[いまわのとじめ - hug to death - ]


戦いは、互いを深く傷つけていた。
少しずつ床に広がっていく血溜りがそれを如実に物語る。
今すぐ処置を施せば、あるいは助かるのかもしれない。
だが、このままでは体から流れる血はやがて生命を脅かすだろう。
しかし、膝を付いて起き上がらないマルコも、辛うじて立っている状態のラキストも無言のまま相手を見つめる。
先に動いたのはラキストだった。
血溜りを踏む濡れた音。絡み付く赤。
マルコと目線を合わせるようにラキストも膝をついた。
そして体を預けるようにマルコの肩に額を当てた。
払い除けるのも億劫で、マルコはなすがままにその体を受けとめる。
「何をしている。」
憮然として、しかしどこか途方に暮れたようにマルコが問う。
「ここにはもう誰もいない……。」
ラキストは目を閉じ、呟くように言った。
マルコの青い瞳が揺らめいたように見えた。
「見えない。」
戦いの最中、眼鏡を何処かで無くしてしまったらしいマルコが、顔を近付ける。
互いの吐息を感じるような至近距離で、二人はごく自然に唇を合わせた。
絡めあった舌で、互いの口内を探れば、感じるのは鉄に似た味。
重なった唇から顎を伝うのは、どちらのものとも分からぬ唾液と、血液。
マルコの体が、後ろへと倒れた。
金の髪まで、赤い雫に染められた。
「こんな時に……。」
マルコが悪態を吐いた。
「こんな時だからこそだ。生きとし生けるものの本能だろう?」
『次』を紡いでいこうとする生物の性だと言いたいのだろうが、自分達には何かを遺すことなどできない。
「無駄なことを……。」
そこに刹那的な儚さを感じ、胸が締め付けられるように苦しい。
しかし同時にマルコはそんな自分を苦く思った。
感傷に浸るなど、馬鹿げている。
ましてや、自分達はどちらも男で。
マルコの苦悩など構わないのか、全て知っていて目を逸らし続けているのだろうか。
ラキストは血を吸った布をゆっくりと剥ぎ取る。
「無駄だと知っていても、それでどうにかなるものではないのだ。」
斑な赤色は、白を不気味に際立たせて。
マルコの伏せられた長い睫が、瞬く。
元来色素の薄い肌は、白いという形容を超えて蒼い。
眩暈を覚えるのは流れ出る血のせいなのか。
優しいだけの掌が、マルコの肌をそっと辿っていく。
肩を滑り、そして胸、腰、足へとゆっくりと確かめていく。
それでもその動きは淫靡だとは全く感じられなかった。
愛撫と言うよりもむしろ嬰児に触れるような穏やかな手付き。
それは酷く心地よくて、その事実は性的な意味合いで触れられるよりもずっと恥ずかしい。
このまま身を委ねてしまうには、自分の信条や理性がどうしても邪魔をする。
こんな時でさえ、マルコは絡まるものを解くことはできそうに無かった。
優しくされる事だけが、どうしても受け入れられない。
ただ欲望の捌け口にされるだけの方がいいのは、きっと楽だから。
其処に思いを求めないのは、それが偽者だと知っているからだろう。
「そんなことをしていたら、私が死ぬ。 いいから、早く来い。」
吐き捨てるようにそう言うのが精一杯だった。
ラキストは少し苦い笑いを浮かべて、素直にその言葉に従った。
マルコを上から包むように掻き抱く。腕は息が止まるほど強く強く求めていた。
マルコに誘われるまま、ラキストは内へと深く沈んでいく。
「ん……。」
マルコが無理矢理笑って見せる。
「このまま死ぬのか……?」
答えるラキストの笑いは悪戯のようだ。
「それも悪くない。」
ゆっくりと、二人はひとつになる。
ラキストは動きを止めた。
「何をしている……早く動け。」
「……もういい。お前、壊れるぞ。」
「どうせすぐに崩れる身だ。 お前が壊せ。」
ラキストは、その言葉を咎めようとした。
マルコの躯はマルコ自身のものだ。他人に渡してしまうべきではない。
もっと、大切にしなければならないはずなのだ。
しかしそれを咎める為の言葉も理由も、そして時間も二人には無く。
ラキストは、マルコがそれ以上言葉を紡がないよう、自らの唇を押し当てた。
どうしてただ唇を合わせるだけの行為が、こんなにも哀しいのか。
律動だけが、鼓動の昂揚に答えるように速度を上げていく。
これが性だというのなら、あまりにも残酷だ。
このまま何処に行くのだろうか。命の行き先は見つからないままだった。
高みまで上り詰めて見たものは、知らない景色。

鼓動は先ほどの激しさが嘘のようにゆっくりとしたリズムを刻んでいく。
そしてその音も段々と遠くなる。
視界は白く白く包まれていく。
あの日からずっと望んだ楽園は、

繋がった二つの冷たい手が、燃えるように熱い。


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