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DAWN OF THE SPECTER 1

丸々&とおり

――ドンドンドン!――

早朝の市街地に、簡素な扉を荒々しく叩く音が響き渡る。
突然の騒音に驚いたのだろう、アパートの廊下を眠たそうにノロノロと歩いていた野良猫が慌てて走り去っていった。

――ドンドンドンドンドンドン!!――

アメリカ合衆国、ニューヨーク州マンハッタン。
この世界有数の大都市の、表通りから少しばかり路地裏に入った大恐慌時代からあるのではないかという古アパートを、一人の男が訪れていた。
男は返事が無いことに業を煮やしたのか、より激しく扉を叩く。
目当ての部屋の隣の住人が迷惑そうに扉から出てこようとしたが、扉を叩く男の姿を一目見るや、口を噤んで慌てて部屋に引っ込んだ。
うるさいと文句を言おうとしたが、男の剣幕に恐れをなしたのだろう。

訪問者の扉を叩く拳は堅く握り締められ、黒人特有の褐色の肌が紅潮し、こめかみには青筋が浮かんでいる。
怒りに任せ今度は渾身の力でドアを叩こうとした時、間を外すようにかちゃりと鍵が解除される音がし、扉から首をかしげて出てきたのは、すらりとしたスーツ姿の赤毛の女性。
フォーマルな服装だったが、品のある香水とスタイルの良さが嫌味でない程度の艶を醸し出している。

「……ヨコシマは居るか。」

その口調は尋ねる、というより確認するといった方が正しかったろう。
男は湧き上がる怒りを抑えようと努めているようだが、その試みが成功していないのは明らかだった。

微かに震える息遣い。
力いっぱいに噛み締められ、盛り上がった顎の付け根。
そして何より、ぶるぶると震える程に握り締められた両拳。

それらの全てが男の激昂を雄弁に物語っていた。










赤毛の女性は、このような早朝にいきなり目の前に現れた怒れる黒人に呆気に取られていたが、身の危険は感じなかった。
その理由は主に男の服装――濃い紺の生地に、特徴的な袖口のイエローのライン――が、合衆国海軍の物だったからだ。
軍服をしわ一つ、ホコリ一つなく着込み、胸元には立派な勲章が誇らしげに輝いている。
その五芒星を逆さにした勲章は軍人にとって最高級の名誉を証明するものだが、民間人である赤毛の女性は気付いていない。

髪は短く刈り込まれ、顎も綺麗にそり上げられ、怒り狂っていながらも、その清潔な佇まいは男が理知的な人物だと証明していた。
男を少しばかり観察した後、女は少し間の抜けた質問を投げかけた。

「ところで、ヨコシマって誰の事かしら?」

「……タダオ=ヨコシマ、この部屋の住人の事だ。」

女は首を傾げていたが、ファーストネームを聞くと、納得したように相槌を打った。

「ああ、彼ね。タダオならまだベッドで寝てるわよ。
どうやら彼に用があるみたいだし、私は失礼させてもらうわね。」

それだけ言うとブロンドの女性はするりと男の脇を通り抜け、階下へ向かうべく階段へ歩き去って行った。
背筋を伸ばしカツカツとヒールの音を響かせる姿は、男なら誰しもが目を奪われただろう。
が、残念ながら黒人の男はその姿には見向きもせず足を踏みならしながら部屋へと入って行った。

そのまま一直線にこの部屋の主の寝室へ向かう。
その迷いの無い足取りは、既に何度もこの部屋に足を運んでいる事を示している。

ポスターの一つすら無い飾りっ気のない廊下を抜け、その奥の扉をノックもせずに荒々しく開ける。
室内はベッド、ソファー、衣裳棚という最低限の家具しか置かれていない。
どうやらこの部屋の主は装飾というものに無頓着なようだ。
部屋を見回すとダブルサイズのベッドに何者かが横になり静かな寝息をたてている。
その呑気な寝顔が癪に触ったのか、男のこめかみの青筋が倍ほどに膨らむ。
ズンズンと大きな足音をたてながらベッドに近付いていく。

手を伸ばせば届く距離まで近付いても一向に起きようとしない相手に、男が苛立ち歯軋りする。
しかし持ち前の強靭な精神力でなんとか怒りを抑え込むと、努めて平静に声をかけた。

「……起きろ、ヨコシマ。」

ベッドの男はうーんと大きな伸びをすると甘い声で囁いた。

「おはようハニー、昨日は最高だったよぉ……」

隣で寝ているであろう相手の背中を撫でようと手を伸ばしたが、その手は虚しく空を切った。

「あれ、ハニー?」

「……寝ぼけるな、ヨコシマ。」

苛立つ男が一言ずつ搾り出すように吐き出した。
男の姿に気付くとベッドの青年は途端に不機嫌そうな声に変わる。

「ん……なんだ、ラルフか。朝っぱらから何の用だよ、まったく。
ほら、帰れ帰れ。俺ゃー疲れてんだよ。」

しっしっと犬でも追い払うように手を振る。
ラルフと呼ばれた男は頭に血を登らせたまま、青年の顔に手に持った紙の束を叩きつけた。
これ以上無い程に血が登った頭は、下手をすれば脳溢血を起こしてしまいそうだ。

「どういう事か、説明してもらおうか。」

パチン!と小気味良い音を響かせて叩きつけられたそれを、文句を呟きながら広げる。
青年が広げた紙の束に目をやると、それは今日発売のニューヨーク・タイムズだった。
ぼんやりとトップの一面を読み進める青年。
しばらくすると、青年の全身からだらだらと冷汗が流れ始める。

『テロか事故か!?砕かれた自由の象徴!!』

大きな見出しの下には、掲げた右手の肘から先がポッキリと折れ、トーチが地面に突き刺さった自由の女神の写真が載せられていた。










「ようやく目が覚めたようだな。おはよう、ヨコシマ。
……さて、それではどういう事か説明してもらおうか。」

何の事かわからない、などと惚けてみようかと思ったが、滝のように冷汗を流していては説得力はゼロだ。
それ以前に、目の前の男がこういう態度の時は自分の弁明などに聞く耳をもたない事は経験上よくわかっている。
相手は“質問”に来ているのではない。“答え合わせ”に来ているのだ。

「そ、その、まあ、なんだ。
取り敢えず服を着てからで良い、よな?」

ハハハハと乾いた笑いが込み上げてくる。
時間を稼ごうとしているのがバレバレだったが、ラルフは頷いた。
下着は身につけているとはいえ、彼とて何時までも男の裸など見たくはないのだ。

のろのろとシャツに袖を通す青年の身体は、現役の軍人にも引けを取らぬ程に鍛え上げられていた。
全身の脂肪は限界まで削られ、その上に強靭な鋼のような筋肉が積み重ねられている。
そしてその肉体には無数の傷跡が刻まれており、青年が見た目からは想像もつかぬ修羅場を潜り抜けてきた事を示唆していた。

特に右肩から袈裟掛けに腰まで走り抜けた深い斬撃の痕は、ラルフには致命傷としか思えなかった。
だが今もこうしてピンピンしている事が、この青年がいかに人間離れしているかを何よりも証明している。

青年――横島が出来るだけ時間をかけながら、ベッドの周囲に脱ぎ散らされたズボンを拾い上げる。
さっき出ていった女性と一夜を共にしていたのだろう、室内に漂う微かな、汗と体液が混じり合った様なこもった独特の匂いがそれを物語っていた。

それに気付いたラルフの表情がさらに不機嫌になる。

「人が情報を集めるために奔走している間に、随分楽しんでいたようだな。」

ラルフはたっぷり嫌味を込めて皮肉ったつもりだったが、それを聞いた横島の頬はだらしなく垂れ下がった。

「いやぁ、実はそ〜なんだよ。昨日は予想より早く方付いてさぁ。
寝るには早かったから一杯やりに出掛けたんだ。」

「ほほう。」

ラルフのこめかみの青筋がぴくぴくと動いているが横島は気付いていない。
昨夜の余韻にひたっているのか、だらしない笑みを浮かべて話を続ける。

「一人で寂しく飲んでたらキャサリン……じゃないな、ケイト……いや、確かケーシー?
うーん、思い出せないしハニーで良いや。そうとしか呼んでないしな。
とにかくハニーが店に入って来てさー、話してたら盛り上がっちゃったんだよなあ。
そりゃ思わず俺の下半身も盛り上が――――」

「ええい、もういい黙れ!」

脳の血管が二、三本切れてそうな憤怒の表情で怒鳴りつけた。
前々から知ってはいたが、目の前の青年の女癖の悪さはとても容認できるものではなかった。

「もういいだろう、無駄話も時間稼ぎも終わりだ。
昨日何があったのか正直に話してもらおうか。」

懐から拳銃を抜き、手早く安全装置を解除すると眉間の間に狙いを定める。
漆黒の凶器を突きつけられた青年は、すぐさま両手を挙げて降参する。

「わ、わかったよ!わかったからそれしまえ!
ちゃんと何があったか答えるから、その危ないのを引っ込めろ!」

撃たれてはたまらないとばかりに降参の意を示し、慌てて昨夜の顛末を話し始めた。




















その日、横島は枕元で鳴る携帯の呼び出し音で目を覚ました。
お気に入りの歌手のメロディーが流れるでもない、ただの単純な電子音の繰り返し。

気持ち良い眠りから叩き起こされ、乱暴に携帯を掴み取る。
この味気ない着信音は仕事関係の相手に設定していた。
ディスプレイに表示されている名前を見て、思わず不機嫌な表情になる。

相手が女性ならまだしも、電話をかけてきた相手は男。
それも男の中の男、横島の中で男臭い職業bPの、アメリカ海軍の知り合いからの電話だった。

耳障りな電子音を響かせる携帯のディスプレイを眺めつつ、どうするべきか思案する。
とその時、横島の腹が大きく鳴り響いた。そして今猛烈に空腹な事に気が付く。
頭の上に電球がぴこんと光り、にんまりと笑うと通話ボタンを押した。










「今回の依頼は表向きはGS協会からの依頼という事になっている。
我々軍部の人間からの依頼だとバレないよう気をつけて――って、聞いてるのかヨコシマ。」

分厚いステーキにかぶりつく横島にサングラスをかけた黒人の男が確認するように声をかける。

「安心しろラルフ、ちゃんと聞ぃーてるって。
あ、オネーサンこれおかわり! ぶ厚めでお願い!」

軽く400gはあったはずのステーキをあっという間に平らげると店員の女性に追加を頼んでいる。

「毎度ながら、少しは遠慮してくれ……」

眉をしかめるラルフの事など見えていないかのように、三枚目のステーキに横島が目を輝かせる。
食事が終わるまで話は進まないと判断し、疲れた顔で自分もエスプレッソを注文した。

「ふう、いやぁ流石に満腹だ。
やっぱりおごってもらう飯ほど美味いモンは無いね。」

結局横島が話を聞く態度になったのは七枚目のステーキを片付け、さらに特大のチョコレートパフェを食べ終えてからだった。
もちろん食後の一杯としてコーヒーを頼む事も忘れていない。

「くっ、人の金だと思って好き放題食べよって。」

伝票に記載された金額にラルフが苦い顔をする。

「そりゃあGSは身体が資本だし?
それに、どうせこれも経費で落とすんだろ。」

「当たり前だ!
お前と会うたびに自腹切ってたらとっくに破産してるんだよ!」

ヨッ、この税金泥棒!などと囃したてる横島にラルフが声を荒げると、そんなに怒るなよ、とばかりに横島が肩をすくめている。

「……もう良い、本題に入るぞ。」

表情を引き締め、すっと一枚の写真を横島に差し出した。

横島が写真に目をやると、頑丈そうな黒い鱗に覆われ、皮膜が張られた翼で大空を羽ばたく生物らしきものが写っていた。
カメラを見据える血よりも深い赤の瞳に、全身を覆う1枚1枚が凶器のように鋭く尖った黒鱗。
黒鱗に覆われ、触れるだけでバラバラにされてしまいそうな長い尾に、凄まじい力を感じさせる太くたくましい両足。
GSでなくとも一目でわかるだろう、これはどう考えても友好的な存在では無いと。

凶暴を絵に描いたような外見に、思わず横島が苦い表情を浮かべる。
そんな横島を視界の隅に置きながら、ラルフは説明を続ける。

「専門家によればこいつはワイバーンとかいう飛龍の一種らしい。
ただし龍とはいっても東洋の竜とは違って神格は持っていないそうだ。
龍というより恐竜だな、まるで。」

大きさを比較できる物が写っていないので断言は出来ないが、翼を広げた全長は恐らく2、30メートルはあるだろう。
楽な相手とは言い難い、というかいくら神格を持たないとはいえ、地を這う人間と空を自在に駆ける龍とでは、戦力に差があり過ぎる。
だが、横島はふむふむと写真を眺めると、苦い表情のまま問いかけた。

「で、あれか?
カオスフライヤーで俺にコレを狩れってのか?」

横島の言葉に反応し、ぴくりとラルフの眉がつりあがる

「『カオスフライヤー』ではない、『フリーダムキーパー』だ。」

エスプレッソを口に運びながらじろりと横島を睨んだ。

「へーへー、そうでしたね。
フリーダムキーパーの間違いでした。」

はいはいと両手を軽く挙げて訂正する。
明らかに形ばかりの謝罪だが、ラルフもそれ以上咎める様子は無い。

アメリカ軍が開発した特殊戦闘機という事になっているが、ソレの原型がカオスフライヤーなのは横島の目には明らかだった。
もっとも、今では似たような物を各国が開発しているので、果たして何が原型なのか正確には不明だったが。
各国の研究者が好きな名前をつけているので、混乱を避けるための統一規格として一般的には『フライヤー』と呼ばれているが、それが尚更横島の知るアレを連想させた。

動力は機械エンジンと操縦者の霊出力を動力に組み込んだハイブリッドエンジンが搭載され、既存の戦闘機の常識を打ち破るサイズと性能を備えている。
先の話に上がった『フリーダムキーパー』は、規格外の性能を誇るフライヤーの中でも、特に別扱いされる程の性能を備えていた。
ただ、まさに規格外といった性能の『フリーダムキーパー』だが、同時に兵器として致命的な欠点を抱えていた。
他のフライヤーと比較して、動力を操縦者の霊力に大きく依存しているため、並の霊能者では動かす事すら出来ないのだ。
一部の人間にしか扱えないような兵器など、欠陥品と呼ばれても文句は言えない。
ならばどういう使われ方をしているかというと、今回の様に空を飛ぶ魔物の討伐や、小回りが利く性能を活かした街中での除霊で性能を確かめるといった程度であった。
つまり軍にとってフリーダムキーパーを乗りこなせるだけの霊力・体力を備えた横島は、腕の良いフリーのGSであると同時に貴重なテストパイロットでもあったのだ。

ちなみに他のフライヤーも少なからず霊能者の力が不可欠なため、フリーダムキーパー程では無いにせよ、誰にでも扱える汎用兵器とは言い難い。
結局、各国ともに絶対的な操縦者不足という事情により、その圧倒的な性能にも拘らず軍事力の中核には成り得ていなかった。

「ま、いっぱい飯もおごってもらったしな。
ワイバーン退治、引き受けるわ。」

もちろん、この食事だけで引きうけるような安請け合いではない。
報酬に関しては何時もの方法で支払われると、今更口にせずとも互いに理解している。
そして、それが二人の付き合いが昨日今日のものではない事を示していた。

「……ヤツは手強い。
くれぐれも気をつけてくれ。」

神妙な表情のラルフに横島がにまーと意地の悪い笑みを浮かべる。
表向きGS協会からの依頼に見せているのは、自分たちでは飛龍一匹退治できないという事実を認めたくないのだろう。

「その様子だと、こっぴどくやられたんだろうな。」

意地の悪い言葉にラルフが忌々しげに舌打ちした。

「ああ、仕掛けた戦闘機が三機落とされた。
おかげでお前の力を借りなければならない羽目になったんだよ。
だがお前の場合、心配なのはやられる事よりむしろ――――」

ラルフの言葉を手を振って遮る。

「みなまで言うなって。
しっかり仇はとってやるから心配しなさんな。
どのタイミングで仕掛けるか決まったら、すぐに連絡くれよ。」

都合の良いように解釈すると、鼻歌を口ずさみながら意気揚々と店を後にした。
残された数百ドルの伝票を握りながらラルフがぽつりと呟く。

「俺は、お前が余計なトラブルを起こしそうで不安なんだよ。」

予言めいた言葉と共に、ラルフは深いため息をついていた。


























その夜、横島はラルフから港の倉庫街に行くようにと連絡を受け、自前のレーサータイプのバイクで乗りつけた。
言われた場所に着くと、倉庫街の一本道が鉄枠を組み合わせた堅牢なバリケードで塞がれており、それ以上進む事が出来なくなっている。
スピードを落としつつ道路を塞いでいる警備の人間に近付き、ラルフに指示されていた通りに身分証を提示する。
じっくりと身分証が検められるのを、居心地の悪い思いを我慢しつつ、大人しく待つ。
数分後、確認が終わったのだろう、警備の人間が敬礼をした後横島が通れるようにバリケードを動かした。
流石にアメリカ軍秘蔵のフライヤーだ。警備も厳重である。

一本道をしばらく進むと、視界に軍用のトレーラーが飛び込んできた。
トレーラーの巨大なコンテナは展開され、中央に置かれた一台のマシンを検査機器が囲み、さながら即席の整備工場のようだ。
電源の落とされた機器が大半な所を見るに、既にほとんどの準備が終わっているのだろうか。
フライヤーの傍で作業服を着た人間が何やら盛んに言葉を交わし合っている。

時折ボォーと船の汽笛が聞こえる暗い港にバイクのずんずんとした重いエンジン音が鳴り響き、到着した横島に皆の視線が集まった。
突然現れた東洋人への困惑混じりの視線を気にもせず、横島は真っ直ぐ顔見知りの責任者の所に向かう。

「タダオ、君が引き受けてくれて助かったよ!
他の連中ときたら腰抜けばかりで役に立ちゃしない。」

口髭を豊かにたくわえた丸顔の初老の男が、横島と親しげに握手を交わす。
温和な笑みを絶やさないその表情とは裏腹に、彼はメカニックとして僅かな妥協も己に許さない、職人肌の男だった。
その一分の隙も無い完璧な仕事ぶりは、機械には素人の横島ですら尊敬の念を抱くのに十分で、それはフライヤーのテストパイロットを引き受ける度に深まっていた。
仕事を抜けば陽気な二人はお互いに通じるものがあるのか、親と子ほども年は違うが、今では10年来の友人の様に付き合っていた。

「そりゃ〜俺って勇気ある若者だし?
困ってる人がいたら黙ってられないんだよな〜」

「ハハハ、困っている『女性』がいたら、だろう?」

「アッハッハ、そんなの当然でしょう、ハリーさん。」

ハリーの指摘に、横島が笑いながらふんぞり返って胸を張る。
横島を初めて見た技術者達は彼のあまりの軽さに目を丸くしている。
あれがフリーダムキーパーのパイロットか、と。

フリーダムキーパーは起動するのに100マイト以上もの霊力を必要とする。
当然動かせる者はGSでもかなり限られ、それゆえ乗り手はプライドが高く技術者を対等に扱わない者が多い。
たとえ開発責任者とはいえ、冗談でも今のような態度をとれば、下手をすれば気分を害され、土壇場でテストをキャンセルされる事もある。
除霊機具全般の開発に携わっているハリーは他の一流GSと接する事も多いが、横島ほど技量とプライドが反比例しているGSは他に見た事がなかった。
そして何よりその気取らない彼の振る舞いに、ハリーは大いに感じ入っていた。

噂でしか横島の事を知らなかった連中は最初は遠巻きに眺めていたが、横島のハリーとのやり取り、フランクな態度に何時しか大勢集まって口々に横島に話しかける。
皆、生粋の技術者として、貴重なテストパイロットの話は是非にでも聞きたかったのだ。
乗り手の生の感想は何よりも彼らにとっては重要なのだから。
この機会を逃すまいと、次々に自分の担当する箇所の質問をしている。

正直、専門用語が飛び交いすぎて横島には半分以上意味不明だったが、彼にわかる範囲で答える様に努めた。
意見の交換はハリーと定期的に行っているし、現場でそこまでする事は無いのだが、実は密かに横島も空中での自由度を飛躍的に向上してくれるフリーダムキーパーを気に入っていて、彼らに協力する事は横島にとっても有意義な事だった。

「ほら、お前達、気持ちはわかるがいい加減に作業に戻らないか。」

放っておけば永遠に終わりそうに無い質問の嵐をハリーが強引に終わらせた。
皆不服そうだったが、ハリーの言葉ならと作業に戻っていく。

「すまない、タダオ。
これから命をかけて戦いに臨むという時に余計な気を遣わせてしまって。」

「そんなの別に良いって。
こんな事でフライヤーの設計の役に立てるんなら、喜んで協力するよ。」

申し訳なさそうにするハリーに、横島が気にしないでくれと手を振る。
心底気にしていなさそうな横島に、ハリーは内心ほっとする。

「ハルバート主任、そろそろミスター・ヨコシマへの搭載武器の説明に入りたいのですが。」

ハルバート主任――ハリーが振り返ると横島には見慣れない女性が立っていた。
明るい金髪を短くカットし、作業帽をかぶって色気の無いつなぎの作業服を着てはいるが、ボーイッシュな顔立ちとは裏腹に出る所はしっかり出て、横島の興味をそそる。
ハリーは頷くと横島に女性を紹介する。

「タダオ、この子はモニカ=ランドール。
フライヤーの搭載武器の開発を担当してもらっている。
まだ若いが腕は確かだ――って若いと言っても君もまだ23だったな。
なら彼女も君も同じ年か……ハハ、若者と並ぶと自分の年を自覚してしまうよ。
それでは、私はフライヤーの最終チェックに入るから武器の確認は彼女から聞いてくれ。」

モニカがにっこり微笑み手を差し出した。

「よろしくね、ミスター・ヨコシマ。
あなたと仕事が出来るなんて光栄です。」

「こちらこそ。
俺の事は忠夫と呼んでくれ。
親しい人は皆そう呼ぶんだ。」

差し出された手を握り、白い歯を見せて爽やかに笑う。

「サンキュー、タダオ。なら私の事もモニカって呼んでね。」

モニカが少し照れたように頬を染めた。
その時一瞬横島の目が獲物を狙う鷹のそれになっていたのだが、幸か不幸か彼女は気付かなかった。

フライヤーは各国で独自の開発が進められているため、呼び名以外に特に統一された規格は存在しない。
アメリカ軍が開発したフリーダムキーパーは、見た感じはバイクに良く似ていた。
コバルトブルーの流線形のシャープなボディと、取り回しのために前後に設けられた二つのタイヤにより、何も知らない人間が見れば新型のバイクだと思うかもしれない。
バイクと比べれば一回り大きい点と、航空機の先端の様に鋭く伸びたフロント部が特徴的だった。

本体だけを見ればバイクと見間違うかもしれないが、戦闘仕様に組み上げられた全体像を見ればバイクなどとは別物である事がすぐにわかるだろう。
両サイドには対になった大口径キャノン砲と小型ミサイルポッドが取り付けられており、シート後部から伸びるメインブースターと相まって、まるで翼を広げた翼竜のようにも見える。

「前回の集束霊波砲は狙いの精度が甘かったので、今回は出力を20%カットする事で精度を重視するようセッティングしています。」

実際にフリーダムキーパーを乗りこなせる人間に話すのは初めてだったので、モニカが生き生きと目を輝かせながら説明している。
横島は対照的に神妙な面持ちで頷いていたが、頭の中は別の事を考えていた。

(うーん……細身だけど着やせするタイプと見た……!)

「前回乗った時、少し初動が硬い感じがしたんだけど、改善してくれてる?
確か足回りの辺りだったと思うんだけど……」

横島が何気なくフライヤーの下部を指差す。

「あ、はい、ちょっと見てみますね。」

前回のパーツリストを手に、モニカが四つん這いになりフライヤーの足回りをチェックする。
フライヤーの底部を覗き込んでいるのでモニカからは横島の姿は確認出来ない。
それを良いことに、横島はだらしない顔で突き出された形の良いお尻をじっくりと眺めている。

(ぬぅ……!少し小さめだが形は文句無しの一級品……!)

チェックを終えたモニカが振り返ると、真剣な表情で横島が自分を見つめていた。
相手が振り返るタイミングを見切る能力は、もはや神業の領域だった。
そんな事とは露知らず、思わずモニカの胸が高まる。

「あ、えーと……タダオ?」

どぎまぎしながら横島に問い掛ける。
バンダナとデニムのスタイルを捨て、良くも悪くも心身共に大人になった横島は魅力的な男に成長していた。
昔はボサボサだった茶色がかった黒髪も、今は自然な感じにセットされている。
数々の修羅場を潜り抜けて来た経験が表情に影を落とすこともあったが、持ち前の軽い性格がそれを良い具合いに中和していた。
美形という感じではなく、むしろ男前と呼ばれるタイプだろう。

『蛙の子は蛙』とはよく言ったもので、おたまじゃくしから蛙へと成長した横島は、誰に教わるでもなく女性を口説けるようになっていた。

「どうだった?パーツは変更してあったかな。」

以前の様に考え無しにがっつくような事はせず、ちゃんと口説くタイミングを見計らえるようになっている。

「えっ?あ、そ、そうね!
ま、前と同じパーツだったわ!」

手に持ったパーツリストを慌ててめくりながら説明する。

「そうか……」

顎に手をあて考え込む。

(おや、口説く前からなんだか脈ありっぽいぞ?)

「今からでもセッティングを調整する?」

モニカの提案を吟味するフリをする。

「いや、大丈夫だ。
操縦に不都合が出るほどじゃなかったし。今日はこのままでいこう。」

そもそもさっきの言葉からしてお尻をじっくり見るために適当に並べただけなのだ。
ハリーのセッティングは常に完璧だった。

背も伸びきり、もう立派な大人だというのに彼の本質は全く変わっていない。

(それにしても良いねぇ、さっきの初々しい反応!
ボーイッシュな顔とナイスバディのアンバランスさがたまらんぜ!
コレはいっとかなきゃ男じゃないでしょ〜!)

実のところ彼が大人になった点と言えば、以前の様に考えている事を無意識の内に口にしなくなったくらいだろうか。
でもそんな事は出来て当たり前のような気もするが、それはこの際置いておく。

「搭載武器は基本は前回と同じですが、少し変更している所がありますので、順番に説明していきますね。」

「ああ、頼むよ。」

「さっき少し説明しましたが、精度を上げるため左右の砲台は出力を落とし――――」

(この年で武器開発を任されてるくらいだから、きっとかなり優秀なんだろうな。
って事は、ずっと勉強してたんだろうなぁ。やれやれ、こんなに可愛いのに人生損してるよ。)



「ミサイルは手数を重視し、多弾頭型に変更――――」

(さっきの反応から見てもあんまり経験なさそうだし、デートコースはシンプルな方が良さそうか?
いや、デートよりもまずは食事を回数こなした方が良いな。何か適当な口実は無いものか……)



「サイコ・ラムの使用可能時間は前回から20%アップしています。でも一度使えば冷却に300秒は必要なので注意して下さい。」

「ああ、了解した。」

頭の中はすでにピンク色になっているのだが、それをおくびにも出さず真剣な顔で頷く。
当然、説明してもらった内容のほとんどが右耳から左耳に抜けていたが、特に気にしていなかった。

さてどうやって口説こうか、などと考えていると突然腕時計のアラームが鳴り出した。
モニカに聞こえないように小さく舌打ちする。
何時の間にか出撃五分前になっていた。

これではとてもゆっくり話す時間は無い。
だがそれくらいで諦める横島ではなかった。

「無事に帰って来れたら……モニカ、君に頼みがあるんだ。」

言うまでも無く演技なのだが、憂いを帯びた表情で話し掛ける。

「な、なに……?」

頬を染め、かすれた声でモニカが聞き返した。
どうやら男性に免疫が無いだろうと睨んだ横島の読みは的中していたようだ。

「フライヤーの設計の話とか、聞かせて欲しいなーと思ってね。」

一転、明るい表情でにこりと微笑みかける。
この落差が『効く』と経験上知っていた。
案の定、横島の笑顔につられるように、モニカの表情が緩んだ。

だがそれもつかの間、すぐに申し訳なさそうな表情に変わる。

「あ、あの、フライヤーの事なら、私なんかよりハルバート主任の方が……」

なるほど、確かに正論だ。
経験の浅い自分よりもベテランの彼の方がよほど深い知識を備えているだろう。
だが、いくら尊敬する相手とはいえ、横島にプライベートでおっさんと差し向かいで話をするような趣味は無い。

申し訳なさそうにうつむくモニカの肩にそっと手を置く。
そして精一杯優しい表情をつくりながら、慰めるように囁いた。

「俺はさ、君の話が聞きたいんだけど――駄目、かな。」

ボン!と音が聞こえそうなくらい、モニカが真っ赤になる。
恥ずかしそうに目を伏せ、消え入りそうな小さな声で呟いた。

「は、はい……その、私で良ければ、是非……」

横島は満足そうに頷くと、モニカの手を取り自分のアドレスのメモを握らせる。

「それじゃ、連絡待ってるよ。」

颯爽とフリーダムキーパーに跨り、エンジンを起動させる。
澄みきった、少しばかり高音のエンジン音が港の倉庫街に響き渡った。

そしてエンジンから光の粒子が溢れだし、本体の周囲に特殊な力場を展開し始める。
霊力を効率よく推力に転換する力場は、滑走路すら必要とせずにフリーダムキーパーを離陸させる事を可能にしている。
戦場へと出撃すべく、遂にフリーダムキーパーがふわりと浮かび上がった。

「あ、あのッ――!!」

モニカの声に横島が振り返る。

「その、お気をつけて……」

その言葉に答える代わりに、自信あり気に微笑みながら手を振り、思いきりアクセルを握り込む。
既に宙に浮かび遮蔽物の無い空路を、フリーダムキーパーが光の尾を引きながら一気に駆け抜けた。

フリーダムキーパーの急加速は空気を裂き、周囲に突風を巻き起こす。
被っていた作業帽が舞い上がるのも気付かず、モニカは頬を染めて光の軌跡を見送っていた。

そしてこの間、ジャスト5分。
彼は、あの父親に勝るとも劣らない遊び人に成長していた。










「クックック……良いねえ、モニカちゃんか〜!
こいつぁ〜思わぬ掘り出し物かもなぁ!」

誰にも見られていないのを良い事に、煩悩丸出しの笑みを浮かべる。

「フライヤーの話をしてる時はハキハキしてるのに、一歩プライベートに踏み込んだ途端……
あの初々しさがたまんないよなぁ〜!美味しく頂くとしますかぁぁ!!」

さっきの初々しい反応を思い出し、横島がだらしなく頬を緩ませる。
海上を飛ぶフリーダムキーパーは、煩悩により昂ぶる霊力に呼応するかのように空気の壁をぶち破る。

「はっはっは!待ってろよ〜爬虫類ィィ!
サクッと始末して、楽しい楽しいデートタイムと洒落込むぞォォ!!」

月の隠れる闇夜の空に、横島の高笑いが響き渡っていた。

INDEX/NEXT