…目が覚めたら、頭が痛かった。喉も痛い。寒気がする。
オマケに周りがぼうっとしてやがる。

「う………風邪ひいたのか?」

声を出してみたが、自分でもびっくりするほどがらがらの声になっていた。
額に手をあててみる…。
とても熱い。
間違いない。風邪確定。


「…ついてねぇな、せっかく土曜日だってのに」

ポツリと呟く。休みが来た途端にこれかよ。

「今何時なんだ…?」

時計を見ると、既に10時をまわっていた。
こんなに寝ていたのか…。

乙女さんは昨日の内に実家に戻ってしまったし、家が静かだから、
なごみも来ていないのだろう。

つまり今、家に誰もいない。

つらいな…。なごみに『看病してくれ』と頼んでみようかな。
少し気が引けるが、彼氏なんだし、何より今困ってるんだから別にいいだろ。

…多分、文句一つ言わずに看病してくれるだろうし。あいつは優しいから。


そう考えた俺は、

『風邪ひいちゃったよー。
助けて、なーごみーん』

と危機感が全面に押し出されたメールをしたためて、なごみの携帯へ送信した。

これで一安心だ。なごみなら、なごみなら何とかしてくれる………。

…安心したら喉が乾いたな。体が重いが、我慢して階下に水を飲みに行くことにした。
しかし、ベッドから降り、部屋のドアへと向かおうとしたその時…

「オーッス、レオーー!!遊ぼうぜー!」

クソうるさい甲殻類が窓から乱入してきた。

「カニ…」
「なにパジャマ来てんだよ、早く着替えろよ。ボクと遊ぼうぜ!」
いつも以上にカニがハイテンションだ。風邪の身には少し辛いぜ。

「いや…今日はちょっと…」

早く帰れこのバカ。伝染すぞ。
しかし、頭がぼうっとしてうまく意思を伝えられない。

「はやくしろよウスラトンカチが!遊びに逝〜く〜ん〜だ〜よ!!」


そう言いながらカニが俺の服を掴んで揺さぶる。

「や、やめろバカ……うぉっ」

引っ張られた俺はバランスを崩した。
いかん、倒れる…。

バタン!

「ぐっ!」
「うぎゅっ!」

ち、畜生…痛え。

「痛たた………って…!!お、おいレオ!」
「…ぅあ?」
「ぅあ?じゃねぇよ!は、はやくどけって!」

言われてみてびっくり。
俺はカニを押し倒しす様に倒れていた。

「うぐ…すまん」
「すまんで済んだら殺し屋はいらねーんだよ!いいからどけ!」

いきなり殺すのかよ…。さっさとどくか。
しかし、風邪で体力を奪われた俺はなかなか起き上がれなかった。

「わ、悪いカニ、すぐどくから…」
「う……ん?レオ、オメー熱あるのか?」
「…ああ、風邪ひいててな…あんまり力がでなくて」
「はあ…ったく、仕方ねーなー。肩貸してやるから、せめて上から退けよ」
「すまん…」


そう言われて、俺はなけなしのちからを出してカニの上から移動しようとした。

だがしかし。その時。

バーーーンッ!!

「センパイ!!大丈夫です……………か………………………」

扉をぶち破るような勢いで、なごみが部屋に飛び込んできた。
事故とはいえカニを押し倒して倒れこんでいる、俺がいる部屋に。

「……………よぅ」

「………ココナッツ………」

「…………」

しばらく、この部屋の時が止まった。

……………………

「……話はわかりました。要するに、風邪で倒れたセンパイの容態をカニが悪化させていた、と」
「どう話聞いたらそうなんだボケ。レオが、ボクに!のしかかって来たんだよ!!」
「お前がセンパイに無理させたのが悪いんだろう。バカなカニが」

この二人が出会ったらこうなるしかないのだろうか。
二人は喧嘩を始めていた。

「へへ、ココナッツがボソボソ何か呟いてやがるぜ。ちっとも聞こえねーなー」
「その若さでもう耳が逝ったか…それでもお前自称18歳以上か?」
「は?なに言ってんだよ、ボクはじゅ……」


「バカ、ここはエロゲ板だ、ギャルゲ板じゃない!」
「お察しください。」

くそ、風邪で体が辛いのにツッコミをいれてしまったぜ。

「なごみ、漫才はもういいから看病してくれよぅ」
「あ…す、すいませんセンパイ。ほらカニ、お前は邪魔だ帰れ」
「ああん!?誰が邪魔だとぉー?ボクだって看病くらいできるんだぜ!お前が帰れよココナッツ」

喧嘩をやめて…

「貴様…あたしに喧嘩を売る気か?センパイの看病を貴様にやらせるわけにはいかない」
「へへ、ボクだってオメーにやらせる気はないもんね」
「………」

バチバチと火花を散らせる二人。

なんでもいいから大人しくしてくれよ…。

「じゃあ、まず熱を測りますね」
「あ、ああそうしてくれ」

急にクールダウンしたなごみに言われて、パジャマのボタンをはずす。
俺とカニとの接し方の差がすごすぎる…。相手がカニだからかもしれないが。


てゆーか多分そうだ。

「それにしても随分はやく来てくれたんだな…」
「あんなに危機迫ったメール見ちゃったら急ぐしかないですよ…」
「そうかそうか…良い子だな、なごみは」
「えへへ…」

なごみを褒めてやる。
くそぅ、その笑顔は反則だぜ。

「おーいボクの目の前で桃色空間展開しやがったらカニ光線喰らわすぞー」
「(ハッ)う、五月蝿いな。そうやってつったってる事しか出来ないカニはうちに帰れ」
「だ、誰が帰るか!ボクも看病するもんね!」
「黙れ、満足にお粥も作れないカニに看病をする資格はない」
「! ち、チクショ〜〜!!」

本当にカニは帰ってしまった……窓から。

「いつもより容赦ないな、なんだか」
「あいつがいると調子狂うんですよ……ハタキたくなる」
「あ、そう…」
「それに……センパイに押し倒された女ってのも気に入りません」

う…まさか怒ってるのか?


「…38度5分…少し高いですね」
「…けっこうあるな…」
「待っててくださいね、いまタオルと水持ってきます」

そう言ってなごみは部屋からでていった。

なごみ…ちゃんと話をしたのにヤキモチ焼きなやつだな。
気をつけなくては。

それにしても、看病を頼んでからテキパキとこなしてくれる。
良い彼女を持ったな、俺は。
そんなことを考えていると…

「クケケケケ、いまココナッツのヤローはいねーな」

イヤな笑いと共にカニが戻ってきた。

「さーて、幼馴染みパウアでレオの看病でもしてやりますかねー」
「い、いやなごみにして貰うからいいって」
「レオ二等兵、君に拒否権はない」

だそうですぜ。アニキ。

「みろ、あのバカ女が馬鹿にしやがったからお粥つくってきてやったぜ!感謝して悶え泣きな」


「な…!?」

戻ってきたカニは、手に妖しい臭いを放つ物体エックスを所持していた。

「な、なんだその地球外生命体は?」
「お粥だっつの。生命体ってなんだよ」

綺麗な器に盛り付けられた自称お粥《識別コードVIOLANTE》は、食べ物の常識を超えた姿をしていた。
真っ黒の表面は息をするように隆起を繰り返し、
時々紫のガスを吐き出しながら「くふしゅう〜」と息を漏らしている。

「こ、これを俺に食えと申すか」
「ふっふっふ…ボクが食わせてやるぜ、ありがたく思え!」

それだけはマジで勘弁だ。まだ死にたくない。

「さあ、年貢の納め時だぜ、レ〜オ♪」
「ち、ちょっと俺は食わねぇって、食わねぇヨォ…ウワーン!」

動けないのをいいことに、地球外生命体を俺に食わそうとするカニ。
いかん、これはマジで命の危機に関わる。誰か助けて。


ガチャ。

「いま冷やしてあげます、センパ…って、貴様ぁ!!」

俺が食わされそうになった正にその時、なごみが部屋にやって来た。
ナイスだなごみ!

「うわっビックリした!」

カニが驚いて器ごとお粥?を落とす。
するとお粥?が落ちた床がブスブスと音を発しながらこげ始めた。
なんという恐ろしいものを………

「おい!ボクが丹誠込めて作ったお粥が食えなくなったじゃないか!
どうしてくれんだ単子葉類」
「自分で落としたんだろうが!それにどこがお粥なんだ!?
なんか這いずり回ってブツブツ呟いてるぞそれ!」
「う…うるせーー!でもレオはこいつを食いたかったんだよ!そうだよな、レオ」

いまコレじゃなくてコイツって言ったよな…

「バカ言うな、冗談じゃない」

「………!!ち、チクショ〜〜〜!!フカヒレにでも食わせてやる〜〜〜〜〜!!」


そう言って、カニはお粥?を鷲掴みにして帰っていった。
触っても大丈夫なんだ、あれ。

「ありがとうなごみ、助かったぜ」

命の危機を乗り越えた俺は、なごみに感謝していた。

「センパイって…以外と押しに弱いんですね…」
「え?」
「さっきもカニを押し倒してましたし、今だってお粥を食べさせられそうになって」

………なごみん?

「…風邪を治すついでに…そのヘタレ病も治してあげます」

ジャラリと手錠を取り出すなごみ。な、なんかキャラが違ってるぞ。

「お、おいなごみ。やめろよ似合ってないぞ」
「カニに寝とられるくらいなら……いくらでも自分を変えますよ、あたし」
「さあ、手を出してください、センパイ……」

「いやあああああああ」


最初のカニ押し倒しがかなり効いていたのか、なごみは調教モードに入っていた。

その後なんとかなごみを説得し、普通に看病してもらったが、
結局のところカニの料理の恐ろしさとなごみの嫉妬の怖さを心に刻みこまれただけだった。

2日後、とりあえず風邪が治った俺は学校へ。

「へぇ、そんなことがあったのか」

スバルにこの間の苦労を聞かせる俺。

「なごみがあんなことするなんて……きっとコレを書いてるやつの頭が足らなかったに違いない」
「いーや、女って以外となにするか分かんないぜ?」

畜生。カニのせいだ。カニのバカタレめ。

「そういやフカヒレいないけど、どうかしたのかあいつ」
「なんでも原因不明の腹痛で病院に運ばれたらしいぜ…原因なら予想できるけどな」
「恐ろしい…」

「ま、今度お前が風邪をひいても、オレが看病してやるさ」

「ビクッ」

ガクガクブルブル…

「なんだこいつ…看病がトラウマになったか…可哀想に」

もう看病はいいっちゅうねん。


(作者・名無しさん[2006/11/16])

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