「えぇい!やってられるかぁっ!!」
ドンガラガッシャーン!

この日3回目の乙女さんの癇癪が爆発。まな板やボウルが流し台に落ちて、けたたましい音をたてた。
 「またかよ…いい加減にしてくれよな…」
スバルは怒りを通り越して呆れ顔だった。
 「あ、あの…もう少しの辛抱ですから…ね?」
フカヒレがビクビクしながらも乙女さんを宥めようとしている。
 「これじゃあいつになったらマトモな料理が作れるか解んないよねぇ…」
カニはポテチを食べながら他人事みたいに呟いた。
 「…っつーかお前は何で他所様の家のポテチを勝手に喰ってんだよ?」
 「んあ?だってこの家ではコンソメ味のポテチはボクしか喰わねーだろ?」
 「お前はこの家の人間じゃねーだろ!何その新世紀の神様みたいな言い草!?」

話は2時間くらい前に遡る。全ての原因はフカヒレの余計な一言からだった。
 「そう言えばさぁ、乙女さんて料理作れないって聞いたけど、本当なの?」
日曜日の真っ昼間、いつもの4人+乙女さんと他愛もない話をしていた時、いきなりフカヒレがNGワードを吐いたんだ…
 「む、鮫氷のくせに失礼だな…私とて料理くらい作れるぞ?」
おにぎりだけね…
 「おにぎりを料理って言うのはどうかなぁ?」
今度はカニだった。お前も料理出来ないくせに、何で上から目線なんだコイツは?
 「…何が言いたいんだお前達?おにぎりは立派な料理だ!伝統ある日本の食文化だ!文句があるのか!?」
案の定乙女さんが声を荒げ始めた。俺が宥めようとした瞬間…
 「いや、でも実際おにぎりだけってのも問題なんじゃねーの?」
スバルの言葉に、窓から逃げ出そうとしたフカヒレとカニの足が止まる。
 「だ、伊達…お前までそんな事を言うのか…?」
 「俺はレオの食生活が心配なんだよ。いくら乙女さんのおにぎりが栄養満点でも、毎日続けてだとさすがに可哀相だ」
スバルの言葉に、乙女さんが俺の方を見る。その目には色んな感情が渦巻いてた。
 「本当なのかレオ?私のおにぎりはもう飽きたのか…?」
 「え?あ、いや、そんな…事は…乙女さんのおにぎりは美味しいし…」
我ながら情けない程にしどろもどろになりながら弁解する俺。でもそんな俺の背後から忍び寄る2つの黒い影が…


 『何遠慮してんだよ?だからオメーはヘタレだって言われんだYO!』
 『男ならガツーンと言っちまえYO!』
 カニとフカヒレ、2匹の悪魔が俺に耳打ちをしてやがる…
 『今がチャンスじゃねーのか?この流れに乗じて乙女さんに料理を覚えさせろYO!』
 『お前は今人生の岐路に立ってるんだ。乙女さんの背中を押すのは今しかないYO!』
 『オメーは風に流されっぱなしの草か!?セガみてーに倒れたままなのか!?』
 『君の人生は満たされているか!?ちっぽけな幸せに妥協していないか!?』
ウザい。この上なくウザい囁き攻撃だ。でもコイツ等の言う事にも確かに一理あるかも知れない…
答えを待つ乙女さんに向かって、俺は慎重に語りかけた。
 「えっと…あの…た、たまには…お姉ちゃんの手料理が…食べたいかな〜なんて…」
その瞬間、乙女さんの目が今まで見た事もないような輝き方をした。
まるでその答えを恐れながらも、心のどこかで期待していたかのような…
 「そうか、解ったぞレオ!お前のために、お姉ちゃんが最高の手料理を食べさせてやるからな!!」

でもその情熱の炎は早くも消えかかっていた。気付けば材料の残骸だけが転がっていて、何一つマトモな料理は出来ていない。
 「勘弁してくれよ乙女さん、俺の言った通りに作ってくれたら何も問題は無いんだぜ?」
 「私がお前に言われるがまま作るのなら、お前が直接作った方が早いだろう?私は私のオリジナリティーを出したいのだ!」
 「オリジナリティーを出そうとした結果がこれなんだってぇの!今は基本を大事にしてくれよ!」
う〜ん…乙女さんにしてみれば、年下の、しかも男に料理についてあれこれ指図されるのは我慢出来ん!てトコなのかも。
そして2人は幾度となく衝突を繰り返した。
 「じゃあもう良いから乙女さんはそこで座ってろよ!俺が全部作ってやるから!」
 「何を言うか!私はレオに手料理を作ってやると約束したんだぞ!?伊達の方こそ引っ込んでいてもらおう!」
昼飯を作ってるハズだったのに、ひょっとしたら晩飯にも間に合わないかも知れない…
 「どうする?スバルだけじゃ手に負えそうにないぜ?椰子も呼ぶか?」
 「スバルの言う事さえ聞かないのに、ココナッツの言う事なんか聞くワケねーじゃん」
だよなぁ…下手すりゃ三つ巴の地獄絵巻になるかも。


 「そんな事もあろうかと…こーゆー物を持って来たぜ」
と、眼鏡を光らせながら現れたのはフカヒレだった。
フカヒレが手にしている物を見る。それは小さい白い手帳サイズの箱状の物だった。
 「我に秘策あり…俺達の言う事を聞かない乙女さんでも、コレの言う事は聞くかも知れないぜ?」
フカヒレは自信あり気に笑った。

料理は一時中断。乙女さんとスバルの熱も少しは引いたみたいだ。でもお互い無言。
そんな重苦しい雰囲気の中、口を開いたのはフカヒレだった。
 「乙女さんはスバルにあれこれ言われるのが苦手みたいですね?」
 「ん…まぁな。だが私は頑張っているぞ?伊達が一々口喧しいのがいけないんだ」
 「あのなぁ乙女さん、俺は…」
反論しようとしたスバルをフカヒレが制止した。
 「まぁまぁ、でも乙女さんだって料理の本とか見て料理出来るようになれるワケじゃないですもんねぇ?」
 「う…そ、それは…」
そりゃそうだ。料理本を見ただけでその料理が作れるんだったら、我が家の食卓がおにぎりに占領される事は無いハズだし。
 「そんな乙女さんに強い味方…これをどうぞ!」
ゴトッとテーブルの上に置いたのは、例の白い小さな箱だった。
 「…何だこれは?」
 「これは今日本中で大人気のゲーム機、世界の大黒堂が開発したダイコクドーぢーエスさ!」
ダイコクドーぢーエス(略してGS)は、日本国内だけでも1千万台を売り上げている。老若男女に馬鹿売れしているゲーム機だ。
ゲーム機と聞いた乙女さんの顔は、若干引き攣り気味になった。
 「まぁ簡単に説明すると、今から乙女さんに料理を教えるのはこのゲーム機だよって事です」
 「な、何?私がこのゲーム機に料理を!?何を馬鹿な事を言ってるんだお前は!?そんな事が出来るワケないだろう!」
 「それが出来るんですよ。このお料理ソフトを使えばね」
最近CMでもよく見るお料理ソフト…あらゆる料理の作り方を音声つきで教えてくれるソフトなんだそうだ。
何でそんな物をフカヒレが持っているかと本人に聞いたら「これからの男は料理だ!」と思い立ったから、らしい。
とにかく、スバルの言う事を聞かない乙女さんでも、機械の言う事なら大人しく聞くかも知れない。
それは蜘蛛の糸よりも細く儚い希望かもだけど…


ナンダカンダと文句を言う乙女さんを無視して、フカヒレ達は2階へ上がって行った。
キッチンに残されたのは俺と乙女さん、そしてお料理ソフトを起動したGSだけだった。
 「サア オイシイ ニクジャガヲ ツクリマショ ウ」
 「は、はい!!」
ビクッと身体を震わせて返事をした乙女さん。
デジタル恐怖症は本人にしてみれば難儀な事かも知れないけど、傍目に見る分には微笑ましい。
スバルに指示されていた時は口答えをしていたのに、GSに対してはひたすら従順だ。
まぁゲーム機に口答えしても仕方ないんだけどね。
 「あ、あの…次のページをめくっていただけるとこちらとしても僥倖なのですが……」
ゲーム機に丁寧に話し掛ける義姉…笑っちゃいけないと思えば思うほど笑いの衝動が込み上げて来る…
 「…何が可笑しいんだ?」
しまった…乙女さんが手を止めて俺を睨んでる…
 「お前という奴は…誰のためにこんな苦労していると思ってるんだまったく…」
と言ったきり黙って背中を向けてしまった乙女さん。拗ねたのかな…?
俺はゆっくりと乙女さんに近付いて行った…
 「…何だ?私は料理中で忙しいんだぞ?」
俺が乙女さんのすぐ後ろに立っても、乙女さんは背を向けたままだった。
 「えっと、その…ごめんね…」
それは正直な気持ちだった。乙女さんがこんなに頑張ってるのは俺が頼んだからなのに…
スバルにあれこれ言われて、揚げ句の果てには苦手な機械に指図までされながら頑張ってるのは、俺に手料理を食べさせてあげたいからなんだ…
 「まったく…手のかかる弟だなお前は…」
乙女さんが大きく溜め息を吐く。そして急に俺の方に向き直る。俺と乙女さんとの距離はほんのわずかだ。
お互いの息がかかるほどの距離で見詰められている…目を逸らそうとしても逸らせない…
何か言わないと…何か…何か…
 「…乙女さんが作ってくれるなら…何でも美味しく食べるよ…絶対に…」
ドギマギしながら言った俺の頬を、乙女さんは笑いながら優しく撫でる。
 「フフ…安心しろ。絶対に美味しい手料理を食べさせてやるからな」
あぁ…やっぱり乙女さんはおれのお姉ちゃんだ。この人に身を委ねていると、とてつもない安心感を得られる。
 「じゃ、じゃあさ…もし……」


 「さぁ出来たぞお前達!早く下りて来い!」
現在午後8時…ようやく晩飯にありつけるとあって、カニ達は駆け足で舞い降りて来た。
 「あぁ〜ボクもう腹が減って死にそうだよぉ〜!」
 「乙女さん、ちゃんと作れたのか?」
 「もう何でも良いよ俺…食えるものだったら何でも食える…」
腹を空かせた3匹の獣達は、乙女さんの成果に興味津々みたいだ。
それに対して乙女さんは自信満々。
 「フッ…当たり前だ。私が作った肉じゃがは最高だぞ。レオのお墨付きだからな。な?」
乙女さんが俺にウインク。釣られて俺もウインク。
 「さぁ遠慮せずに食え。私の自信作だ!」
と言って招かれたキッチンには……大量のおにぎり。
 「あ、あれ?肉じゃがは?おにぎりしかないじゃん?」
カニ達は頭の上に大量の?マークが浮かんでいるのが解る。
 「何を言ってるんだお前達?ちゃんと肉じゃががあるじゃないか」
と言って乙女さんがカニに差し出したのは…やっぱりおにぎり。
 「…乙女さん大丈夫?慣れない事したから頭が……」
カニが言い淀んでいると、乙女さんはカニ達の目の前でおにぎりを割ってみせた。その中には…
 「どうだ!これが私の自信作、肉じゃがおにぎりだ!!」
満面の笑顔を見せる乙女さん。大きなおにぎりの中には大量の肉じゃが。そして呆然とする3人。
 「…スバル、フカヒレ…準備は良い?」
 「…あぁ、いつでも良いぜ」
 「…それじゃ行くぜ?せーの…」
「「「ズコーッ!!!」」」

3人が帰った対馬家は静かだ。俺と乙女さんは食後の後片付けをしている。
乙女さんは終始笑顔だった。みんながナンダカンダ言いながら、全部残さず食べてくれたのが嬉しかったのかも。
 「鮫氷に感謝だな。私のレパートリーが1つ増えたからな…」
 「じゃあまたゲーム機に料理を教えてもらう?」
 「それはお断りだ。もうあんな目に遭うのは懲り懲りだよ」
乙女さんはエプロンを脱ぎながら苦笑いした。


 「さて、と…」
あらかた片付けが終わって座っていた俺の膝の上に、乙女さんが腰掛けた。
 「え?な、何?」
 「…約束しただろう?『美味しいものを食べさせてくれたら、お礼にキスしてあげる』って」
 「あ、あー…そう言えばそんな事言ったような…言ったかなぁ?」
 「…嘘をついたのか?」
乙女さんの目が鋭く光る。周りの気温が2度くらい下がったような気がした…
 「いや、嘘じゃないよ!でも…何か恥ずかしくて…その…あむ!?」
急に乙女さんに唇を奪われてしまった!今まではほとんど俺からキスしてたのに…
 「はぁ…お前がぐずぐずしてるから、私が奪ってやったぞ?」
 「…ずるいぞ」
俺はワケも解らず拗ねてしまった。そんな俺を見た乙女さんはたまらず笑い出した。
 「あはははは!お前は本当に手のかかる弟だな!お姉ちゃんは困ってしまうぞ?」
 ますます拗ねる俺に、乙女さんは俺の機嫌が治るまでキスを繰り返した…

 「サア オイシイ カルボナーラヲ ツクリマショ ウ」
 「お、押忍!」
ゲーム機に気合いの返礼をしてから、乙女さんは今日も手料理に挑んでいる。
今日は何時間で作れるかな?昨日は3時間かかってカレーおにぎりを作ってくれたから、目標は2時間ってトコか…
 「待っていろよレオ。すぐに美味しい料理を食べさせてやるからな?」
背を向けたまま料理に全力を注ぐ乙女さん。後ろ姿も絵になるなぁ…
 「…ねぇ乙女さーん」
 「ん?何だ?」
 「今度裸エプロンして…ぶべらっ!?」
飛んで来たおたまが俺の頭に当たってスコーン!と高らかに音をたてた。
 「調子に乗るんじゃない!私がそんな破廉恥な恰好をするワケがないだろう!」
ちぇー…怒られるわ痛い、散々だよ…
 「…そんなに拗ねるな。後で一緒にお風呂に入ってやるから…な?」
その言葉を聞いて自然と顔がにやけてしまう…ツボを押さえられてるなぁ。
やっぱり俺はずっと乙女さんに勝てないのかも知れないなぁ…


(作者・スカシ顔氏[2006/07/24])

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!