一話:恋愛二重奏

「ダンスパーティー?」
 冬が駆け足でやってきたような10月半ば。外は寒いが竜宮の中はひどく暖かい。
 そんな中で会話をするのは対馬レオと霧夜エリカ。竜鳴館会長副会長コンビだ。ちなみに後ろには侍女のように佐藤良美ことよっぴーが控えている。
「そう。来月にある他校と合同開催の行事よ。生徒会執行部は毎年この行事にも借り出されるの」
「無駄に顔が良いのもそのため?」
「それもあるけど、9割は私の趣味ね」
「ハハハ……。でもさ、俺やスバルとかそんな社交ダンス的なの踊れないぜ」
「知ってる。だから特訓するのよ」
 ずずい、という効果音に相応しい様子でレオに近づく。相変わらずエリカのアップに弱いのか、純粋な少年の顔は朱に染まる。
「アハッ、対馬クンかわいー。でも乙女さんには怒られないようにね」
「ひ、姫がからかうからだろ! それよりも特訓って……」
「生徒会執行部たるものダンスも踊れなくちゃいけないの! 特に私達は最初に真ん中でダンスを踊るのよ」
「へー。……って真ん中!? 何その羞恥プレイ!?」
「学園の代表だもの。だから対馬クンにもきちんと踊ってもらうから。覚悟しなさい」
 射抜くように真っ直ぐな視線でそう言うエリカ。その視線を受け、レオは無意識で首を縦に振っていた。
「よろしい! じゃあ皆が来たら早速特訓開始よ!」
「特訓って……どうも乙女さんみたいだなー」
 後ろで苦笑するレオにエリカは口元だけで笑ってみせる。
「あ、そうそう。竜鳴館代表は生徒会長と副会長だからね、対馬クン」
「もしや、8行上の『私達』って執行部役員全員ってコトじゃなくて……」
「そう。私とつ・し・ま・ク・ン!」
 瞬間、レオの顔から血の気が引いた。そして、弱音を吐くために開かれた口から音が発される前にエリカは高らかに言う。
「言っておくけど、無理、とか言うのはナシ」
「で、でも俺……初心者だし」
「だから特訓するんでしょう?私が二週間で立派なジェントルマンにしてあげるわ。あ、でも」
 話が勝手に進んでいく中、エリカは一端言葉を区切る。そして優雅に紅茶を一口飲んで言った。
「ラストダンスくらいは譲ってあげるわ、折角だもん」
「ラストダンス?」
「えっ? 対馬くん知らないの?」


 驚きの声を上げたのは良美であった。そして穏やかに微笑んでから説明を始める。
「竜胆館時代からの言い伝えで、ダンスパーティーのラストダンスを踊った二人は永遠に幸せになれるっていうのがあるんだよ」
「そ。私の予約はもうよっぴーで埋まっちゃってるから。対馬クンもちゃんと誘いなさいね」
「えっ!? 予約なんてそんなの初耳だよぅ」
「だって今はじめて言ったんだもーん」
 そう言いながらエリカは良美に対してセクハラを開始する。そしてレオは室内での軽犯罪行為は気にせず、窓の外を見ながら一言呟いた。
「ラストダンス、か」

*****
 対馬レオと鉄乙女が付き合いだして早2ヶ月。思春期カップル・イトコ同士・同棲というフラグがあれば一通りのことが済んでいるのはお分かりであろう。
 明確な告白の言葉もあった、手をつなぎお互いの気持ちも語り合った。お互い、十分に満足はしているはずだ。
「でも、乙女さんもこういうの気にするのかなぁ……」
 清く正しく美しくそして誰よりも強い、ある意味猟奇的な彼女は「乙女なのだから当たり前だろ」という趣旨の台詞を良く言う。
 今回も似たようなことを言うかもしれない、そう思いながら彼は愛の巣の扉を開けた。
「ただいまー」
「おお、おかえり。待っていたぞレオ」
 そう言いながら乙女は花のような笑顔を振りまく。
「え、ど、どうかしたの乙女さん」
 先ほどのエリカ達との会話が蘇り、ぎこちなくそう返す。すると乙女は彼の腕を引いて台所まで行く。
「焼きおにぎりを作りたかったんだがどうやら壊れてしまったみたいでな。電気屋に電話をして修理を頼みたかったんだが……」
「……ウチの電話も壊れちゃってんだっけ?」
「ああ。ちょっと急いでボタンを押しただけなのになぁ……」
 そう言いながら「機械というものは軟弱だな」と呟く乙女。そう呟く姿も可愛い、などと思っていると、乙女は怪訝な目付きでレオを見た。
「どうした? 何か考え事か? それとも誰かに苛められたのか?」
「い、いやそうじゃなくってさ……。あ、そういえば今月はダンスパーティーがあるね!」
 まさか『貴女に見とれていました』などとヘタレオが言うわけもなく、無理矢理な話題転換をする。
 そして乙女は少しだけ困った笑顔を浮かべながら言った。


「ああ、そうだな」
「あれ? 乙女さん乗り気じゃないの? 行事とか好きなのに」
「そうなんだがな、どうも誘いが多くて全員と踊り切れそうに無いんだ」
 さらりと言われた乙女の発言に、レオは鞄を床に落とすというベタなリアクションで応えてしまう。
「む。どうかしたのか? レオ」
「い、いや。乙女さんの今の発言にサプライズした件について」
「何がだ?」
「その、全員と踊るとか誘いが多い、とか」
 少しだけ震える声を抑えて、レオはなるべく動揺が伝わらぬよう努力をした。そして乙女は、けろりとした顔で言う。
「そうだぞ。全く……私を男だと思っているのかもな、奴らは」
「……へ?」
「いやだから、女子からの誘いが多いんだ。まあ毎年のことだがな」
 そう言いながらレオの落とした鞄を拾う。そのままレオの表情のを見てから微笑む。
「安心しろ、レオ。私がお前以外の男と踊る訳ないだろう?」
「そ……っか。ゴメン、ちょっと驚いちゃって」
「で、だな。……その、レオ。お前もなるべく……で、くれ」
「えっ?」
 普段の乙女らしからぬような小さく消え入る声。聞き取れずにレオが顔を覗くと、いつもの強気な視線でレオを捉えて言う。
「お前もなるべく他の女と踊るな、と言ったんだ!」
 強気な視線は崩さず、しかしその頬は朱色に染まっている。
「うん、なるべくね。でも俺、竜鳴館代表で姫と踊らなくちゃいけないんだ」
「それはまあ、勤めだから仕方無いな。……いや、でもな……」
 そう言いながらブツブツと乙女は呟きだす。そしてレオはひとつ息を吐いてから真剣な眼差しを愛しい彼女に向けた。
「乙女さん、あのさ……」
「む、何だ?」


「ラストダンスは、俺と踊ってくれないかな?」



二話:サブキャラ協奏曲

「ラストダンス? 何だソレ、うめぇの?」
 季節は11月に差し掛かり、学校全体が浮かれた雰囲気になっている。
 文化祭、の次にあるダンスパーティーは近隣の学校と合同の行事なので、学校全体がお祭りムードなのである。
 それはこの2−C3人娘も同様なようで、ダンスパーティーの話が話題に持ち上がっていた。
「カニチはそういう情報には疎いネ。ラストダンス有名な話ヨ」
「せやせやー。ダンスパーティーでラストダンス踊ったカップルは永遠に幸せになれるらしいでー」
「へー。興味ねぇや」
「何でやー。こういうのにときめいてこそ! 乙女っちゅーもんやないか」
 その言葉に、きぬの表情は曇りだす。しかしながら空気の読めない少女は追い討ちをかけるような言葉を繰り出そうとしていた。
 しかし、フォロー上手の少女がこの場にはいた。豆花なら、豆花なら何とかしてくれるはずだった。
「マナはその前に彼氏見つけるネ。ダンスの伝説知ててもおどてくれるヒトいないヨ」
 軽くマナをヘコませつつ、豆花はきぬを気遣うような視線で見つめる。しかし、さして気にする様子も無いようだ。
 その様子に安堵しながら豆花はそれとなく話題を逸らした。
「そういえば文化祭もあるネ。うちの部は今年超包子作るヨ」
「そりゃちょっと版権無視ってねーか? トンファー」
「わー。でも何やウマそーやなぁ。楽しみにしとるでー」
 意識はダンスパーティーから文化祭、正確に言えば出店に移ったようだ。きぬは、笑顔で同意をしたがそれ以上話題は発展しなかった。


「ラストダンス、ねぇ。何で女子共はそんなに必死になるのか」
「必死なのは女子だけじゃねぇよ!これだからモテモテ野郎は!」
「……オイオイ、当たるなら俺にじゃなくてレオにだろう」
 体育の授業中。季節は冬になろうが鉢巻先生はブルマ鑑賞を推奨している。今日の競技は棒高跳びの見学だ。
 背面飛びをする女神達を鑑賞するのに場所は関係無い。正面だろうが横だろうが美しく、そして非常にきわどかった。
 全員が心の中や口に出して「ナイスブルマ!」と崇めつつも話題は時期的なものへ移っていく。それは男三人も例外ではなかった。
「そっかー。レオはもう決まってるもんなー。チックショー、俺も彼女欲しいなー。テレビから三次元に飛び出してこないかなー」
「まずはその穢れきった根性をどうにかしないとな」
「レオまで乙女さんみたいなこと言ってるじゃねーか!」
「ハハッ。俺もこればっかりはフォロー出来ねぇな」
「スバルまでひでぇよ!」
 半泣きになる新一をなぐさめつつ、レオはスバルに問いかける。
「なあ、スバルは誰か誘わないのか?」
「……そーさねー。どうしたもんか」
「スバルなら楽勝だろ。大抵の人間ならオッケーするんじゃないか?」
「じゃあレオ。俺とラストダンスをや ら な い か ?」
「却下」
 会話が聞こえていないはずなのに、霧夜エリカの視線を感じた気がするのは気のせいであろう。


「ラストダンスねぇ、紀子も伝説信じてるの?」
「くー♪」
「……ああ。聞くだけ野暮って感じね」
 浮かれた雰囲気になるのは2−Aも同じだった。女子も男子も、文化祭かダンスパーティーの話題で盛り上がっていた。
「……くー」
「まだ誘ってないの? っていうか、気付かないアイツもアイツだけど」
 机を挟んで、西崎紀子と近衛素奈緒も話題に乗っていた。そして紀子は俯いてから言う。
「でも……ナオ、こそ……イイの?」
「は? 何が?」
「つしま、クン……さそう」
「さささささ、誘わないわよあんなヤツ! っていうか第一、アイツ鉄先輩と付き合ってるじゃない!」
「ふつう、の……ダンス」
「踊んない! 踊るわけないじゃない! っていうか、私よりも紀子のが大事じゃない!」
 話を摩り替えられたことに気付き、素奈緒は紀子に強く言う。しかし、口下手な少女は首を横に振る。
「ナオ、のが……だいじ」
「でも、私のは見込みゼロだし、紀子は見込みあるじゃない。だから……」
「く!」
 少し強めの口調でそう言う紀子。その様子を見た素奈緒は一瞬だけ何か言おうとしたが、すぐに躊躇った。
「ゴメン。でも……私みたいに、紀子には後悔して欲しくないの」
「……ナオ……」
 そこまで言ったところで、素奈緒は自分がとんでもない発言をしていることに気付いた。
 先ほどは否定した対馬レオへの慕情を匂わせる発言をここできっぱりと言ってしまったのだ。
「まあこの話は置いといて! 置いといてね! 次の授業の準備よ! さー、次は何かしら!」
 突然慌てだした素奈緒を不思議に思いながら、紀子は彼女に付き従った。


 放課後の竜宮ではダンスの特訓が行われていた。生徒会役員である椰子なごみも嫌々ながらそれを受けている。
 嫌な理由は役員を早く辞めたいという感情は勿論のこと、講師を務めるのが会長であるエリカだったからだ。

「うん、なごみんスジが良いわね。飲み込み早いわー」
「さり気なくお尻とか触るセクハラ行為をやめて下さいませんか?」
「それはホラ、趣味だもん仕方ない」
「エリー……」
「……まっ、なごみんも理解してくれたみたいだしこれくらいにしとこっかな」
 そう言いエリカはなごみとのダンスの体制をといた。
「明日は男性のステップと基本的な踊り方を伝授してあげるわ」
「……これでもあたし、一応女なんですけど」
「うん、知ってるわ。でもでもー、なごみんあのポスターの影響で女子から人気高いんじゃなーい?」
 楽しそうに言うエリカの発言は図星であった。彼女にとって迷惑でしかなかった生徒会役員募集のポスターの過去が蘇る。

 あの時スーツを纏い鋭い眼光を向けたなごみは、以降女子からの人気が爆発的に高い。
 まああからさまに憧れられ崇められるエリカのようではなく、影で人気の高いスバルのようなモテ方ではあるが。

「まあ、女子からの申し込みもあるだろうしね。乙女センパイほどじゃあ無いだろうけど」
「……鉄先輩、そんなに人気あるんですか?」
「鉄先輩の人気は凄いんだよ。去年もだけどラストダンスの時間が押しになるくらい人気で、今年から抽選になるんじゃないかって位」
 良美の補足を聞き、なごみは眉をひそめる。そしてエリカはなごみに対し別の話題を降った。
「そういえばなごみん、ラストダンスとか申し込まれたり誰かと踊るか決めたの?」
「……意外ですね。お姫様でそういう俗っぽいこと気になさるんですか」
「んー、伝説とかじゃなくってなごみんが男と踊るのかなって」
「興味無いです」
「あららー。ドライだね」
「というよりダンスパーティーに興味も無いし出たくないです」
「クールねぇ。まあ、執行部の恩恵をちょっとでも受けてるなら必須だから」
 薔薇の花がほころぶが如くエリカは微笑む。その笑顔を見てなごみは思わず舌打ちをする。


「でも、ラストダンスの時になごみんが囲まれるのもちょっ見たいかなー」
「その前に抜け出すつもりなんで」
「それなら、良い場所をお教えしましょうか?」
 今までソファーで石像のように動かず、気配すら消していた大江山祈が不意に口を開く。
 この時期は文化祭とダンスパーティーの準備があるはずだが、『生徒会顧問』を口実に竜宮でのうのとサボっていた。
「……どうしてですか?」
「私は去年そちらでサボっていましたの。教えるのは少々癪ですが、今年は面倒なことに司会に選ばれてしまったので」
「先生、サブキャラだもんね」
「出番確保のためとはいえ……」
「煩いですわー。最初しか出番が無かったくせにー」
 飴を舐めながら糸目で嘆く祈。そしてなごみを見ずに言った。
「場所は大学食の海側。少々寒いですから羽織るモノを持っていくことをお勧めいたします」
「どうも」
「あ……でも椰子さんにとってウザめなものが来る可能性はありますわー。でもダンスの申し込みではありません」
「おっ、祈先生の占いね」
「祈先生のは当たるからねー」
「……そうですか」
 大した興味もなさそうにそう言うなごみ。そしてエリカは別の話題を振った。
「じゃ、ドレスの採寸しようかー。なごみんのスリーサイズ測定〜♪」
「手をわきわきさせないで下さい。あとその笑いは不快なのでやめて下さい」



エピローグ:月光小夜曲

 ダンスパーティーは滞りなく進んだ。

 代表のダンスではエリカのリードによりきちんと仕事をこなしたレオはほこらしげな表情でいた。
 それを乙女は褒め、対馬ファミリーの面々はからかい、他の生徒会やクラスメイトは笑ってそれを見た。

 相変わらず新一はダンスを申し込むもフラれ、スバルやなごみは壁の華に徹し、他の面々は新一を除きダンスを楽しんでいた。

 素奈緒はレオにダンスを申し込んだ。最初はぎこちなかったが二、三言葉を交わした後は少しはわだかまりも解けた。
 乙女は複雑な表情でそれを見守っていたが、すぐに他の女子からダンスを申し込まれて二人は視界から消えてしまった。


 時間は刻々とラストダンスへと近づいていく。


 なごみは会場をそっと抜け出して月を見上げた。しかしそこには女に振られまくって黄昏ている新一の姿があった。
 見つからないように場所を移動する途中で見つかってしまったが、すぐに睨みをきかせるとどこかへ行ってしまった。

 素奈緒は親友の行方を壁際で見つめていた。ドレスアップした紀子は洋平に近づき、その手を差し出した。

 男装をしたエリカは良美を伴い会場内に現れる。女子生徒が何人か倒れてしまったようだ。

 スバルは料理のコーナーに居たきぬに近づき、頬についたソースをぬぐってやる。そしてそのまま、誘いを口にする。

 そしてレオは未だ女子に囲まれている乙女に手を伸ばし、女子生徒の反感を買いながらそのまま愛しい彼女を連れ出した。


『それでは、ラストダンスとなります。皆様、それぞれパートナーお手をお取り下さいな』

 司会者である祈の声と共に、ワルツが会場の中に響き渡る。



 ラストダンスは、あなたと。


(作者・名無しさん[2006/11/30])

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