ある晴れた日の朝。
俺とカニはいつもの道をいつも通り登校していた。
「ふあ〜あ…」
「道のど真ん中で大あくびするなよ、カニ」
「だってねみーんだもん。 ふあ〜あ…」
2度目のあくびをするカニ。 せめて口を手で隠すとか、それぐらいのことはしてもらいたいもんだ。
「だから昨日は早く寝ろって言ったんだ」
「バカ言ってんじゃねーよ。 大体、オメーだって…あ、フカヒレだ」
道のど真ん中を歩いているフカヒレを発見した。
なんだか背筋がピシっとしているというか、なんか機嫌が良さそうだが…
「おーい、フカヒレー」
「うおーっす、レオ! カニ! 今日はいい天気だよなぁ!
 今までこんなにハレバレとした気分はなかったぜ!」
「な、なんですかコイツ。 頭でも打ちましたか?」
さすがのカニも、フカヒレのテンションの高さにひいていた。
「き、今日はえらく機嫌がいいな」
「ああ! 最高ォォォォォにハイッ! てヤツだァァァァ〜〜〜〜ハハハハハ!
 おっはよーございます、乙女さん!」
気がつくといつの間にか正門まで到着していた。
なんか時間すら忘れてしまいそうなフカヒレの勢いに、俺もカニも完全に飲み込まれてしまったようだ。
「ああ、おはよう。 なんだ、今日はえらく機嫌がいいんだな、鮫氷」
「ええ、そりゃあもう! そんじゃーっす!」
…そういや昨日は日曜日、アイツの姿を見なかったな。
何かあったんだろうか?
「おい、ちょっと待てレオ」
「へ?」
「だらしのないやつだ、またシャツがはみ出てるぞ」
いつもの注意を受け、偶然現れた近衛から嫌な視線を向けられ、俺達は教室へと向かっていった。


「おっはよー!」
教室に着いてもフカヒレの勢いは止まらなかった。
そのハイテンションぶりに、全員が言葉を失ってしまっている。
「ねぇ対馬君、鮫氷君どうしたの?」
「いや、全然わからん」
佐藤さんですらどうしていいかわからない状態だった。
そしてフカヒレは、椅子に座ってうつらうつらしているスバルに声をかけた。
「ようスバル!」
「ん…おお、おはよーさん。 どうした、なんかいい事でもあったか?」
「それがよう、聞いてくれよ。 とうとう…とうとう……」
全員がフカヒレのほうを注目している。
本当のところどうでもいいことなんだろうが、何故かフカヒレを見ずにはおけない、そんな空気が漂っていた。
そしてフカヒレは右の拳を高々と突き上げて叫んだ。
「とうとう俺にも彼女ができたんだ〜〜〜〜〜!!!!」

……シーーーン……

『そして時は動き出す』

「ハッ! つーか、今のセリフは誰が言ったんだ?」
「う、うーん…」
「アカン、イガグリがひきつけを起こしよった! 誰か保健室に連れて行き!」
教室はいきなり騒然となったが、しかしここで動じていない人間が一人。
「ハイハイハイハイ、みんな落ち着いて。 冷静になりましょ」
手をパンパンと叩きながら、姫が全員に聞こえるように声を出した。
「よく考えなさいよ。 フカヒレ君を好きなる女の子っていると思う?
 もしくはそんな人間、想像できる?」
確かに、それもそうだ。 カニ曰く、黙ってればそんなでもないが、しゃべりだすとダメなのがフカヒレ。
コイツの事を好きになる女の子なんて、もはや二次元しかありえない。
「ということで、今回の事件はめでたく解決しましたっと」
「ちょっと待てって! 今回ばかりはマジだぞ!」


そして放課後…
竜宮でもフカヒレはこのことを話していた。
まぁ、話していたというよりはコイツが勝手にしゃべってるだけで、ほとんど誰も信じていないんだけど。
「あ〜〜もう! どうして誰も信じてくれねぇんだよ!
 よっぴーは信じてくれるよね? ね?」
「え? えっと…その……ちょっと真実味がないかなって…」
「ガーン…よっぴーにすら……」
佐藤さんの言うことももっともだ。
そんなボランティア精神をはるかに越えるような心の持ち主なんているものか?
例え佐藤さんでも、さすがにそこまでの心は持ち合わせていないと思う。
それはともかく、よろよろと椅子に腰掛け、がっくりとうなだれるフカヒレ。
土永さんはそんなフカヒレの肩を叩いて話した。
「嘘をつくならもっとマシな嘘をつくんだなー。 そんな嘘、ばれるのに1秒もかからねーぜー」
「うっせーよ、このインコ!」
「インコではない、我輩はオウムだ!」
土永さんも呆れ顔だった。 祈先生はもはや相手にもしないでソファに寝転がりながら漫画を読んでいる始末。
しかし、そんな時でも助け舟を出してくれる人間はいるものだ。
「まぁまぁ、もうちょっとフカヒレの言う事も聞いてやろうぜ」
「スバル…スバル〜! やっぱ持つべきものは友達だよ〜!!」
「一から話してみろや。 そうすりゃここにいるうちの一人ぐらいは、信じてくれるかもしれないぜ?」
スバルの寛大な心に胸を打たれたのか、目の幅の涙をドバドバと流したフカヒレだった。
「…妄想話も、お茶請けぐらいにはなりますわね」
「しょうがないわねー。 ま、そこまで言うならちょっとぐらいはつきあってあげるわ」
「あたしは帰ります」
「だったら黙って出て行けやネクラ。 オメーなんか声出す必要ねーんだよ」
「それじゃ(←無視)」
「あー! あいつこのボクを無視していきやがった! おーし、今日こそブッ殺す!」
「…やれやれだ。 話してみろ、鮫氷。 ここにいる全員は、お前の味方だぞ」
乙女さんの発言に数人があからさまに嫌な顔をしたが、それはさておき。
フカヒレはその事の顛末を話したのだった。


話は2週間前の日曜日から始まるんだ。
あるイベントでの限定グッズを獲り損ねちまった俺は、そのまま駅まで向かっていったんだけど…
「すみませーん、ちょっとよろしいですか?」
駅前で綺麗なおねーさんに声をかけてもらっちゃったんだ。 もうこれがスッゲー美人でさ!
どうもファッションに関するアンケートに答えてもらいたかったらしくてさ、このシャーク鮫氷様は快く引き受けたってわけよ。
「へぇー、鮫氷さんって結構オシャレに気を使ってるんだー」
「いやぁ、それほどでも…あ、俺のことはシャークって呼んでくれよ」
「アハハ、ヤッダー! えーっと、シャーク君?」
「イヤッホウ! そうそう、それそれ!」
「おっかしーんだ、シャーク君って」
そんな具合で話がはずんでさ、なんとそこで携帯の番号とメアドを交換しちゃったってわけよ!

「そしてこれがその証拠の番号だ! いやー、ちょっと見得張って『T大学の学生です』って言ったのが効いたんだな」
「ふむ、ウソにしては手の込んだことするわねぇ」
「どーせ自分ででまかせの番号を登録したんじゃねーのか?」
「本当だって言ってんだろが!」
「ま、ちょっとは信頼性がなくもないけど」
「だろ? そんじゃ、話を続けるぜ」

で、それから昨日の話だ。
それまで夜中とかにちょっとずつ電話で連絡してたんだけどさ、ついに会う約束までこぎつけたんだよ!
昨日、急に向こうから電話してきたんだ。
それまで、俺の方からしか電話をかけてなかったんだけど、あっちからってのがポイントだよな。
「今度の土曜日の昼に会えない?」
だってよ! もうこれはアレだよな、ちょっと食事して、カラオケでもして、疲れたから…ってなもんだよな!
我が世の春が来たーーーーーっってやつだよ!

「なぁ、お前ってアレだったよな?」
「ん? ああ。 でもそれはそれ、これはこれだよ」


その後もフカヒレは次から次へとその女の人のことをべらべらとしゃべりまくった。
ウソにしては出来過ぎていたこともあり、一応は信じるしかなくなってしまった。
フカヒレは話を終えると、そのまま気分よく帰っていったのだった。
「それにしても、フカヒレが幸せそうな顔してたらなんかムカツクぜ」
「まぁまぁ、カニっち。 とりあえずは祝福してあげようよ」
「なんかさー、よっぴー、ちょっと嬉しそうじゃねーか? フカヒレに変につきまとわられてたから」
「そ、そんなことないよう」
「まぁいいや。 どうなるかは神の味噌汁ってとこだな。 お茶ちょーだい」
「神のみぞ知る、だ」
「鮫氷には幸せになってもらいたいな。 佐藤、私にも茶を頼む」
「私にもですわー」
「はいはい、ちょっと待ってください」
カニが間違えてる事にだれも突っ込みもしなかったが、みんなが作業に戻る(お茶の時間にする)中、スバルと姫だけは…
「どうしたんだよ、姫もスバルも」
「いや…ちょっとこの話、おかしくないかなってな」
「フカヒレが手の込んだウソをついてるってことか?」
「そうじゃないわよ。 そういう意味とは違う『おかしい』って言う意味よ。 『怪しい』のほうがいいわね」
途端にスバルは険しい顔つきになった。 姫もこれだけは真剣に考えているようだし…
「ああ。 こいつはひょっとすると、やべぇことになるかもしれねぇぜ」
「やばいって…どういうことだ?」
「そうねぇ…変なところに連れて行かれるとかかしら」
「…ど、どうするんだよ!」
「どうするって言っても、今の段階じゃ何もできないわ」
「そうだな。 まだ何かされたってわけじゃないし…」
「スバル君と対馬君で、土曜日にフカヒレ君の後を尾行してみたら?」
「それがよさそうだな。 レオはどうする?」
「も、もちろん俺も行くぜ!」
フカヒレはあれでも一応友達だ。 心配だし、何かあったら…とにかく、注意しておくとしよう。

「ウフフフ…尾行途中でスバル君と対馬君がホテル街に…そこであわよくば……ウフフフフ…」
何か変なオーラを感じた。


そんなこんなで運命の土曜日。
朝の6時から出発するというフカヒレのアホな行動を監視するため、俺とスバルは尾行を開始した。
カニは寝起きが悪いし、うるさくて尾行にならないので連れてきていない。
まずは電車に乗って目的地に向かう。 途中のフカヒレの笑顔がなんとなく気持ち悪い。
周りの人も『なんだコイツは』のような視線を向けていた。
とりあえずはフカヒレに気づかれることもなく、何とか問題の場所まで到着した。
今日は乙女さんが朝早くに稽古で出かけたため、いつものおにぎり弁当(おにぎりのみ)が俺の朝飯となった。
スバルと分け合って食べ、そのまま監視を続けると、11時頃にようやくそれらしき女の人がフカヒレに近づいてきた。
「どうやらあの人らしいな」
「ああ。 お水系と言われれば、それっぽいとも言えるな」
「お、そろそろ移動するぞ」
女性と一緒にフカヒレは移動を開始した。
何か話しては笑っている。『待った?』『全然待ってないッスよ!』なんて会話でもしてるんだろう。
そのまま二人は喫茶店に入ってしまった。 もちろん俺達もその喫茶店に入る。
俺もスバルも簡単な変装をしているから、大きな声を出さなければ気づかれることはあまりないだろう。
俺達はフカヒレが遠くから見える席に陣取って監視することにした。
フカヒレはすっかり鼻の下を伸ばして女の人の話を聞いているようだ。
「どう思う、スバル?」
「ああ…こないだのバイトの客にいたんだけどさ、ひょっとしてキャッチセールスやってる女じゃないかな」
「そんな客がいたのか?」
「『一気に客が取れたから、お金使いたくなったの』とか言ってたな。
 あ、今フカヒレと話してる女じゃないぜ」
「ということは…フカヒレが大金をむしり取られるかもしれないってことか!?
 つーか、高校生にそんな大金あるわけないだろ」
「アイツ、T大学の学生だって女にウソついたんだろ? バカな事するもんだな。
 とにかくヤバイ可能性はあるな。 ただ、まだ確証がねぇ。 本当に危ないと思ったら止めにいこうぜ」
しばらくしてからフカヒレと女の人は立ち上がって喫茶店を出て行った。
俺達もそれに続いて、再び尾行を開始することにした。


まったくよう、誰も信じてくれねーんだもんな。
今の姿をみんなにも見せてやりたいぜ。 俺は今こうして美人と一緒にいる!
しかも二人きりで! これがデートと言わずして何と言うか!
あ、またウソだとか言われそうだから…
「ねぇ、写真撮らないッスか?」
「え!? いや…アタシ、写真嫌いなんだ」
「なんだ…じゃ、仕方ないッスね」
くそ、これじゃ証拠を残しておけねーなぁ。 何とかして1枚ぐらいでも…
「それじゃ、そろそろあそこに行こっか」
「ああ、展示会でしょ? でも俺そんなに毛皮とかには興味は…」
「でも、これから必要になってくるよ? 初対面の相手って絶対見た目から気にするもん。
 君を良く見せるためにも、きっと必要になるから」
「そ、そうッスか?」
「そうよ! それに…シャーク君って顔は結構カッコイイんだから、完璧なオシャレすれば…」
ちょっとこの人、顔が赤くなってる……ま、まさか本当に俺のこと…
う、うろたえるんじゃあないッ! シャーク鮫氷はうろたえないッ!
「お、俺…」
「あ、着いた着いた。 ここよ」
なんだ、着いたのか…って、ここ? このビルの中?
とてもじゃないけど、展示会とかそんな大それたものなんてできなさそうなんだけど…
「…ほ、本当にここッスか?」
「そうだよ」
「でもさ、なんか展示会って雰囲気とかじゃないんだけど…」
「まぁまぁ、入ればわかるから」
ぐいぐいと背中を押して俺を中に入れようとする彼女。
なんかこれって何かおかしくないか? …で、でも俺は……
「ほらほら、さっさと入ろう?」
「そ、それじゃ…」

「ちょっとそこらへんでやめてもらおうか」


「ス、スバルにレオ!」
やれやれ、どうにか変なところに連れてかれる前に止めれたな。
「そこの綺麗なお姉さん、生憎だがそいつは俺の知り合いでね。ちょっと用事があるんで、こっちによこしてもらうぜ」
「な、何言ってるのよ。 シャーク君はアタシと一緒にいるのよ? ねー、シャーク君」
「あ、ああそうッスね。 スバル、俺は今日はデートなんだぜ? 頼むからさ…友達だろ?」
スバルはニヤッと笑った。
「ああ、だからこそお前を連れて帰るんだ」
「そうだぜ、フカヒレ。 その人は間違いなくキャッチセールスだぞ。 高い物無理矢理買わされるぜ?」
俺の言葉に、フカヒレはかなりの動揺を見せた。
「そ、そんな…ち、違うよね、おねーさん!」
「もちろんじゃないの! さ、その人たちは置いといて、中に入りましょ」
女の人は笑顔で促しているが、その笑顔は明らかに作り笑い。
顔面の筋肉だけで笑っている、なんとも不気味な笑顔だった。
さすがの俺もここは行動をする時だぜ!
「ふざけんな! フカヒレは帰してもらうっつっただろ!」
俺は飛び掛って無理矢理フカヒレを引っ張り、スバルのほうへフカヒレを突き出した。
「いった…何するのよ!」
「うるせぇ! どうせ悪巧みしか考えてねぇんだろうが! たとえこんな奴でも友達だ、見捨ててなんておけるかよ!
 さ、帰るぜフカヒレ」
「レオ…」
それでも女はなかなか退こうとはしなかった。 むしろより強引にでも、フカヒレを中に引き込もうとする。
「シャーク君には、私の頑張っているところを見てもらいたいの!
 それがそんなにいけないことなの!?」
何を言ってるのか、ワケがわからない。 ヤケになっているんだろうか、焦っているんだろうか。
だんだん笑顔も消えかかっているようだった。


「ね、シャーク君! こっちに来てよ! ね!?」
「う…」
フカヒレも女の人の変な行動に、さすがに警戒を示すようになってきた。
それにしてもこの人、やたらとしつこい。
多分、給料とかは客を引き込んで買わせない限り、メチャクチャ少ないんだろう。
そりゃ相手も生活がかかってるんだから必死だ。
でも、だからと言って騙して金を稼ごうなんて馬鹿げてる。
しかも、人の心を踏みにじるような事までしやがって…
「なぁ、おねーさん」
スバルがズイと前に踏み出し、女の人の目の前まで接近した。
「俺はな、別にアンタがどうやって金を稼いでるかなんて知る気はねぇ。
 だが、騙す相手がダチとなりゃ話は別だ」
思い切り睨みつけられた女の人は、その威圧感に飲まれたのか、恐怖に怯えるような目になった。
「二度と俺達の前に姿を見せるんじゃねぇ。
でなきゃ…女だろうが容赦しねぇぜ」
「ひっ…」
後ずさりしてビルの中に女の人は逃げ込んだ。 だが、自分が安全な場所まで来たかと思うと、こっちに向き直り、
「バッカじゃないの!? 何がシャークよ! キモいんだよバーカ!」
と、捨て台詞を吐き、そのまま姿を消してしまった。 なんて奴だ、本当にこれじゃフカヒレがかわいそうだぜ。
それはそうと、フカヒレは大丈夫だろうか?
「なぁ、フカヒレ…」
「いいんだよ。 今は何も言わないでくれ…」

帰りの電車の中、元気のないフカヒレが小さな声で話した。
「ありがとうな、レオ、スバル。 俺、もうちょっとで騙されるところだったよ」
「いや、俺達は別に…」
「でもな…俺…俺……」
「…なぁ、スバル。 確か今日は豆花さんの屋台、早いうちからやってたよな」
「ああ、そうだな……いくか?」
「おごってやるよ、フカヒレ」
「…ありがとう……本当に…」
フカヒレが流していた涙は、いつものいじめられたりとかとは全く違う、本当の涙だと俺は思った。


(作者・シンイチ氏[2007/01/12])

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