日常の如きモノ

作:G・J・G

 日常と言うものの定義について考えてみる。

 普遍的に――或いは惰性によって――繰り返される時の連鎖。

 埒もない事ではあるが、何となくそんな風に考える。

 何がどうという訳でもなく、それはごく見慣れた光景ではあった。

 繰り返される時の連鎖。

 それはそれ以上のものではないのだが、それ故に飽きる事も無い。

 つまりは、そのような光景。

 故にそれは、『平穏な日常の光景』と呼んで差し支えはなかろうと判断する。しておく。

 世間一般で言うところの『平穏』とは、著しく食い違っているような気もするが、しておく。しておくったらしておく。












 美神除霊事務所は今日も『平穏』であった。

 当たり前のように繰り返される、穏やかな日常の風景。

 世間一般では、バスルームで怒声が響き渡り、続けざまに爆音と悲鳴が聞こえて来るような事態を平穏とは呼ばないのだが、ここではごく日常的な光景であった。

 めくるめくバイオレンスの嵐が吹き荒れ、破壊と狂乱の宴が終わりを告げると、全身から怒気を漲らせた紅髪の女が一人、その場から大股で去っていく。

 程なく、恐る恐るという態でやって来た事務所の同居人達は、壁にめり込んだまま痙攣する物体を発見し、いつもながら折檻の凄まじさに慄然とする。

 とは言え、毎日見ていれば嫌でも慣れてしまうため、嘆息を吐きながら手馴れた動作で焦げた肉塊を壁から引き剥がし、別の部屋まで運んでいく。

 もっとも、運ばれる方も慣れてしまっているため、すっかり耐久力が身に付いてしまっているが。

 普通なら一年は集中治療室から出られそうもなかったものが、十分と経たずに復活し、事務所内を闊歩している。本当に――まったく何事もなかったようにしか見えない。

 人外としか言いようのない生命力を日々見せ付けてくれるその少年に、こちらは真実人外の少女が二人歩み寄ってくる。

 とてとてと駆け寄り、文字通り尻尾を振りながら少年の腕にしがみつき、散歩を所望してくる人狼の少女。

 そして一見そっけない態度で――同時に少し上目遣いで――買い物への同伴を所望してくる妖狐の少女。

 直後に火花を散らし、二人は少年を挟んで睨み合う。いつもながら行動が分かりやすい。

 そのまま自分の袖をつかんで引っ張り合いを始める少女達を適当にあしらいつつ、密かに少年は天を仰ぐ。

 自他共に認める煩悩の権化であり、女と見れば人神魔見境なく発情するかに見える彼であるが、些か奇妙なことに、この少女二人にはあまりそういうそぶりを見せない。

 二人共にそれぞれタイプは異なるにせよ、申し分のない美少女であるにもかかわらず。

 彼が欲情する対象達と彼女らに相違点があるとすれば、二人共少年よりも三、四歳ほど幼い外見――実年齢的には更に幼い――という点であろうか。あるいはそれが彼なりの『線引き』なのかもしれない。

 ひと通りの悶着の末、三人そろって散歩に行くという方向で決着を見る。まったくその意志を無視され、有無を言わさず外に連れ出された――というよりも引きずり出された少年の悲鳴と共に、少女達は元気一杯に事務所を飛び出していった。







 それから一時間程経過した頃、再び三人の姿が事務所に見られた。人狼少女の散歩にしてはごく短時間での帰還。原因は、少女二人がいつものように対抗意識を燃やしあった結果、壮絶な徒競走を敢行したためである。

 帰宅してもなお、少女達はどちらが勝ったの負けたのと口喧嘩を始めている。

 かしましく階段を駆け上っていく二人を半眼で見送った後、すっかり疲弊し尽くした少年は、よろよろと身体を引きずり事務所の奥へと引っ込んでいく。

 そのまま執務室までやってくると、ソファーにうつ伏せに寝転がり、死んだように身動き一つしない。

 それからしばらくして、死霊使いの少女が部屋に入ってくる。

 ソファーで屍と化している少年を発見し、しばし小首を傾げてその様子を確認する。あるいは何か思案しているのかもしれない。

 やがて苦笑を浮かべて部屋から出ていったかと思うと、程なくして戻ってくる。茶器と菓子を載せたお盆を手にして。

 少女がカップに茶を淹れ始めるやいなや、それまでぴくりとも動かなかった少年が唐突に起き上がり、けろりとした表情で茶をすすりはじめる。

 そして、先程までの幽鬼の如きありさまが冗談ででもあったかのように、実際に冗談めかして自分を引きずり回した少女達の暴走ぶりを語りはじめる少年。

 特にそのことに対して疑問などないといった様子で――実際にないのであろうが――少女の方もくすくすと笑いながら茶飲み話に興じている。

 しばし緩やかな時が流れた後、事務所の主たる女性が部屋に姿をあらわす。

 いつも無闇に活力を漲らせている彼女にしては、何処かげんなりとした表情を浮かべているのが似つかわしくないが、すぐに原因がわかった。

 そんな彼女に続いてもう一人、扉をくぐってきた姿がそれであろう。

 彼らにとってはよく見知った式神使い。死霊使いの少女が『こんにちは』と挨拶すると、やけに間延びした声が返ってくる。

 そんなやり取りをしている間に、少年がソファーから式神使いの脇まで瞬時に移動している。冗談ではなく、いつ動いたのかまるで見えなかった。

 まったく唐突に愛想良く、本人は巧妙なつもりでセクハラ的行為の敢行を図るも、瞬時に雇用主に見抜かれ迎撃される。

 そのまま折檻の限りを尽くされ、血だるまになって床に倒れ伏すが、僅か五秒後には復活。

 何故か痕跡すら残っていない。

 一瞬前のやりとりなど存在しなかったかの如く、式神使い同伴の事情を問うてくる少年に対し、再びげんなりとした表情に戻った事務所の主が語った内容。

 それ自体は実に単純な話であり、単純であったが故にそこに秘められた悲惨さには筆舌に尽くしがたいものがあった。

 少なくとも、これから当事者となるであろう者達にとっては。





『式神使いの除霊を手伝う』





 要約してしまえばその一言で済んでしまう内容に、聞かされた少年も少女もあからさまに引きつった表情を見せる。

 つまりはそういうことなのであろう。

 他に解釈のしようなどない程に、引き受けることを苦痛と感じつつも、彼女がそれを引き受けざるをえなかった理由。

 それは式神使いに対する友情ではなく――当の式神使い本人だけはそう解釈しているようではあったが――自分の母親と式神使いの母親に押し付けられたらしい。

 愚痴りつつ――同時にまとわりついてくる式神使いをあしらいながら、彼女は二人に除霊の準備をはじめさせ、屋根裏にいる少女二人にも降りてくるよう声をかける。

 そうして一通りの準備が整えられると、所員総出で除霊に赴く。

 無邪気に間延びした式神使いと、終始げんなりしたままの事務所の主。

 そしてそんな二人に対して、苦笑いを浮かべるしかない助手四人。

 この世の終わりの到来を予見しつつも、諦観するしかない運命の奴隷。

 四人が共に抱いた心理は、あるいはそんな代物だったのかもしれない。











 結果のみを述べると、彼らの予見は見事に実現した。

 これ以上無い程の惨劇となって。

 除霊場所自体は何ら変哲のない――といえば語弊があるが、少なくとも彼らの商売のケースとしてはありふれた場所であった。

 霊的相が悪かったために、悪霊が大量に溢れかえったマンション。

 一般人にとっては脅威以外の何物でもないその場所は、しかし本来彼らにとってそれほど脅威足り得る場ではなかった。そのはずであった。

 除霊のために建物に足を踏み入れる際、事務所の主と助手の少年はそろって頭痛をこらえるような、あるいは忘却したい何かを無理やり押さえ込むかのような、奇妙な仕種をした。

 あるいはそれは正しく既視感を覚えていたのかもしれない。何を既視していたかは定かではないが。

 そうして除霊開始後きっかり一時間一二分後。マンションは崩壊した。

 連鎖的に広がる破壊。爆音の合間に響く悲鳴と怒声。

 当事者達にとっては切実極まる言葉なのであろうが、傍で聞いている分には大層滑稽な叫びの数々が屋外にまで響き渡る。



『結局プッツンするんかあんたわぁぁぁ!』

『堪忍やぁぁ〜!』

『死にたくないでござるぅうぅ〜!』

『冥子さん落ち着いてくださいぃ〜!』

『いやぁあぁぁ吸い込まれるぅぅうぅぅ〜!』



 それらは端的であり、同時に見るまでもなく事態を把握させてくれる絶叫であった。

 崩れ落ちる瓦礫と木霊する悲鳴が鮮やかなコントラストをなす阿鼻叫喚の巷と化したマンションから、すんでのところで脱出する面々。が、一息ついたところで一人足りないことに気付く。

 マンション――だった瓦礫の山をしばし呆然と眺め、しばらくして我に返った人狼の少女が慌てて匂いを嗅ぎ当てて掘り出しにかかる。程なくして、ボロ雑巾のように成り果てた少年が発掘された。

 色々と愉快な形に変形した少年を少女達が介抱するその横で、事務所の主が式神使いをしぼり上げ、更にその横では、新築したばかりであったのだろうマンションを失ったオーナーが精神崩壊していた。

 その後の諸々の事後処理――主に式神使いに対してその母親共々更なる説教の敢行――が終わり、少年を引きずりながら事務所に帰還する面々。出発したとき以上にげんなりとしているように見えたのは、別に気のせいでも何でもなかっただろう。



 やはりと言うべきか――事務所に帰り着く頃には、何事もなかったかのように少年は復活していた。



 事務所の執務室では、先程の破壊的除霊に関する問答が繰り広げられていた。

 問答しているのは事務所の主と、その母親たるGメンの重鎮。押し付けられた人間と押し付けた人間の、どこか不毛な討論。煤ける程に哀愁漂う娘の言葉を、母親の方はのらりくらりと受け流している。

 そしてその脇で、事務所の主とは別な哀愁を漂わせる者達がいたりする。

 事務所の主の母親がいつものように連れてきた、彼女の年の離れた妹。まだほんの赤子に過ぎない。

 念力発火などという、冗談では済まない能力を秘めている他は。

 そんな彼女のお守りを押し付けられた助手達が、あの手この手で彼女をあやしつけるべく悪戦苦闘している。

 意図の良く分からない海産物の着ぐるみを着用して踊り狂う、少年と人狼の少女。

 せっせとミルクの用意に勤しむ死霊使いの少女が、彼らの狂乱ぶりに大粒の汗を浮かべている。

 それらの脇で、精根尽き果ててのびている妖狐の少女の姿が、更なる哀愁を誘う。

 その時、ふとしたはずみで赤ん坊の封印護符――念力発火能力を押さえつけるための――が外れる。

 一瞬の間を置いて炸裂する火炎。当然の如くそれを少年がまともに食らう。

 慌てて封印をかけ直す姉と母親の横では、少年がぷすぷすと煙をくすぶらせている。香ばしく焼きあがった姿で。

 炭化しかけた口元は何やらぶつぶつと、『見たぞ……やはり炎は生きていた』などとうわ言を漏らしている。

 が、再び赤子に封印が施されて程なく、あっさり起き上がり、死霊使いの少女に軽いヒーリングをかけてもらうとすっかり元通りになってしまう。

 三億年前より栄える黒い悪魔達ですら畏怖を禁じえないであろう、驚異的な生命力。しかしその事に疑問を覚える者は何故かこの事務所にはいない――本人も含めて。

 あるいは、むしろその事実にこそ戦慄すべきなのかもしれないが……












「ホントにどういう身体してるのね〜」

 美神除霊事務所の日常を千里眼に映し出しながら、呆れとも感嘆ともつかない吐息を吐く。

 一度徹底的に彼の身体構造を解析してみたいところだが、何となく徒労に終わるような気がしてならないため、とりあえず実行はしていない。今のところは。

 美神除霊事務所への覗き行為。当初は仕事の合間の暇潰しにはじめたそれは、いつの間にか日課と化してしまっていたりする。

「ヒャクメー。小竜姫が呼んでるでちゅよー」

 と、背後から元気の良い呼び声がかかる。誰かは振り返るまでもない。ここ――妙神山に保護されている魔族の少女。

「は〜い。いま行くのね〜」

 軽く返事を返しつつ、千里眼を閉じる。

 いずれにしても――

 まったくもって彼らは見ていて飽きない。特にあの少年は。

 今度あの魔族の少女にもこっそり見せてあげようか……とも考える。彼のことを色々気にしていた事であるし、さぞ面白がることだろう。

 そのような思索に耽りながら、神族の調査官――ヒャクメは、同僚のところへ赴くべく腰をあげた。















 なお、この小竜姫による呼び出しは最近の彼女の著しい職務遅滞に関するものであり、当然の如く覗き行為の露見した彼女は、この後地獄のオーバーワークを課せられることになるのであるが……

 それはまた、別のお話である。



 完











 あとがき

 皆様こんにちは。G・J・Gです。

 この話は、かつて「夜に咲く話の華」に私が投稿していた代物に加筆修正を加えたものです。話の内容自体は全然変わってなかったりしますがw

 とりあえず、笑っていただけたなら幸いです。

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