夏休み真っ盛り、にしては空に浮かぶ雲も多く、過ごしやすい陽気となったある日の事。
時計の針が三時を回った頃、フカヒレはカニに呼び出され、ドブ坂通りの一角に佇むある
店へと向かった。
「ちわーす」
「イラッシャイマーセー!」
「おせーぞフカヒレ、また電話かけるとこだったじゃねえか」
この通りでは結構有名なカレー専門店「オアシス」。
店内に入ると、非常に特徴的な顔つきをした店長と、フカヒレを呼び出した張本人が居た。
時間のせいか、他に客はいない。
まま、座れと催促されるままにフカヒレはテーブルに着く。
「一体何の用なんだ?」
「いやー、テンチョーが試作メニューの実験台を所望しててさ」
店長の飽くなき創作は今に始まったことではない。365日春夏秋冬カレー一筋の人生を
送っていても、店長の創作意欲は衰えを見せないのだ。
「お前ね、またカレー十杯とかもう嫌だよ俺」
「今回は一皿だけだから安心しろよ」
腹をさすって状態を確認する・・・夏の昼下がり、昼飯をあらかた消化した若い胃袋には
、結構な余裕があった。
「まあいい、食べてやろうじゃないか」
「流石だなフカヒレ。テンチョー、許可が取れましたぜ」
「ホントはカニさんを実験台にしても良かったんデスけどねー」
そう言って、店長はどっかと厨房の台に大皿を置いた。カニはそれをフカヒレのテーブル
に持っていき。
「テンチョ−の新作、DCカレーだよ!」
オリエンタルなデザインの制服を翻し、わざわざポージングを取りながら置いた。


「DC?あぁ曲芸の」
「いっぺん死ねよてめー」
見た目は立派なカレーライス。赤褐色のルーには、豆やひき肉、スパイスの粒が浮き、食
欲を増進する美味しそうな香りが漂っていた。とりあえず、メロンカレーやらチャーハン
カレーの様な地雷の香りはしない。
「こりゃ美味そうだ、マトモなのも作れるじゃないすか店長」
「おかしいんデスよカニさん、こんなに美味しソウなのに食べたがらないんデース」
「この食い意地張ってるカニが?」
「はっきり言って今回は自信作なんデスがねー・・・」
ボディランゲージ豊かに語るところが、そこはかとなくインドっぽくない店長だった。
カニは心なしか気まずそうな顔をすると、すぐにまた営業スマイルに顔面をセットし直す。
「さっ、召し上がれ!」
「・・・おい、なんかワケアリなんじゃねえんだろうな」
「そんなんじゃないって。い、今はカレーって気分じゃないんだよ」
「お前ね・・・」
あからさまに怪しい・・・フカヒレは思った。
しかし、スパイシーな香りが食い気を誘う。いつの間にか、フカヒレの口内には唾液が満
ちていた。
まあ物は試し、出された食い物粗末にしちゃいかんとばっちゃが言ってた。
スプーンをとり、カレーをそろそろと口に運ぶ。
「・・・・」
咀嚼。
数瞬、沈黙の後。
「・・・うんまああ〜いっ!!」
テーブルを飛び上がり、そのままスタンディングオベーションせんとばかりに叫んだ。


「オー、それはよかったデース!」
「いや、なんというか素直に旨いですよ、ルーがライスを、ライスがルーを引き立てる感
 じっつーか・・・」
批評する時間ももったいないと言わんばかりにカレーをかき込んでいく。
「辛くねーのか?」
「辛い!辛いが旨い!」
無我夢中で貪り食う。
いつしかその額には大粒の汗が浮いていた。
カニはそれを呆然と見ていたが、大皿の半分が空になった頃、ある異常に気付いた。
「あれ?おいフカヒレ・・・」
フカヒレの上半身が、食事による膨張では決してありえない程に膨れていたのだ。
「なんだカニ、邪魔すんじゃねえ!」
カニは仰天した。
顔面には血管が浮き、眼は血走っていた。はっきりいって何かキメちゃってる人の顔だ。
「テ、テンチョー・・・」
「ククク・・・イイ感じデスよー」
店長は特に驚いた様子もなく、ニヤニヤ笑いを浮かべるばかり。
「おいフカヒレ、お前自分がどうなってんのか判らないのか!?」
「幸せだぁ〜、幸せの連続だよぉ〜!!」
カニの静止も意に介さず、とうとう大皿は空になった。
そして、末期的な変化が訪れた。
「フゥ〜、フゥ〜・・・クワッ!」
軽い金属音を立てて、メガネが落ちた。
意味不明な音声を発しながら、フカヒレはゆらりと立ち上がる。
日ごろモヤシ呼ばわりされていた彼の貧弱な筋肉は、生ゴムを詰め込んだかのような高密
度な代物へと変貌し、度過ぎた膨張で上着のTシャツがパッツンパッツンになっていた。


血圧が上昇したためか、一層血走った眼は眼窩から飛び出しかけていた。
しかし、劇的変化は上半身のみで、下半身は今までどおりのモヤシである。そのホオジロ
ザメがコバンザメにくっついているようなアンバランスさが、生理的嫌悪感をカニたちに
与えた。
「一体全体これはなんなのさ店長!!」
「何を隠そう、これが私の新メニュー、DCカレーの効能なのデース」
インドでは合法だが日本だとちょっとグレーゾーンな各種スパイス、筋肉増強剤やコンソ
メなどの数えきれない食材・お薬を精密なバランスで配合したルーを煮込むこと七日七晩。
そうすれば血液や尿からは決して検出されず、なおかつ全てのお薬の効果も数倍に跳ね上
がるDCカレー・・・ドーピングコンソメカレーの完成と相成る。
「本当は血管から注入(たべ)るのが一番いいんデスがねー」
「何でそんなアブナい代物を・・・」
「長いこと料理人やってると、食の千年帝国を目論んじゃったりするもんデース」
「つうか違法じゃん!お薬ってあんた・・・」
「だから実験台が欲しかったんデスヨー。しかし、ここまでイカれるとは思いもしません
 デシタヨー」
「グオゴゴゴ!」
何が何だかわからないうちに理性を失ってしまったらしいフカヒレの右手が椅子の背もた
れを掴む。籐製の椅子はいとも簡単に握りつぶされてしまった。矢継ぎ早に左腕を振り上
げ、今度は一撃でテーブルを叩き割る。
巻き添えを食らってはかなわんと、カニは咄嗟に店長のいる厨房へと避難した。
「オーノー!!このままじゃ店がぶっ壊されてしまいマース!!」
流石最低男。破壊衝動のまま植木をひっくり返し、皿を割りと、八面六臂の大活躍である。
「でも、なんで下半身はモヤシのまんまなんだ?」
「ヤク・・・じゃなかった、スパイスの調合をちょっち間違ったようデース」


厨房から顔だけ出してフカヒレの様子を伺いながら、店長は言った。
「カニさーん、何とかしてくれませんカー?このまんまじゃしばらく営業できなくなっち
 まいますヨー」
「危険手当としてボーナスくれたらいいよ」
「ヘ?・・・カニさーん、意地汚い性格でキャラ立ててるのは判りマスが」
「二万円ね」
「ファッキンジャップめ!!」
店長の声援と罵声を背に受けて、カニは厨房を出た。どのみちこのままフカヒレを放置す
る気はなかった。そのまま大股でドーピングフカヒレに近づいていく。
「おいフカヒレ!!」
今や戸愚呂100%的な図体となってしまったフカヒレの注意を引くため、カニは叫んだ。
フカヒレが上半身を震わせて、カニに向き直る。テンションの赴くまま行動するフカヒレ
に恐怖の文字はない。「俺は女にだって手を上げるぜ!」といつか豪語したように、丸太
のような右腕をカニに振り上げた。
口の端が吊りあがる。カニには秘策があった。
「ゴメンよフカヒレ。でもこれも二万円のため・・・」
恐ろしい速さで振り下ろされた腕を、小動物のごときすばしっこさで回避し、一気に間合
いを詰める。
「死ねやぁ!!!」
必殺の膝蹴りは、吸い込まれるように無防備なフカヒレの股間・・・金的・・・男の証へ。
ゴシカァン。
鈍い音が響き。
フカヒレの意識はそこで途絶えた。


ふかひれはかはんしんをけいれんさせながら、ときたまちいさく「オクレにいさん」とさ
けんでいる。いびつなきんにくはもうしぼんでしまっている。どーぴんぐこんそめかれー
のこうかがきれたからだ。
「オーウ、こかんがつぶれたひょうしにばっどとりっぷしてしまったようデスネ」
「やくぶつってあぶないね!ボクまたひとつかしこくなったよ!」
はんかいのてんないで、カニとてんちょうは、そういいかわしたのでした。
ひとはひとのしをのりこえてつよくなるもの。
カニもしょうらい、このけいけんをやくだてておとなになっていくでしょう・・・
みなさんもおうちにかえったら、かぞくのひととよくはなしあってみましょうね。

いつも通ったこの道は 変わらないけど

昨日に手を振って 振り返らず行こう・・・


TSUYO-KISS

THE ENDING OF FUKAHIRE・・・




「・・・というお話だったのサ」
その夜。
いつものように対馬家に行ったカニは、唖然とするレオとスバルをみて、どことなく誇ら
しげな表情をしていた。
「だからフカヒレが来ないのか」
「で、その後やつはどうなったんだ?」
「窓のない病院に運ばれていった」
カニは非常に素っ気無く言った。
「・・・ま、大丈夫だろ。フカヒレだし」
「そうだな、フカヒレだし」
「フカヒレだしね」
「そういえば、何でお前そのカレーがやばいって判ったの?」
「テンチョーが一週間位前から挙動不審だったからだよ。小包をこそこそ厨房の奥に運ん
 でいくし、カレーの匂いに混じって、怪しい匂いもしてたし」
「止めろよ」
レオの突っ込みを華麗にスルーし、カニは部屋の窓を通って自室に戻り、小包を取って戻
ってきた。
「なんだそりゃ」
「いやー、テンチョーが存外に頑固でさ、ボーナスはくれなかったんだけど、代わりにこ
 れくれたんだ」
包みから取り出したのは、広口瓶に入ったヨーグルトだった。
「インド風ヨーグルトだってさ。皆で食おーぜ」
「お、旨そうだな」
「じゃ、小皿とスプーン取ってくる」
レオが部屋を出て、階段を下りていく。カニは窓辺に寄りかかって、空を見上げる。見事
な星空だった。
明日から、また暑くなりそうだった。


所変わって、神奈川某所の精神病院。
「今日運ばれてきた奴はどうだ?」
「はぁ、明らかにバッドトリップの症状が見られますが・・・おかしいんですよ」
「何がだ?」
「検査してみたのですが、何をやっても薬物反応がでないんです」
どうやらタイーホにはならないようだ。
良かったね、フカヒレ。
                       いとふゆ


(作者・名無しさん[2006/08/04])

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