竜鳴館の2年生はとにかくイキがいい事で知られている。
 その代表格、2−Cと2−A。この2クラスは、それぞれ問題児クラス、優等生クラスとして度々争ってきた。
 時にはハデにやらかしたりもするが、竜鳴館自体の校風がアレなので放置されてきた。
 だが。
「お前達……。多少やりすぎだ」
 その限度を超えてしまったらしい。
「今度の土曜日、お前達2クラスをこの儂が直々に指導してやろう。覚悟するがよいぞ」
 そんなわけで俺たち2−Cと2−Aのメンツは、バス2台に分譲させられ、とある所にやってきたのでした。
 竜鳴館から10キロほど離れたとあるスポットで、俺はここに何度か来たことがあった。
「着いたな。では今日行うことを説明しよう。お前達には……釣りをしてもらう!」
 やはりか……。
「車内でくじを引いているであろう」
 そう言われ、俺は車内で引かされたくじを見る。26、と数字が書かれていた。
「そのくじは2−Aの者、2−Cの者、お互いがペアになるようになっておる。ペアによる釣り大会だ。
ペアで釣りでもしながら語らいあい、お互いをよく知るがよい」
 今回の趣旨はそれか……。正直メンドクセェ。みんなもそう思っているようで、不平不満が聞こえている。
「釣果が1番のペアにはドラゴンチケットを進呈しよう」
 みんな、俄然やる気が出るのであった。俺もやる気出てきた。
「ビリのペアは帰りは歩きだからな」
 ……マジで負けられなくなった。
 にしても2−Aのやつとペア、か。正直気が進まない。
 西崎さんあたりにでも当たってくれれば気楽にやれるのだが。
「オレのパートナーは西崎さんか。よろしく頼むぜ」
「くー♪」
 スバル&西崎さんペア結成。
「僕のパートナーはフカヒレか。言っとくが足を引っ張るなよ」
「チクショウ、女じゃねーのかよ……。ま、ドラゴンチケットのために頑張るとするか」
 フカヒレ&村田ペア結成。
 他にも次々とペアができている。
 さて、俺の相手は……。
「26番の人、誰ー?」
「あ、俺26ば……」


 …………………………………………
「ここでいいか」
「ええ。いいわよ」
 俺のパートナーはツインテール・コ・ノーエこと近衛でした。最悪。
 とりあえず適当なポイントに陣取り、準備を始める。
「お前、釣りの経験は?」
「少しあるわ」
 なら大丈夫か。配られた竿や針を用意し、餌をつける。
 ……生理的嫌悪をグッと我慢し、釣り針にセット完了、と。よし、準備はオーケーだ。
 近衛は……。
「う……」
 ……? 餌と格闘してるのか? ……ふう。
「近衛」
「なによ」
「貸せ。餌つけてやる」
「い、いいわよ! 自分でつけるわよ!」
「そうか。じゃ、頑張れ」
「ぐ……。う……」
 じーっ。
「ぬ……。く……」
 ……時間がもったいないな。
「いいから貸せ」
「あ……」
 ちょいのちょいのちょい、と。
「ほれ」
「あ……あり、がと」
「ああ」
 男ってのは大変だ。にしても近衛にもこういうところがあるんだな……。
「……なによ」
「いや、別に。それより早く始めよう。ビリは絶対に免れたい」


「アンタに言われなくてもわかってるわよ!」
 見れば周りも釣り糸を垂らし始めている。
 ここは釣りスポットとしては結構な穴場で知られている場所だ。
 防波堤も磯もあり、場所も広く、魚の種類も豊富で、初心者から玄人まで幅広く好まれている。
「いよっしゃぁぁーーー!!!」
 カニの声が響いた。早くも1匹目を釣り上げたらしい。
 俺も近衛も早速キャスティング。アタリが来るまで待とう。
 10分経過。アタリ無し。会話も無し。あるのは波の音と、周りの声のみ。
 ……………………空気が重い。アタリでもくれば幾分、空気も軽くなるだろうが……。
 …………駄目だ、沈黙に耐えられん。
「近衛」
「……なによ」
「歌、思いついた。作詞作曲・対馬レオだ。聞きたいか?」
「……随分暇そうね」
「聞きたいか? 聞きたくないか? どっちだ?」
「……じゃあ、聞きたいわ」
「そうか、よし、タイトルは『おにぎりの歌』だ。ン、歌うぜ。
おにぎり・うめぼし♪ おにぎり・うめぼし♪ うめうめぼしぼし♪ うめうめぼしぼし♪ おにぎり・うめぼし♪
…………つぅー歌だ……。……どォよ?」
「……………………」
「どうだ? どうなんだ?」
「……いいわ、対馬、気に入ったわ」
「マジすかッ!」
「あっ、ヤバイ、すごくイイ! 激ヤバかもしれない! 耳にこびりつくわ、うめうめぼしぼしのとこが。
……クセになるわ、地中海あたりでなら大ヒット間違いないかも」
「マジすか!! マジそう思う!?」
「ええ」
「実はもう1曲あるのだが……」
「聞きたくないわ」
「だよな」


 ……………………。
「釣れないなぁ……」
「そうね」
 ……釣りに集中しよう。
 …………20分経過。まだなんのアタリもこな……!?
「……! 来たァ!」
「えっ!?」
 俺の竿がしなる! グッとした手ごたえ! こいつは来たぜ! 落ち着いて糸を巻いてゆく。よし、魚影が見えた!
「近衛、網!」
「は、はいッ!」
 網で海上に上がってきた魚をすくう。こいつは……デカイ!
「よおおーーーし!」
 魚はピチピチと跳ねている。活きもよさそうだな。
「これはクロダイね」
 近衛が支給されていた釣りマニュアルの魚辞典を見て調べてくれた。
「おお! ってことは結構ポイント高くね?」
 この釣り大会はポイント制で、魚種、大きさなどで評価される。
「ええ、これなら5億ポイントぐらいもらえそうね」
 数字も豪快だ。
「イエーイ、やったな!」
「ええ!」
 思わずハイタッチ。
「ほほう、なかなかの大物を釣り上げたようだな」
「見事なクロダイですわね」
「あ、祈先生と土永さん。いたんですね」
「ええ。あなた方のペアはいささか心配でしたが、お2人とも仲良くやっているようで安心しましたわ」
「え、あ、いや、別に仲良くなんて……」
『イエーイ、やったな』
『ええ』
 ハイタッチ。


「な、何してんのよこのオウム!」
「先ほどのお前達の再現だが?」
「いちいちやらなくていいのよ! トサカくるわ!」
「ああ〜ん!? トサカも無いくせにトサカくるなんて使うんじゃねえ!」
 オウムと本気で喧嘩するツインテール。滑稽な光景だ。
 さて、時間ももったいないし、続けるか。
「何1人クールぶってんのよ!」
「イテッ!」
 ………………………………
 いろいろごたごたしたが、釣り続行。
 空気もだいぶ軽くなった。雑談もするようになった。天気もいい。だが。
「よし来た!」
「えっ! ……なんだ、また小物じゃない。やっぱりさっきのはマグレかしらねえ」
「1匹は1匹さ」
 あれから2時間。来たのはポイントになりそうに無い小物ばかり。
 うーん、不調だ。場所を変えることを検討してみるか……。
「ハーイ対馬クン。調子はどう?」
「姫」
 姫が現れた!
「姫、何しにきたのよ!」
「ちょっとみんなの様子を見にねー。えっと……」
「近衛素奈緒よ! 名乗るの何度目よ!」
「あー、ハイハイそうだったわね」
 ……修羅場の予感がするなあ。
「で、対馬クン達はどれぐらい釣れたの?」
「いや、まだ3匹」
「あら、でも大きいのがいるじゃない。立派なものね」
「姫は?」
「んー、確か6匹ほどかしら。ほら」
 そう言ってバケツを差し出してきた。


「うわ、でかいのばっか! スッゲ!」
「2匹ほど館長にさばいてもらおうかと思って」
 そう、一応昼食は支給されるが、余裕があるのなら、釣りたて新鮮な魚を食べてもいいのである。
 そして、その魚を館長がさばいてくれるというのだ。単に自慢の包丁セットを見せびらかしたかっただけのようであるが。
「ところでさ、この3匹、対馬クンが釣ったの?」
「え、ああ、うん。全部俺が釣った奴だけど」
 この時俺は、何も考えずに、正直に言っただけだった。そして、それが姫の狙いだった。
「へー、すごいわねー。……ってことわぁ〜、このツインテール、まだ1匹も釣ってないのぉ〜!」
「あっ、アンタ、そんな大きい声で……」
 ……時すでにおそし。
「ああん? 近衛はまだ1匹も釣ってないのか。レオも大変だな」
「ナオ、がんばれー!」
「近衛、まだボウズか。難儀な奴だ」
「よかった、俺以外にもまだ0匹の人がいてくれた。救われた気分だぜ」
「うはははー、まだ0匹のヤツがいるってよ」
「この周辺って、結構簡単に釣れるんやけどなぁ……」
「運が悪すぎるネ」
「もう、エリーったら……。ごめんねぇナオちゃん。頑張って、1匹ぐらいは釣ってね」
 そして姫はご機嫌で去っていった。
「うぐぐ……、畜生! 何でわざわざ大声で……!」
「うーん、姫のモットーは『他人をほめるときは大きな声で、悪口を言うときはより大きな声で』だからなあ」
「トサカきたわ!!! こうなったら、姫よりももっと大物を釣ってやる〜!!!」
「落ち着け近衛。とりあえず昼飯にしよう。取ってくるから」
 そう言って鼻息の荒い近衛をなだめ、昼食を取りにいく。
 ついでに周りの人たちの様子もうかがってみたが、みんなかなり釣れているようだ。
 このままじゃ、本気でやばいかもなぁ……。
 とりあえず昼食タイム。弁当のおかずは館長が今しがた素潜りで取ってきたものらしい。(許可は取ってあるっぽい)
 ……どこまで行ってきたのかは聞かないことにした。
 食べながら場所変えのことを提案してみる。
「うーん……、でも周りのみんなは結構釣ってるわよ。ここらに魚がいることは間違いないんじゃないかしら」


「そっか……。じゃ、もう少し粘ってみるか」
 再開。だが1時間粘っても何のアタリも来ない。やっぱ場所を変えるべきか……。
「……うん? え、あ、あ、来たーっ! ついに来たわ!」
 おお、近衛の竿に初ヒット! しかも、これは……!?
「う、うわ、何コレ、すごい力……!!」
 見る見るうちに竿がしなり、糸が引っ張られていく。コレは相当な大物だ!
 これは俺もフォローに入ろう。横から近衛の竿を握る。
「大丈夫か、近衛」
「え、あ、う……ち、近い……」
「あらあら、仲のよろしいことで」
「2人の初めての共同作業だな」
「なななななな何言ってんのよ、このオウム!」
「近衛! 集中しろって!」
「わ、わかってるわよ!」
 くうぅ……、2人がかりだってのに持っていかれる……。
 だが、こんな千載一遇のチャンス、見逃せるか。足に力を入れ、懸命にふんばる。が。
『うおわっ!』
 糸のほうが持たなかった。
「ち、畜生……、もう少しだったのに……」
「くぅー、こいつは悔しいな……」
「次こそは釣ってやるわ!!」
「……そうだな、よし。なんとしてもアイツを釣ってやるぞ!」
「……へぇ」
「何だよ」
「珍しくやる気ねぇ」
「今から場所変えたってどうにもならんだろ。それにアイツを釣れば一発逆転できるかもしれん」
「そうね」
「よし、いくぞ、近衛」
「……うん!」
 残り1時間を切っている。あいつを釣ることに集中する。


 そして、残り15分。ついにその時が来た。
「……来たわ! う、うわ、この力、アイツだ!」
「! マジか!!」
 すぐさま自分の竿を放り、近衛の後ろから手を廻し、竿を握る。多少恥ずかしいが、気にしてられん。
 竿がしなる。糸が持っていかれる。このままではさっきの二の舞だ。
 一旦リールを巻く手を弱め、向こうの隙を誘う。力を弱めた隙に、一気に引っ張る!
 そうした一進一退の格闘が続く。
「クソッ……、コイツ、手強い……」
「が、頑張りなさいよ……」
「わかってるっての!」
「ウン。もう少し、もう少し……」
 残り3分。
「影が見えたわ!」
「よし、せーので一気に引き上げるぞ! せーの!」
『うおおおおぉおおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉおぉぉぉぉ!?』
 …………。
 ……………………。
 …………………………………………。
『………………………………………………………………何してるんですか、館長』
「いや、ゴミ拾いをしとったらふんどしに何か引っかかってだな」
 ……対馬・近衛ペアの本日の釣果……
 クロダイ1匹、雑魚2匹、館長1人(無効)。結果、ビリ。帰りは歩き、決定。
 …………………………………………
「では儂らは先に戻っておる。何かあったら連絡するがよい」
 みんなを乗せたバスは行ってしまった。
「はあ、結局ビリかぁ」
 ちなみにトップはスバル・西崎さんペアだった。2人ともかなりの数を釣り上げたらしい。
 個人でのトップは姫だったが。
「じゃあ、行くか。暗くなる前に着きたいからな」
「……」


 さっきから近衛が大人しいな。
「どうしたよ?」
「……ゴメン」
 ゴメン? 思わず耳を疑ったぞ。
「何で謝る?」
「ビリになったのはアタシのせいだわ。自分の非はちゃんと認める、コレ正論よ……」
「俺だってあんまり変わらんよ」
「でも……」
 はあ、なんでコイツは1人で抱え込むかねえ。まったく。
「それに、見ろよ」
 俺が指差したのは、海。
「結構いい景色だろ」
 夕日が海を赤く染めている。海だけじゃない。空も、浜も、森も、俺達も。
「こういう景色を見ながら歩くってのも結構いいかもしれんぞ?」
「……対馬」
「じゃ、行くか」
「うん。……ありがと」
「? なんか言ったか」
「別に何も!」
 ? まあ、いいか……。
 2人並んで、夕日で染まった道を歩く。
「お前、顔赤いぞ」
「夕日のせいよ。アンタこそ顔赤いじゃない」
「夕日のせいだな」
 ──赤く染まった、夕日の世界。全てが赤く染まっている。全てが赤く、1つに。


(作者・名無しさん[2006/11/29])

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