七月終わりになってもまだ梅雨は明けず。ぐずついた天気が続いて雨ばっかり降ってるので、家にいることが多かった。きぬと過ごす日常も板についてきて、
いつまでも二人でドライの効いた部屋でごろごろしていた。おもしろおかしくその日を暮らせればそれだけで幸せだった。

日曜日はたまたま晴れたので二人で街に繰り出すことにした。梅雨の中休みはとても暑かった。でも二人は暑さをあまり感じなかった。
俺たちが密着する皮膚からの熱は感じるが、それ以外はさほどだった。二人とも異様に体温が高いのかもしれない。きぬの愛を感じた。
二人は転々と冷房のかかった店を練り歩いた、途中店先で売られていた冷やしトマトが妙にうまそうだった。
金ダライの中に氷とトマトと青いもみじがあって、お金を入れる箱が横にあるだけの簡素なつくりだった。
惹かれたのできぬと一緒に食べた。よく熟れて甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。

昼前には椰子の花屋の前まで来てしまって、店先では暑い中椰子が忙しく働いていた。心の中で偉いなと思ったので、邪魔すると悪いからそのまま通り過ぎようとした。
現に椰子はこちらを一瞬見ると、わざとらしく汗を一拭いして店の中に入っていった。しかしここで椰子を逃すきぬではなかった。
「よお、ココナッツ 客としてきたぜ」
片方の手をズボンに突っ込んで、ぶっきらぼうによっと挨拶する。
「ほかの客の邪魔だから帰れ」
「こんな暑い日に誰も花なんか買いにこねえよ〜」
「なんだと!」
「やんのか、こらあ〜」
いつも見慣れている光景が目の前にある。暑いのによく二人は懲りないと思う。
「ごめんな、椰子」
「いいえ、 こいつ泣かすの日課ですから」
そういってマーベラス蟹沢を楽しんでいる。あいかわらず加減がない。きぬはやっぱり泣いてるし。
「ぐぐぐ」
「ふふふ」
二人の不気味なやり取りはしばらく続いた。


「たく、後輩のくせにたいした野郎だぜ!」
きぬは目にいっぱいに涙をためている。どうやら今日は耐え切ったようだ。ああ、意味のない争いはいやだ。
「ビクトリー!vv」
Vサインを二つ作って、カニのポーズで姫の真似をした。勝負なんて次元じゃなくて多分はじめから負けていると思う。
多分椰子が手加減したか、そんなとこだろう。
「今日は、機嫌がいいから花でも買ってやんよ」
「本来花屋はそういうとこだ」
椰子はそういって、店の中から赤い花をつけたサボテンを持ってきた。素焼きの鉢に入っていて、なんとも可愛らしげだった。
「サボテンなんかどうだ。手入れしなくても育つからお前にぴったりだぞ」
「うわ、なんかこれ明日にもかれそうじゃねえ?」
確かに花は元気そうではなかったが、サボテンは強いから水と肥料があれば大丈夫だろう。知り合いの客に在庫処理をさせるなんて結構あくどいな。
まあ、椰子らしいけど。
「知ってるか、カニ。 しおれたサボテンの花をなでる女はセクシーなんだぞ。何ならもうひとつ同じのおまけしてやる」
「じゃ、即買いだね」
「なっ!」
椰子は驚いて俺の顔を見た。俺はすかさず答えた。
「買うんだってさ。二つとも包んでくれよ」
「はい、、わかりました」
椰子はあまり納得のいかない表情で包装紙を取り出した。まさか裏目に出るとは思わなかっただろう。
「ボクもさあ、やっぱかわいいキャラだからさ。今年こそセクシー路線でいこうと思うのですよ。どうよ?ココナッツ」
「ふん」
「うぇ〜〜〜、いまボク鼻で笑われた?、なんでだよ〜〜〜!」
いや、フォローのしようがないんだが、俺は今のきぬに満足だし。スバルだってそんなとこに惹かれてたわけだし。
「きぬよ、 俺は今のお前でも十分満足だぜ」
「でもさあ、 そんなこといわれるとレオのためにもっときれいになりたいと思うんだよね」
「ふ、きぬ、かわいいやつめ」
「レオもやっぱり、イケメンだよね」
そのとき誰かの手が二人の間に入ってきた。


「はい、できましたよ。ただでさえ暑いんで店先でするのはやめてください」
サボテンの入った袋を受け取ると素直に謝った。さすがに営業妨害だしな、きぬにも謝らせるため頭に手を置いた。
「へん。誰がココナッツなんかに謝るかよ。謝ったらなんか負けじゃん」
勝つとか負けるとか関係ないし。頼むから最低限の礼儀はわきまえてくれ。
「どうでもいいけど、買ったならとっとと帰れよ。うぜえから」
ここで切れる椰子は正しい、暑さに参ってるとも思うが。いつもこうなると俺の居場所がない。
「ああ、かえってやんよ。その代わり今度あった時は覚悟しとけよ!」
俺は、中指を立てて威嚇するきぬを引きずりながらその場を去った。


それから少し歩いて、昔四人でよく遊んだ所の近くまで来た。道もあまり整備されてなくて空き地がけっこうあったたら、子供たちの格好の遊び場だった。
よくそこの駄菓子屋でおやつを食べたが、まだあるのか気になった。きぬがまだあるかもしれないから、いってみようと言った。
実際それはそこにあった。というより最後に見た姿とそっくりそのままの状態で残されていた。あれは九月ごろのまだ暑いときだったと思う。
なんだかすごく懐かしくて胸が締め付けられた。するときぬがサボテンの袋を覗き込んでよかったらあの店で水をかけてもらおうと言った。
軒先に氷の字の暖簾があるからカキ氷目当てだろうけど、今日のように暑いとたぶん食べるかき氷も格別にうまいはずだ。

「おばあちゃん、ひさしぶり、ボクイチゴミルクね」
「こんにちは、おばあちゃん。ご無沙汰してます」
店の奥のタバコの並んだガラスケースのとなりに座っていたおばあちゃんが一瞬驚いて腰を上げた。
腰が悪いのか、ガラスケースの端をつかみながら店先まで歩いてきた。腰が曲がって杖を持つ姿は昔と変わらなかった。
いつものえびす顔がかき氷器のシルエットの隙間から見えた。はいはい、かき氷にねとうれしそうに四角い透明な氷を置いた。
憧れだったあの水色のカキ氷器。いつか大人になる前にやってみたいと思っていた。その当時でも手動のカキ氷器は珍しかった。
シャ、シャ、と涼しい音が軒先まで響いていた。


このおばあちゃんは実は近所ではいわくつきにおばあちゃんだった。夜になると軒先に出て月に向かって一人しゃべっているらしい。
ぼけたと思った近所の人が市役所の通報したらしいが、当のおばあちゃんはとぼけて市役所の人をやり過ごした。
俺たちがいってたときも、よく市役所の人が来てたがそういう大人の事情は後から話でしか聞かなかった。

はい、イチゴミルクねとおばあちゃんがどんぶりに盛ったカキ氷を持ってきた。
俺は無難にブルーハワイを頼んだ。

「レオ、 今度みんなでカラオケ行こうぜ」
「ああ、 いいいけど」
「なにかとみんな忙しいけどさあ、やっぱ思い出って大事だよね。最後の高校生活をエンジョイしようぜ」
「そうだな」
「ボクはレオのために洋楽たくさん歌うもんね」
「俺がきぬのために尾崎を熱唱しちょる」
俺の視界の中できぬの顔がどんどん大きくなる。想いが通じるってなんとすばらしいことか。
「暑いので、そういうのやめていただきません?」
いきなり声をかけられたので、驚いて振り向くと人差し指がほっぺたに刺さった。。

「祈先生、今日も暑いですね」
「ええ、とっても。なんでよりによってバカップルと遭遇しなきゃいけないのでしょ。無論カキ氷を食べるためですわ」
顔は笑顔でも、目の奥は笑ってなかった。暑そうに髪をかきあげ、隣のベンチに座った。
「あら、 祈ちゃん。 よくきたねえ」


おばあちゃんが親しげに話しかけた。どうやら顔見知りらしい。なべに入ったピンポンだまくらいの白玉を氷の中にうずめた。
「こんにちは、おばあちゃん。 宇治抹茶アズキミルク白玉のせをひとつ」
「おお、 いのりちゃん。 なんかずりぃ〜」
なぜかここのカキ氷はどんぶりにもって出てきた。もちろん量ははんぱない。
きぬが突っ込みを入れて、白玉をうらやましそうに見つめる。
「ときに、大人にもわがままは必要ですわ」
「大人って、びみょ〜にすげぇ」
いや、そんなに羨望のまなざしでみつめんなよ。たのめばいいじゃんか。
「祈ちゃん、白玉一個くり!」
「却下!」
「うぇ〜〜〜」
当たり前だろ。祈ちゃんから甘味をとったら乳しか残らんて。
「つしまさ〜〜ん。 視線がいやらしいですわ〜〜」
「え<、 そんなことは」
「ふふふ、 その純真なとこはかわいいですわね」
なんか口元がむず痒くなって、首の辺りが熱くなった。慌てて目をそらした。
「忘れてください」
「忘れませんわ。 大切なことですわよ、ずっと」
祈先生が人差し指を俺の唇の上の置いた。なにげない笑顔がたまらなくセクシーだった。
祈先生にまたからかわれた。やっぱこの人には勝てないな。おおきな白玉をおいしそうにほおばった。
「うおぉお〜〜〜〜。こめかみいてえ〜〜〜〜E!」
きぬがとなりでのた打ち回っている。いわんこっちゃない。まあ、そんなとこがかわいいけどな。
「彼女が苦しんでんだから、たすけろや〜〜〜。この浮気もの」
ぐふっ! きぬの手刀が首に入った。八つ当たりはやめとけ。俺はお前だけを見ている。多分……


帰り道、二人で駄菓子でいっぱいのビニール袋をぶら下げていた。きっと乙女さんも喜ぶだろう。
しかし自分で食べる分は自分で確保しないと。俺たちは遠回りをして田んぼの中のあぜ道を通って帰った。
夕暮れ時の斜陽が世界を照らす。雑草が独特の色と光沢を放つ。夏の青臭い匂いがした。
田んぼにはまだ青々とした稲が植わっている。昔からある風景。なんだか吸い込まれそうだ。



きぬと一緒に道端に腰掛けた。
「祈ちゃんさあ、おばあちゃんが毎日天国のおじいちゃんに話しかけてるって言ってたよね」
「ああ」
祈ちゃんは帰り際にそっとそんなことを言った。
正直きぬがその話題を振らないと思ってた。怖いのもあるし、あのおばちゃんはじつはきぬの親戚だった。
「でも、あのおばあちゃんいつも一人でいたんだ。二回だけ親戚の集まりであったけど、そのときもずっと独りだった」
ほんとはかなしい人なのかもしれない。だから子供たちをすごく大切にしていた。
「かわいそう」
「でも、しあわせそうだったじゃん。おばあちゃん」
「うん、でも」
きぬがうつむいた。なんだかやさしい気持ちになる。風であたりの草が揺れていた。
「ボクたちも、いつか離れ離れになっちゃうのかな、そんなのやだかんね」
「大丈夫。俺が先に死んでも天国の入り口で待っててやる」
きぬのほほをなで上げる。きぬがやさしすぎて胸が締め付けられる。
「だめだよ! レオはへたれだからボクがいないと心配だよ。死ぬときも一緒だよ」
「わかったよ」
「あとさあ、ボクが先に死ぬとぜってい浮気するし」
「しねえよ」
「いや、するね。したら天国で口きいてやんないからね」
「わかったよ。絶対しないって誓うよ」
「へへ、それでこそボクのレオですよ」
きぬは小さい体で俺の手を引き起こした。俺はただ元気でいてくれればいいんだ。ずっとその笑顔と一緒に。


夏休みが明けて早々祈先生から呼び出しを食らった。なぜかきぬと同伴だった。
おそるおそる職員室に入った。進路のことか?
「ついにボクの永久就職の話ですよ」
そんな軽い話ならいいんだけどな。たのむから早く終わってくれよ。
「祈先生、なんですか?」
「ええ、実はですね。うちの学園の風紀からいちゃつきすぎて目も当てられないと」
「なにそれ、そんなの別に関係ないっしょ。ボクらは好きにやらしてもらうもんね」
「そうですわ。 A組の方だったので軽く流しましたわ」
迷惑な話だな。まあ、言ってるだけなら気にする必要ないけど。
「学生恋愛大いに結構ですわ。お二人は生徒さんのよい見本ですわ」
「へへん。ボクらのラヴはフォーエバーだぜ」
きぬがない胸を張る。あいかわらず自信満々だった。
「あなたがたの見てないところで敵も多いかと思いますが、見守ってくれてる方もいます。がんばってくださいな。
無論私だけではありませんわ。でも決して探してはいけません」
時折祈先生はわけのわからない事をいう。でも俺らはいつもその言葉を信じていた。
「でも、なんでさあ」
「人のやさしさはときに重圧になり、自分を傷つけてしまいます」
「ふーん」
きぬが適当な相槌をうった。なんかおもい言葉だ。
「帰ってよろしいですわよ」
「え?」
「もう、話し相手は十分ですわ」
ふ、不条理だ。そんなことのために。確かにはやく帰りたいと思ったけどさ。
「教え子の顔をよく見るのは教師の役目ですわ。ふふふ」
祈先生は意味ありげに微笑むだけだった。

「おばあちゃん、伝言確かに伝えました。ああ。白玉がまた食べたいですわ〜〜」


それから日曜日になってあの駄菓子屋に行くことにした。駄菓子が誰かのせいで全滅してしまったのだ。
しかし、駄菓子屋はなぜか人の気配がしなかった。店の中を見ると時計がかけられていただけだった。
時計の指す時刻はだいぶ狂っている。まるで時が戻ったように。
「レオ、見てこれ」
きぬの指差す方向には、額に入れられた古い写真と線香がおかれていた。そこから俺たちは悟った。
ふたりともしばらく言葉を口にはできなかった。ただ事実を受け入れるための時間がつらつらと過ぎた。

しかし、きぬはまだ写真を指差している。
「この男の人、レオにそっくりだ、でもいまのレオのほうが100倍かっこいいよ」
確かに写真の中の男は俺によく似ていた。だがそれ以上に。
「この人、きぬによく似てるな。お前のほうが100倍かわいいけど」
写真には二人しか写ってなかったが、場所は松笠の海っぽい。二人ともはにかんでいる。
「やっぱり、でもさあ……」
俺は答える前にきぬの頭を胸に押し付けた。
「もうそれ以上言わなくていいからさ」
「うん……」
やさしさは重荷かもしれない。でも最後にあえて本当にうれしかった。
もうこれ以上悲しくならないように時間がとまればいいとさえ思った。


「どうしたんだい。こんなとこで抱き合ったりなんかして、いいねえ」
「ひっ!」
俺たちはお互いの顔を見合わせ、笑顔が引きつった。
「でたあああぁぁあ〜〜〜〜〜〜!!」
「どうしたんだい? ごきぶりかい?」
おばあちゃんはあわてて、店の奥から新聞紙を丸めて持ってきた。お化けだと思ったなんて口が裂けてもいえない。
「そんなとこにいないで、座ってカキ氷でもおわがりよ」
促されてベンチに座った。でもなんか納得がいかなかった。
「おばあちゃ〜ん」
祈先生がやってきた。この人がなんでここにいるんだ?あれ?いまおばあちゃんが動くとき足消えなかった?
「今日の夕方までですわよ」
「わかってるよ。きょうはカキ氷サービスだからね」
ははh、なんかテレビで見る怖い話よりよっぽど怖い。祈先生もなかなかやる。きぬも固まってるじゃないか。
「さて、それじゃあ、昔話でもしようかね」
おばあちゃんはベンチの空いてる席に腰掛けた。初恋の人との思い出を延々語り始めた。



おばあちゃんの見つめる先におおきな空があった。いつまでも語りかけている。
写真の中の二人もずっとずっと雲ひとつない空を見つめていた。


「Isolation」



Fin…………………………………………


(作者・名無しさん[2006/07/29])

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