「どうして、此処にいるのですか?」

ここにいる限り、あの名前を聞く。
その度に私は彼のことを思い出す。
その呪縛から、逃れることはできない。

「どうして、逃げないのですか?」

そんなの嘘だ。
忘れたくなくて、ここにいる。
忘れられなくて、ここにいる。

いつか私の名前を聞いて、その存在に捕らえられてくれたら。
そう思って、未だ此処にしがみついて、居る。
焼き切れるまで想い続けた、想いの果て。

[WORLD END]


向かい合う。
ラキストの正面に相対するマルコのその表情に迷いは無い。
「答えを――」
既にマルコにとっては本来の意義を無くした、シャーマンファイト。
不毛だとわかっていながら、復讐の名の下に戦い続ける、その理由。
「見つけたからだ。」
勝算はある。マルコからはその自信が窺えた。
ラキストはそれを鼻で笑いながら、どこかマルコの態度に違和感を覚えていた。

こんな自信に満ちた表情を、今までに見たことがあったか?
実力では負けるはずがない。
マルコが自分に勝つ方法などない。
そう思いながらも、いつもより慎重に、踏み込む。

マルコは叫んだ。
「シャーマンファイトに参加している限り、奴の名は厭でも私の耳に入ってきた!」
自分から全てを奪った、憎むべき敵の名前。
その名前は、シャーマンファイトから決して切り離される事のない存在だった。
たった二文字のそれがマルコの世界を常に蝕んでいた。
そして、その名前は、マルコにとってある一点に繋がっていく。
ラキストと別れた日からずっと続くこの思考。
これは呪いだ、とマルコは感じていた。
「私は、その度に何時だって貴方の事を思い出さなければならなかった!」
忘れたくて、ひたすらに逃げたくて、記憶に鍵を掛ける。
その扉を、叩き続けられるような日々。
その音から逃げるように、うずくまって頭を抱えて耳を塞ぐ。
それでも音は、止むことを知らないように続く。
いつかこの扉が壊されてしまうのでは、と、いつも怯えていた。
「だから――」
マルコの声が響く。
だからこそ、振り切るように戦い続けたのだと。
だからこそ、逃げなかったのだと。
言葉の形を成さなかったその思いの音は、ラキストを打つ。
「全てを切ってもどこにも逃げられないのなら、」
マルコは呟いた。
その言葉がラキストに届くより先に、マルコは動いていた。
一瞬で、ラキストまでの距離をつめる。
「ミカエル!」
マルコが叫んだ。
次の瞬間、光が二人を包む。
ああ、なるほど……と、閃光の中でラキストは思った。
考えもしなかった。だから、避けられなかった。

この手があったのか。

「これが、答えだ」
全ての呪いを掻き消す光が、全てを白に変えていく。
その光は、二人を繋ぐように貫いていた。
全ての終わりが、近づいていた。
主の力を失った天使はその姿を消して、代わりにその名残である白い羽根が舞っていた。
このまま待っていれば、確実に終わりは来る。
それはほんの短い時間。
だがマルコはそれすら待ちきれないように、動いた。

マルコの指が、引き金へと押しつけられ、
その力で、皮膚が少しだけ凹む。
その力は、鉄の銃身に伝わる。

引き金に指を掛ける。

マルコの手は温かかった。
ラキストは動くのを止めた。

マルコの指が、動く。
引き金を、引いた。

破裂音が空気を震わせる。
鉛の塊が、毛先に触れる。
髪を焦がし、それは進んでいく。
次の瞬間には一枚の皮膚に接している。
そして、一瞬でその中へと潜り込んでいく。
硬いものも柔らかいものも硬いものも
なにもかも全てを貫いて、真っ直ぐに飛んでいく。

小さく風が通り抜けた。

マルコは思う。
これが正しい世界だと。
先程まで高ぶっていた全ての感情が嘘のように、とても穏やかな気持ちだった。
ラキストもただ静かに目を閉じていた。
さながら荒れ狂う海が、静かになった晩のように。

ラキストは唇を震わせた。
「あとは、ひとりで、できるな」
血とともに、小さな言葉が、少しだけ紡がれた。
マルコは、静かに頷く。
ラキストは満足そうに唇の端を少し歪める。
瞳は閉じたままだった。

マルコは鉄の塊を自らの額に押し当てて、もう一度指を動かした。
小さな鉄の塊が飛んで、マルコの金の髪を揺らして、
その皮膚の内側へと滑り込んでいった。

マルコは温かいものたちが、自分から、
そして同じようにラキストから流れていくのを感じていた。
地面を這うように混ざりあって溶けていく。

『……成長したな』
『これが倖せなんて言ったら、貴方はなんと言うだろうか』

笑みが、浮かんだ。

これは、自由になった日の事。
これは、終わりを告げた日の事。


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