Japalish発音が意味理解と対人魅力に及ぼす影響

中西 のりこ

神戸市外国語大学nori3san-lj@infoseek.jp

 

キーワード:発音、意味理解、対人魅力

 

1.  はじめに

英語でのコミュニケーションを不得手と感じる日本人英語学習者の苦手意識の原因として、「正しい」英語を使わなければならないという強迫観念が指摘されている。実際に、「読む」「聞く」など情報を受信する力は持っていても、「話す」「書く」となると文の組み立てや発音について考え込んでしまうため、なかなか言葉が出てこない学習者は多い。しかし、「正しさ」にこだわるあまりに何も表現できないのでは本末転倒だ。鈴木(1999、p.170)は、「(明治初期のように情報の受信が主であった時代には伝達手段である英語を相手方の基準に合わせて学ぶ必要があったが)日本人は国際交流を目的とする英語を、日本流に使ってかまわない時代になった」とし、「日本人英語を生み出す努力」の必要性を提言している。また、渡辺(1989p.60)も、「形にとらわれることによって、異文化間交流に二の足を踏むのはおろかなことであり、むしろ交流を実践していく過程で、英語を進歩、進化させて、日本人の英語というはっきりした型を作り上げることの方が意義がある」としてJapalish[1]の容認、普及を提唱している。

 

2.  研究の目的

「日本人式英語」や「Japalish」は、日本人学習者を「正しい」英語を使わねばという強迫観念から解放し、国際社会の中で自らの意思を発信するための伝達媒介として有効であると考えられるが、一方では「日本語なまりの英語では通用しない」という主張も多く聞かれる。本研究では、Japalish普及についての賛否の根拠となる「それが言語として機能するか(=Japalishが聞き手に理解されるか)」と「それが話し手の対人魅力にどう影響するか(=Japalishが聞き手に与える印象)」について、日本語の影響を受けた英語発音に焦点を当て、リスニング形式の質問紙調査によって明らかにする。具体的には、(1)意味理解に関する調査によって、日本語を母語とするJapalish話者(sJ、Speaker of Japalish)と英語を母語とする北米英語話者(sE、Speaker of North American English)の2人によって読まれた同一の文中の語が、聞き手にどれほど正確に理解されるかを検証する。また、(2)対人魅力に関する調査では、sJとsEによって読まれた同一の自己紹介文を聞いた被調査者が、それぞれの話者に対してどのような魅力を感じるかを比較、分析する。

3.  方法

(1)          被調査者

被調査者(聞き手)として、神戸市外国語大学の学生114人(男性35人、女性79人)を用いた。被調査者の英語力の平均[2]は、696.49(N=107、SD=136.98)であった。

 

(2)          リスニングテープ、調査紙、および調査の手続き

sEとsJによって読まれ録音されたリスニングテープ作成の際には、両者の話し方やスピードを揃えるため、sJがsEの録音中に同室しスクリプトが読まれる声のトーンやリズム、スピードを確認した上で音素の発音以外の要素をできるだけsEにあわせるかたちで統制をおこなった。

スクリプトPart1の1〜28では、日本人英語学習者にとって発音の区別が困難とされる音素のうち/r/−/l/、/ʃ/−/s/、/Ѳ/−/s/、/v/−/b/、/æ/−/ʌ/、/әr/−/ɑәr/ 、/ɔ:/−/ou/の7組の音素を含む文が、各組の中でミニマルペアを成すよう作成され、出来あがった14の文(Nc、No context文)をsE用とsJ用のスクリプトの両方に配置した後、無作為に順序を並べ替えた。Part1.29〜56のスクリプトは、28問目までで作成された語レベルのミニマルペアを元に、各組の音素を区別して聞き取らなくても、前後の文脈からその語の示す事柄を聞き手が推測できるよう構成され(Wc、With context文)、前述の手続きと同様に文の順序を並べ替えて作成された。質問紙には1問につき1組のミニマルペアの語が配置され、被調査者はリスニングテープを聞き、その問で読まれたと思う語をどちらか選び○印をつけ回答した。

表1 Part1で読まれた文

Nc

Wc

I don’t want any rice.

I don’t want any lice.

Everyone, take a sheet, please.

Everyone, take a seat, please.

His mouth always causes trouble.

His mouse always causes trouble.

Father gave his vote to the man.

Father gave his boat to the man.

Don’t touch the bag. 

Don’t touch the bug.

The man owns a big firm.

The man owns a big farm.

The hall was big.

The hole was big.

I don’t want any rice for lunch.

I don’t want any lice in my hair.

I’ll put today’s handout here. Take a sheet, please.

The concert will begin soon. Take a seat, please.

Tell him not to talk. His mouth always causes trouble.

Tell him not to open the cage. His mouse always causes trouble.

Father gave his vote to the candidate.

Father gave his boat to the fisherman.

Don’t touch the bag: You don’t know what’s inside.

Don’t touch the bug: It’ll bite you.

The businessman owns a big firm.

The farmer owns a big farm.

The concert hall was big.

The hole in her sock was big.

 

 Part2のスクリプトでは、話し手の年齢、居住国、英語能力、職業、趣味が特定できる同一の自己紹介文が、前述の7組の音素を含む語を使用して作成され、sEとsJによって読まれた。質問紙の19の質問は、藤森(1980)の対人魅力尺度(親密因子6項目、交遊因子6項目、承認因子4項目、共同因子3項目)を使用し、順序を無作為に並べ換えて作成された。被調査者は、相手がsEとsJの場合にこれら19項目について「そう思わない(1)」から「そう思う(5)」までの5段階評定によって回答した。各下位尺度および対人魅力尺度全体に対する信頼性係数は表2に示すような結果となった。Japalish話者の承認だけが若干低い値となったが、それ以外については比較的高い値となっており、対人魅力尺度全体およびその下位尺度の信頼性は確保されていたといえる。

表2 対人魅力尺度の信頼性係数

 

親密

交遊

承認

共同

対人魅力全体

北米英語話者

.76

.87

.69

.69

.89

Japalish話者

.81

.86

.51

.78

.90

 

4.  結果

(1)          意味理解

a.      文脈からの推測可否との関係

 sE発音とsJ発音が聞き手の理解に及ぼす影響を比較するために、それぞれの正答数の平均に対して対応のある検定を行った。その結果、Nc文についてはsE発音とsJ発音の間で有意な差があることが明らかとなった(t:片側検定=7.10、df=113、<.001)。つまり、sE発音(M=9.25、SD=2.49)の方がsJ発音(M=7.18、SD=1.49)よりも正答数が多いことが明らかとなった。Wc文についてもsE発音とsJ発音の間で有意な差(t:片側検定=5.09、df=113、<.001)があることが明らかとなったが、Wc文ではsE発音(M=12.94、SD=1.44)、sJ発音(M=12.08、SD=2.32)ともほぼ全ての被調査者が満点(14点)に近い正答数を得ていた(天井効果)ので、Wc文については、読み手の発音と正答数の関係を論じるのは適切ではないと判断し、結論については保留することにした。以上の結果から、単語の聞き取りの際に音素の区別が必要な文では北米英語発音の方がJapalish発音より理解されやすいが、文脈からその単語が何なのか判断できる文ではどちらの発音で読まれてもほぼ理解されることがわかった。

表3 sE発音とsJ発音聞き取りの正答数の比較

 

平均値

標準偏差

t

自由度

有意確率(片側検定)

sENc文

9.25

2.49

7.10

113

.001

sJNc文

7.18

1.49

sEWc文

12.94

1.44

5.09

113

.001

sJWc文

12.08

2.32

 

b.      北米英語発音の優位度

sE発音とsJ発音の理解されやすさの差の度合いにNc文とWc文が及ぼす影響の強さを比較するために、次の要領で対応のある検定を行った。

sENc文の正答数−sJNc文の正答数=Nc文での「sE優位度」―@

sEWc文の正答数−sJWc文の正答数=Wc文での「sE優位度」―A

その結果、@とAの間で有意な差があることが明らかとなった。(t:片側検定=3.92、df=113、<.001)。つまり、北米英語発音がJapalish発音よりも理解されやすい度合いは、文脈に依存できない文(M=2.07、SD=3.11)が読まれた場合の方が文脈から理解可能な文(M=.86、SD=1.80)が読まれた場合よりも高いことが明らかとなった。

 

c.   聞き手の英語力と、英語発音、文脈による理解の相関

 sENc、sJNc、sEWc、sJWcそれぞれにおける正答数と、被調査者の英語力の間に関係があるか確かめるために、Pearsonの相関係数を求めた。その結果、被調査者の英語力と有意な相関が見られたのは、sENc文(r­=.29、<.01)とsEWc文(r=.37、<.001)であった。つまり、TOEICスコア換算値によって表される被調査者の英語力の高さと北米英語発音の聞き取りとの間に弱い正の相関があることが示された。このことから、英語力の高い被調査者は、北米英語発音の聞き分けや、文脈からの推測ができるという傾向が示された。

表4 被調査者の英語力と、英語発音、文脈による理解の関係

 

1

2

3

4

5

1. sENc

1.00

 

 

 

 

2. sJNc

3. sEWc

 .18

1.00

 

 

 

 .27**

 .02

1.00

 

 

4. sJWc

 .03

 .09

 .63**

1.00

 

5.被調査者の英語力

 .29**

 .05

 .37**

 .12

1.00

*; p<.05、**; p<.01

 

(2)          対人魅力

 sE発音とsJ発音が対人魅力に及ぼす影響を比較するために、対人魅力尺度全体およびその下位尺度に対する回答結果に対して対応のある検定を行った。その結果、表5に示された通り、全ての項目についてsE発音とsJ発音の間で有意な差があることが明らかとなった。つまり、北米英語発音の話者の方がJapalish発音の話者よりも聞き手に与える対人魅力が高いことが明らかとなった。

表5 sE発音とsJ発音から受ける対人魅力の比較

 

 

平均値

標準偏差

t

自由度

有意確率(両側検定)

親密

sE

2.87

.71

3.24

112

.01

sJ

2.63

.76

交遊

sE

3.23

.93

7.49

113

.001

sJ

2.55

.85

承認

sE

3.24

.65

5.39

112

.001

sJ

2.84

.61

共同

sE

3.44

.95

8.40

113

.001

sJ

2.50

.96

対人魅力全体

sE

3.16

.64

8.39

111

.001

sJ

2.63

.64

 

次に、親密、交遊、承認、共同における2人の話者の対人魅力と、被調査者が元々持つ日米に対するイメージ[3]との間に関係があるか確かめるために、Pearsonの相関係数を求めた。その結果、北米イメージとの間に有意な相関が見られたのは、sE交遊因子 (r­=.23、<.05)とsE共同因子 (r=.24、<.05)であった。つまり、北米の文化や社会、または北米人に対する被調査者のイメージと、「(sE話者と)会って話をしたい」などの質問への回答によって得られた「交遊」に関する魅力、「(sE話者と)一緒に仕事をしたい」などの質問に対する回答によって得られた「共同」に関する魅力との間には弱い正の相関があることが示された。また、日本イメージとの間に有意な相関が見られたのは、sJ交遊因子のみであった (r­=.22、<.05)。つまり、日本の文化や社会、または日本人に対する被調査者のイメージと、「交遊」に関する魅力との間に弱い正の相関があることが示された。

表6 被調査者の日米イメージと対人魅力の関係

 

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

1.

sE親密

1.00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.

sJ親密

 .40**

1.00

 

 

 

 

 

 

 

 

3.

sE交遊

 .64**

 .38**

1.00

 

 

 

 

 

 

 

4.

sJ交遊

 .30**

 .76**

 .39**

1.00

 

 

 

 

 

 

5.

sE承認

 .37**

 .33**

 .19*

 .15

1.00

 

 

 

 

 

6.

sJ承認

 .18

 .47**

 .10

 .32**

 .23*

1.00

 

 

 

 

7.

sE共同

 .47**

 .39**

 .63**

 .37**

 .21*

 .09

1.00

 

 

 

8.

sJ共同

 .23*

 .55**

 .24**

 .63**

-.01

 .38**

 .23*

1.00

 

 

9.

米イメージ

 .14

 .04

 .23*

 .13

 .03

-.07

 .24*

 .03

1.00

 

10.

日イメージ

-.06

 .13

 .11

 .22*

 .02

-.09

 .13

 .14

.38**

1.00

*; p<.05、**; p<.01

 

5.  考察

(1)          意味理解

 北米英語発音と比較するとJapalish発音は、聞き手に理解されにくいということが明らかになったことから、「カタカナ英語発音」に対する従来からの批判的な意見が立証された。しかし、文脈からの推測によって語を特定することができる文の聞き取りでは14文ほぼ全てを正確に聞き取った被験者が多数を占めたため、Japalish発音話者であっても、前後の文脈を補うことによって発話の内容を聞き手に伝えることができるという可能性が見出された。英語学習者は「通じないかもしれない」と躊躇して言葉少なになるのではなく、うまく発音できないという不安があるのならなおさら多くの情報を聞き手に与え、一定の音素を区別することができないことで生じるかもしれない誤解を防げばよい。このことは、北米英語発音とJapalish発音との優位度の比較において、文脈から理解可能な場合の方がそうでない場合よりも差が小さかったことからも示された。また、北米英語発音で読まれた文と文脈に依存する文において、聞き手の英語力が高ければ正答数が多くなることもわかった。つまり、意味理解の可否は、話し手の発音や発話内容だけでなく聞き手側の英語力も影響するということを示唆している。一方、被調査者のTOEICスコア換算値の高さと文脈に依存しないJapalish発音文との間に相関が見られなかったことから、TOEICなどの検定試験では北米英語発音や文脈による理解力を測定することはできるが、Japalish発音の聞き取り能力を示すとは限らないということも明らかになった。このことは、英語がリンガ・フランカとなりつつある現在、国際交流を目的とする英語が北米英語発音で話されるとは限らないため、Japalishをも含むEnglishes理解力を測定する他のテストの必要性を示唆している。

 

(2)          対人魅力

Japalish話者は北米英語話者と比較すると聞き手に与える対人魅力が親密、交遊、承認、共同全ての因子において低いことがわかった。このことは、方言話者に対するマイナスイメージに関する先行研究の結果がJapalishにも当てはまることを示しており、今回の被調査者がJapalish発音を北米英語発音ほど魅力のない「なまり」と受け止めているということが実証された。発話の内容を単に伝えれば良いというのではなく発話外行為も促すことを目ざすには、話者がより魅力の高い英語発音を習得するか、鈴木や渡辺が提唱するようにJapalishを普及させそれ自体に魅力を持たせるかのどちらかの方法が考えられる。また、話者の属する集団について元々聞き手が持つイメージと英語の変種話者の対人魅力との間で、北米イメージでは交遊因子と共同因子、日本イメージでは交遊因子において弱い相関が見られた。逆から見ると、「(その話者は)好ましい」などの質問に対する回答によって得られる「親密因子」、「(その話者は)頭がよい」などの質問によって得られる「承認因子」については、話し手が属する国に対して聞き手が持つイメージとの間に有意な相関は見られなかった。ある国に対して人が持つイメージが、そのままその国に属する人の「親密」「承認」に関する対人魅力に直結するわけではないということが示された。

 

6.  今後の研究課題

Japalish発音でも、文脈を補えば発話内容は理解されやすい」ということが示された今回の調査結果によって、英語発音を苦手とする学習者に何らかの自信と希望を与えるきっかけになることが期待される。一方、「Japalish発音は、北米英語発音よりも対人魅力の点で劣る」という結果については、Japalish話者が気にとめておくべき課題である。また、今回の調査は神戸市外国語大学の学生を被調査者としたため、聞き手が社会人など学生以外、聞き手の英語力が比較的低い場合、日本国外でのJapalish発音の影響については明らかにしていない。特に、Japalishが国際交流を目的とする英語として使用されることを考えると、国外での影響について明らかにする必要がある。調査実施地域を北米、北米以外の英語圏、日本以外の非英語圏に広げ、今後の研究課題としたい。

 

参考文献

桐野友次ほか共著(1995)『英語発音ハンドブック』創元社

斎藤厚見(2000)『英語発音は日本語でできる』筑摩新書

財団法人 国際ビジネスコミュニケーション協会「TOEICテストDATA&ANALYSIS」

http://www.toeic.or.jp/toeic/data/pdf/DAA2002.pdf 2004,1,1閲覧

野嶽学雄「TOEICで200点アップ]

http://www.geocities.co.jp/HeartLand/5675/conversion.html 2004,1,11閲覧

鈴木孝夫(1991)「日本の英語教育への私のメッセージ」『英語教育現代キーワード事典』

安藤昭一編 増進堂

鈴木孝夫(1999)『日本人はなぜ英語ができないか』岩波書店

TOEFL official website http://www.toefl.org/educator/edcncrd4.html 2004,1,11閲覧

東後勝明(1997)『日本人に共通する英語発音の弱点』ジャパンタイムズ

藤森立男(1980)「態度の類似性、話題の重要性が対人魅力に及ぼす効果‐魅力次元との関連

において‐」『実験社会心理学研究第20巻第1号』1980年10月

本名信行、ベイツ・ホッファ(1990)『日本文化を英語で説明する辞典』有斐閣

渡辺武達 (1989)『ジャパリッシュのすすめ‐日本人の国際英語』朝日選書



[1] 「日本式英語」に相当する語として、それまでに“Janglish”, “Japlish”, 「和製英語」などの語が使われていたが、これらは言外になんらかのマイナスイメージを含んでいるとして1981年に渡辺が日本語=“Japanese”と英語=“English”の双方から4文字ずつ取って“Japalish”(ジャパリッシュ)と名づけた。本論では「差別観も非差別観もない(渡辺)」この語をもって、「日本語の影響を受けた英語」を指すことにする。

[2]  (TOEFL PBTスコア−296)÷0.348 … @

英検1級=794、準1級=763、2級=534、準2級=391、3級=355、4級=318、5級=310…A とし、@、A、TOEICスコアのうち一番点数の高いものをその学生の「英語力」とした。

[3]被調査者はPart1の調査開始前に、自分の持つ日米それぞれの文化や社会、または日本人、北米人に対するイメージを「悪い(1)」から「良い(5)」の5段階尺度によって回答した。

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