……」
「どうかしましたか?」
「丁寧のねいがわかりませんっ」
「じゃあ紙に書いて教えますね」
 本棚の引き出しから紙を一枚持ってきて、それにわたしの名前を漢字で書きました。
「…宮沢さんとお呼びしてもいいでしょうかっ」
「はい。お好きなように呼んでくださって構いませんよ」
「宮沢さんは字が上手いです」
「ありがとうございます」
「それに…なんだかお姉ちゃんに似ています」
「わたしがですか?」
「はい。なんだか一緒にいるとほわほわしてきますっ」
 そう言うと風子さんは気分がいい犬が尻尾を振るように、足をイスからブラブラさせました。
 とてもかわいらしい仕草です。
「あの…」
「なんでしょうか?」
「宮沢さんは、お友達がいますかっ」
「はい。みなさん素敵な方々ですよ」
「そうですか…」
 さっきまでの元気はどこに行ったのでしょう。風子さんはそのまま俯いて黙ってしまいました。
「風子さんはどうですか?」
「風子は…」
 口ごもって下を向いています。
「風子は、友達がいませんでした…」
 彼女なりに精一杯の勇気を出しているのでしょう。わたしは黙って話を聞き続けます。
「ずっとお姉ちゃんと一緒にいたので、他の人と話をするのが苦手だったんです」
「でも高校の入学式の日の朝、風子はお姉ちゃんに言いました」
「『頑張ってたくさんのお友達を作る』って」
 怪我をしているのでしょうか。
 包帯で巻かれた小さな手を、ぎゅっと握り締めていました。
「でも…その目標は、まだ達成できてないんです…」
「どうしてでしょうか?まだまだ時間はあるじゃないですか?」
「……」
 それっきり口を閉じてしまいます。
 重い空気のまま時間が過ぎました。
 ここに来てくれた人にはみんな笑顔で居てほしいのがわたしのモットーです。
 なんとかして風子ちゃんを励ましてあげたいです。
 …わたしにできる事と言えば、これだけですけど…
「あ、いいアイデアがありますよ」
 そう明るく言って、机の下から一冊の本を取り出します。
「…なんですか?」
「おまじないです」
 本を開いて、適当なページを開きます。
「そうですね…『友達ができるおまじない』なんてどうですか?」
「そんなおまじないがあるんですかっ」
「はいありますよ」
 もちろんこの本にはそんなおまじないなんて載ってないです。
 でも風子さんが明らかに元気になってくれたので良しとします。
「それでは右手を差し出してください」
「こうでしょうかっ」
「それでですね……笑ってください」
「笑うんですか!風子の笑顔は安くないですよっ」
「おまじないですから…」
「仕方がありません…。見せてあげます百万ペソの笑顔を!」
 満面の笑みを浮かべてくれました。かわいいです。
「そうしたらわたしも同じことをしますので、わたしの右手を強く握ってください」
「ほわほわ〜」
 眩しいほどの笑顔のままで言ったとおりに手を握り合います。
 ちょうど握手をした形になりました。
「それでは呪文を唱えます」
「呪文ですかっ!そこはかとなくカッコイイですっ」
 おまじないの本を閉じ、風子さんを真っ直ぐ見据えます。
 そうしてわたしはゆっくりと、笑顔のままで呪文を唱えました。
「わたしとお友達になりましょう」
「ワタシトオトモダチニナリマショウ…」
 呪文を唱え終わり、沈黙の時間が過ぎます。
 さて、おまじないは成功したのでしょうか?
「…あの、今のおまじないって…」
「はい。お友達ができるおまじないですよ」
「……」
「わたしというお友達ができました」
「………ええええぇっ!」
 風子さんが驚いた表情で叫びました。
 ちょっとだけびっくりしちゃいました…。
「風子まんまと口車に乗せられてしまいましたっ」
「あの…ご迷惑だったでしょうか…?」
 出しゃばり過ぎてしまったのでしょうか…。
 もし余計なお世話だったとしたら、本当に申し訳ないです。
「そんな事ないですっ」
 帰ってきたのは嬉しい返事でした。
「宮沢さんとお友達になれたのは嬉しいですっ」
「でも、風子の呪文は宮沢さんのマネをして言っただけなので本当の風子の言葉ではないですっ」
「ですので風子、頑張って言いますっ」
 コホンと一つ咳をして、風子さんはわたしに言いました。
「風子とお友達になって下さいっ!」
「いいですよ」
「本当ですかっ」
「はい本当です」
「ありがとうございますっ」
 嬉しそうにわたしに抱きついてくる風子さん。
 もしかしたらわたしがこの学校で最初のお友達でしょうか?
 だとしたらとても光栄な事だと思いました。
 今日の出来事がきっかけになって、風子さんが目標を叶えるとしたら、
 わたしはその記念すべき第一歩を踏み出した人になるのですから。




「それでは、お邪魔しました。風子は自分のやるべき事を頑張ってきますっ」
「はい。またいつでも来てくださいね」
「…忙しい時でなければいつでも来たいと思います」
 ドアを開け、部屋から出る前にわたしの方を振り返って言いました。
「お友達に会いにまた来ます」
「お待ちしてますよ」
 最後にもう一回、満面の笑みを浮かべて風子さんは廊下へと飛び出していきました。
 その姿がとてもかわいらしくて、友達になれた事が嬉しくて次に会えるのを本当に楽しみにしていた様だったので、
―それが、最後の出会いになるなんて思っても見ませんでした。





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