「結婚しませんか、祈先生」「イヤです」

考えて考えて一晩考え抜いて
かなり思い切って告げた対馬レオ一世一代のプロポーズは
ゼロコンマ3秒で拒否られてしまった。
……予想はしてたけど、ちょっと凹む。
が、凹んでばかりもいられない。

「いや、もうちょっと考えましょうよ?」

いつもなら無理強いしないのが俺たちの流儀だが
今日ばかりは「そうですか」と引き下がるわけにも行かない。

「……今のままでは、いけないんですか?」

「いけなくはないですけど、男としてのケジメというかですね」

「私は、今のままの対馬さんで十分満たされてますわよ?」

むう。ときどきこういう嬉しくなっちゃうようなこと言うんだよなこの人。
でも、だからこそもっと俺はこの人を幸せにしたいわけで。

「だいたい、祈先生だってもうじきさんじゅ……」
「それ以上言ったら別れます」

暖かな雰囲気が一瞬で氷点下に。気にしてるんだよな、意外に。

「まあご両親を安心させるという意味ででもですね?」

「両親には、もう孫は期待してない、と言われましたわー」

あんまりです、お父さんお母さん。


「それに……そんなに幸せでなくても、いいんです」

「……は?」

「だってそうでしょう?
 憩は、恋愛も何も知らないまま行ってしまったのですもの。
 ほどほどの幸せで、私はいいんです」

いまだに。
祈先生は過去に囚われている。
それを忘れろとは言わないけれど
今はもう……自分一人のことじゃないはずだ。

「……俺は、どうすればいいんですか。
 俺は幸せを求めてはいけませんか。
 結婚して、家庭を築いて、子供を育てる
 そんな普通の幸福を、望んではいけませんか」

「普通の幸福、ですか……素敵でしょうね。
 でも、それは私には荷が重すぎます。
 私のような女を愛したのが運の尽きと思って
 諦めてくださいな」

「……今、『素敵でしょうね』って言いましたよね?
 祈先生だって、憧れてるんじゃないですか?
 本当はもっと……」

「ええ、憧れていますわ」

「だったら……!」

「憧れてなお、それを諦める。それが、私が私に与える罰、です」


「お話がそれだけなら、そろそろ私、帰りますわ。
 こんなことしている場合じゃないので」

ちょっと、カチンときた。
思わず声が大きくなる。

「いや、こんなことってねぇ!?大事なことでしょ!?
 プロポーズですよ結婚ですよウェディングベルですよ!?
 人生の一大事ですよ!?それより大事なことって……!?」

「……土永さんの具合が、悪いんです」

「……へ?具合悪いんですか、あのオウム?」

このところ祈先生と一緒にいないんで
また喧嘩でもしてるのかと思ってたけど
具合が悪かったのか、アイツ。

「はい、もう……危ないかもしれません」

……そりゃ一大事だ。

「わかりました。この話はちょっと保留ってことで
 とりあえず俺も土永さんのお見舞いにいきます」

「……はい」

つきあいだした頃は自分の部屋に俺が立ち入ることを嫌がったものだけど
7年間の交際期間を経て
今では合い鍵すら持ちあうようになっている。
繁華街に立ち寄って、土永さんの好物の焼き鳥を買うと
俺たちは少し足早に祈先生の部屋へ向かった。


「……ただいま帰りました」

玄関のドアを開け、祈先生が探るような目つきで中を伺う。
と、奥の部屋から聞き慣れた声が
少し力無く聞こえてきた

「お〜ぅ、早かったな〜。
 今日は小僧と逢い引きじゃなかったのか、あ〜ん?」

「その小僧が、今日は一緒だ」

「ん〜?なんだ、小僧も一緒か〜?」

トテトテと奥の部屋から土永さんが出てくる。
……普通に歩いてるじゃん。

「お〜、よ〜く来たな〜。
 また部屋の片づけでも頼まれたのかぁ〜?」

「いや、具合が悪いって聞いたもんだから。
 これ、お土産の焼き鳥」

「ほ〜う、ちったぁ気が利くようになったじゃねえか。
 まあここじゃなんだ、上がれ上がれ」

土永さんがまたトテトテと廊下を戻っていく。
その後ろ姿を見ながら、声を潜めて祈先生に尋ねる。

(なんか、あんまり変わらないですよ?
 普通に歩き回ってるじゃないですか)

(ええ……歩いてますわ。もう、空を飛べなくなってるんです)


好きなはずの焼き鳥もさして食べることもなく
早々に土永さんは床についた。

眠りについた土永さんを起こさないよう
小声で俺たちは話し合う。

「医者には?」

「本人が嫌がりますので、まだ。
 それに……病気、というわけではないようですし」

「飛べなくなるほど衰弱してるのに?」

「寿命……なのかもしれませんわ」

そういえば、やたら長生きしてるような発言を頻繁にしてたな。
見た目では鳥の年齢はわからないし
ハッキリ何歳なのかは祈先生も知らないけど
ひょっとするとすごい年寄りだったんだろうか。

「最近は、わがままもなるべく聞いてあげたりしてますの」

「そう、ですか」

思えば
鳥のくせにやたら生意気だったりもしたけど
俺たち二人の7年間をずっとそばで見守ってくれていて
時にはアドバイスを、時には小言を言われたりして
そんな土永さんが、いなくなろうとしているわけで。

「俺もこれからはときどき様子を見にきます。
 ……焼き鳥を持ってね」


それからは数日おきに土永さんを見舞って祈先生の部屋を訪れ
そして訪れる度に土永さんは衰えていって
とうとう床から起きあがることができなくなって
祈先生は学校を休んで見守って
俺もつき合って仕事を休んでそれを見届けた。

「……のり……祈……」

かすれた声で、土永さんが呼びかける。
その目はもう何も見えていない。
ただ、俺たちがいる方へうつろな目を向けて。

「はい、なんですか?お水?」

「言っておくことが……ある……」

「水晶玉を割っちゃったことなら、もう許してあげますわ」

「バカたれ……そんなことじゃ……ないわい……
 我が輩な……我が輩……お前と一緒で……
 幸せだったぞ……」

胸が詰まる。だけど、目は逸らさない。

「……至らない飼い主だった気もします」

「だからな……だから……
 もう、いいんじゃないのか……?」

「何がですか?」

「お前が幸せになっても……いいんじゃないのか……?」


一瞬、表情を固くしてから、穏やかに祈先生が答える。

「……私に、そんな資格があるのでしょうか」

「資格なら……あるだろう……
 お前は……我が輩を救ってくれた。幸せにした……
 それでもう……償いは済んでるはずだ……
 それでもう……いいんだ……いいんだぞ……」

「……土永さんがいなかったら!
 私、幸せになれませんわ!
 救ってくれたのは!幸せにしてくれたのは、貴方なのに!」

「無理言うな……それに……もう、お前には小僧がいるじゃないか……
 おい……小僧、小僧……いるのか……?ここに、いるか……?」

「ああ、いるよ」

「後を……頼んでいいか……?
 後は……任せていいか……レオ……?」

バカヤロウ。この期に及んで『レオ』なんて呼ぶんじゃねえ。
いつもみたいに小僧って呼べよ。
でないと、泣き出しそうで返事ができねえじゃねえか。

「あ、あ……俺が……必ず幸せにするから……
 だから……だから、もうちょっと頑張れよ!
 結婚式にも出てほしいし新婚旅行も一緒でいい!
 子供ができたら一緒に遊んでやって……!」

だけどもう返事はなくて
静かに時間だけが過ぎていった。


ガラーン……ガラーン……

よく晴れた秋空にウェディングベルが鳴り響く。
親しい人だけを呼んで開かれた
俺たちのささやかな結婚式は滞りなく進み
皆に祝福されながら手を取り合って教会を出る。



バサバサッ

音を立てて何かが頭上を通り過ぎる。
声がした。そんな気がして二人して見上げるけれど
見上げた空が眩しくて
通り過ぎたのが何なのかはわからない。

ただ

舞い落ちてきた緑色の羽根が
それは幻ではなかったと教えてくれたから
だから聞こえてきた『あーばよー!』という懐かしい声も
きっと気のせいではないんだろう。

舞い落ちてきた緑色の羽を
二人手を伸ばして受け止める。
それは消えることなく、確かな温もりを残して。

祈が手にした羽根に語りかける。

「……心配性ですわね。
 大丈夫です……私、幸せですよ……」


(作者・名無しさん[2006/10/28])

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!