[煤く]


帰る場所が燃え落ちた後も、冬はやってきた。

その家には、暖炉があった。

教会が無くなってしまった後、ラキストとマルコが身一つで住み始めた家。
そこで迎える、初めての冬。
上着を着ても外に出るのが辛いと感じるほど寒くなって、しばらく経つ。
ラキストは、ずっと放置されていたその暖炉に、ついに火を灯そうとしていた。

「おいで、マルコ。暖炉に火を入れた。暖まると良い。」
暖炉の傍に置いたイスに腰を下ろしたラキストは、マルコを呼んだ。
マルコは、まだその熱の届かぬ部屋の隅で、じっと立っている。
「どうした、部屋が暖まるまでにはまだ時間がかかる。こちらに来ると良い。温かい。」
全く動く気配がないマルコに、ラキストはさらに声をかけた。
しかしそれでも、マルコは動かない。
まるで冷たい空気の中、凍ってしまったかのように。

時折、炎のはぜる小さな音がする。

仕方なくラキストは立ち上がり、マルコの方へと向かう。
一歩、二歩、三歩。
歩くごとに、空気が冷たくなっていくのが分かる。
熱の当たらない場所は、やはり寒い。
「どうした?」
「私はいいんです。あまり、暖炉が、その、好きでは、」
好きではない、そう言いたいのだろうが、その言葉は最後まで聞こえなかった。
「初耳だ。教会にも、宿舎には暖炉があったはずだが。」
マルコは俯いた。
「炎の熱で身体を温める、という、行為が、です。」
身体に炎の熱さを感じたくないのだと、マルコは首を振った。
ラキストは何も言えず、押し黙る。
無理もない。
どうやって声をかければいいのか、皆目見当も付かない。
「ごめんなさい。折角貴方が、」
マルコは俯いたまま、消え入りそうな声を絞り出す。
「……やれやれ、お前は、本当に昔から世話が焼ける。」
ラキストは、そんなマルコの“理由”に気がつかない振りをして、
ただただ手のかかる子供の我儘かのようにその言葉を笑った。
そして軽く頭をひと撫で。
あやすように手を取って、一歩、また一歩と先ほどまで自分が立っていた火の傍へとマルコを導く。
マルコは、直接熱の当たらないラキストの陰にそっと立つ。
炎の熱の代わりに、ゆるく暖められた空気だけが、二人を包んだ。
「……貴方は、強い。」
「どうかな、ただ、寒いだけさ。」
それに、とラキストが笑った。
「もうすぐクリスマスだ。暖炉と煙突がなければ、サンタクロースが来れないぞ。」
その、あまりに唐突な発言に、マルコは一瞬不思議そうな顔をしたが、
すぐにどこか遠くを見るように目を反らした。
その表情は、どこか少し寂しそうにも見えた。
「そういえば教会では、魔女ではなくてサンタクロースでしたね。」
寂しそうなマルコに、しかしラキストは続ける。
「お前は全く可愛げのない子だった。」
ラキストはそう言って目を細めた。
「折角サンタクロースの格好をして出てきた私と、喜ぶ子供たちの後ろで、一人だけ黙って立っていた。」
「違うんです、貴方がどんな格好をしていたって、貴方と分かる、それだけです。」
真っ直ぐに見つめるマルコを茶化すように、ラキストはさらに笑った。
「そうかな、自分では結構、うまく出来ていたと思ったんだがな。お前以外は、皆騙されてくれた。」
「どうなんでしょうね、私は、私たちのような……」
マルコは少し目を伏せた。
そして自嘲気味に、言葉を吐き出す。
「サンタクロースは“ちゃんとしたおうち”にしかこないと、そう思っていたんです。」
「そうか……だが、そんなものは幻想だ。悲しいかな、私たちは知ってしまったんだよ。」
―――サンタクロースなど、夢物語なのだとね。
昔と同じ調子で、しかし、大人の目で、ラキストは言い聞かせるようにゆっくりと言う。
「ええ、でも、それでいいんです。サンタクロースが、貴方でよかった。」
今度はマルコが、少しだけ笑う。

雪の降らない夜は明ける。
その度に、火の暖かな部屋に、マルコも少しずつ慣れていく。

マルコが目を覚ますと、そこには煤だらけのラキストが、暖炉の中で蹲っていた。
「な、何をしているのですか、貴方は……!?」
「いや、サンタクロースは煙突から現れるものだと相場が決まっているだろう?」
「……クリスマス、ですか?でもまだ早い、ですよね?」
一瞬今日がクリスマスなのかと思ったマルコだったが、まだ何日か日があった事を思い出す。
マルコ不思議そうに、しかしどこか困ったような、呆れたような目でラキストをじっと見る。
ラキストはその視線から目を反らし、宙を眺めながら肩を竦めた。
「練習しようかと思ってな。」
そして、「失敗した」と独り言のように呟く。
「貴方という人は……。」
時々とんでもない事をする、とマルコは思った。
若干の非難を込めた口調で咎めようとするマルコの額に、ラキストが急に触れた。
驚いたマルコが咄嗟に身を引くと、ラキストの黒く汚れた指から、煤が小さく舞い上がる。
「やめてください、煤が……!」
逃げようとするマルコに、煤を塗るようにラキストが手を伸ばす。
「私にはもっとついているぞ。」
たまらずに吹き出したマルコの頬に、遠慮のない黒い線が引かれた。

今晩も、雪は降りそうになかった。


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