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DAWN OF THE SPECTER 3

丸々&とおり

「なぁ、いくら何でもやり過ぎだと思うんだけどさぁ。
俺はルパン3世かっつーの。って、あんたらは知らんか。
ルパン3世ってのはな――――」

説明しようとした所で誰も聞いてない事に気付き、やれやれと肩をすくめた。

エコノミークラスとも言えない簡素な軍用輸送機の座席で、青と白の横縞模様の囚人服に身を包んだ青年が退屈そうに身をよじる。
青年は後ろ手に手錠をかけられ、足首にも鉄球付きの足枷をはめられ、さらに駄目押しとばかりに呪縛ロープで厳重に縛り上げられていた。
座席の左右を髪を短く刈り込んだ屈強な大男に挟まれ、正面には同じく髪を短く刈り込んだサングラスをした黒人が腕を組んで見張っている。

「拘置所を二度も脱走した男のセリフとは思えんな。
……いや、護送中のも合わせるなら三度か。」

サングラスの位置を直しながら、黒人の男が疲れ切った表情でため息をつく。
身柄を拘束してから僅か三日という早業で日本へ強制送還された訳だが、本来の予定では身柄拘束から二十四時間以内に強制送還は執行される筈だった。
その筈だったが、何と護送されているさなか、横島が手錠を外して脱走してしまったのだ。

それなりに付き合いも長く、横島の行動パターンをある程度理解していた黒人の男――ラルフが、横島が脱走する都度先回りして捕獲したのだ。
捕獲現場が全て夜這い――本人は匿ってもらうつもりだったと主張しているが――を仕掛けた女性宅というのも、横島らしいと言えば横島らしい。
三日で強制送還というのも、自由の女神像破壊の犯人を嗅ぎ回るマスコミ連中が横島の存在を嗅ぎつける間一髪のところだった。

「それにしても薄情だよなー。
命懸けでワイバーンを倒した報いがこれだもんなぁ。」

横島が既に何度目になるかわからないほど繰り返された愚痴をこぼし、ラルフも今までと同じ答えを繰り返す。

「我が国の象徴にミサイルを撃ち込んでおいて、逮捕されないだけありがたいと思え。」

ちゃんと搭載武器の説明を聞いていなかったのは確かに横島の不注意だったが、とはいえ、本来あれは不可抗力だったし、厳密には横島の責任では無いだろう。
しかしそんな言い訳は怒れる群衆には通用しない。
自由の女神とは、アメリカ人にとって単なる銅像以上の大きな精神的支柱といって良い。

もしも横島の存在がマスコミに掴まれていたなら。
引き金を引いたのが横島だと明らかになれば。
一部の過激な愛国者がどんな行動に出るかわからなかった。
彼らからすれば、理由はどうあれ、横島のした事は悪質なテロだと思われかねないのだから。
もしも飛龍が陸に到達していればそれこそ甚大な被害がもたらされたろうが、未然に防がれた災害を実感するのは難しい。
頭に血が上り、感情的になっているなら尚更だ。

奥深い山奥や、誰もいない海の上ならともかく、昨日の失敗は大都市のすぐ近くで起こしてしまったのだ。
何時目撃者が現れないとも限らなかったし、そうなってからでは手遅れになる。
そんなラルフ達の配慮など知った事かとばかりに脱走を繰り返されては、歴戦の軍人といえど、疲れ果ててしまうのは無理もない事であった。

「あれは突然現れたワイバーンの仕業という線で丸く収めたんだ。
わかっていると思うが、日本で妙な事を口走るんじゃないぞ。」

「へいへい。わかってますよ。
俺だって余計な事してせっかく稼いだ資産を没収されたくないし。」

ぷいと目を逸らし、つまらなさそうにそっぽを向く。
軍はバラバラになった飛龍の死体をかき集めてマスコミに引き渡していた。
何故バラバラになっているかは適当な理由をつけてごまかしていたが。

マスコミは勝手に推測を膨らませ、実はもう1体存在し、それらが争い合った結果だと報道したり、落雷に撃たれた結果だと報道したりといった所だ。
一部の雑誌は宇宙人による仕業だと主張したり、地底人の陰謀だと主張したりで、勝手に居もしない脅威を作り上げようとしている。
マスコミの常とはいえ、この流れはラルフ達にとって好都合だった。

後は横島さえ黙っていれば真相は闇に葬られるだろう。

「そーいや、誰かが迎えに来てるんだよな。
ラルフは誰が来るか知ってんの?」

「いや、私は聞いていない。
GS協会が誰かを手配したという事しか聞いていないんだ。」

ふーんと頷き、少し考えを巡らせた後、目を輝かせて尋ねた。

「女かな?」

「知らん!」

「若いかな!?美人さんかな!?」

畳み掛けるような横島の言葉に、とうとうラルフがキレた。

「知らんと言っとるだろうが!
もう黙れ、この色魔が!!」

「いやぁ、楽しみだな〜♪」

こめかみに青筋を浮かべるラルフを余所に、先程の不満顔はどこへやら。
横島は新たな出逢いへの期待に胸を踊らせ、はや心は日本へと飛んでいた。




















民間と半々で利用している空港に輸送機が着陸し、日本に上陸した瞬間、ようやく横島の拘束が解かれた。
むしろその時点まで解放しなかったというあたり、横島の日頃の行いの突飛さを窺わせる。

囚人服から用意してあった普段着に着替え、引き渡し場所に向かう。
半袖のブラウンのシャツに濃い灰色のジーンズという、なかなか落ち着いて見える服装を選んでいた。
空港ロビーから見る、何年かぶりの日本の空。
移動しながら、ふと当たり前の事を思い出していた。

(ああ、そういや、今って6月なんだよなぁ。)

何年もアメリカで暮らしていたので、横島は日本の四季を忘れかけていた。
空港内は空調が行き届いていたが、航空機から空港に移る際に感じたじとつく湿気。
独特の季節を感じ、6月は梅雨の時期なのだと。

日本に帰ってきたのだと、改めて感じていた。

「あ、ちょいと待った。
先にトイレ行かせてくれ。」

その言葉にラルフがため息をつきながら懐から財布を取り出した。

「……どうせ整髪料もいるんだろ。
そこの売店で買うんだな。」

「さっすがぁ♪
わかってんじゃ〜ん。」

まだ日本円を持っていない横島が、満面の笑顔で一万円札を受け取っていた。
意気揚々と空港内のコンビニに入っていく横島を見送りながら、横島の左右を固めていた男の一人がラルフに尋ねる。

「よろしいのですか、ゲイト曹長?
何もそこまで気を遣わなくてよいのではないかと思いますが。」

その言葉をやれやれと心底嫌そうな顔で否定する。

「こんな事でへそを曲げられてまた逃亡でもされてみろ。
我々の面子は丸潰れだ。100ドル足らずで済むなら安いものだろう。」

警戒厳重な拘置所から二度も逃亡されたのだ。
日本側に引き渡すその瞬間まで、ラルフは最善を尽くすつもりだった。

手早く頭をセットした横島が手洗いから出てくると、ラルフが誰かと話していた。
ラルフの大柄な身体に隠れてしまい横島の方からは確認できないが、どうやら話している相手が日本側の身元引き受け人のようだ。
ロビーは飛行機を待つ人々で混みあっているため、なかなか相手の姿を確認できないが、とりあえず相手の顔を見てみなければ始まらない。

ツヤ無しワックスで自然な感じに髪を整えた横島が、爽やかな笑顔を浮かべ近づいていく。
こういう事は初顔合わせの第一印象が肝心だ。

さりげなくラルフの隣に並び相手を確認した途端、とたんに横島の表情が露骨に嫌な顔になる。
相手も横島に気付いたのだろう。
パッと顔を輝かせると歓声をあげた。

「いやぁ立派になったものだなぁ、見違えたよ横島君!
四年前急に姿を消して、今までずっとアメリカにいたのかい?
皆とても心配していたんだよ。」

丸眼鏡をかけた神父服を着た中年の――そろそろ初老にさしかかる――男が、懐かしさと安堵のあまり涙ぐんでいた。
何も言わずに忽然と姿を消した彼をずっと心配していたのだろう。
さらに寂しくなった頭髪と、残り少ない中に目立つようになった白髪が、神父が相変わらず苦労の多い生活を送っている事を窺わせる。

感動の再会に盛り上がる神父を余所に、横島がラルフの方に向き直り、口を開いた。

「チェンジで。」

「出来るか、この馬鹿!」

期待を見事に裏切られた横島がぶるぶると肩を震わせると、クワッと目を見開き、ラルフに掴みかかった。

「チックショォォォォ!
普通こういう時は若手の美人GSが出てくるもんじゃねーのか!?
そんで最初は反発しあいながらも少しずつ心を通わせていき、最後には……
的な展開が待ってるんじゃないのかァァァァ!!」

「んなもんこっちの知った事かァァァァ!!」

こんの嘘つきがァァと殴りかかる横島に、ラルフも堪忍袋の尾が切れたとばかり、固い拳で殴り返す。
混み合う空港のロビーに激しく殴り合う音が響き渡り、神父が手のひらで顔を覆って嘆いていた。
空港警備隊が駆け付け、神父の髪がまた少し薄くなるまで二人の拳での語り合いは続けられた。




















横島が鼻血を流しながら、帰っていくラルフの後ろ姿に中指を突き立てていた。
せっかくシックに決めた服装も台無しだが、ラルフも血こそ流していないが、膝がガクガクと笑って、海兵隊の制服もぼろぼろで見る影も無い。

二度と合衆国に足を踏みいれるな、この色魔が!と最後に釘を刺しつつも、ラルフは連れの海兵隊員に引きずられるようにアメリカへと戻って行った。

「ったく、何で神父なんスか。
エミさんとか冥子ちゃんとか、綺麗どころはいくらでもいるってのに。」

「君ねぇ……」

昔と変わらぬ、というかむしろひどくなってさえいる横島の調子の良さに、神父が苦い顔をする。
だがその表情とは裏腹に神父も悪い気分ではなかった。
やはり彼には自然体が良く似合う。

「さ、それじゃ行こうか。
まだ住む所も決まってないんだろう?
うちの教会で良ければしばらく使ってくれても構わな――――」

ふと違和感を感じ言葉を切る。
周囲を見渡すといつの間にか横島がいなくなっていた。
置いてあった筈の荷物一式も一緒に姿を消している。

「あれ、横島君?」

もう一度周囲を見渡せども、見えるのは見知らぬ人の顔ばかり。
それから数分して、ようやく横島が逃げ出した事に気付く神父であった。





「神父にゃ悪いけど、好き好んでおっさんと一緒に居る趣味はないんだよな。
って事で、ここからは俺の好きにさせてもらうさぁ。」

まずは両替両替、と言葉を弾ませ、軽快な足取りでロビーを後にした。










神父が懐から携帯を取り出し、ぎこちない動きでボタンを押していく。
相手が出たのを確かめ、申し訳なさそうに頭を下げる。

「やあ、申し訳ないんだけど、ちょっと問題が起きてしまったんだ。ここまで来てもらえるかな。
――――え?いや、たいした事じゃないよ。横島君がどこかに行ってしまったようでね。
君に探すのを手伝ってもらいたいんだ。
――――うん?このまま直接探しに行くって?
まあ、そうだね。君ならすぐ見つけられるだろうし、それじゃお願い出来るかな。」

携帯を懐にしまうと、停めておいた車の方へと足を向け、ロビーから歩き去っていった。










「へっへ〜♪こんだけありゃ当分遊んで暮らせそうだな。」

空港内の喫茶店で預金通帳をにやにや眺めながら、横島がアイスコーヒー片手にくつろいでいた。
通帳の金額は、若かりし頃では想像もできない程に膨らんでいた。
半ば追い出されるようにアメリカを後にしたのだが、資産はきちんと日本に移してくれていたようだ。

あまり貯蓄に熱心な方ではなかったが、収入自体が大きかったからか、何時の間にやらそれなりの資産が手元に残っていた。
これなら当分飢餓に悩まされる心配はないだろう。

「とは言ってもなぁ、いつまでも遊んで暮らせる程じゃないしなぁ。
これからどうしよっかなぁ……」

腕を枕にしてテーブルに突っ伏し、これからの事に考えを巡らせる。
とその時、チリンチリンと鈴が鳴り、店の入口から誰かが入って来た。

鈴の音に惹かれ、何気なく視線を向ける。
入って来たのは、二十歳前後の若い女性だった。

(お、イイね〜♪)

一目見た瞬間、横島の頬が緩んだ。

(淡い水色のブラウスにタイトなスカート♪
フォーマルな服装って意外とそそるんだよなぁ♪)

上機嫌で、値踏みするようにじっくりと眺める。
無論相手が不快に思わないよう細心の注意を払う事は忘れていない。

(すっげぇ綺麗な髪だよなぁ♪
向こうでもここまで綺麗な金髪にはなかなかお目にかかれないもんな。
ん、金髪?いや、ちょっと待てよ?)

女性は店内の視線を一身に集めながら、コツコツと上品にヒールを鳴らしながら横島の方へ一直線に歩いていく。
どこかで見たような特徴的な髪形に気付くと、横島は気配を消してスッと椅子から立ち上がり、さりげなく女性の視界から外れるように移動する。
そのまま声もかけようとせず、伝票を手に取り一目散に店を後にしようとする。

二人は無言ですれ違った。
が、やったとばかりに横島が少し歩いて、いざ走り去ろうとした所で。
金髪の女性が不意に声をあげた。

「コーヒー、まだ半分も飲んでないじゃない。
ゆっくりしていきなさいよ。」

振り返りこそしていないが、女性の言葉は明らかに横島に向けられていた。
その言葉が背中を突き刺すように、横島の足を止めて。
冷や汗を流しながらも観念したのか、横島が立ち止まり振り向いた。

「よ、よぉ、久しぶり。」

振り返った女性の冷ややかな視線にも負けず、横島がとびきりの作り笑いを浮かべた。
透き通るような鮮やかな金髪を九房に纏めた女性が、不機嫌そうにふんと鼻を鳴らしていた。










しんと静まり返った店内で、カウンター席に二人の男女が隣りあって座っている。
他の客は最初は類い稀な女性の美貌に見とれていたが、タマモが放つ触れれば切り裂かれそうな緊張感に、恐れをなして皆逃げ出して、残るは横島とタマモのみ。
店員達もどうしてよいものかわからず、遠巻きに二人を眺めている。

腕を組んで不機嫌そうに黙り込んでいるタマモの隣りで、横島が居心地が悪そうにアイスコーヒーをすすっていた。
横島としてはさっさとこの場を離れたかったのだが、残念ながら相手は許してくれそうになかった。
拷問にも似た長い長い沈黙の末、ようやくタマモが口を開いた。

「――――横島。」

ああ、こういうのを針の筵(むしろ)って言うのかぁ、とどこか悟ったように横島がぼんやりしていたのだが、その言葉で現実に引き戻された。

「何か言う事があるんじゃないの?」

タマモが横目で愛想の欠片も無い視線を投げかける。
横島としては正直なところ、何がなんでも逃げ出したかったが、そういう訳にもいかない。

なんとかこの場を切り抜けるため、頭を高速回転させて言葉を考える。
コホンと小さく咳払いし、真面目な表情で隣に座るタマモの瞳を見つめる。

「綺麗になったな、タマモ――――ゥウッ!?」

突然横島が言葉を詰まらせ、口をパクパクさせて言葉にならない悲鳴を上げる。
カウンター席の足元では、横島の足の甲をタマモのハイヒールが踏みつけていた。

(こ、こいつ、このためにカウンター席を……!)

いくらでも広々としたテーブル席が空いているにも関わらず、わざわざカウンター席についた狙いを察し、横島の表情が青ざめる。

「お、お待たせいたしましたぁ。」

遠巻きに二人を見ていた店員達もさすがに給仕をしないわけにいかず、おそらく一番若いのであろうウェイトレスが、タマモが注文したブレンドコーヒーを運んで来た。
その声は上ずり、手元を震わせているためカップと皿が擦れ合ってカチャカチャと音を立てる。
タマモは穏やかに微笑み、礼を言うと、カップを口元に運ぶ。

奥深い芳醇な香りを悠々と楽しむタマモの、その隣では解放された横島が荒い息を吐いていた。
カップを置くと、またもタマモが口を開いた。

「何か、言う事があるんじゃないの?」

まさか満足のいく答えが返ってくるまで続けるのか、と横島が表情を引きつらせる。

(さ、さっきのは昔の俺らしくなかったかもな。
よし、今度は昔の俺らしい事を言ってみよう……)

ほとんど喋ってくれないのでは、何が気に入らないのかさっぱりわからないし、埒が開かない。
一縷の希望をたくし、覚悟を決めて再度口を開いた。

「そ、それにしてもすっかり大人になっちゃったな〜
良かったらデートしない?きっと楽し――――ぅアッチャァァ!!」

湯気の立ち上るコーヒーをいきなり顔に浴びせられ、横島が騒々しい音を立てながら椅子からひっくり返る。

「あああ、熱いってばタマモさんっ…ってうごぎゃおうッッッッ!?」

ガズっと鈍い音が体に響いて。

ずきん!

突然肩口に走った痛みに目を向けると、床に仰向けに倒れている横島をタマモがまたハイヒールで踏みつけていた。

その華奢な肩の上には、今まで座っていた、シート部分以外は鉄で作られた丸椅子が両手でしっかり、高々と握られている。
そして冷めた眼差しで見下ろしながら、またもあの言葉を口にした。
何か言う事があるのでは無いか、と。

ああ、きっと正解なんて無いんだろうなぁ――――

諦めの境地に到達した横島が、タマモを見上げ、本能の赴くままに答えた。

「B85・W54・H84のCカップ!」

サッとタマモの頬が朱に染まる。

――――ビンゴ♪

心の中でガッツポーズをする。
最後に椅子が振り下ろされるのを見たような気もするが、そこで横島の意識は途絶えてしまった。




















――――なあ、忠夫。お前はこれからどうするんだ。

清潔な白いベッドに一人の少年が横になっていた。
ベッドの脇には心電図が置かれ、腕には点滴のための注射針が刺さっていた。
上半身の肩から腰まで包帯が巻かれており、少年の受けた傷の深さを何よりも物語っている。

病室の窓から外を眺める、無精髭を生やした男。
その背中を見つめながら、ぽつりと少年が呟いた。

――――親父……やっぱり俺が悪いん…かなあ…

無精髭の男は振り返らずに答えた。

――――良いとか悪いとか、正しいとか間違っているとか……当事者じゃない俺には答えられないぞ。

突き放すような男の言葉に、少年が小さくため息をつく。

――――だよな……

消え入りそうなほどに小さな呟きだったが、男は答えた。

――――答えは、お前が納得できるものをゆっくりと探せば良いんだ。その手伝いならしてやる。

男の力強い言葉に、少年が安心したように目を閉じる。

――――そっか……サンキュな、親父……

そう小さく呟くと、少年の意識はまどろみに沈んでいった。




















(夢、か。)

あれから四年の月日が流れた。
それは果たして長かったのか短かったのか。
横島には良くわからなかった。

良い事も悪い事も、思い出が多すぎる日本を飛び出して、アメリカに渡って。
何を期待したのだろうか。

そこにあった物は、日本と何も変わらなかった。
必死に生きて、色んな人間と関わって、そして別れて、また出会っての繰り返し。
底抜けに晴れた日、酒につぶれて気だるい日、ベッドの上での会話しかなかった日、かと思えば追いかけ回され、息を抜く間もない日もあった。
バカをやって、飲みつぶれもした。
財布をなくして途方に暮れ、ナンパした女の家に転がり込んだ。
人に言えないようなささいな成功で飛び上がりもした、大きな失敗をし、逃げ回りもした。

いつの間にか季節は何回も過ぎて、巡り。

一人だった異国で、いつのまにか友人も増えて。
確かに、そこで生きていて。

馬鹿なガキだったあの頃と比べれば、随分変わってしまったとは思う。
大人になったと言ってしまえばそれまでかもしれない。
世の中の裏側の悪意も、人間の欲望の汚さも、いつの間にかその手に、胸の内に閉じ込める事が出来るようになった。
だが、それが良い事なのか悪い事なのか。
まだわからなかった。

「夢でも見た?」

いきなり声を掛けられ、反射的に身構える。
声の方に目を向けると、タマモが膝を立ててソファーに座り込んでいた。
ふぅ、と小さく息を吐くと、鋭利な刃のような光を宿らせていた横島の瞳が穏やかになる。

今の横島の反応が意外だったのだろう。
タマモが見極めるように、じっと横島を見つめていた。

ここがどこかはわからなかったが、横島には一つだけわかった事があった。

(ここは女の部屋だ。うん、間違いない。)

特にかわいらしい小物が置かれていた訳では無いが、横島はこの部屋から男の気配を感じなかった。
自分が眠っていたベッドとクリーム色の二人掛けのソファー。
小さいが使い易そうな事務机と回転椅子。
それほど人が生活している気配が無い内装に、横島がこの部屋の住人の姿を予想する。

(間違いなくキャリアウーマンタイプだろうな。
あんまり物が置かれて無いし、多分クールな性格かな。
ん、もしかして?)

ふと横島がタマモを見る。
タマモはまだ黙って横島を観察していた。

「なあ、もしかして……ここってお前の部屋?」

タマモがこくんと頷いた。
それを見た横島が再び横になり、うつぶせでベッドに顔を埋める。

(んー、良い匂い。)

普段使っているからだろう。
ベッドにはタマモの香りが移っていた。

(時には独り寝の寂しさを紛らわせるために、あんな事やこんな事を……
いやー♪たまりませんなぁ――――ィテッ!)

ガツンと音を立て、机の上に置かれていたペン立てが横島の頭に直撃した。

「な、何するデスカ?」

後ろめたさから片言になる横島に、タマモが不機嫌そうに呟いた。

「なんか、無性に腹が立った。」

次に投げつける物を探すタマモの姿に、横島が慌てて起き上がる。
その時、扉を軽く叩く音が聞こえ、続いて聞き覚えのある穏やかな声が響いた。

「大丈夫かい?
 今何かがぶつかる音が聞こえたんだけど。」

「入って、神父。横島が起きたわ。」

カチャリと扉が開き、唐巣神父が部屋に入って来た。
意外な人物の登場に、横島が目を丸くしながら二人を交互に見やる。
ようやく理解したのか、ポンと手を叩くと唐巣に満面の笑顔を向ける。

「やるじゃないッスか神父!
 こんな若いコをモノにするなんて――――」

――――グシャッ!!――――

突然飛んで来た回転椅子の直撃をくらい、意識がまた飛んだ横島がそのセリフを最後まで口にする事は無かった。










「なーんだ。今は神父のとこに居候してるんだ。」

「ちゃんと家賃払ってるんだから居候じゃないわよ。」

タマモの言葉に、そりゃ失礼しました、と肩をすくめる。

「でも何でまた神父のとこに住んでるんだ?」

何気なく口にされたその言葉。
タマモは数瞬置いて振り返る。

ギリと歯を軋ませたかと思うと、突然横島に飛びかかった。
乱暴に横島を押し倒し、そのまま胸倉を掴み上げる。
タマモの激昂、怒りに満ちた表情で横島に詰め寄る。

「誰のせいだと思ってるの!?
 美神さんがあんな事になって、皆どうしていいかわからないような時に……!
 いきなり姿を消したのはあんたでしょ!?」

普段の落ち着いた彼女からは想像も出来ない激しい剣幕に、横島も神父も呆気に取られていた。

「あんたまで居なくなって事務所がどうなるか、少しでも考えなかったの!?」

「お前――――」

「あの生活が好きだったのに!
 あんたが馬鹿やって、美神さんが怒って、おキヌちゃんが庇って、シロがあんたにまとわり付い て……
 そんな日が何時までも続いてくれると思ってたのに!!」

偽りの無い感情を吐露するタマモに、室内はしんと静まり返る。
滴る涙を拭おうともせず、横島のシャツを握り締めたタマモの頬には、高ぶる感情を抑えてほしいと願うように、涙が伝っていた。
ふとしたさざなみで溢れる様に、たくさんの感情がこぼれて。

ようやく横島は自分が言わなければならなかった言葉を理解した。

「すまん、タマモ……」

だがタマモは顔を伏せ、振り絞るような声で遮った。

「もう……もう、何もかも無くなったのに、今さら……!」

届かない、謝罪の言葉。
でも今は、二人は本当にすぐそばにいて。
むき出しの心。
横島がタマモの背中に手を回し優しく抱きしめる。

「それでも……本当に、ごめんな。」

タマモは弱弱しく体を離そうとしたが、横島は両腕に力を込めてしっかりと抱きしめた。
横島の暖かさがタマモの強張りを溶かすと、タマモは横島の胸に顔を埋め、わだかまりを吐き出すかのように声を上げて泣きだした。
意地やプライドなどの余計な物を全て捨て去り、ただ赤子のように泣いていた










神父はいつの間にか部屋を後にし、室内には横島とタマモの二人きりだった。
すすり泣きへと変わったタマモの背中を、横島があやすように軽く叩いている。
ようやく気持ちが落ち着いたのか、タマモが体を起こそうとして、横島はそっと腕を離す。

横島から顔を背け、手の甲で涙を拭おうとするタマモに、灰色の男物のハンカチを差し出す。

「……あ、ありがとう。」

少しだけ躊躇ったが、そっとハンカチを受け取った。

「落ち着いたか?」

横島の言葉に、背を向けたままこくりと頷く。
小さくため息をつくと、横島がタマモの背中に声を掛けた。

「あん時は、自分の事で精一杯でさ。
情けない話だけど、自分の事しか考えられなかった。」

タマモはまだ時折ぐすんと鼻を鳴らしている。

「その結果、お前に嫌な思いをさせちまった……すまん。」

本心から深く頭を下げる。
背中に向けて頭を下げても無意味かもしれない。
だけれども、横島は。
少なくとも伝えようとする気持ちこそが大切だという事を、向こうに渡った四年で学んでいた。

タマモが惹かれる様にして、ゆっくりと振り返る。
もうほとんど普段のクールな表情に戻っていたが、涙で赤くなった目元が先ほどの事が現実だったのだと教えてくれて、横島はタマモにもう一度頭を下げた。
そんな横島を無言で見ると、タマモは静かに立ち上がり、ソファーに腰を下ろした。

しんと静まり返った室内。
かちこちと響く時計の音、時折吹く風の響き。
タマモがソファーに手を置く時の音さえ耳に届いて、息が苦しい。
以前の横島なら、居たたまれなくなり馬鹿な事でもしてこの重い空気を払拭しようとしたかもしれない。

だが、今の横島にあるのはあくまでも真摯な――
赤みを帯びたタマモの目元がいやに似合わなくて、申し訳なくて。
もう一度タマモを抱きしめたくて、そっとソファーに進み、自分もタマモの隣に腰を下ろす。

うつむいているタマモの肩にゆっくり手をまわすと、自分の胸元に引き寄せた。
抵抗する素振りもなく、引き寄せられるままにタマモが横島の胸にもたれかかる。
目の前にあったのは9つの房に分けられた、しとやかな金髪。
細く瑞々しく、流れるような髪の毛を、横島は優しく撫でる。
この四年の溝を埋めるように、確かめるように。

そのくすぐったいような、さわさわとした感覚が、右手に伝わる。
タマモをもう少しだけ強く抱き寄せると、彼女の金髪が鼻をくすぐる。
その豊かな金髪をかき分けるように、隠された耳からうなじを、そっと撫でる。
形の良い耳の裏からあご、首筋に手をまわすと、彼女の体温が一層強く感じられて、髪と指が絡み合って落ちるかすかな感触と、タマモの息遣いが胸元にあり、横島は気付く。
タマモもまた、この四年で変わったのだと。

人とは違う理を生きる妖怪と言えど、鼻腔をくすぐる感触は、すっかり慣れてしまったはずの、成熟した女性の匂い。
胸や足に触れる彼女の体は、柔らかくもじっと暖かくて、思わず横島はタマモの背中にまわした手に、ぎゅっと力を入れる。
髪を撫でた右手を、タマモのあごに添えると、くっとタマモの顔を上げさせる。

タマモも、驚いた様子もなく横島の瞳をじっと見つめる。
横島の瞳の奥に燃える情欲に気付いたのか、タマモが小さく呟いた。

「私を、抱くの……?」

問いに答える代わりに無言で見つめる。
諦めたのか、タマモが小さくため息をついた。

「……いいわよ、でも――――」

すっとタマモの細い指が横島のシャツにかかる。
そしてゆっくりとボタンを一つずつ丁寧に外していく。

(わぁ♪って、はっ!?
おい!いかん、なにやってんだ、俺!
こんな事していいわけないだろ、ああ、でも摺り寄せた体がやーらかいッッッッ…!!!)

タマモの行動に横島は自分が何をしているのか気付き、驚く。
思っている事はおくびにも出さないのが成長の証かもしれないが、じっとされるがままになってしまい、ボタンは全て外され、鍛え上げられた無駄の無い横島の上半身があらわになる。

「代わりに、この傷の事を教えて……
どうしてあの時、こんなに深い傷を負っていたの……?」

つつとタマモは右肩から走る深い傷痕を指先でなぞる。

その瞬間、見上げた横島の瞳の奥に情欲とは違うものが浮かんだのをタマモは見逃さなかった。
それは幾つもの想いが複雑に絡まり合っていたため、どういう感情なのか明確にはわからない。
だが複雑に絡み合う想いの中でも、一際暗い光を放っていたある感情だけは読み取る事が出来た。

横島の内面には、全てから逃げ出したくなる程の強烈な後悔の念が渦巻いていた。

「あ……」

小さく声を上げるタマモから横島は体を離し、ソファーから立ち上がってシャツのボタンを止める。

「悪ぃけど、やっぱり今日はやめとくわ。」

訴えかけるようなタマモの視線に、横島が肩をすくめる。

「おいおい、勘違いすんなよ。
時差ボケがひどいだけなんだからな。
あー、頭が痛い痛い……」

ジーンズのポケットに手を突っ込むと、口笛を吹きながら部屋から出て行った。
何も知らない者が見れば、その姿は気楽なものに見えただろう。

だが後姿を見送ったタマモには、去り際の横島はどことなく奇異に映った。
さっきの自分の言葉が、横島の何かに触れてしまったのだろうとタマモは感じていた。

一人部屋に残されたタマモ。
恐らくは全ての元凶であろう、あの夜の事を思い返していた。

――――いやぁぁぁぁ!駄目、駄目です横島さん!息をしてぇぇぇぇ!!

その日の除霊は泊まりがけになる筈だった。
だが運が良かったのか、半日程度で片が付いてしまい、時間の空いた自分とシロは買物を引き受け、おキヌは一足先に事務所に戻っていた。

買物袋を片手に、シロと取り留めの無い話をしながら事務所に戻った。
普段と同じように――――

だが、一歩事務所に足を踏み入れた途端、二人の鋭敏な嗅覚は、嫌な――少なくともこの事務所の中には似合わない――匂いが漂っているのを嗅ぎ取った。
急いで二人は匂いの源であるリビングに向かう。

そこで待っていたのは、ドス黒い血溜まりに横たわる横島の姿と、泣きながら、縋りつくように必死でヒーリングをかけるおキヌの姿だった。
そして横島の隣には、血の気が失せた表情で呆然と美神が座り込んでいた。

おキヌの必死のヒーリングで何とか一命を取り留めた横島は、救急車で運ばれて行った。

そして、傷も癒えぬまま――――忽然と姿を消した。

あの夜が全ての元凶なのか、それとも少しずつ歪んでいた歯車が、あの時一気に弾け飛んだのか。
今となっては、それを知っているのはあの時事務所に残っていた横島と美神の二人だけだろう。

あの夜いったい何があったのか、タマモはどうしても知りたかった。
それこそ、一晩体を預ける事でその願いが叶うなら、それでも一向に構わなかった。
ずっと心の奥深くに突き刺さっている、あの夜の疑問が解けるなら、それだけの価値はあると思っていたのだ。

横島の方から迫ってきたのは意外だったが、むしろ好都合だった。
だが受け入れる代わりに提示した条件を聞いた時の、あの一瞬浮かんだ表情。

タマモは小さく息を吐くと、もう眠ろうとベッドに体を投げ出した。

微かに残った、自分のものとは違う匂い。
何となく、去ったはずの横島が身近に居るような気がして、あの楽しかった四年前に戻ったような感じがした。
懐かしさが胸に込み上げるが、タマモの瞳は涙で滲んでいた。

失われた日々を思うと悲しかった。
確かにそれもある。

だがそれ以上に彼女は悔しかった。
日常に潜んでいた筈の異変に気付けず、流されるままに全てを失ってしまった自分の不甲斐無さが許せなかった。

だがどれほど強く願おうと、横島が口を開かない限り、彼女が真実に辿り着く事は永遠に無いだろう。










礼拝所の長椅子に寝転がり、横島がぼんやりと高い天井を眺めていた。
電気が消された礼拝所は薄暗く、物音一つ無い空間はどことなく厳粛な雰囲気が漂っている。
よく耳を澄ませてみれば、遠くで虫が鳴いているようだが、それ以外は静かなものだった。
空調が無いため少し蒸し暑い。

本当に、さっきは何をしていたのだろうか。
反射的にと言っても良かったが、それくらい自分の女癖もいよいよ酷い所まで来てるな、と横島は思う。
家族と言っても良いくらいの、何よりも大切だった仲間を一晩の慰みものにしようとするなど、普通では無い。
四年前の出来事が脳裏をよぎり、背筋に寒気が走った。

――――ヨコシマ、女遊びも良いが、それで満たされるのは体だけだぞ。

ラルフの言葉が身に沁みる。
あの時は馬鹿言うなと笑い飛ばせたが、今でも同じ事が言えるかと聞かれれば、NOだ。
四年前の事は自分の中では消化出来ていると思っていたのだが、それも自信が無くなってきた。
アメリカに渡って、覚えたのが女だけとは思いたくも無いが……

ため息をつきながら、ふと視線を下ろして見ると、十字架にはりつけにされたキリストの姿が目に入った。

「生きていくのは辛くて苦しい……か。
全く、もう俺は楽しく暮らせるならそれだけで良いんだけどなあ……」

独り愚痴を零すと、目を閉じる。
すぐに静かな寝息に変わり、横島の意識は深く深く沈んでいく。

こうして、帰国一日目の夜は虫の音色とともに静かにふけていった。

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